18-3.進入 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
『患部確認』“カロン”が医療モニタ、ヒューイの身体模式図から心臓付近をズーム・アップ。『きれいな処置だわ。いい腕ね』
「そいつはどうも」言葉少なにドクタが返す。「銃創が単純だったからな。何より患者の鍛え方が並ではなかった」
『問題は失血ね』“カロン”の声が転じる。
「輸血は継続中だが」ドクタが応じる。「患部がまだ血圧に耐え切れるとも思えん」
『瞬間接着剤?』“カロン”が訊く。
「除菌も兼ねて」ドクタが返す。
周囲の水分を奪って凝固する瞬間接着剤を前にしては、患部の雑菌も水分の塊でしかない。結果、接合部の周辺には雑菌もミイラしか残らない。
『物理処置としてはいいけど、』“カロン”がヒューイの血圧をグラフに出す。『患部が癒着するまで患者が低血圧に耐えられるか――問題はそこよね』
「それに、見逃した傷もある――焼くのか?」ドクタが問いを差し入れる。
『癒着の前に血圧を上げられればいいのよ』軽やかに“カロン”。『接着剤で塞いだ傷に関しては補強を考えるわ。それより問題は塞ぎ切れていない傷でしょうね』
「ナノ・マシンの出番か」ドクタの声が影を帯びる。自前の腕を否まれていい気はしない。
『力仕事はナノ・マシンの仕事じゃないわ』見透かしたように“カロン”が補う。『そもそも物理処置が丁寧でないとお呼びじゃないの、お解り?』
「お心遣い、痛み入るね」ドクタが肩を小さくすくめる。
『現状評価は医療の基本でしょ?』遠慮の一つも見せずに“カロン”。『おためごかしは邪魔なだけ』
「なるほど」ドクタが表情を改めた。「では、次は――患部を焼くのか」
『時間が惜しいわ』“カロン”に即答。『ナノ・マシンを探査と治療の2グループに分割。優先順位が決まるまで傷を片っ端から塞いでいくわよ。電磁誘導、給電開始!』
『ァはン、』“キャサリン”の声に機嫌が乗る。『上等じゃない』
ノース軍曹の視覚に宇宙港周辺のネットワーク図がポップ・アップ。近傍に錨泊中の貨物船へ“ポーリ”の船名タグ、そこへ視点がズーム・イン。中のプロセッサ、過半の緑が示して“制圧済み”――それが一気に拡大、緑一色。
『何を?』ノース軍曹が浮かべて怪訝。
『あら、知らされてなかった?』応じる“キャサリン”に悪い笑み。『“メルカート”はむしろ味方よ。あなた達、危なかったわね』
視覚に今度は承認データが浮き上がる。暗号キィに付されたサインは――ピエトロ・ドナトーニ。
『“メルカート”のナンバ3が……!?』ニールセン大尉が色を失う。
『はいそこ訂正』澄まし声で“キャサリン”。『今はドン・ジャコモ・マルティネッリの補佐役よ――詰まるところ実質のトップね』
『いつの間に?』ノース軍曹がニュースを漁り出す。
『表沙汰にはなってないわよ?』“キャサリン”が語尾を踊らせて、『理由はお察し。ま、騒ぎのドサクサで紛れるようにしたんだけど』
『つまり、』ニールセン大尉に嫌悪が兆す。『裏で手を組んだのか?』
『ノー・コメント』悪戯っぽく“キャサリン”。
『にしても、』ノース軍曹に疑問がくすぶる。『本当に第3艦隊は回線を維持して?』
『他にどうやって?』さも当然とばかりに“キャサリン”。『彼らは“サイモン”の通信アンテナに細工したのよ――それもステルスに入ってから』
『ホットラインを使わないのは?』ふとノース軍曹が問いを口に上らせる。
『あら、よく判ったわね?』“キャサリン”の機嫌はむしろ麗しい。
『軌道エレヴェータ側を手繰るなら、』ノース軍曹が考えを巡らせ、『“サイモン”側からホットラインを使えば早いはずじゃ?』
『そこまで酔狂じゃないもの』歌うかのように“キャサリン”。『バレバレでしょ? トラップの一つも張ってないはずないじゃない』
『じゃ、』ノース軍曹が問いを重ねる。『軌道エレヴェータ区画の側から通信してると踏んだのは?』
『この隔壁を見ちゃえばね』鼻歌さえ交えんばかりに“キャサリン”。『ガッチガチに隔離してれば怪しくもなるわ――さ、そろそろ仕掛けるわよ』
警告の赤に視界が染まる。
「こいつは!?」ドレイファス軍曹から鋭く声。
軌道エレヴェータ“クライトン”管制室。
『はい捕まえた』歌わんばかりに降って声。『おイタはそこまでよ』
そこで視覚にウィンドウ一つがポップ・アップ、中央にロゴが示して『“キャサリン”』。
「“キャサリン”!?」ドレイファス軍曹が語尾を疑念で弾き上げ、「どうやって!?」
『説明する義理はないわね』涼しく“キャサリン”。『ま、せいぜい大人しくしていて』
言う傍らで“キャサリン”が視覚へウィンドウの群れ――その中に。『はいビンゴ』
データの流れを示す模式図、それが明滅。拡大、拡大、さらに拡大して手繰り出すのは――外殻のレーザ通信機、その一基。
