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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第5章 事実
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5-2.秘密

『速報です。“ハミルトン”“サイモン”両市長からの発表です――陸軍に対して、治安出動が要請されました。繰り返し……いえ、“クライトン・シティ”もです。先ほど、主要3都市から陸軍に、治安出動要請が出されました。連邦陸軍はこれを受け、治安維持部隊を派遣する模様で……』


 ◇◇◇


 マリィはジャックへコールを入れた。


『俺だ』

 明らかに低い声が返ってくる。


「ああジャック、ニュースは見た?」


『ああ、賑やかそうだな』

 皮肉な言葉とは裏腹に、ジャックの声は硬さを宿す。


「困ってるわ」

 マリィは視界の隅、網膜に映された交通情報へ眼をやった。

「どこ行っても、“地球人”だってだけで取り囲まれそうよ」


『軌道エレヴェータは?』

「それ考えてたの。あっちの方ならまだ安全じゃないかって」

『うまく辿り着けるのか?』


「ひどい渋滞だけど、」

 マリィは肩をすくめた。

「何とか向かってみるわ」


 ◇


 ジャックはシートに背を預けた。

〈“キャス”、アルビオンを適当なところで停めてくれ〉


 “ハミルトン・シティ”内の交通情報を視覚へ映し、小さく舌打つ。デモの影響で、ほとんどの幹線道路が閉鎖されたか大渋滞、下手にシティへ入ると身動きが取れなくなること、疑いはなかった。

 追跡できているマリィの位置はシティ外縁、環状道から西部の外れにある軌道エレヴェータへ向かうつもりと伺えた。が、暴動の発生につられ、途中で渋滞に巻き込まれている。


〈お姫様には追いつけそう?〉

 尋ねてきた声は“キャス”ではなく、“キャサリン”のものだった。


〈ご挨拶だが、中世の騎士ってガラじゃない。どうした?〉

 そうは言いつつ、ジャックの声には期待が込もる。


〈やっぱりよ、テイラーの件、大当たり〉

 “キャサリン”がジャックに告げた。


〈テイラーがゲリラの資金源だったってのか?〉


〈それだけじゃないわ。つまり、こういうことよ〉

 “キャサリン”がジャックの網膜へ、これまでに知れているデータをリストにして映す。

〈“テイラー・インタープラネット”はゲリラのスポンサの“一部”ってわけね〉

 リストの右半分、“武器の買い手”側に新たな枠が加わった。中に“テイラー・インタープラネット”の名が挙がる。

〈カネの流れを辿っていくと、スポンサ群に行き当たるわ。テイラーもその一部〉


〈カネはどこへ消える?〉

 当然の疑問を、ジャックは口に上らせた。


〈カネは軍の中で“横領”されるのよ。一つ一つの“横流し”は大した規模じゃないわ〉

 リスト上、スポンサ群から流れ出した資金の流れが無数に分岐した。

〈だけどそれを束ねると相当なものになるわ。カネをモノに替えて、ゲリラに中継してるのが横流し組織ってわけ〉


 これまで武器の“売り手“と“買い手”と捉えていた両者が、同じ枠内にくくられた。


〈じゃ、横流し組織だと思っていたのは……〉

 ジャックが洩らして低い声。

〈……ゲリラの調達部隊、ってわけか〉


〈そう。だから横流し組織は存在するけど、金が目的で動いてるんじゃないってこと〉

 “キャサリン”が、ジャックの呟きを引き継ぐ。

〈そういう見方であのクリスタルを眺めると、いくらか暗号が解けてくるの。これよ〉

 “キャサリン”が、それまでのリストを縮小した。その周辺に、枝葉のごとくネットワークが拡がっていく。

〈あのクリスタルに収まっていたのは、独立派ゲリラの組織図よ〉


 トップに据わる名前が眼に入る――K.H.。


〈K.H.?〉


〈それがゲリラのトップの名前。まだこれ以上は判らない――でも問題はその規模よ。これだけじゃなかったわ〉

 “キャサリン”の示すネットワークが更に拡がる。

〈実働部隊だけじゃないのよ。行政官僚やら政治家やら、現閣僚の名前まであったわ〉


 主立った名前を“キャサリン”がピック・アップして強調表示、名前を拡大してみせる。


 連邦陸軍第3軍“テセウス”駐屯軍第1師団長オーギュスト・ルジャンドル少将、第1師団第11旅団長ロベール・ヴェイユ大佐、第2師団第21旅団長ステファン・ルイス大佐、第3師団第31旅団長ケヴィン・ヘンダーソン大佐、安全保障事務次官補ディエゴ・ジベルナウ――現・安全保障事務次官、安全保障事務次官補パーヴェル・サヴィツキィ。


