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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第4章 潜行
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4-8.捕捉

 アンナ・ローランドはドアを開けた。


 “アンバー・タウン”の中央部、運送業者向けの安ホテル。最小限の調度を備えた客室の窓からは、ありふれた田舎町のささやかな中心部の夜景が覗く。


「いま知り合いから連絡が入りました――警察と“メルカート”の情報源は押さえたそうです」

 アンナの背後、イリーナは数えるように指を折った。

「ミス・ホワイトを彼らが捕捉すれば、連絡が入ります」


「彼女が無事だったら?」

 トランクをベッド脇へ運んだアンナが振り返る。


「さっきの知り合いが同僚と街の出入りを見張ってます。“ランプリング・シティ”と“サンボーン・シティ”に2人づつ」

 イリーナは足元を指差した。

「あとはここ――ミス・ホワイト達がいずれかに補給に立ち寄ってくれれば、網に引っかかるはずです」

 それから、イリーナは付け加えた。

「日当は弾んでやってください」


「まあ、多分7日と保たないけど」

 アンナが軽く天井を仰ぐ。


「神経が?」


「お金が」

 唇の間から、アンナが小さく舌先を覗かせる。

「もう鼻血も出ないわ」


「思い切りましたね」

 イリーナが軽く両手を広げた。

「感心しましたよ」


「お金なんて生きて帰らなきゃ意味ないもの」

 アンナは肩をすくめた。

「単に開き直っただけよ」


「まあ、農場やら民家やらにまでは手が回りませんでしたがね」

 イリーナは苦笑を一つ、

「その時は“ハミルトン・シティ”で待つとしましょう」


 ◇◇◇


「妙、です」


 ビジネス・スーツの情報屋が顔色を変えた。振り向いた先にアントーニオ・バレージの怪訝な顔がある。

 監視指揮所へバレージを呼び出し、“アルビオン252”の行き先に非常線を張った――そこまでは良かった。


「“アルビオン252”が――、」

 その先、情報屋の言葉が続かない。


 回線の繋がる先、非常線では何も起きなかった。一方の監視指揮所では、“アルビオン252”はとうに非常線を通過した――ことになっている。


「……一体……」

 情報屋が額の汗を拭う。


『こちら非常線デルタ』

 連絡が入ったのは、予備の、さらに予備の非常線から。

『バンが来ます――“モスキート24”です』


「確認させろ」

 バレージが、不機嫌も露わに指示を出す。続いて口中、小さく呟きを噛み潰す。

「こいつは、やられたな」


 しばし、雑音の間に苦い沈黙。


『やられました!』

 回線のその先、バンに向かったフロート・カーから、非常線へ慌てた声――それが洩れ聞こえてくる。次いで非常線から、さらに度を失った報告が続く。

『バンには誰も乗ってません! 無人です!』


「付近に捜査網を展開!」

 喝にも似たバレージの一声が通る。

「獲物は近いぞ、応援を投入!」


「シニョール・バレージ!」


 部屋に飛び込んできた者がある。小柄ながら、背筋の通った細身。


「取り込み中だ、フランコ」


 バレージが細身――フランコを片手で制す。が、フランコは足を止めない。そのままバレージに歩み寄り、訝しむ相手の表情を見もせずに耳打ち一つ、


「ドン・マルティネッリが……」


 ◇


 音もなく、黒い影が空を滑る――。

 モータ・ハンググライダ、それが複数。操るのは、同じく黒づくめの装備に身を固めた人影。


 “サイモン・シティ”郊外。街の灯を見下ろす丘の上、向かう先には白い屋敷――“メルカート”構成員なら誰でも知るナンバ2、ジュゼッペ・ナヴァッラ邸がある。


 上空でハンググライダが旋回する。仲間を待ち、編隊を組み、タイミングを取ると一斉に降下。

 一隊は屋根へ、もう一隊が庭へ。屋根へ向かった2人がしくじった。行き過ぎて、それでも庭へ着地する。

 それぞれが肩から短機関銃SMG595を手にする。銃口には消音器。手信号だけで意思を交わし、合流して、屋根裏部屋の窓と勝手口へ。


 この間、約30秒。警備室の構成員は、いきなり現れた複数の侵入者に気付いた。警備の数人を確認に回す。

 まず勝手口の一隊が火薬で扉を破った。一拍おいて屋根裏部屋も続く。


 最初に出くわしたのは、キッチンでナイト・キャップを楽しんでいた中年の使用人。これは口を塞がれ、手足を縛って転がされた。

 続いて勝手口へ向かっていた構成員。相手を確認して、銃を抜く――その途中で胸を撃ち抜かれて崩れ落ちる。

 次にも1人、さらに1人――熟練した手際で、侵入者は邪魔者を処置していく。


 1分と経ず、侵入者はジュゼッペ・ナヴァッラの部屋へ押し入った。入り口を固めていた若者を殺し、ドアを蹴破り、バー・カウンタの裏にうずくまったナヴァッラを発見すると、侵入者は無言で引き鉄を絞った。