そして、“キャサリン”の声が妖しく踊る。『見ィつけた』
〈“キャサリン”より通信!〉第6艦隊旗艦“ゴダード”、総合戦闘指揮所に通信士の声が飛ぶ。〈データ来ます!!〉
その声が消えるより早くメイン・モニタにウィンドウ。表示はシンプルに座標と方向――ただし書きに『稼働中のレーザ通信機よりデータ取得。発:軌道エレヴェータ“クライトン”』
間が一瞬――そして。
『宛:宇宙軍第3艦隊』
〈座標分析!〉ドワイト・マッケイ大佐が艦隊司令席から号令。
〈座標分析!〉ナヴィゲータがすかさずメイン・モニタ、戦術マップの影――第3艦隊の存在予測範囲を絞り込む。
〈主砲、スウィープ斉射!〉結果を待たず、マッケイ大佐が下して断。〈力技で構わん、あぶり出せ!〉
第6艦隊から、自由電子レーザが狙点へ薙ぎかかる――。
収束度を抑え、装甲表面機器をただ広く灼くことだけに特化して、敵意が目標近傍へ。狙うは静止衛星軌道からやや低高度、見るからに盲撃ちのスウィープ斉射を避けた軌道取り。
そこを、第6艦隊のレーザ群が薙ぎ切るのに――コンマ5秒。
〈1機!?〉索敵士が語尾を跳ね上げた。〈またです! ゴースト1機のみ! 第3艦隊の反応ありません!!〉
“ゴダード”総合戦闘指揮所、マッケイ大佐が眉をしかめた。メイン・モニタの戦術マップ上、第3艦隊の存在予測範囲には『走査済み』の灰色が虚しく淀む。
〈引っかかった?〉電子戦参謀マクガイア中佐の声が引き締まる。〈あの“キャサリン”が? ――“トーヴァルズ”電子介入! 目標、軌道エレヴェータ“クライトン”管制室!!〉
『待ってたよ』その時――笑みを含んで“トリプルA”。
〈侵入警報!〉
電子戦艦“トーヴァルズ”、戦闘指揮所に警告の赤。
〈スウィーパ起動!〉電子戦長カッスラー大佐から即断。〈通信切断! ネズミを生かして外へ出すな!!〉
〈通信切断!〉オペレータの復唱に先んじて、艦外のネットワーク図がごっそり失せる。
〈“ゴースト002”、ステルス・アウト!〉第3艦隊旗艦“オーベルト”総合戦闘指揮所、索敵士の声が色をなす。
〈かかったか!〉ロジャーに口笛。〈さっすが“トリプルA”!!〉
〈加速停止!〉艦隊司令ラズロ少将から号令。〈移乗用意!!〉
号令を受けてキースが、ロジャーが、“ハンマ”中隊の面々が耐Gシートのベルトを解く。
〈しかし、いいのか?〉オオシマ中尉が率直な疑いをキースへ投げる。
〈いいのかも何も、〉キースが床を蹴りつつ、すくめて肩。〈操縦士は根こそぎヘンダーソン大佐派に持っていかれてる〉
〈消去法で選んでいいのかと訊いている〉後を追いつつオオシマ中尉。〈その操縦士の中でも筆頭だぞ、よりによって〉
〈逆だ、引き入れるなら彼しかいない〉キースが総合戦闘指揮所出口、ハッチに取り付いたところで振り返る。〈第0601戦闘航宙隊隊長ウェズリィ・ガードナー少佐〉
データ・リンク上、“トーヴァルズ”の反応がきれいに失せた。
〈ァはン、こっちはエサってわけ?〉“キャサリン”に苦笑い。〈随分となめられたもんね〉
軌道エレヴェータ“クライトン”管制室にむしろ朗らかな“キャサリン”の声。
『あなた達、どうやらエサにされたみたいよ?』
「だからどうした?」管制室長席、憮然とバカラック大尉。
『あら知りたい?』“キャサリン”からはむしろ楽しげな問い。
「いいや」ドレイファス軍曹が見せて舌。「遠慮しとく」
『つれないのね』構わず“キャサリン”が声に笑み。
「これでも現金な性格でね」ドレイファス軍曹から憎まれ口。「友達は選ぶことにしてる」
『じゃ、』“キャサリン”に意地悪声。『こうしたら?』
その時、視界が赤に転じた――減圧警報。
電子戦艦“トーヴァルズ”のネットワーク図、『未走査』を示す橙をスウィープ・プログラムが洗っていく。スウィープの跡には『異常なし』を示す緑の輝線。
橙を緑が駆逐しかけた――その時。
〈敵の痕跡を確認!〉オペレータから声。
ネットワーク図の最終端、最後まで橙の残っていた一点がモニタにピック・アップ。
〈分析、入り……〉
――と、そこで。
〈――消えた!?〉
敵の痕跡が掻き消えた。
『やあ』肩の力も間も抜けた、それは通常言語。
軌道エレヴェータ“クライトン”管制室、そのスピーカを衝いて出た声――“トリプルA”。
『僕を無視して、それはないんじゃないかな?』
警告の赤が退いた。減圧警報が――空気の排出が止まる。
〈あら、いい度胸ね〉楽しげに“キャサリン”。〈楽しませてくれる?〉
『ダンスは』“トリプルA”に苦り声。『得意じゃないんだけどな』
〈教えてあげるわ〉“キャサリン”の声が笑む。
瞬間――プロセッサが焼き切れた。
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