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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第6章 奪取
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6-5.潜入

『“ニュース・ユニオン・エクスプレス”、コリン・ウィンストンがお送りしています。まず、惑星“テセウス”における、主要都市占拠事件の続報から。惑星連邦政府が声明を発表し……』

『……声明は、“テセウス解放戦線”がミス・マリィ・ホワイトを筆頭とするジャーナリストの解放に言及したことについて、一定の評価を示しつつも、“法治国家として、違法行為には断固として対処する”と断言。“グリソム・インポート”を始め、資源統制に反対する勢力への圧力は、これを撤回しないとの姿勢を示しました。これについて……』

『……一方、“テセウス解放戦線”は、非常事態を宣言。惑星外への移動を改めて禁止する一方、惑星上の移動については制限付きながら認める内容となっており……」


 ◇◇◇


「くそったれ、凍え死ぬかと思ったぜ」


 輸送機に積み込まれる直前の冷凍コンテナ――冷凍食品を満載したその一角を内側から突き崩して、ジャック・マーフィが姿を現した。防寒着を目一杯に着込んだその姿に、後からスカーフェイスが続く。


 ハミルトン・シティは南西の外れ、“ハミルトン・エアポート”――貨物ターミナル。冷凍貨物とその運送業者に紛れて潜り込んだ彼らは、その場で再び顔を合わせた。


「これでも運が良かった方だぜ」

 エミリィ・マクファーソンは、長髪のウィッグを外しながら肩をすくめた。

「3台前のトラックなんざ運転席のマグ・カップまでひっくり返して調べてやがったんだ。係官がぶち切れてなきゃ、今ごろ見付かってるぜ」


「感謝したいとこだが余裕がない。コーヒーでも何でもいい、身体が温まるものをくれ」


 エミリィが保温ポットをジャックに差し出す。ジャックは震える手でポットを開けた。

「ロジャーは?」


「服を調達に行ってる」


 穏やかな物言いだが、早い話が盗み出すということには違いない。


「検問で何時間遅れた?」


「大体……」

 エミリィが、腕時計に目を落とす。

「6時間てとこか」


「くそ」

 悪態一つ、ジャックは“キャス”に問いを投げる。

〈“キャス”、マリィの位置は探れるか?〉


 マリィの携帯端末に仕込んだプログラムは、除去されていなければ位置情報を暗号として定期的に流し続けることになっている。


〈2分前のデータがあるわ――大丈夫、まだ動いてない〉


〈じゃ次だ。マリィを護送する便を特定できるか?〉

 訊きながら、ジャックが空港の固定端末に“キャス”を繋いだ。


〈えーっ、と……〉

 しばし、“キャス”が空港の管制データに探りを入れる。

〈これね、6番ターミナル、2時間後に割り込んでる便があるわ〉


 “キャス”が空港の離陸予定リストを視界に出す。リストのうち、定期便と、チャータ便――依頼元が判っているものを除くと、“キャス”の示す1件しか残らない。


〈間に合ったか……パイロットと地上作業員、担当のヤツを割り出せるな?〉


〈今やってる。でもアドリブでハイジャック!〉

 声を踊らせて“キャス”。

〈あのジャックが!?〉


〈いつものお前ならけしかけてるだろうが〉

 ジャックが軋らせた歯の間から高速言語を絞り出した。


〈あーらあら、すっかりのぼせ上がっちゃって〉

 “キャス”がからかうような声を作る。

〈これでも感心してるのよ。面白くなってきたじゃない〉


 そこへ、ロジャーが合流した。


「よう、お待たせ」

 ロジャーが整備員用のツナギを掲げた。

「ちょっと胴回りがアレだが、まあ何とか合わせてくれ」


