18-8.残像 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
〈決まりだ〉決然とロジャー。〈“ネイ”、“トリプルA”の直通回線を〉
“ネクロマンサ000”操縦室。各自の視界に通信マップがポップ・アップ。
〈下手なところを経由するとまずいんじゃないのか?〉ガードナー少佐から当然の疑問。
〈この際、軌道エレヴェータや宇宙港の方が危険と見た方がいいだろう〉キースに思案顔。〈どっちも戦場の真っ只中だ。どこで“キャサリン”に引っかけられるとも知れん〉
〈にしても、〉ガードナー少佐が踏み込む。〈下は海のど真ん中だぞ〉
〈考えてるさ〉ロジャーに自信。〈戦場じゃなきゃいいんだろ? なら迂回するまでよ〉
〈“ハミルトン”か?〉キースが片眉を踊らせた。
軌道エレヴェータ“ハミルトン”は現在位置から見て惑星“テセウス”の裏側にある。
〈そ、回り道しちゃいけねェって法はねェ〉ロジャーは右手に指一本――高高度側。〈地平線を越えりゃいいんだろ? 中継点なら上にあるじゃねェか――光発電ファームが〉
〈狙いは何だ、“キャサリン”?〉救難艇“フィッシャー”の医務室、暗闇にシンシアの問いが浮く。
その視界、立体描画のネットワーク図に赤一色――例外はヒューイの生命維持装置と、外部へ繋がる通信系。
〈わざわざ通信系を残した理由、〉涼しく“キャサリン”。〈解るでしょ?〉
〈け!〉シンシアが鼻息一つ、〈人質を生かすためってか〉
〈それだけじゃないわ〉諭すように“キャサリン”。〈あなたなら解ると思うけど?〉
〈救けを求めろって?〉シンシアが声を低めた。
〈要らないなら切っちゃってもいいけど?〉むしろ楽しげに“キャサリン”。
〈……!〉シンシアが歯を軋らせて、〈……やりゃいいんだろ、畜生め〉
〈察しがよくて助かるわ〉柳に風と“キャサリン”。〈素直は美徳よね〉
〈こきやがれ〉シンシアの声に、しかし勢いはない。〈“ウィル”?〉
〈……少し待て〉“ウィル”の声が重い。〈罠を外す〉
〈時間稼ぎはほどほどにね〉“キャサリン”が軽く差して釘。
赤の輝点がネットワーク図上、しかも多数――それが、掃くかのように緑へ転じた。
〈中継プロセッサは掃除しといたわ〉次いで“キャサリン”が声を低める。〈小細工は考えない方が彼のためよ?〉
〈“ウィル”?〉細く、小さく、シンシアの声。
ネットワーク図に明滅、ヒューイを囲む赤が――消える。
と。
明滅。医務室に光。視覚へウィンドウが複数、いずれもノイズ。
そして再び――暗転。今度は“キャサリン”の気配が消える。
「くそ!」ドクタが耳をヒューイの胸へ。
シンシアが跳んだ。ヒューイのベッドへ。“ウィル”からのケーブルを生命維持装置へ。視覚へヒューイのバイタル・サインが――映らない。
〈早く!〉シンシアの声が闇に滑る。
〈早く!〉“ウィル”に焦りが滲む。
〈早く!!〉祈りが虚しく響く。
いびつに視覚へウィンドウが群れを成す。戦術マップ、ネットワーク図――遅れてヒューイのバイタル・サイン。
直線――。
〈――!!〉シンシアが息をはっきり呑んだ。
『手短に頼むよ』“トリプルA”は余裕も見せず、『さっき“フィッシャー”の反応が途切れてね』
“ネクロマンサ000”操縦室。“トリプルA”への直通回線は軌道エレヴェータ“クライトン”を経る。
「深刻か」ロジャーが低めて声。「代わる。“キャス”だ」
『データ送信中』“キャス”も言葉を切り詰める。『こいつを“フィッシャー”にぶち込んで』
『穏やかじゃないね?』それだけ“トリプルA”。
『説明が要る?』応じて“キャス”。
『いや、』短く“トリプルA”。『賭けるよ』
救難艇“フィッシャー”、医務室の暗闇に――絶叫。シンシア。
〈手前――!!〉
〈何の……!?〉“キャサリン”の気配が――怪訝に歪む。
視覚へ赤。ネットワーク図。一角、囲う。補助電源。揺らぐウィンドウに一点――緑。通信系。
“キャサリン”の気配が――消えた。
遅れて照明、視覚を刺す。
『急いで』スピーカへ淡然と“カロン”。『隔離したけど、長くは保たないわ』
視覚の隅、ネットワーク図の通信系に緑。
ヒューイのバイタル・サインにノイズ――から波形。生命が脈を打つ。
その横、ネットワーク図上の赤が――崩れる。
〈ァはン、〉怒りを滲ませて“キャサリン”。〈結構なお芝居だこと。一杯食わされたわ〉
バイタル・サインへ再びノイズ。直後、ウィンドウが掻き消える。
『ハイ、』“カロン”が割り入る。『お忘れ?』
ネットワーク図、ヒューイを囲い込んで赤。
〈患者を餌に?〉“キャサリン”が鼻息一つ、〈見上げた医者ね〉
『そこを衝いてくるのは、』“カロン”が冷ややかに、『どこの下衆?』
