5-1.臨界
『“バークレイ・ニュース・ネットワーク”のケイトリン・フォーブスです。“ハミルトン・シティ”のセントラル・パークからお送りしています。
“グリソム事件”をはじめとする資源統制反対運動――ここで開かれている抗議集会も、時間を追うごとに規模が膨らんでいきます。この熱気が伝わりますでしょうか。ご覧のように……』
『こちらは“クライトン・シティ”の中央通りです。資源統制法反対のデモ行進、未だに参加者が増え続けており……』
『“サイモン・シティ”の“クレイグ・スタジアム”では2万人規模の抗議集会が……』
◇◇◇
ジャックはアルビオンを走らせていた。ライトを消し、気配を絶って、エリックのペガサスを追う。
〈マリィは前方40キロまで離れたわ〉
“キャス”が告げた。万一に備えてマリィのナヴィゲータへ忍ばせておいた追跡プログラムが、現在位置を知らせてくる。
〈この距離を保て〉
ジャックは告げた――自らへ言い聞かせるかのように。
〈何よ、乗り込んでって殴り合いするんじゃないの?〉
〈人質取られてるのに気付かれてどうする〉
ジャックは歯を剥いた。
〈それに、彼女がうまくやればヤツは危害を加えない〉
〈ふン、〉
“キャス”がせせら笑うように、
〈相手はあんたみたいな“紳士”には見えなかったけど?〉
〈その時は邪魔してやるさ〉
ジャックは腕を組む。
〈そのためにくっ付いてってるんだろうが〉
〈回りくどいのね〉
“キャス”は興を削がれたように、
〈顔が同じだからって、考えてることまで解るってわけかしら〉
◇
「俺は……」
運転席、エリックがマリィへ訊いた。
「どんな男だったんだ?」
2人を乗せたペガサスは“ハミルトン・シティ”へ鼻先を向けている。
計器によれば時速にして100キロ以上、飛び降りて無事に済む状況ではない。そのせいか、エリックは銃口をマリィへ向けてはいなかった。運転は自動制御に任せ、両の腕を組んでいる。
隣のマリィは両の手を膝の上で組み合わせ、エリックへ顔を向けた。
「そうね、」
マリィは思案するように、顎へ指を当てた。
「どこから話したらいいかしら」
「なら、最初からでいい」
「最初に会ったのは、雨の日だったわ」
マリィは小首を傾げながら、
「ロンドン郊外の陸軍駐屯地で事故があったの。取材の人手が足りなくて、私も同僚と駆り出されたわ」
エリックが、無言で先を促す。
「途中でコミュータが故障してね。そこへ通りがかったのがエリック・ヘイワード――つまり、あなたよ。キース・ヘインズとヒューイ・ランバートも一緒だったわ――2人のことは覚えてない?」
マリィが問うように首を傾げる。しかしエリックは小さく首を振った。
「――非番だったらしいのね。で、コミュータを修理してもらったのよ」
「基地まで連れてったほうが早かったろう」
エリックの声に怪訝の色。
「私が嫌がったのよ」
「なぜ?」
「えー……、」
マリィは言葉を詰まらせた。
「……そうね、男性恐怖症、みたいなものよ。これ以上は訊かないで」
「済まない」
エリックは組んだ左手を掲げた。
「続けてくれ」
「で、彼らに付いて、基地まで取材に行ったのよ。そしたら、」
マリィは肩をすくめた。
「応急の救護所に引っ張っていかれたわ。基地のゲートで押し問答してたら、“取材よりケガ人の手当が先だ”って」
彼女の瞳が笑みをたたえた。
「でも、おかげで事故の状況は判ったわ。助かった人も何人かいたって。付き合いはそれが最初」
「で、治ったのか?」
「え?」
焦茶色の瞳が、マリィをまっすぐ見つめている。
「恐怖症さ」
「ああ」
マリィは自らを指差した。
「少しは、ね。誠実な人なら、かな」
「誠実、か」
空を探るような、エリックの声。
「表裏がなかったのは確かよ。変な下心がないって言うか――自然体で」
マリィは小さく頷いた。
「そうね――誠実で、正義感の強い人、かしら」
「正義感?」
「ろくでなしの上官を殴って飛ばされたって聞いたわ」
「そんなにホネのある男に見えるか……俺が」
エリックは親指を自らに向けた。
「実際にホネはあるんでしょ?」
「どうなんだろうな、」
エリックが片手で頭を抱える。
「思い出せない……」
「焦らないで」
マリィは相手の膝に手を載せた。
「時間はあるわ」
◇◇◇
「タイム・リミットの前に挫けそうだわ」
アンナ・ローランドはしょぼついた眼をイリーナ・ヴォルコワへ向けた。
「私が言うのも何だけど」
ここ丸2日、アンナはマリィの行方を求めて“アンバー・タウン”の出入りを監視している。
安ホテルの居室には、レンタルで調達したモニタが6台。そのいずれもがタウンに入る主要道路、仕掛けられた監視カメラの映像を束ねて映す。映像には画像処理が加わり、目標を自動で選り分けていく。狙うのはジャック・マーフィ名義で登録されているフロート・バイクFSX989とフロート・トレーラ・アルビオン。
が、3日目になっても成果は上がっていなかった。同様に監視を置いている2箇所でも、結果は変わらない。
アンナは機械だけでなく自分の目も監視に動員しようとした。――が、初日で音を上げている。とはいえ割り切れるわけでもなく、あきらめ悪くついモニタを眺めてしまう。
加えて、資金が底をつこうとしていた。
『アンナ、マリィからコールです』
ナヴィゲータ“ロッド”が涼しげな声で告げたのは、そんな時だった。
「取って!」
思わず声が大きくなる。
