15-6.近接 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
暗転――。
何が起きたか、マリィの理解が及ばない。ただ眼前の光景が、“キャサリン”の哄笑もろとも一瞬にして失せ去った。そして容赦のない浮遊感。それが“キャサリン”の与えた動揺に重なった。パニックが頭を駆け抜ける。
喉を衝いて――ただ悲鳴。
その声を、ハーマン・カーシュナー上等兵だけが聞き取った。宇宙服の無線に入る、ノイズ混じりだが紛れもないマリィの悲鳴。
〈生きてる!?〉
思わず口を衝いた第一声。
正直、しくじったと思っていた。散々苦労して短艇をねじ伏せ、マリィの救難ポッドに近付いたまではいい。ただそこから遠ざかりつつある短艇――これをを辛うじて目視してからというもの、焦りに駆られたのがまずかった。
思わず追いかけたところで、ヴェクトルの同期をしくじったのだ。結果として相手の短艇、それも操縦席のある先端部分に衝突してしまう不始末が待っていた。それも自らの頭上、短艇の前方上部をごっそり失うというおまけまで付けて。
眼を凝らす。気圧の解放に伴って飛び散る破片の中、戦闘用宇宙服の細いシルエットを探す。
〈どこだ!〉
戦闘用宇宙服の色は黒、背景の宇宙に溶け込めば容易に視えるものではない。それをハーマン上等兵は探した。恒星“カイロス”の照り返し、ナヴィゲータの補助を得て視覚に浮かび上がる破片の中、そこにあるはずの異物――いた。
〈行けるか!?〉
思わず呟きが口を衝く。短艇前方上面のスラスタは自分が自ら潰してしまった。マリィへ向けて加速はできても減速はできない。それどころか短艇が操縦に応じてくれるか、それさえもが定かでない。
とにもかくにも、ハーマン上等兵はマリィへ向けてスラスタを噴かした――短艇はわずかたりとも反応しない。
〈くそ!〉
毒づいたところで取り返しはつかない。ハーマン上等兵は短艇の救難キットへ手を伸ばした。補助酸素ボンベと救難信号発信機の他にはなけなしのスラスタがある程度だが、それでも気休めの足しにはなる。
『ミス・マリィ!』ハーマン上等兵は無線で呼びかけた。『ハーマンです!いま助けに行きますから!』
それでどうにかなる保証があるわけではない。しかし動かないよりはまだ可能性がある。
ハーマン上等兵は短艇の救難信号を入れるやマリィへ向けて飛び出した。が、“オサナイ”は救難信号をすでに妨害してしまっている――そのことにハーマン上等兵は遅れて気付いた。
〈――構ってられるかよ!〉
後のことは頭から振り払い、ハーマン上等兵はただマリィを目指してスラスタを噴かした。
〈戦闘機動!〉宇宙空母“オーベルト”のデータ・リンクを副長の檄が駆け抜ける。〈回頭090-358! 受け止めろ!〉
データ・リンク復旧の不完全な中、乗組員は意地で応えてみせた。方位を読み、それを受けてスラスタを手動で噴かし、半ば勘で艦の鼻先を振り回す。
振り向く艦後尾――その先には向かい来るSMD-025ゴースト、減速噴射のプラズマも尽きたその姿。辛うじてヴェクトルの向かう先だけは“オーベルト”に据えたと思しきものの、そこまでで力尽きたと見えて今は微動すらしない。
〈第一飛行甲板、緊急着艦態勢!〉続いて副長の檄が飛ぶ。艦隊上部、第一飛行甲板に緊急着艦用の緩衝材――幾重にも重なるその群れが、艦を貫き伸びた飛行甲板を覆って起ち上がる。
〈駄目、ズレてる!〉“キャス”が舌打ちの気配を交えて悪態を洩らす。〈あとちょっとだってのに!〉
キースの網膜に投影されるゴーストの予測軌道は確かに“オーベルト”上にある。ただしその向かう先は飛行甲板でなく主機関ノズル、衝突コース。盲も同然の状態だということを考え合わせれば、“オーベルト”乗組員の技量は確かに見事という他ない。が、それで激突を免れられるほど宇宙の現実も甘くない。
ゴーストの推進能力は残りゼロ。推進剤そのものが残っていないわけでなないが、それをプラズマ化して噴射するだけの電力は底をついた。それでもなお残る手は――、
〈ナマのままでいい、〉ロジャーが案を呈する。〈推進剤を噴射できないか?〉
〈だから推進剤ポンプからイカれてるんだってば!〉“キャス”の声にも苛立ちの色が隠せない。〈噴かせるんだったらとっくの昔にやってるわよ!〉
〈“キャス”!〉“オーベルト”の反応を見たキースが指示を下す。〈パージだ!ポッドを切り離したらどうなる!?〉
すかさず予測軌道が書き替わる。キースらを乗せた脱出ポッドと、パージされたゴースト本体の軌道が別れ、ポッドはやや飛行甲板寄り、一方のゴースト本体は――軌道が大して変わらないどころか、“オーベルト”主機関ノズルの中央を直撃するコースに乗ってしまう。
〈くそ――“キャス”、発光信号!〉
〈何て言ってやるのよ!?〉
〈ゴースト本体を撃墜させるんだ!〉
〈防空システムなんか使いもんになるわきゃないでしょ!〉反論する“キャス”が声を荒らげる。〈あの不ッ細工な動き観てないの? 手動で無理やり振り回してるに決まってるじゃない!あの調子じゃ索敵中枢だって起ち上がってるわけないわ!〉
〈待てよ……、〉思いついた風に後席のロジャーが独語を発した。次いで考えを口の端に乗せる。〈“キャス”、“オーベルト”の電力な、あとどれだけ残ってると思う?〉
