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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第5章 事実
40/221

5-6.突入

「ん?」


 先任伍長が、首を傾げた。


 海上の軌道エレヴェータ基部へ伸びる、連絡橋のたもと。“テセウス解放戦線”は、守備隊として1個分隊をここに配していた。


「分隊長!」

 先任伍長が、分隊長である軍曹へ声をかける。

「この音、お気付きですか?」


「音?」

 分隊長が眉をひそめる。耳をそば立ててしばし、先任伍長と眼を見合わせる。

「これか?」


 遠く戦闘の爆音が響く中、リズミカルな低音が、ごく小さく鼓膜を震わせる。分隊長は、リズムに合わせて指を動かした。先任伍長が、同じく指を動かす――2人のリズムが一致した。


「列車――?」


 2人が同じ方向へ目を向けた。小さく列車の姿が見えた。貨物車輌を牽いている。


〈司令部、司令部! こちら“ウォトカ4”、指示を請う!〉

 分隊長が、データ・リンクに指示を求めた。

〈列車が移動中。ブロックFF-5、そちらの指示か?〉


〈司令部より“ウォトカ4”、確認する。少し待て〉


 ◇


〈鉄道管制所は!?〉

 ハドソン少佐が問いを投げた。


〈管制所より回答〉

 オペレータが即座に答えを返す。

〈操作は何もしていません〉


 視覚をスクロールするデータを睨んで、オオシマ中尉が首を振る。

〈列車の移動も検知していないと言ってます〉


〈データを操作されたな〉

 少佐は舌を打った。

〈敵性介入。逆探知して反撃、列車を強制停止。“ウォトカ4”に指示、列車を阻止――戦力は?〉


〈――1個分隊です〉


〈援軍は――〉

 少佐は味方の配置を脳裏に描く。

〈間に合わんか。連絡橋には傷を付けさせるな!〉


 ◇


〈こちら司令部、“ウォトカ4”、列車の移動は指示していない。阻止せよ。繰り返す、阻止せよ〉


〈“ウォトカ4”了解。目標は……〉

 言いかけた分隊長が、列車へ眼をやる。その軌道が行き着く先に、防衛目標の連絡橋――2層構造の下層側――がある。

〈……目標は、軌道エレヴェータへ向かっている! 援軍を求む!〉


〈司令部了解。援軍を送る〉


 司令部からの命令を受けながら、分隊長は腕を大きく振った。応じて、分隊の装甲兵員輸送車アルマジロが線路をその車体で塞ぎにかかる。20ミリ機関砲と対人機銃が、狙いを貨物列車に向けた。装甲車搭乗分隊が、貨物列車を迎撃すべく展開する。


 しばし、列車の音だけがリズミカルに響く。


〈威嚇! 射撃用意!〉

 分隊長が手を上げ――振り下ろす。

〈撃て!〉


 突撃銃と機銃の群れが威嚇の炎を上げる。貨物列車の周辺に散って一斉に火花。


〈速い……〉


 先任伍長が呟いた。貨物列車に減速する気配はない――どころか、速度を上げているようにさえ窺えた。


〈斉射用意!〉

 分隊長が指示を下す。

〈アルマジロ、一斉射後は退避! 車輌は棄てろ!〉


 列車との距離がさらに詰まる。


〈撃て!〉


 列車の先頭、機関車の表面に弾丸が集中した。窓が割れ、ドアが弾け飛び――それでも勢いは揺るがない。


〈アルマジロ、退避!〉


 味方の銃撃が続く中、装甲車から乗員2人が這い出す。彼らが線路から離れるが早いか、貨物列車は勢いそのままアルマジロに突っ込んだ。


 アルマジロが弾け飛ぶ。装甲兵員輸送車は、宙に浮き、転がされ、横に弾き出されて、文字通りの鉄塊と化した。

 それでも速度を鈍らせもせず、貨物車両は轟然と眼前を通過する。


〈撃て! 撃て!!〉


 分隊長の声が、列車の轟音にかき消された。分隊の面々は撃ち続ける。機関車に、貨車のコンテナに、あるいはフレームに、次々と弾痕が穿たれていく。が、列車の勢いは留まるところを知らない。


