表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第2章 亡霊
18/221

2-10.傀儡

「ミスタ・テイラー?」


 背後から声。先に受けた指示に従い、視線を前へ向けたまま合言葉を返す。


「“人違いだな”」


 “サイモン・シティ”は中北部、軌道エレヴェータの姿を望む、ミッドタウンの一角。傾きかけたとはいえ赤道直下の陽光を浴びながら、アルバート・テイラーは独り眼前の車道を眺め続けた。


「“これは失礼。グレープフルーツ・ジュースなら3ブロック北へどうぞ”」


 背後の声が指示を出す。頷いて、テイラーは北へ視点を巡らせた――と、


「お連れの方もご一緒にどうぞ。席が6つ増えたところで、こちらは構いませんよ」


 去り際の一言が、テイラーの背筋を冷やした。離れてこの場を監視しているセキュリティ・サーヴィスの数は、まさに6人。

 辛うじて無言を保って、足を北――指定の場所へと向け直す。


 現れたのはクラシック・リムジン。降り立った運転手が、テイラーをうやうやしく車内へ招き入れた。中には黒髪を撫でつけた、壮年の男――その青い瞳。丁寧な会釈をテイラーに向ける。


「初めまして、アントーニオ・バレージと申します。ミスタ・アルバート・テイラー?」


 テイラーが頷く。

「アルバート・テイラーだ」


 リムジンが動き出した。同時に窓が白く曇る。


「失礼。セキュリティには手間を惜しまない性分でして」

「の、ようだな」


「いかがですか?」

 グラスを取り出して、バレージが訊く。

「フロリダ産には及びませんが」


 自らのグラスにも注いだバレージが、グラスを掲げて先に口をつける――“毒はない”とでも言いたげに。

 果たして、自分は怯えているように見えるのだろうか――テイラーが訝しんだところで、バレージが口を開く。


「さて、我々“メルカート”のことはもうご存じでしょう。お望みはお飲み物――ではありますまい」

「その通り」


「“テイラー・インタープラネット”のテイラー様からの依頼とは、お望みにかなわないのではないかと恐れておりますよ」

 芝居がかった、と取れなくもない口調で、

「ご依頼を伺っても?」


「結構、」

 テイラーは、手元のグラスを空けた。

「定期便、とでも言えばよいかな。何箇所かに、あるモノを――」


 ◇


「麻薬だ」

 テイラーは隣のカウンタ席、カレル・ハドソン少佐に告げた。

「“フォックス”に強請られてる。ヒュドラを買い付けて、ゲリラにばらまけとさ」


 “ハミルトン”駐屯地にほど近い、連邦軍兵士相手のバー。日勤明けの陸軍兵が日頃の憂さをアルコールで呑み下す、その喧騒に紛れて、テイラーは“テセウス”産麻薬の名を口に上らせた。