 それから極めつけ、運輸副長官ドミニク・イバルリ――現・運輸長官と、元内務事務次官ターニャ・マカロワ――現・内務長官。


 ところどころの抜けを残したまま、“キャサリン”はネットワークを次々と色分けしていく。


〈こいつは……〉

 ジャックがやっとそれだけ絞り出した。


〈そう。早い話が、あなたの敵は――ゲリラは“惑星連邦”の中にいるのよ〉

 “キャサリン”は笑みを声へ含ませて、

〈それも奥深くに、ね〉


 ジャックは唾を呑んだ。


〈……ちょっと待て、〉

 言いさして、ジャックは言葉を切った。考えをまとめるような間を置いて、

〈じゃ、治安出動してくる連邦軍てのは……〉


〈……そうね、〉

 気付いたように、しかし冷静に、“キャサリン”は言葉を引き継いだ。

〈ゲリラを抱え込んでることになるわ〉


 ◇◇◇


『こちらフランシス・ベイナーです。軌道エレヴェータ“ハミルトン”前から、実況をお送りしています。陸軍が部隊を展開している状況がご覧いただけますでしょうか。現地では、刻々と緊迫感が高まっており……』


『資源統制準備法の改正を受けて急速に拡大している抗議行動に対し、惑星連邦政府は、市民に冷静な対応を呼びかけています。特に抗議行動が過激化している惑星“テセウス”各地に対しては、軍が治安出動に乗り出しており……』


 ◇◇◇


「もう、歩いた方が早いわね」

 マリィは、ペガサスのドアを開けた。


 “ハミルトン・シティ”上空、傾いた母恒星“カイロス”はすでに朱を帯びている。軌道エレヴェータへ近付くにつれ、渋滞はその度を増していた。


 “ハミルトン・シティ”北西、海上の軌道エレヴェータ基部とシティを結ぶ連絡橋。海を渡る風が車列に沿って流れていく。亜麻色のマリィの髪が風に踊った。

 運転席、エリックも地上へ降りた。ペガサスを自動制御に任せ、二人で軌道エレヴェータへ向かって歩き出す。

 眼前、軌道エレヴェータにイルミネーションの光が立ち上がる――。

 背後に騒乱の声が迫りつつあった。


 ◇


「おーおー、奴さん本当に暴動ン中で何かやらかすつもりじゃねェだろうな」


 ストライダの運転席、ロジャー・エドワーズが軽い声を上げた――“ハミルトン・シティ”を始めとする暴動のニュースを網膜に流しながら。


「だったとしてだ、飛び込んでく度胸があるのかよ?」

 エミリィ・マクファーソンが混ぜ返す。


「仮定の話は好きじゃねェな」

 ロジャーはむしろやる気を見せて、

「まさか奴さん、あの騒ぎン中でプラカードでも掲げるってんじゃあるまいな」


「まさか」

 エミリィが手を振る。


 そこへロジャーが食いつくように、

「じゃ何だよ?」


「だからオレに訊くなって!」

 エミリィがロジャーの顔を押し返した。

「大体なんで暴動の中なんだよ」


「あいつの連れ、“地球人”じゃねェか」

 常識を説くように、ロジャーが返す。

「“安全なとこに送ってく”って、そりゃ軌道エレヴェータだろ。暴動のど真ん中じゃねェの」


「“連れ”って……」

 エミリィが噛み付いた。

「何のことだ? おい、そんな話は聞いてねェぞ!」


「ああ、行き先しか話してなかったっけ、悪ィ悪ィ」

 わざとらしくロジャーがエミリィを片手で拝んだ。

「手配書の女だよ、“メルカート”の“尋ね人”。いやァいい女連れてやがるなと思ってさ」


「悪いで済むか!」

 エミリィの声が深刻の色をいきなり帯びた。

「あの野郎、ホントに暴動ン中飛び込むかも知れねェぞ!」





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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