 ◇


「ミス・ホワイト、」

 部屋のドアにノックの音。

「少佐がお呼びです。おいで下さい」


 ドアを開けると、兵の敬礼が彼女を迎えた。背後に控えてもう1人。


「お連れします」


 兵の1人が先に立った。2人目がマリィの背後へ回る。そう簡単に隙は見付かりそうにない。

 マリィは、心もちゆっくりと足を運んだ。部屋からエレヴェータ・フロアへ向かう。

 道すがら、マリィは周囲に眼を配った。リネン室、非常口、トイレ――逃げ込むとして、どこまで行けたものか。しかしそれ以前に、前後の兵を振り切れるものか。


「失礼」

 マリィはその場に屈みこんだ。口許に手を当てる。

「ちょっと、気分が……」


「大丈夫ですか?」

 先頭を行く兵が振り返り、マリィの顔を覗き込む。背後の兵が足を止めた。


 マリィが視線をトイレへ向ける。眼前の兵は振り返り、自らの親指をトイレへ向けると、首を傾げた。

 マリィが頷く。兵も察した顔で、小さく頷いた。マリィは重い足取りで、女性用トイレへ入る。

 個室のドアを、彼女は閉めた。天井には小さくメンテナンス・ハッチ。髪を手早く束ね、便器を足がかりにすると、マリィはハッチを押し開けた。身体を持ち上げ、中へ這い込む。

 懐から、部屋から拝借した懐中照明を取り出す。


「“アレックス”、ここから非常階段か何かに出られる?」


『右手へ折れてください――90度』

 公式の見取り図データへアクセスし、“アレックス”がマリィの視界へ示して表示。

『それから、突き当たりまでまっすぐ』


 マリィが慣れない動きで横へ折れ、次いで這う。


「失礼、ミス・ホワイト」

 トイレの入口から声がかかる。

「どうされました!?」


 マリィは無視して這い進む。兵の声が大きく、厳しくなり――やがてトイレに入り込む音。マリィは照明を消した。トイレのメンテナンス・ハッチから、慌てた兵の声が伝わる――バレた。

 マリィは前へ向き直った。


 ◇


〈マリィの反応が動いたわ〉

 “キャス”がジャックの聴覚に告げた。


〈来たか〉


〈でも場所が妙なのよね。座標からしてどうも天井裏みたいなのよ。動き方も変だし〉

 “キャス”がジャックの網膜上、マリィの位置情報をホテルの見取り図に重ねた。


 ジャックが唇を舌で湿す。

〈逃げ出したか?〉


〈かもね〉


〈どこへ向かってる?〉

 ジャックはホテルの見取り図を眺める。


〈多分、ホテルの非常階段〉

 “キャス”はマリィの予想進路を描いてみせた。


〈すぐにバレるな〉

 天井裏となれば、人が動けば埃の上に跡が残る。

〈敵の動きは?〉


〈言われてみれば、通信量が増えてるみたいね〉


〈歯がゆいな〉

 ジャックは舌を打った。

〈出番なしか〉


 ◇


 フラッシュ・ライトの光がマリィの姿を捉えた。


「動くな!」


 鋭い声を突き付けられては、従うしかなかった。機敏に動ける場所でもない。

 最寄りのメンテナンス・ハッチから、階下へ下ろされる。ハドソン少佐が、埃まみれのマリィの眼前に現れた。


「勇ましいのは結構ですがね、」

 感心半分、呆れ半分――ハドソン少佐がマリィに見せた表情には感情のせめぎ合いが乗っている。

「時と場合を選んでいただけませんかな」


「失礼、」

 マリィは悪戯を見咎められた子供さながら、

「我慢できなくて」


 少佐は小さく、首を縦に振った。

「これからは女性兵を護衛に付けます」

 少佐は決然とマリィに眼を据える。腕時計に指を立て、

「シャワーを浴びて下さい。すぐに移動です、時間がない」


 ◇


 文字通りの見張り付きでシャワーを浴びた後、野戦服に着替えさせられたマリィはホテルの外へ連れ出された。乗せられたのは連絡用と思しき迷彩色のグレン・サヴァンナ。助手席に座らせられ、そのまま空港、貨物用ターミナルまで運ばれる。