〈減らず口ね〉低く“キャサリン”。〈恨まれるわよ?〉
『知ってる? 悪党に勝てるのはね』“カロン”が不敵に――高速言語。〈悪党だけなのよ〉
赤が差す。予備電源。さらに一回り、なお一回り。止まる。沈黙――。
〈大丈夫なのか?〉シンシアに疑問の声。
〈“キャサリン”のいるブロックを電源系から吹っ飛ばしたから、〉“カロン”はさも当然のように、〈しばらくは時間が稼げるはずよ〉
〈いや、〉“ウィル”が割り入る。〈どうやって突き止めた?〉
〈秘密〉素っ気もなく“カロン”。〈そう自慢げに手の内を晒すもんじゃないわ〉
〈電源落としたのは!?〉シンシアが噛み付く。
〈仕込みはしてあるわよ。そういう演出〉“カロン”に反駁。〈不意も衝かずに勝てる相手?〉
〈気に入ったわよ、〉そこへ“キャサリン”。〈悪党さん〉
〈褒め言葉と思っておくわ〉動じず“カロン”。〈タネを訊いてもいいかしら?〉
〈遠慮しとくわ〉“キャサリン”に凄味。〈お互い様ね〉
〈不意を衝かなかったのは?〉“カロン”に問い。
〈話すと思う?〉“キャサリン”も返して問い。
〈いいえ〉淡然と“カロン”。〈相場からして時間稼ぎよね〉
〈だったら、〉“キャサリン”に興味の色。〈どうするの?〉
〈こうするのよ〉“カロン”が宣言、同時に――途絶。ネットワーク図が掻き消えた。
〈“ウィル”!?〉シンシアから鋭く問い。
〈隔離――いや、〉“ウィル”が信号を手繰る。〈防壁迷路だ! “カロン”が前に出た!!〉
〈やべェ!〉シンシアが悟る。〈あいつヒューイから手が離せねェ! ――“ウィル”!!〉
〈了解、〉“ウィル”が先を読む。〈“カロン”の救けに入る!!〉
言い残して“ウィル”がダイヴ。気配を手繰る。“カロン”の痕跡を手繰り、ネットワークの断絶を抜けて――外へ。
――“キャサリン”!
気配。レーザ通信機。押されて“カロン”。探る。“キャサリン”の気配――、
航法中枢。
――まずい!
強攻。クラッシャ。叩き込む。洩れる気配も構わない。
直感。反撃。襲い来る。
クラッシャ炸裂――間一髪。
飛ばす。囮――を兼ねてプローブ・プログラム。気配を殺して潜む――操舵中枢。
いた。“キャサリン”。通信中枢。痕跡――破損データにタイム・スタンプ、しかも直前。
と。
見る間にプローブの応答が消えた――かと思ったところで反応を検知、ただし断片。見るに、プロセッサの演算速度が極めて遅い。
――“カロン”か?
“ウィル”に推論。“キャサリン”の手とは毛色を異にするその手法、消去法で“カロン”を除けば他にない。
手繰る。形跡――ふと消失。
察する。戦場。剥き身の敵意。
――いる、な……。
思案する――介入の、その手立て。
その思考が――ふと加速。気付く。“カロン”介入、その影響。
そこへ敵意。“キャサリン”。すんでの差。プロセッサから逃げ出す間もあらばこそ、回路を灼かんばかりの過負荷が襲う。
餌にされたと思う間もなく異変の兆候、通信中枢の演算速度が――上がる。
――まずい!
“ウィル”に焦りが兆す。通信中枢は外部との連携を司る。外部から介入している“カロン”にしてみれば、戦場とするに諸刃の剣――タイム・ラグ最短にして接続の要、破損は即ち負けにも等しい。
過負荷――通信中枢が悲鳴を上げる。
視えた――“キャサリン”。航法中枢――今なら。
仕掛ける。“ウィル”。軌道要素の偽データ。対地速度、各部スラスタ、周辺宙域の航路情報に紛れ込ませて細分化データを送り込む。
――さァて。
猶予はない。よって凝った仕掛けも施せない。だが“キャサリン”の一角なりと脅かせれば――その狙い。
――行け!
信号。実行。航法中枢、只中でクラッシャがで組み上がる。
発動。喰らう。狙うはプロセッサことごとく、目論見は圧倒的な負荷率そのもの。破損を狙わず、回路も損ねず、ただマシン・パワーを奪い去る。
異変。転じた。“キャサリン”の足場が挫ける――かと視えて。
――楽しそうね?
“キャサリン”の意志が滑り込む。
急転。離脱。“ウィル”が逃げに転じ――間に合わない。
暗転――を“ウィル”が覚悟した、そこへ。
違和感。遅延。すぐ背後。視える。“キャサリン”が――遅い。
咄嗟。クラッシャ。“ウィル”から奥の手。狙いは“キャサリン”――ではなく、その位置にある中継プロセッサ。
いかに強力なナヴィゲータでも、宿るプロセッサごと破壊されれば無事で済む道理はない。灼けるプロセッサもろとも、“キャサリン”の気配も掻き消え――、
――やるじゃない。
明後日の方向から――響く声。
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