「それを直に伝えに来たのか、」

 夜更けに呼び出されたハドソン少佐は、むしろ冷ややかにテイラーを見やる。

「わざわざ“テセウス”くんだりまで?」


「かえって目立たんよ」

 無駄に上品なシャツに身を包んでウィスキィをあおるテイラーは、しかし物好きな金持ちにしか見えない。

「私はまだ地球にいることになっとるしな」


 ハドソン少佐はその姿を眼にして、テイラーの禁酒に思い至った――すでにそれが過去のものであることも。


「それより驚かんのか?」

 テイラーは潜めた声に怒りを滲ませた。

「“フォックス”・ハーヴィックが出張ってくるんだぞ!」


「抵抗は想定の内だ――そっちこそ知らんのか?」


「……何を?」

 テイラーの額を不安の影が横切る。


「9人だ」

 ハドソン少佐は厳かに告げた。

「この2週間で9人やられた。2年前の顔ぶれだ」


「何……?」

 明らかに不意を衝かれた表情。

「ちょっと待て、それじゃこっちの人員まで掴んで……」


「あるいはな」

 ハドソン少佐は眼を細める。

「まさか――」


「待て!」

 テイラーはストゥールから立ち上がらんばかりの勢いで、

「俺じゃない! “フォックス”のヤツには何も洩らしてない! 何も……!」


「落ち着け」

 少佐が左手でテイラーの肩を押さえこむ。視界の端、バーテンダの視線が2人へ向いたのを気にかけながら、

「まだ何も判っておらんのだ」


「まさか……!」

 テイラーは声を詰まらせた。

「まさか“あの時”の生き残りじゃあるまいな?」


「判っておらんと言ったろう」


「なら――、かくまってくれ!」

 テイラーがハドソン少佐に掴みかかる。

「“フォックス”絡みの情報はくれてやる! このまま表にいても利用された挙げ句に狙われるだけじゃないか!」

 その手にデータ・クリスタルがあった。


 ハドソン少佐は、今度は両の手をテイラーの肩に置いた。立ち上がりかけたテイラーを力で制する。


 爆笑――が、あるテーブルで起こった。


 周囲の注目がそちらへ集まる。少佐は安堵の息を小さく漏らした。


「で、騒ぎを大きくするのか?」

 テイラーの耳元で小さく、しかし力強く少佐は囁いた。

「いま姿を消したら、今度は“フォックス”にまで狙われるぞ」


「……!」

 テイラーは反論し損ねて、そのままストゥールに体重を預けた。

「くそ……ッ!」


 周囲から集まりかけた視線が拡散していく――そのさまを確かめながら、ハドソン少佐はテイラーの背を軽く叩く。


「時を待て。まだ“地球にいる”んだろう?」

 諭すように、ハドソン少佐は言葉を注ぐ。

「情報は流す。今は守りを固めろ」


 テイラーの肩から力が抜けた。データ・クリスタルをカウンタへ置く。と、安堵――というより失望を口の端に引っ掛けて、ゆっくりと立ち上がる。


「そうだな……そうしよう」


 気の抜けた足取りで、テイラーは出口へ歩き出した――すれ違う酔客を危なっかしくよけながら。


「馬鹿が……」

 ハドソン少佐は出口、閉じた扉へと一瞥を投げた。


 ◇


 その夜、ハドソン少佐から秘密裏に発せられたメッセージがある――ヒュドラ流入ルートへの対応を急ぐ要あり、と。


 ◇


「言わずもがなのことを」

 ハドソン少佐のメッセージを見たケヴィン・ヘンダーソン大佐は鼻息を一つ、

「今に始まったことでもあるまいに」


 ヘンダーソン大佐の知るところ、組織内に麻薬が流入し始めたのは、今回が最初ではない。ハドソン少佐から伝わってきたテイラーのルートも、何番目かのそれに過ぎない。


 “サイモン・シティ”から内陸側へ離れることおよそ10キロ。“サイモン”陸軍駐屯地内を走るコミュータは、駐屯地の奥部を目指していた。背後にははるか街の灯、その更に向こうには軌道エレヴェータの煌きを背負い、基地内でも厳重に警護された訓練施設に滑り込む。