 逃げ出す機をと窺ったが、こうなっては警護の目にも隙はない。“護衛”に張り付かれたまま、マリィは大型輸送機C-453ゴリアテへ運ばれた。


 ◇


「護衛は?」


 ゴリアテのコクピット、機長を床に組み伏せながらエミリィが訊く。


『サヴァンナ1台、乗員2人』『あらら、彼女ったら迷彩服に替えられてる。手錠までかけられちゃって、よっぽどおイタしたのね』


 “ウィル”と“キャス”が通常音声、外部スピーカを通して答えた。


「だとさ」


 エミリィが当て身を相手にくれる。それを視界の隅に収めつつ、副操縦士に銃を向けたジャックが頷いた。


「らしいな」


 次いでエミリィが副操縦士の意識を奪う。犠牲者2人を縛り上げて床に転がし、エミリィは操縦士席に収まった。エンジンを回す。


「このままじゃ狭っ苦しくていけねェな」

「我慢だ。貨物室は空けとかなきゃ不自然だろ」


 ジャックが今度は貨物室へのハッチに張り付きつつ、エミリィの不平をなだめる。


〈来るぞ〉〈いい?〉


 “ウィル”と“キャス”が、音声を骨振動スピーカに切り替えて促す。


〈いつでも〉〈こっちも〉


 機外、点検中を装って張り付いているロジャーとスカーフェイスが応じた。

 マリィを乗せたフロート・ヴィークル・サヴァンナが、後部ハッチから機内に乗り込んだ。エミリィはコクピットから操作してハッチを閉める。


〈OK、やってくれ〉

〈カウント3。3、2、1、……〉

〈ゼロ!〉


 ジャックら3人が、一斉にハッチを開けた。銃口を機内のサヴァンナ、マリィの“護衛”に据える。


〈動くな!〉


 抵抗の隙を与えず、彼らは“護衛”を制圧した。ひとりマリィが事態を掴めず、しばし呆然としていた。

 エミリィはターボプロップ・エンジンの出力を上げた。誘導路上、ゴリアテの鼻先を滑走路へ向ける。

 ジャックはヘルメットを外して顔を見せた。マリィの顔に、理解の色と喜色が浮かぶ。


「ジャック!」


 滑走路上へ出たゴリアテがさらに出力を上げる。轟音、振動とともに、機体は離陸速度へ――。


「……変じゃないか?」

 上昇する輸送機の腹の中、ジャックが独語した。操縦室に首を突っ込み、エミリィへ声を向ける。

〈妙だ。出来すぎてる〉


〈何か言ったか?〉

 操縦桿を握るエミリィが振り返り、声を上げる。その背中へ、ジャックは言葉を投げた。


〈出来すぎじゃないのか、こいつは!?〉


〈確かにな、簡単にいき過ぎる〉

 スカーフェイスが同意する。


〈もう遅いぜ〉

 眉をひそめてエミリィ。


〈今から引き返すってか?〉

 ロジャーが声を上げた。

〈無茶言うんじゃねェよ〉


〈いや、ちょっと待て〉

 エミリィがロジャーに返す。

〈何か変だ〉


〈何が!?〉


〈何か――あッくそ!〉

 エミリィが違和感の元に気付いた。

〈こいつ自動に切り替わりやがった!〉


〈何が!?〉


〈制御だよ!〉

 エミリィがスロットルを動かしてみるが、エンジンが全く反応しない。方向舵も、操縦桿と連動しなくなった。

〈! こん畜生、入力を受け付けねェ!〉


 エミリィが“ウィル”を計器盤へ繋ぐ。


〈待っ――!!〉


 “ウィル”が気付いたときには遅かった。

 焦げた匂いがコクピットに漂う。


〈やられた……〉

 “ウィル”が溜め息一つ分の間を置いて、告げた。

〈入力系の回路が灼かれちまった〉


 エミリィが額に手を当てる。


〈パラシュートは?〉


 ロジャーが緊急脱出用の装備を当たった。所定の場所に装備はある。が――、

〈……駄目だこいつ破られてやがる!〉


 パラシュートは、そのことごとくが丁寧に引き裂かれていた。


〈……閉じ込められた……!〉


 ◇


「連中、コースに乗りました」

 オオシマ中尉は、ハドソン少佐に報せた。

「トラップに反応あり。これで操作は受け付けません」


 2人の網膜には“ハミルトン・シティ”周辺上空の航路図。マリィらを乗せた大型輸送機――C-453ゴリアテが、ひと回り大きなマーカで示されている。

 輸送機の航路が伸びる先には第1大陸“コウ”、“クライトン・シティ”。


「あとは“クライトン・シティ”まで直行か」





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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