〈くそッ!〉


 貨物列車の最後の1輌が通過したその後に、分隊の面々は眼と耳を疑った――。


〈2本目だ!〉


 すぐ後ろ、2本目の列車が続いていた。


〈畜生、こっちが本命か!〉


 分隊員が、撃ち尽くした弾倉を入れ替える。


〈分隊長!〉


 兵の一人が、対戦車ミサイルSSM121スピア・ヘッドを構えた。分隊長が頷く。


〈撃て!〉


 対戦車ミサイルの照準器が、迫り来る機関車を捉えた。兵が引き鉄を絞る。

 スピア・ヘッドが、先頭の機関車に襲いかかった。轟音と共に火柱が上がる。


 ◇


 背後で轟音。

 先行する貨物列車の10輌目、貨車のコンテナ内――空力モードの“ヒューイ”にもたせかけた鉄板の下から、ジャックは這い出した。

 鉄板には銃弾を弾いた痕が何箇所か――それを引きずり下ろし、コンテナ側面の扉を開け放つ。


〈引っかかってくれたか〉


〈みたいね〉

 上機嫌に“キャス”。

〈どう、派手にいったでしょ?〉


〈助かった〉

 “キャス”に礼を一つ、ジャックは“ヒューイ”のエンジンに灯を入れた。

〈よし、いいぞ〉


〈OK〉


 “キャス”が機関車の制御装置と鉄道管制システムへ向けて、ネット・クラッシャを突っ込んだ。

 機関車の制御はあえなく崩壊、列車は暴走状態に陥る。ジャックはコンテナの端末から“キャス”を切り離し、“ヒューイにまたがった。”

 浮き上がった“ヒューイ”をスライドさせて、ジャックは貨物列車の外へ。列車の後部に位置を取る。


 ◇


「ネット・クラッシャです!」


 鉄道管制所のオペレータが悲鳴を上げた。眼前、管制システムのディスプレイが眼にも見えて乱れる。画面中央、“ネット・クラッシャ検知”の警告が明滅した。

 システムが“対策中”の表示を浮かべてしばし、機能は元に復した。管制所のシステムが示すには、クラッシャの送信元は“操車場で待機中の貨物列車”となっている。が、該当する列車が軌道エレヴェータへ向かっていることは、現場の報告で判っている。

 この時、反撃しようにも相手の反応はなかった――この時点で、問題の貨物列車は制御をすでに失っている。


「軌道エレヴェータ駅へ警告!」

 管制所のチーフが指示を飛ばした。背後、ゲリラの部隊指揮官にも言葉を投げる。

「そちらも、逃げた方がいいのでは?」


 相手は、苦く唇を噛んだ。


 ◇


〈退避! 退避ーッ!!〉


 命令が飛ぶ。

 “テセウス解放戦線”の守備隊1個分隊が、軌道エレヴェータ駅から飛び出した。

 ポイントの切り替えも間に合わない。突進してきた貨物列車は終着駅、軌道エレヴェータ本体にほど近いプラットフォームへ全速力で突撃した。


 銃痕だらけの機関車が二つに折れ曲がる。2輌目、コンテナが斜め上方へ跳び上がり、3輌目は台車ごとプラットフォームへ乗り上げた。横倒しになり、跳ね返りつつ転がって、機関車を車止めにめり込ませ、さらには連結器をねじ切って、先頭へと躍り出る。4輌目はつんのめって宙返りを打ち、そこへ5輌目が突っ込んでいく――。

 貨物列車の後半部が、駅の出口を突き破った。破片の一部が、軌道エレヴェータのターミナルにまで届く。

 塵と砕けた建材が、煙となって周囲を吹き抜け、視界を覆った。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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