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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第15章 接触
163/221

15-7.逼迫 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.

〈3、2、1――〉“キャス”のカウント・ダウンが聴覚に届く。〈――離脱!〉

 軽く衝撃――キースらを乗せた脱出ポッドが、SMD-025ゴーストから切り離される――続いて無重量の浮遊感。

〈離脱確認〉立て続けに“キャス”がコマンドを発する。〈――噴射開始!〉

 脱出ポッドのスラスタから噴射炎。なけなしの推進剤をありったけ減速に費やして、脱出ポッドはゴースト本体の軌道から距離を取る。

〈これで本ッ当に伝わってるんでしょうね?〉光信号を繰り返しつつも“キャス”は疑問を隠さない。

〈肚ァくくりな〉ロジャーの声に悪気は欠片も匂わない。〈どのみち時間なんざなかったろ? やらなきゃ向こうがオダブツだ、ボンクラに預ける命はねェよ〉

 ロジャーが示したのは光信号によるメッセージ、それも“噴射 全力”、あとは“キャス”に計算させた標準時刻――それだけ。

〈あれだけで解れって方がどうかしてるわよ!〉

〈まあ、そうね〉溜め息混じりに“ネイ”が言葉を差し挟む。〈オトコってのはいつだって身勝手な生き物よね〉

〈あんたのオトコ論は別に訊いてないっての!〉“キャス”が余計にいきり立つ。

〈落ち着きなさいって〉転じて“ネイ”の声に起伏はない。〈図星を衝かれてからヒス気味よ、あなた。それに……〉

〈……誰がヒスだってのよ!?〉地を這うような声で“キャス”の喧嘩腰。

〈……それに、〉“ネイ”が続きの声を割り込ませた。〈動くとすればそろそろよ〉

 言葉通り、“オーベルト”の主機関に噴射炎――それも細く、鋭く、文字通り射るがごとくのプラズマ噴射。その軌跡は抜け殻と化したゴーストの機体を捉え――爆散へ導いた。“オーベルト”の主機関がプラズマ化させ、さらに強電磁場で加速した推進剤の、言うなれば荷電粒子砲。それがゴースト搭載の推進剤を爆発的にプラズマ化させた、その現象が視覚に中継される。

〈それ見ろ、〉ロジャーが鼻で笑う。〈伝わるやつには伝わるもんよ〉

〈そんなの、〉“キャス”がロジャーの語尾を両断する。〈自慢にもなりゃしないわよ!〉

〈可愛いねェ、いいから見てみな〉ロジャーの示す先に“オーベルト”との軌道相関図。“オーベルト”の噴射が相対速度を縮めた、その様が明らかに現れる。〈これで相対速度も許容範囲ってもんだ。これで文句ねェだろ?〉

 ぐうの音も出なくなった“キャス”に歯軋りの気配。

〈漫才はそこまでだ〉キースの冷ややかな指摘がロジャーに刺さる。〈許容範囲っても強行着艦には違いない。調子に乗ってると二度と舌が回らなくなるぞ〉

〈へーへ、〉ぼやいたロジャーがシートに深く背を沈めた。二人は進行方向に背を向けているため、強行着艦の衝撃は背面から襲ってくることになる。

〈余裕ぶっこいてないで身構えた方が身のためよ!〉ロジャーを扱い慣れた“ネイ”が気を利かせた。〈衝撃来るわよ! 3、2、1、――〉

 背後から、衝撃が文字通りに衝き上げた。着艦とはいうものの最後の最後に執られる強行手段、言ってしまえば飛行甲板の全長に等しい厚さを持たせた緩衝材の塊に突入させる、ただそれだけのことに過ぎない――減速にかかるGは人体に耐えられないことこそないが、言葉を返せばその限界そのものを味わわされるということでもある。シートどころか生身の弾力さえ極限まで使わされた強制減速に、視界さえもが黒く染まった――脳の血液が偏るあまりのブラック・アウト。

『…………!』

 さしものロジャーも軽い口どころか言葉そのものを失った。肺から搾られた空気が喘ぎともつかない音を喉に残して去っていく。キースとて涼しい顔はしていられない。すり抜けかける意識を軋る奥歯で繋ぎ止める。

 気絶している暇などない。そんな余裕はどこにもない――解っていながら地獄の終わりをひたすら待ちわび――それは唐突に訪れた。

 静寂。無重量――地獄の終わり。二人ともに発する言葉など持ち合わせたものではなく、ただ肺に酸素を取り込む、それだけで精一杯のところだった。

 “ネイ”の声が聴覚に届く。〈動ける?〉

『甘……く……』荒い息の合間にロジャーが言葉の欠片を発する。『見んじゃ……ねェ……』

 正直な話、二人の生死は減速に至るまでのプロセスで決している。“ネイ”は二人の荒い息をデータ・リンク越しに聞いてもいる。それを承知した上でのごく論理的な問いだったが、ロジャーには感情を刺激されるところがあったらしい。

『……ヘタって……られっかよ……』

〈じゃ動いて〉今度は“キャス”が突き放すように言葉を継いだ。〈時間がないわ〉


『動かないで――そう、』ハーマン上等兵が宙空を漂うマリィへ手を伸ばす。『掴まえた!』

 感触。マリィの手首をハーマン上等兵の腕が掴まえる。そして思考に余裕が生まれ、思い至る――その先。

『これから……』疑問は思わずマリィの口を衝いた。『どうするの?』

『短艇に戻って、救助を待ちます』安心させるような口調のハーマン上等兵。

『救助って、』重ねるマリィの問いの声、それが硬い。『――どこの?』

『第3艦隊、と言いたいとこですがね』言ってから彼もことの核心に気付いたと見えて、明らかに声が硬さを帯びる。『今じゃ近いのは第6艦隊の方です。“オサナイ”が救難信号を受けてくれればいいんですが……』

