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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第4章 潜行
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4-3.思惑

 ロジャーはジャックのアルビオンを見送って、頭を掻いた。

「ってことはエミリィのヤツ、ジャックに何も知らせてねェのか……さて」


 ロジャーはエミリィにコールをかけた――もちろん反応なし。伝言に“ジャックの件だ”と一言、折り返しですぐさまコールがかかる。


『手前、どこまで引っかき回しやがる気だ?』

 開口一番、エミリィはロジャーに噛み付いた。


「どこまでも何も、」

 ロジャーは不服げな声を返す。

「眼の前で二の足踏んでる誰かさんとは違うんでね。直接顔を見て来てやったぜ」


『ああそうかい』

 エミリィは歯を剥いてみせた。

『嫌味だけならもう切るぞ』


「まあそう慌てなさんなって」

 ロジャー片手をひらつかせて、

「奴さんの行き先を聞き出したぜ。乗ってくるなら教えてやるけど?」


『何にだよ?』

 エミリィが歯を剥いたまま問い返した。


「あの野郎、女連れでな」


『だったらどうした!?』

 エミリィの機嫌がさらに傾いた。


「2人して“メルカート”に追われてるのは知ってるだろ?」

 構わず、ロジャーは続けた。

「あいつ、逆襲するつもりだそうだ」


『何を言い出すかと思えば……』

 エミリィは片手で頭を抱えてみせた。肚の中ではジャックの狙いを承知の上だが、それをロジャーに洩らせるわけもない。


「俺も誘われたけどな、お前はどうする?」


『……は?』

 不意を衝かれたと見え、エミリィの顔が呆けた。


「今回はお前さんのこと、黙っといてやったぜ」

 ロジャーは口笛ひとつ、

「感謝しろよ。次はどうなるかな」


『で、ジャックのヤツに肩入れしたら同じことだろうがよ』

 エミリィは指摘してみせた。


「ああ、そりゃそうだ」

 ロジャーはいま気付いたと言わんばかりに、

「でも、奴さんの反応は違うわな。歓迎されるのと、機嫌損ねるのと、どっち選ぶ?」


『……こんの野郎、』

 エミリィがあからさまに舌を打つ。

『そりゃ脅してるつもりか?』


「返事は今すぐとは……」

『ああもう、解ったよ! 手ェ貸しゃいいんだろう!』


「それじゃ、」

 ロジャーは満足げに頷いて見せた。

「合流といこうか。どうせ近くにいるんだろ?」


 ◇◇◇


 リムジンを降りると、暖色の照明の中にイタリアン・バール“ローザ・ロッソ”の入り口。

 ドアをくぐってウェイタに頷き一つ、アントーニオ・バレージは店の奥へと足を運んだ。階段を登って2階奥、待ち構えていた店長が応接室の扉を開ける。

 入って右手のソファにアルバート・テイラー。振り向いた右手のグラスを掲げる。


「失礼しとるよ」


 グラスの中でワインが揺れた。

 左手を一振りして店長を下がらせると、バレージはテイラーの正面へ。

「お待たせしました」


「こっちこそ急で済まんな」


 バレージへ眼を向けながら、テイラーはグラスを傾けた。それを見ながら、バレージは腰を下ろす。


「そちらはヤツを――あー、」

 つっかえる記憶を絞り出すように、テイラーはグラスを回す。

「マーフィを追っとるそうじゃないか、ん?」


「いかにも」

 バレージは背をソファに預けた。


「こっちはおちおち寝てもおれん。とっとと始末してくれんか」

「消せ、とおっしゃる」


 意外の一語を赤い顔に大書きして、テイラーはバレージを見返した。


「取り引きのためだ。当然だろう」


「我々は商品を――手広く、取り扱っておりますが」

 バレージは噛んで含めるように、

「人の命というものも、その一つでしてね」


「金が欲しいのか?」

 テイラーが、酒精に曇った目を細める。


「在庫がないものはお売りしかねる、とでも申しましょうか」

 バレージは肩をすくめて見せた。

「我々は生きたマーフィに用があるということですよ」


「では私はどうなる!?」


 テイラーのグラスがテーブルを叩く。バレージは毛ほども動じない。どころか、優しげな笑顔さえ相手に向けた。


「あなたは大事なお客様です。決しておろそかにはしませんよ」

「見せてもらいたいもんだな、自信のほどというヤツを」


 不満も露わに、テイラーはワインを飲み干した。バレージを睨みつつ、熱い息を吐く。


「結構。ナヴァッラにお引き合わせしましょう」

 バレージは腰を上げた。テーブル越し、テイラーに右手を差し出す。

「うちの大幹部です」


 ◇◇◇


「どういうこと?」

 予定の時間までにマリィが戻らないと見るや、アンナはイリーナに突っかかった。


『予想外もいいとこです』

 イリーナはイリーナで、不満の表情を隠さない。

『ご依頼の相手は見つけたし、面合わせもちゃんとやりました。ただその相手に賞金がいきなりかかったんで、予定が大狂いしたんです』


「それとマリィの行方に何か関係が?」

 アンナが突っ込む。

「彼女の身を護るのも依頼のうちじゃなかったの?」


『自分から賞金首に付いてったんですよ、常軌を逸してます!』

 声を上げかけ、イリーナは一つ息をついた。

『――ご説明しましょうか?』


「だとしても、責任は取っていただくわ」


『金を返せってんなら、そりゃやぶさかじゃありません』

 イリーナは画面の向こうで両手を挙げる。

『ただこっちも不本意でしてね。得体の知れない賞金首と連れ立って、しかも眼の前で出奔されたってんじゃ、こっちも信用丸潰れなんですよ。連れ戻してお灸の一つもすえてやりたいとこです』