「イリーナ、マリィから連絡が!」
『アンナ、私よ』
マリィの声が、アンナの耳に飛び込んだ。携帯端末からと見えて、音声だけが伝わってくる。
「ああもうマリィ、今までどこ行ってたの!?」
そう言う声に力が入らない。
『詳しいことはまた。とにかく私は無事。いま“ハミルトン・シティ”に来てるわ』
アンナはソファから崩れ落ちた。
「……こっちも無事」
アンナは何とか口を開いた。
「あなたのこと追っかけて来たんだけど、めでたく無駄足になったみたいね」
『来た、って……』
マリィの声に疑問符が乗った。
『……どこへ?』
「“アンバー・タウン”」
マリィが息を呑む、その気配がアンナにも伝わった。
「入れ違いになったみたいね」
力ない苦笑を、アンナは浮かべた。
「まあいいわ。こっちはこれから引き上げるから、そっちで会いましょ」
言ってから、アンナは部屋を見回した。
「――っていっても、後片付けと移動で何日かかかりそう。この貸しはデカいわよ」
『……後でゆっくり聞くことにするわ』
マリィの複雑な声が届いた。
『ごめん、あと一件連絡入れなきゃいけないの。後でまた連絡するわね』
◇
〈ジャック、〉
“キャス”がジャックの聴覚へ割り込んだ。
〈マリィからコールよ〉
この2日、ジャックはマリィ達とつかず離れずの距離を保ってきた。彼自身はいまトレーラの運転席、“ハミルトン・シティ”を眼前に望んでいる。
『ジャック?』
マリィの声に乱れがない。彼女の無事を、ジャックは直感した。
「ああ、聞こえてる」
ジャックは声に安堵の響きを滲ませた。
「無事か?」
『大丈夫よ』
マリィの声に、心持ち笑みの表情。
『さっき“ハミルトン・シティ”に入ったわ』
〈声に異常なし〉
“キャス”が音声データを解析して、
〈嘘じゃないわね〉
「無事ならいい」
ジャックは訊いた。
「ヤツは?」
『隣よ。大丈夫、あなたの敵に回るつもりはないって』
「説得したのか?」
『道中いろいろ話したんだけど、記憶が戻らないって焦っちゃって――え?』
やや間があった。
『――彼、あなたの話を聞かせろって。約束してたわよね』
「約束、な」
約束などという生易しい話ではなかったはずだが――ジャックは苦笑を一つ漏らした。
「いいだろう。そっちはこれからどうする?」
『部屋を取るわ――あなたのことだから、付いてきてくれてるんでしょ?』
図星――ジャックは口を軽く曲げた。
「いいだろう。場所は――」
『彼が指定するって言ってるわ。えーと、宿はこれからなんだけど……』
「2人揃って顔を見せろと伝えてくれ」
『……解ったそうよ。宿が決まったらまた連絡するわ』
◇◇◇
「ずいぶんと雲行きが怪しくなってやがるな」
ロジャー・エドワーズが控えめに過ぎる感想を洩らした。
資源統制に反対するデモ活動は“ハミルトン・シティ”をはじめ、主要都市でなお続いている――報道機関はそう伝えていた。
第2大陸“リュウ”は“大陸横断道”上、2人を乗せたフロート・ヴィークル・ストライダは、自動制御で西進している。目指す先には“ハミルトン・シティ”、そこではジャック・マーフィが待っている――ことになっている。
「手前が言うなよ」
エミリィ・マクファーソンは冷たい声で横槍を入れた。
「火に油注いで回ってるクセして」
「あ、冷てェな」
ロジャーが口を尖らせた。
「おかげでヤケドしてる身にもなれってんだ」
エミリィは自らへ指を向けた。
「援軍の間違いだろ、そりゃ」
ロジャーも自分へ指を向ける。
「こんな素直なやつァそうそういねェぞ」
「押し売りを援軍たァ言わねェよ」
一言の元にエミリィが斬って捨てる。
「いいじゃねェか、戦力になるぜ?」
「遅れちゃ戦力もクソもねェ」
ロジャーの眉が踊った。
「リミットが近いのか?」
「そりゃ近いだろ」
エミリィの視覚にも、抗議デモの報道が映っている。
「例のデモ、盛り上がってるからな。そのうちシティにも入れなくなるぞ」
「急ぐったってタカが知れてる」
ロジャーはシートに背をもたせかけた。頭の後ろで両手を組む。
「どうせあと半日はかかるんだ、その間に暴動でも起きりゃ、奴さんだって足止め……」
言いかけたロジャーの声が変わる。
「まさかその暴動を狙って――やがるのかあいつ?」
「だからオレが知るかって!」
「しらばっくれるな。じゃ急ぐわけって何だよ? お前何知ってやがる!?」
「知ってりゃ急ぐかよ!」
そこで、言い合う2人の表情が固まった。
2人の視界の片隅、網膜に投影されるニュース速報が伝えていた――“ハミルトン・シティ”で大規模な暴動が発生した、と。
◇◇◇
「中尉、中隊出動準備。治安出動要請が出た」
アラン・オオシマ中尉へ、ハドソン少佐からの命令が下った。
「装備S。“陽が落ちる”前にも大隊出動命令が出るぞ」
「了解」
オオシマ中尉がデータ・リンクへ声を乗せる。
「伝達! こちらオオシマ中尉。中隊各員、出動準備! 装備S! “陽が落ちる”前にも出動がかかるぞ!」
中隊員全員に呼び出しをかけて、中尉自身も装備を整えにかかる――。
最後の一言に込められた暗号を、中隊員の全員が理解していた。“ハミルトン・シティ”駐屯大隊の過半も。
著者:中村尚裕
掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/
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