 その救難信号を情報戦に使ったのはマリィ自身であるだけに、妨害されたところで文句は言えない。救難信号を“オサナイ”が受け入れたとすれば、その時はマリィの奮戦も報われたことになるはず――だが相手が“キャサリン”となれば、楽観したところで得られるものはまず何もない。事実、救難信号の周波数帯は悪意のノイズに満ちている。

『このまま慣性飛行してても10分と経たずに第6艦隊と接触します』苦笑いの気配がハーマン上等兵の声をかすめた。『まあ、無視されることはないでしょうね』

『でしょうね』上がった心拍を噛み殺すように、マリィは進行方向――宇宙港“サイモン”の灯火に眼を投げた。『次の手を……』

 そこで通信に割り込む声。

『漂流中の2人へ。こちらF.P.S.S.“リトナー”、そちらを捕捉した。応答せよ』

『“リトナー”が!?』ハーマン上等兵が驚きの声をもらした。

『どういうこと?』マリィに疑問。

『わざわざ遭難者の救難になんて出張ってこない艦ですよ!』ハーマン上等兵が解説を試みる。『第6艦隊の中枢も中枢、旗艦を護ってる直掩艦なんです』

『……何かありそうね』マリィの声も緊張を帯びた。

『どうします?』ハーマン上等兵は恐る恐るの体で問いを向けた。『無視しますか?』

『いずれ接触は避けようがないんでしょ?』決然と、むしろ自らへ言い聞かせるようにマリィが答えを返した。『なら、こちらから仕掛ける手だわ』


「こいつァ手間だな」救難艇“フィッシャー”のブリッジで、シンシアの独語が壁に弾けた。

〈だから言ったろ〉悪びれた風さえおくびにも出さず、“イーサ”が図太い声をスピーカから返した。〈あいつのプロテクト外させろって〉

〈馬鹿言ってるんじゃないわよこの変態!〉返す“ミア”の声に険。

 幾重ものプロテクトの奥に隠されたナヴィゲータの内部構造は秘中の秘。それは電子戦を前提にしたナヴィゲータ、とくに擬似感情まで持つ彼女にしてみれば生命線そのものに値する。それが“イーサ”の求めるのはその手の奥の奥まで――言うなれば魔性を前にして裸身をくまなく晒せと命じるにも等しい。

〈つったって、〉肩をそびやかさんばかりに“イーサ”が言を継ぐ。〈鍵も核も割り出せちゃいねェんだぜ?〉

 “フィッシャー”の演算能力を総動員した仮想プロセッサ上、“イーサ”は残るナヴィゲータ全てとの回線を断ってここにいる。怪しいと踏んだプログラムの“欠片”を集められるだけ集めて――中には“ミア”の記憶中枢の一部も含まれる――予想しうる条件を片っ端から試しているものの、すぐ正解に行き当たるほど相手はそう甘くない。

〈だからそれを探るのがあんたの仕事だっつってんの!〉“ミア”の声は忌々しさを隠さない。

〈何がどこに作用するのか解析もしないでか?〉“イーサ”はむしろ淡然と告げる。

〈それより発動の条件を探れよ〉シンシアの声が横から衝き込む。〈ピースは揃ってるはずだ。こいつは“トリプルA”直系の仕事だから間違いねェ。発動さえ防げりゃいい話だろ?〉

〈トラップ埋め込まれた当の本人が思い付くほど、〉イリーナの疑問がもっともな点を衝く。〈安易な鍵使うもんかね?〉

〈鍵は“ウィル”に洗わせてる〉やや苦しげに返してシンシア。〈馴染みの深いナヴィゲータに類推させた方が早いはずだろ?〉

〈総当りは効率が悪いッつってんだよ〉“イーサ”が厳然とした事実を突きつける。〈時間がねェんだろ?〉

〈お前がこっちの弱点全部握っちまったら、〉シンシアが電子戦の常識を持ち出して跳ね返す。〈お前一人陥ちたところで電子戦が終わっちまうだろうが〉

〈このままじゃ俺以外全員陥ちちまうのは確実なんだろ?〉“イーサ”の持ち出す現実にも容赦はない。〈だったら同じことじゃねェか〉

〈お前さん独りで“キャサリン”に勝てる根拠があるならな〉ニモイ軍曹から助け舟。〈あっちは軍用の、しかも最先端だ。こっちゃ裏人格とはいえ“場末の探偵”が飼ってるナヴィゲータ、これで対抗できる目を期待するほどこっちも楽天家じゃないんでね〉

〈……こんな時ゃ、〉シンシアの口から弱音にも似た独語。〈しょっちゅうちょっかい出してた“ネイ”の方が効率ァいいはずなんだがな〉

〈そいつは次に顔合わせられた時に言うもんだね〉イリーナの指摘が的を射る。〈今ここにないもんは、手が届くまでお預けにするしかないだろ?〉

〈……解ってるよ〉言いつつシンシアが唇を噛む。

 やりとりの合間にも、“ミア”らはファームウェアの“穴”を塞ぐワクチン・プログラムを煮詰め続けている。また“キャサリン”の血筋に繋がるナヴィゲータの“穴”、それを発動させる鍵についても“ウィル”の手で類推が続けられてもいる。

 だが届かない。間に合うという確信は闇の向こうに隠れて見えない。そのもどかしさがシンシアの眉を曇らせた。




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本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。

投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)


無断転載は固く禁じます。


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(C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.


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