19-6.真贋 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
フォーク軍曹の肩へロジャーの手。
〈有線に切り替えろ。妨害波がくる〉
〈正気か!?〉フォーク軍曹が語尾を跳ね上げた。
〈正気も何も、〉ロジャーが苦る。〈“キャサリン”を前にしちゃ吹っ飛んじまうぜ?〉
半瞬だけ嫌悪を覗かせて、フォーク軍曹は頷きを返した。キースへ向き直る。〈“K.H.”!〉
〈私が行きます!〉すかさず“クラリス”。〈掩護を!!〉
クィネル大尉の返事を待たず回線へダイヴ。“裏口”をくぐって“ゴダード”へ渡り、最短経路で船務中枢へ駆け上がる。
特定。エアロック。稼動しているのはただ1基、マリィの位置は自ずと知れる。ただし安全装置の構造上、ここから干渉の手は及ばない――直接は。
呼び出したのは給電マップ。問題のエアロックに電源は独立して3系統、いずれにも『稼働中』のタグが立つ。操作系と排気ポンプ、そして――吸気ポンプ。
〈!〉反応、“ウィル”。
艦内各所に忍ばせたプローブ・プログラム、その一つが応答しない。〈船務中枢に!?〉
“イーサ”は通信スタジオで工作中。となれば即ち――、
〈すっ飛ばしてきやがった!〉
現状固定のプログラムを最小限、それだけ残して“ウィル”が飛ぶ。船務中枢。踊り込む。
迎撃。クラッシャ。回路に熱。
キースが肩越し、眼だけで問い。フォーク軍曹とロジャーが壁の固定端末を指し示し、
〈有線へ!〉〈ぶった切るとよ!〉
聞いたキースが壁を一蹴り、手近の固定端末へ。〈何があった!?〉
〈“キャサリン”だとさ〉応じてロジャー。〈詳しい話はギャラガー軍曹にでも……〉
〈こちらギャラガー軍曹!〉そこで壁の端末から反応。〈説明は後だ! 今すぐ有線に!!〉
〈先に訊かせろ〉キースは譲らず、〈なぜ無線を切る?〉
ギャラガー軍曹は舌打ち一つ、〈……“キャサリン”だよ! どこかの端末に潜ってる!!〉
〈端末に?〉キースが片眉を踊らせた。その視界の端に『携帯端末:通信異常』。
確かめる。左腕。携帯端末直結の表示画面――そこへ。
文字表示――『SOS』。
そのさらに下へ――『from “Cath”(“キャス”ヨリ)』。
囮が消えた。進路を変える。船務中枢のプロセッサ群、“クラリス”がクロックをかち上げる。
――甘い!
平時から仕込んだトラップ発動。自律プローブ群が索敵開始、中枢内を一斉走査。
動いた。“クラリス”。囮を置いて転送――直後に反応消失。ただ探られる相手でもない。
だがプローブ群も伊達ではない。平時からの違和、これを即座にあぶり出す。
見えた。痕跡――監視網。さらにトラップ、クラッシャ発動。標的プロセッサの抱えるデータをカオスへ還す。電源遮断。再起動――と。
異変――。
クロック上昇。映像処理系――からの反応消失。
――筒抜けよ!
見れば瞭然、映像データに映るもの――マリィのプレシジョンAM-35。
〈端末を〉肩越し、キースがフォーク軍曹へ。〈ナヴィゲータは退避。無線通信ユニット電源切断。クロックを落としてこっちへ〉
〈何の話だ?〉ロジャーから怪訝声。
キースは無言で左腕、携帯端末直結の表示を見せる。
〈こいつァ……!〉ロジャーは声を低めて、〈で、信じたのか?〉
〈私の端末を〉フォーク軍曹が手を懐へ。〈“シェラ”、退避しつつ状況を艦内スピーカへ〉
〈タチの悪い罠だろうさ〉キースの声がはっきり苦い。〈“キャサリン”はそんなに甘くない〉
〈退避完了〉艦内スピーカから“シェラ”の声。〈携帯端末は省電力モード、クロック上限を5%に設定。無線通信ユニットの電源切断〉
〈これでよければ〉フォーク軍曹が差し出して携帯端末。
〈助かる〉キースが受け取り、懐から接続ケーブルを引き出す。
〈何やってる!?〉壁の端末からギャラガー軍曹。
〈説明してる暇がない〉キースはケーブル先端をフォーク軍曹の端末へ。〈艦内無線をジャムるならジャムれ。ただし今すぐ〉
〈くそ!〉ギャラガー軍曹が舌打ち、〈カウント省略! 艦内妨害波発振――今!!〉
途端、視界へ警告ウィンドウが跳ね上がる――『切断・無線通信』。同時に他のウィンドウ群が消え失せた。
〈勝算は?〉小声でロジャー。
〈迷えば負ける〉キースが指先、接続ケーブルをフォーク軍曹の端末へ――、〈なら前へ進むさ〉
転送。“クラリス”。電源系。
敵の狙いは見えている――マリィの映像、その手元。この映像を『事実』として死守せねば、エアロックの中身はマリィ・ホワイトたり得ない。
ゆえに。
狙う。映像処理系。囮に紛れてクラッシャを放つ。
かかった。妨害。囮が消える。手繰る。その先――、
――もらった!