 さらに侵入者はアルバート・テイラーのいる客室へも到った。事態を把握する間すら与えず、テイラーの額に9ミリの穴を空ける。


 ◇


「“ナイト・アウル2”より報告、目標を処理完了」

 機械を思わせてオペレータの声。

「撤収開始」


 ケヴィン・ヘンダーソン大佐は満足気に頷いた。


 “サイモン”陸軍駐屯地、作戦司令室。メイン・モニタ、その最上部には目標3人の名が連なる。

 セルジオ・マルティネッリ、ジャコモ・マルティネッリ、ジュゼッペ・ナヴァッラ――最後の一つ、ジャコモ・マルティネッリの名に『処理完了』のマーカが重なった。

 傍ら、監査局“テセウス”支局の麻薬組織部長が手を差し出した。その手を取り、肩を叩き合う。次いで担当課長、さらに担当官――。


〈ケヴィン、〉

 ヘンダーソン大佐へ、ナヴィゲータ“ジェシカ”が告げた。

〈“血のサイン”からメッセージです〉


 ヘンダーソン大佐は眉も動かさず、握手を交わし続ける。“ジェシカ”が続ける。


〈読み上げます。“城は築かれた”〉


 “メルカート”のナンバ3、ピエトロ・ドナトーニが組織を掌握しにかかった、その符丁。同時に“テセウス解放戦線”との密約が成った、その確認でもある。


〈“修理屋”からメッセージが来ました〉

 “ジェシカ”が続ける。

〈“処置完了”〉


 今度はテイラーの“処置”が完了した、その合図。全てが順調に運んでいた。


〈ケヴィン、カトー軍曹からコール。緊急です〉


 作戦指揮を執る少佐の手を握ったところで、“ジェシカ”が告げた。


「失礼」


 ヘンダーソン大佐は司令室を出た。


〈大佐、目標を補足しました〉

 報告者――カトー軍曹が勢い込んで告げた。


〈でかした〉

 大佐は高速言語で応えた。

〈どこだ?〉


〈“アンバー・タウン”の北西、50キロ地点。農場があります〉

〈追跡できるか?〉


〈現在位置は追跡できてます〉

 カトー軍曹が付け加える。

〈宇宙港からの観測スケジュールに割り込みました。“カーク・シティ”からのルートに整合性があるのは334件のうち1件だけです〉


 “ジェシカ”が大佐の網膜へ、位置情報を映し出す。ライトを消して走る、トレーラの拡大画像が添えられた。


〈“アンバー・タウン”なら1時間で捕捉できる。追跡を続行〉


 一方で、大佐はエリックへ指示を飛ばした。


〈目標を捕捉した。やれ〉


 ◇


「ドン・マルティネッリが亡くなりました」


 バレージの耳元、フランコが告げた。バレージの表情が固まる。

 眼で問う。フランコは続けた。


「先ほどです。シニョール・ドナトーニから……」

「ドナトーニ!?」


 思わずバレージが声を上げる。自分の声を聞いてから気付き、周囲を見回すと、バレージはフランコの袖を引いて部屋を出た。


「どういうことだ」


「シニョール・ドナトーニから、通告があったんです」

 フランコの顔に血色がない。

「シニョール・ジャコモがドンを殺したと」


 犯人として挙げられたのは、ドン・マルティネッリの長男の名。バレージの頭から血が引いていく。


「……やりやがった……」


 頷き一つ、フランコが続ける。

「シニョール・オルソが仇を討ったと言ってます」


 ドナトーニが次男オルソを担ぎ上げ、ドンを殺して組織を乗っ取りにかかっている――その構図が頭の中に組み上がる。バレージはフランコの腕を掴んでいた。


「シニョール・ナヴァッラは!?」

 ドナトーニのライヴァルであるナヴァッラが、その配下であるバレージが、いつまでも無事であるわけがない。


「それが、さっきから連絡がつかないんです」

 フランコの息を詰まらせた。

「――逃げて下さい」


「何だと?」


 深刻を通り越して、間の抜けた声が出た。フランコがバレージの腕を掴み返す。


「逃げて下さい、あなただけでも。シニョール・ナヴァッラは今頃もう……」


 バレージが歯を軋らせた。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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