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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第4章 潜行
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4-1.行方

『次は、資源統制準備法改正の動きです。

 “惑星連邦”立法院は、資源統制準備法の改正案を可決しました。これにマシュー・アレン連邦行政総長が署名し、本日中にも成立する見込みです。これで、現行の資源統制準備法は大幅に強化・厳格化されることになります。一方、これに反対する動きが各惑星で本格化しており、大規模な抗議デモも……』


『“惑星連邦”安全保障省は、惑星“テセウス”をはじめとする星系“カイロス”に対し、駐屯軍を増派すると発表しました。これは陸軍第18師団、宇宙軍第6艦隊を中心とした部隊で、第18師団を率いるキリル・ハーヴィック中将は……』


 ◇◇◇


『お知らせします。宇宙港“クライトン”行きシャトル、ユニオン・スペース第425便にお乗りのお客様はB-3発着場へ……』


 惑星“テセウス”軌道エレヴェータの終着点、高度35000キロに位置する宇宙港“サイモン”。

 中央ターミナルの人ごみを縫って、一人旅の男が歩いている。引き締まった痩躯にロング・コートとソフト帽をまとった彼は、ポータ・サーヴィスの自走ロボットに自らのトランクを曳かせながら、“サイモン・シティ”行き軌道エレヴェータのプラットフォームへ足を向けていた。


「失礼」

 男の背後から声がかかった。

「キリル・ハーヴィック中将閣下?」


 質問の形こそ装っているが、その声には確信の響き。

 ハーヴィックの名で呼ばれた男は、しかし気付かぬとばかりに歩を刻む。その肩へ、分厚い掌がかけられた。


「――さて、」

 男は、さすがに足を止めて振り返った。小さく首を傾げてみせる。

「何かな?」


 振り返った先には、見るからに屈強な男が3人。いずれもSPが務まりそうな眼の持ち主だった。後続には旅装の2人連れ、押し隠した好奇心を視線に絡ませて、立ち止まった男4人をよけて過ぎる。

 キリル・“フォックス”・ハーヴィック中将は、麾下の第18師団とともに、惑星“テセウス”へと向かう途上にある――公式には。それがこの場所に、しかも一人で歩いていることは、一部の要人しか知らないはずのことだった。


「間違いはありません、閣下」

 背後の3人のうち、先頭の男が断じた。

「ご同行いただきましょう」


 男――ハーヴィック中将は、肩をすくめた。3人が中将を取り囲む。


 ◇◇◇


「冷えてきたわ」

 “ヒューイ”の後席、マリィがこぼした。

「まだ先?」


「じきだ」

 ジャックが返す。


 “カーク・シティ”の北西から西にかけて拡がる農業地帯。かれこれ50キロは走ったかというあたりで、ジャックは“ヒューイ”のスロットルを緩めた。


 視界には農場、大型サイロの群れと、大型農業機械用と思しき格納庫がいくつか。その間に、ジャックのトレーラ・アルビオンはカムフラージュ・シートをかぶって収まっていた。隣にジャックは“ヒューイ”を停める。


「ありがとう、助かったわ――改めて」

 “ヒューイ”から降りつつ、マリィは冷えて硬くなった腕を抱えた。

「これから、どうするつもり?」


「“ハミルトン・シティ”まで送って行く」

 “ヒューイ”をアルビオンへ向かって押しながら、ジャックはマリィへ眼を向けた。

「お前を」


「え?」

 マリィは思わず自分へ指を向けた。

「私を?」


「そうだ。こいつで送って行く」

 ジャックは眼前のトレーラ、コンテナのスロープ・ハッチを開けながら、

「お前こそどうするつもりだったんだ? “サイモン・シティ”あたりに戻る気だったのか?」


 ――図星。マリィは肩をすくめた。


「……それしか考えてなかったわ」


「やめとけ」

 手を一振り、ジャックは斬り捨てた。“ヒューイ”をトレーラへ押し入れる。

「“メルカート”のお膝元だ、わざわざ捕まりに行くのようなもんだぞ」


「そう、ね」

 溜め息一つ、マリィは認めた。

「でも“サイモン・シティ”に友達がいるのよ。何とか連絡をとって、合流したいわ」


「俺達には賞金がかかってる」

 ジャックは“ヒューイ”をコンテナの床へ固定しつつ、

「下手するとそこら辺の賞金稼ぎが押し寄せて……」


「賞……金?」


 マリィが呆けたように繰り返す。現実感のない単語。亜麻色の前髪を、思わずかき上げる。


「賞金? 私に? 礼金じゃなくて?」


「賞金が、」

 ジャックは噛んで含めるように、指先を往復させた。

「俺達2人に、だ」


「――どうして!?」


 遅れて感情が声に乗った。半ば裏返った声を自分で聞いて、マリィは慌てて口元を押さえる。


「こっちが教えてもらいたいくらいでね」

 コンテナの中で、ジャックが立ち上がる。

「まあ、あれだけ派手に立ち回った後なら当然か」


「立ち回りになった大元のわけは?」

 マリィが口を尖らせる。

「教えてもらってもいいんじゃないかしら」


「判らない。言ったろう」

 ジャックは肩をすくめて見せた――心当たりがないではないが、それには触れない。

「言いがかりでも濡れ衣でも、黙って捕まる義理はない」


「そういう、組織みたいなのには逆らえないものだって思ってたわ」


 マリィが小さく首を振る。亜麻色の髪が小さく踊った。


「生き死にまで赤の他人に決められてたまるか――違うか?」


「……そういう立場にいるわけね、私」

 マリィは前髪を掻き上げ、天を仰いだ。見慣れない星空が拡がっている。


「理解が早くて助かる。つまり俺達は“メルカート”に見つかると、」

 ジャックは手刀を首筋に当て、軽く舌を出してみせた。

「こうだ」


「生きてることを知り合いに伝えても?」

 マリィが腕を組んだ。


「“メルカート”を甘く見るな。何にしても、まず“メルカート”の縄張りを出て、それから考えた方がいい」

 ジャックはトレーラを小突いてみせた。

「こいつで“ハミルトン・シティ”までは送ってやるとして、そこから“クライトン・シティ”まで渡れ」


「この惑星を3分の2周も逃げ回るの!?」

 思わずマリィの声が上がる。

「そこまで追って来るってわけ?」


 “ハミルトン・シティ”までは大陸を横断して3分の1周、そこから海を渡って“クライトン・シティ”までがさらに3分の1周ある。


「そういうことだ」


「まあ、それだけ時間はあるってわけね」

 マリィは舌で口の端を湿しつつ、ジャックに視線を据えた。

「エリックの話を聞く時間が」


「時間か」

 ジャックはトレーラの運転席へ足を運ぶ。

「今はないな。乗るか乗らないか、そいつは今決めてくれ」


 相手の正体を確かめるどころか、今は逡巡の余地さえなかった。


「あなたが私を守ってくれるわけは?」


「巻き込んじまったからな」

 運転席からジャックが答えた。

「まあ信じるかどうかは、お前次第だ」


「――乗るわ」


 自称“得体の知れない賞金稼ぎ”と、2人だけで大陸“リュウ”を横断する――その道行き。それを思うだに、肩に提げた銃の重みを、マリィは感じずにいられなかった。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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