『どうしたね、“K.H.”?』チャンネル001、ヘンダーソン大佐が苦笑を肩頬へ引っかけて、『何かトラブルでも?』
「そうだな、」壁面の固定端末越し、キースがチャンネル001の大佐を睨む。「そっちの手口に感心してたところだ――ともかく続きだ」
今この瞬間にもマリィの命は脅かされている。迷いを抱く余裕はない。
「問題の書き込みにはこうある――“今はコリンズ家の庭にいる。空が青くて綺麗なので、庭で犬と遊んでいるところ。犬が離してくれない。時計は14時08分”」
チャンネル001、大佐の眼が――細まる。
押し込む。“クラリス”。映像処理系プロセッサ。
勝手知ったる庭も庭。平素の仕込みも呼び起こし、敵の気配を囲い込む。
そこへ。
違和。
時間が、クロックが、わずかに――遅い。
直感。反転。距離を取――ろうとして果たせない。
反射。パージ。探査系。本体から捨て逃げを打つ。
消えた。喰われた。その気配。一も二もなく紛れ込む――データの流れ、マリィの映像、その行方。
――ここ!?
見た。“裏口”。少なくともその一部。整備用の更新ツール、それが電源系へと流してデータ、暗号処理のオマケ付き。
「この時、マリィがいたのは1408号室」キースの声が一段低まる。「他にも傍証はあるが、問題はこの時にマリィが使ったハンドル・ネームだ」
〈来たぞ!〉
軌道エレヴェータ“クライトン”管制室。ドレイファス軍曹がチャンネル035のレイアウトを操作。キースのアップに並んでマリィのプレシジョンAM-35――が。
乱れ――途絶える。
〈何があった!?〉シンシアが声を跳ね上げた。
『“トーヴァルズ”からの信号が?』“トリプルA”には怪訝声。『いや、これは“ゴダード”内部の』
『スカしてんじゃねェよ!』鋭くシンシア。『予備は!?』
返答に代えて文字データがただ一語――『潜行中』。
「ケヴィン・ヘンダーソン大佐!!」キースの声に滲んで怒り。
『ふむ、』チャンネル001、ヘンダーソン大佐は片眉だけを動かして、『何か問題でも?』
「よほど都合が悪いと見えるな」キースは歯軋り一つ、「エアロックのマリィが生きていると」
『なかなか巧妙な罠のようだが』ヘンダーソン大佐は小さく頷き、『そもそもミス・ホワイトの“本物”はここにいる』
大佐が示して掌、その先で小首を傾げてマリィの姿――に。
一瞬。
大きく。
よぎって、
ノイズ――。
「見たか!?」
軌道エレヴェータ“クライトン”管制室、バカラック大尉が中継映像にかじり付いた。
「もちろん!」ドレイファス軍曹が声だけを返す。「記録も――残ってます! 完璧!!」
「拡散!」バカラック大尉が勢い付く。「チャンネル035、緊急放送ネットワーク! 掲示板だろうがゴシップ界隈だろうが構わん、ありったけばら撒いて回ってやれ!」
「言われなくても! “カレン”!」機器を操るドレイファス軍曹も興奮を隠さない。「待ってましたよ、『大佐がミス・ホワイトを味方に付けたのはハッタリ』だってね!!」
〈やりやがった!〉シンシアから快哉。
チャンネル035が大映し――ヘンダーソン大佐とその隣、ノイズに乱れるマリィの虚像。
〈今だキース、畳みかけろ!〉
『いいだろう』チャンネル035、キースが声を一段低める。『マリィが“ティップス”の掲示板に書き込んだハンドル・ネーム、こいつに話を戻そうか』
続いてキースが指招き、『エアロックのマリィから送られてきた映像を。録画でいい』
応じてウィンドウがポップ・アップ、マリィのプレシジョンAMー35を大映し。
『そいつが――』キースの声が凄みを帯びる。『――“プレシジョンAM-35の傷(左上)”』
一致。傷痕――左上。
『つまり、』キースの声が静かに滾る。『ケヴィン・ヘンダーソン大佐が側に置いているマリィは――、』
小さくチャンネル001をインサート。中でヘンダーソン大佐の片眉が――小さく踊る。
確かめたように、キースが事実を突き付けた。『――ただの幻影、ということになるな』
轟音が――半減。
マリィの視覚、気圧計。数字が減少――から増加へ転じる。
張り詰めていた緊張が――切れた。膝から力が抜ける。低重力の床へとへたり込む。
肺に熱。視界が晴れる。そのままマリィがくずおれ――かけたところへ支えの手。
拍手――に続いて、押し殺したような笑い声。
チャンネル001――ヘンダーソン大佐が小さく、しかし何度も頷きを重ねる。
『なるほど、結論はここに定まったというわけだ――では、』大佐は一つ小首を傾げて、『すぐにでもミス・ホワイトを保護せねばな』
『面の皮が厚いようだな、大佐』チャンネル035、キースの眉に険が乗る。『マリィを抹殺しようとした事実がそれで覆ると思うのか?』
『そちらこそ短絡に過ぎないかね、“K.H.”?』チャンネル001、大佐が片頬で不敵を描く。『ミス・ホワイトの幻影が私の差し金だとでも?』
『他に誰が?』キースが大仰にすくめて肩。
『例えば、悪意の第三者』大佐は悪びれる気配も見せず、『この星系に波乱を招いて得をする連中がいるな。少なくとも君の味方ではないはずだが?』
『マリィを殺そうとしておいて、』キースの声にはっきり憎悪。『何を今さら』
『私は手を下しておらんよ』大佐は両の掌を見せ、『エアロックが勝手に作動しただけだ――違うかね?』
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