「大佐!」

 東洋系の顔立ちの大尉が、ヘンダーソン大佐を出迎えた。肩から左手を吊っている。最近の負傷と窺えた。


「首尾は?」

「おおむね上々です。“マリオネット”の訓練はひと通り」大尉がヘンダーソン大佐に歩を並べる。

「その腕は?」

「“マリオネット”の仕業ですよ。おとといひと暴れしまして」大尉は名誉の負傷とばかり、左腕を軽く掲げた。「ねじ伏せましたが、意外に高くつきました」


 2人は施設内、応急に設けられた医務室へ歩を運んだ。入口をくぐった2人を長身の軍医が迎える。


「ようこそ、大佐」

「あれか?」


 ヘンダーソン大佐は、室内の一角を顎で示した。ベッドの上に兵士が一人。一見したところ、眠っているように窺える。


「セッティングが終わったところです」

 軍医が頷き一つ、

「いくつか注意点を」


「何か?」

 ヘンダーソン大佐が眉をひそめた。


「こちらへ」


 軍医がベッドへ歩み寄る。大佐が続いた。

 ベッドの主の顔が眼に入る。やや細めの顔立ち、焦茶色の髪。ジャック・マーフィと同じ容貌がそこにあった――ただ一点、額から左頬へと走る傷痕を除いては。


「この傷痕は?」

 問うて大佐。


「おとといの騒ぎの跡ですよ」

 大尉が説明する。

「無傷というわけにはいきませんでね」


「これまでの記憶に対して、プロテクトを上乗せしました」

 軍医がヘンダーソン大佐の横から説明を加える。

「この傷痕をキィにして、擬似トラウマを植え付けています」


 軍医は大尉に一瞥を投げて、鼻を掻いた。

「もちろん今回の――“騒ぎ”に関しても」


 大佐が頷き一つ、先を促す。


「同時に、記憶に対する執着心もインプットしています」

 軍医が続ける。

「今後、“マリオネット”に対する命令は、彼の“過去”と引き換えになさることをお勧めします」


「取り引きというわけか?」

 大佐は疑問を口の端に引っかけた。

「また手の込んだことだな」


「考えなしの“人形”では任務に支障があるかと」


 大佐は小さく笑った。

「なるほど」


「では、始めますか?」

 軍医が気圧式注射器を手に取った。


「ああ」


 軍医は傷痕の男――“マリオネット”に薬を射つ。

 “マリオネット”が眼を開いた。焦茶色の瞳が大佐へ向いた。


「ここは?」

 “マリオネット”の口が開いた。


「報酬には相応の仕事が必要だ」

 ヘンダーソン大佐が、諭すように告げる。

「この場合、報酬とは答えのことだ。解るな?」


「お前は――いや、俺は……!?」

 “マリオネット”の声が急に感情を帯びた――愕然、とでも表現すべきものが。

「俺は……誰、だ?」


「名前がないでは不便だな」

 小さく、大佐は笑んだ。

「よろしい、手付け金代わりに教えよう。以後私の指示に従いたまえ。いいな?」


 そのまま“マリオネット”の反応を確かめる。まず反感、次いで焦り――最後に諦観めいた決意。

「……いいだろう」


「よろしい。貴様の名前は――」

 ヘンダーソン大佐は正面、焦茶色の双眸に眼を据えた。

「エリック・ヘイワードだ」


 ◇◇◇


「軌道から降りてきた途端にこれですよ」

 上等兵が、この日何度目かの愚痴をこぼした。

「中で待っててもいいと思いませんかね?」


 “リュウ”大陸東部、“マシューズ・ヴィレッジ”。軌道エレヴェータを持つ“サイモン・シティ”から西へ離れること数百キロ、小麦畑を包む宵闇の中に彼らはいた。


「耐えな」

 髭面の兵長が一言で斬って捨てる。


「何なら伍長殿に談判してみな」

 兵長は背後、明かりを消して停まっているトラックへ親指を向ける。

「お前、また痣増やしてくるだけのこったぜ」


 特殊部隊くずれという噂のある上官――ポール・デュビビエ――は、冗談にも思いやりに溢れているとは言いがたい。


「いや冷えるんですよ」

 上等兵が自らの腕を抱えた。

「ボーナス取れるんだから文句たれるな」

 兵長に取り合う気配はない。

「これが終わったらヤクと女でパーティだろ? それまでの辛抱だ」


 彼らの目的は“物品”の受け渡しにある。ただし正規の任務ではなく、合法でもない。


「だいたい金が要るっつってたのはお前の方だろう――」


 ふと、異音が耳に入った。


 2人は音の源へ眼を向ける。トラックのフロント・ウィンドウが曇っていた――のではなく、無数にひび割れていた。


「伍長殿!」

 兵長が駆け寄る――トラックのドアを開けかけて、彼が転倒した。同時に血臭が立ち上る。


 上等兵はやっと気付いた――狙撃。逆方向、弾が飛んできた方向へ眼を凝らす。その眉間に風穴が開いた。

 その場から動く者がいなくなった。


 ◇


 この日、麻薬の密売に手を染めていた兵士3名が死亡した。3名が取引を図ったと思われる相手と当の麻薬は、小麦畑の外れで焼かれていたという。ケヴィン・ヘンダーソン大佐はもちろん知っていた――この一件が自分の指示で行われたこと、死亡した兵士の中に元“ブレイド”中隊の構成員がいること、実行したのが“マリオネット”ことエリック・ヘイワードであることを。





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

No reproduction or republication without written permission.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