「彼女を無事に連れ戻すおつもりがあると考えていいのかしら?」


 イリーナは頷いた。


『そうお考えいただいて結構』


「じゃ依頼は成立するわね」

 アンナも頷く。

「報酬は彼女の賞金と同額?」


『いえ、必要経費でお受けしましょう』


 ◇◇◇


「了解した」


 ケヴィン・ヘンダーソン大佐は、報告の暗号に答えた。

 暗号は、キリル・“フォックス”・ハーヴィック中将が拉致された旨を伝えていた。大佐はそのまま“サイモン”陸軍駐屯地内、訓練施設の一角へ足を運ぶ。


 ドアをくぐる。正面、一般兵舎と同じ調度を揃えたその部屋の中央に、テーブルを挟んで傷痕の男が座っていた。テーブル上には、エリック・ヘイワードの過去をつづった資料が並ぶ。


「不満かね?」

 ヘンダーソン大佐は小さく笑って、エリックへ問いかけた。


「……不満だね」

 エリックはテーブル越し、正面の大佐へ視線を射込んだ。


「出生、生い立ち、軍歴……」

 テーブル上の資料へ手をかざす。

「俺が欲しいのは書類じゃない、記憶だ」


「でっち上げだとでも?」

 大佐は笑いを崩さない。


「そうは言わんが、」

 エリックも引かない。

「通り一遍のデータじゃな」


「では、人ならいいのかね?」


 エリックの眉が動いた。応えるように、大佐が新たな資料をテーブルへ滑らせる。大佐は手応えを、相手の瞳に感じて取った。


「今回の目標だ」


 やや細めの顔立ち、鋭い眼、焦茶色の髪と瞳――エリックと同じ顔が、そこにあった。ただ一点、額から左頬にかけての傷痕一つを除いては。


 ◇◇◇


「よう、元気そうだな」

 “カーク・シティ”東端、エミリィの目前にストライダを停めて、ロジャーが片手を上げた。


「不機嫌だよ」

 エミリィは憮然とドアを開け、無言のまま助手席に収まる。


「これで俺を巻き込んだんだ、めでたしだろ?」


「――巻き込んだ!?」

 エミリィの声があからさまに尖る。

「誰が、何に?」


「そりゃお前、ジャックがだよ」

 知った顔でロジャーが答える。

「“メルカート”と喧嘩するのに、俺を巻き込んでくれるとさ」


 本音の片隅を突かれて、エミリィは口を閉じた。荒っぽくドアを閉めて、腕を組む。


「さてと、」

 ストライダを自動制御で走らせて、ロジャーは改めてエミリィへ顔を向けた。

「ジャックといいお前さんといい、“メルカート”とどう喧嘩するつもりだって?」


「あいつの始めた喧嘩、なんでオレがケツ持たなきゃなんねェってんだ」

 前を向いたままエミリィが返す。


「お前、色々とジャックにネタ仕込んでたろ」

 ロジャーは口の片端を持ち上げた。

「てことは、ヤツが何考えてるか知ってるよな」


「オレが知るかよ」


「お前さん追いかけてたら、いーいタイミングで“カーク・シティ”に辿り着いたぜ。ジャックのヤツ追っかけてたんじゃないのか?」

 ロジャーが鼻を鳴らした。

「奴さんに賞金がかかるの見越したみたいだったけどな。それとも、俺を巻き込むつもりで泳がせてたとか?」


 エミリィが顔をしかめて、掌をひらつかせた。


「うるせェな、ハエみたいに付いて回ってるヤツが悪いんじゃねェか」


 ロジャーに怯む様子はない。むしろ勢い込んで畳みかける。


「2週間ばっか前に“ハミルトン・シティ”で大捕物やったろ、あれがトリガだ。あの獲物、軍の横流し品を随分抱えてやがったな」

 ロジャーは指折り数えるように、

「しかもそれからだ、お前さんとジャックが襲われたのも、ジャックの野郎が動き出したのも」

 ロジャーは、指鉄砲をエミリィに突き付けた。

「忘れたとは言わせねェぞ」


 エミリィの旗色が顔に現れた。

「……だから何だってんだ」


「何か握ってるんだろ?」

 ロジャーは、むしろ優しげな調子で言った。

「例えば武器の横流しルートのネタとか、な。偶然にしちゃ出来過ぎてる」


 エミリィは両手を上げた。

「この馬鹿、本ッ当にどうなっても知らねェぞ」


 エミリィはロジャーの笑みを睨みつけた。


「望むところだ」

「戦争の真ん中に飛び込むことになっても?」

「もちろん――何だって?」


 ロジャーの声が低くなった。エミリィが人の悪い笑みを浮かべて見せる。


「この惑星の半分敵に回す覚悟があるのかって聞いてんだよ、ボケ」

「何だ何だ、急に話がでかくなったな、おい」


「だから覚悟はあるかって訊いたんだよ」

 エミリィは天を仰いだ。

「見かけによらず肝っ玉の小せェ野郎だな」


 今度はロジャーの顔が曇った。


「何にしろ、鍵を握ってるのはジャックのヤツさ」

 エミリィはロジャーへ向けて舌を出した。

「あいつの肚はあいつにしか判んねェ」


「よく言うぜ、自分で仕組んだくせに」


「首突っ込みやがったのは誰だよ?」

 エミリィは畳みかけた。

「でかい喧嘩になるのは判ってんだ、覚悟はできてんだろうな?」





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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