〈この期に及んでまだふざける気!?〉
〈なァに、あるじゃねェかよ〉ロジャーが不敵な声で応じた。〈立派な大砲が〉
『慌てないで!』ノイズ越し、マリィの耳にハーマン上等兵の声が届く。『落ち着いて!』
実のところ、マリィにとってこれほど難しい注文もない。パニックの只中で落ち着けも何も、そもそもの足がかりがなくては始まらない。それでも救けが来る――その一点はマリィの心を少なからず動かした。悲鳴を呑み下し、頭の片隅に救助のイメージを湧き起こす。恐怖に負けて身体を丸めかけ、そこでハーマン上等兵の指示が入った。
『四肢を伸ばして下さい! モーメントをできるだけ殺します!』
四肢を伸ばして慣性モーメントを最大限に稼げば、スピンは多少なりと収まる道理――それも頭へ沁み入るのにしばし時間を要した。宇宙生活が短いと、こういう辺りで感覚が理屈について行かない。マリィは恐る恐るの思いで手足を四方へ伸ばしてみた――心なしか視界を巡る星空が勢いを減じた、そんな感覚がないではない。ここで懐の“アレックス”がマリィの軌道要素を視覚化した。
『大丈夫です、ミス・マリィ。彼の指示に従えばランデヴーは可能です』
『……任せるわ』
“アレックス”が戦闘用宇宙服の四肢、そこに設けられた小型ノズルを小刻みに開放する。貴重な空気の噴射反動でマリィのスピンが収束していく。
『OKミス・マリィ、スピンが収束してます』ノイズ混じりのハーマンの声がマリィの耳に届く。『ランデヴーまでもう少しですよ』
〈ヤバいな、こいつァ〉“ウィル”の不吉な呟きが聴覚に乗る。〈妙なコードが絡んでやがる〉
〈何を見付けた?〉シンシアが疑問の声を乗せた。
〈どうも“視え”にくいんだが――〉“ウィル”の声にも芯がない。〈それだけに怪しいんだよな。“キャス”や“ミア”の裏コードか何かじゃないのか、これ?〉
〈何ですって!?〉“ミア”の声が裏返る。
〈“半分だけ視える”とでも言やいいのかな、〉“ウィル”が解説を試みる。〈わざと“トリプルA”のアルゴリズムでサーチかけると引っかかるコードがあるんだ。逆に同じコードでも“キャサリン”系のじゃ毛ほども引っかかる気配がない〉
〈冗談でしょ?〉“ミア”がうそ寒い声を上げる。
〈残念なことに冗談でもない〉“ウィル”が首肯を返した。〈こんなのが次から次に出て来やがる〉
一つ一つの結果は何のこともない暗号化データの断片に過ぎない、それは解る。しかし、それが然るべく繋ぎ合わされて、然るべき機能を発揮した暁に実現されるものが何になるのか、今の時点では見当もつかない。
〈そもそも、〉“ウィル”が続けた。〈鍵になるのが何なのか、何を核にして動き出すかだ。こいつが見当もつかない〉
〈本当にそれだけが問題かね?〉イリーナが使いづらそうにしていた高速言語を途中で捨てた。「大体この手のトラップ作るヤツが考えてることってのはそんなに奇抜なことじゃないよ。固めるか盗み見るか、さもなきゃ思いのままに操るかだ」
「あァまあ、」通常言語に切り替えてシンシア。「確かにそういうことを考えてそうなヤツだな」
『だったらなおのことだ』“ウィル”が言い募る。『こいつを何とかしちまうべきなんじゃないのか?』
「どうやって?」疑問を呈したのはシンシア。「あいつのこった、保険の一つや二つはかけといて当たり前だろ。ファイルをいくつか消したところで焼け石に水だぜ」
『だろうがね、』“ウィル”もそこは否定しない。『放っときゃ“キャサリン”の思う壺だ。そいつは癪に障ると思うがね』
「問題はこいつがどう動くかだ」シンシアが顎に指を添えようとして――戦闘用宇宙服のヘルメットに阻まれた。「実際に動かしちまったら“ミア”もタダじゃ済まんぜ」
『仮想プロセッサでも仕立てて実験するしかないだろう』“ウィル”がもっともらしく案を呈する。
「観察は誰がやるのさ?」イリーナが痛いところを衝く。「“キャサリン”の子供どころか、半分混じってる“ウィル”が観てても煽りを食らうんじゃないのかい?」
「! ……何てことを思い付くんだか」シンシアが額に手をやった。「イリーナ、あんたのナヴィゲータは? 裏人格の一つも持ってねェとは言わせねェぞ」
裏社会に片足でも突っ込んでいれば、擬似感情も持たない合法ナヴィゲータだけでは渡っていくのは難しい。ましてやイリーナは情報がモノを言う探偵稼業、非合法ナヴィゲータを陰で飼っていたところで何ら驚くには当たらない。
「あんたらのに比べりゃB級C級もいいとこだけどね」
「謙遜はなしにしようぜ」衝き込むシンシアの声音が硬い。「ただの探偵風情がタロスをあそこまで使いこなせっこねェだろ」
イリーナが気まずげに肩をすくめた。「……元が宇宙軍の出なもんでね」
軍からあぶれて警察に、さらにあぶれて探偵に――転落のコースとしては説得力がないではない。
「そいつァどうかな」そこでシンシアの声が情を帯びる。「追い詰めるつもりァねェんだ。何があったかまでは訊かねェよ。ただ力を貸す気があるのかないのか、その辺だけははっきりしてくれ」
「もちろん出し惜しみしたりゃしないさ。だけどどうしてそんな大それたもんを連れてると思うんだい、場末の探偵が?」
イリーナの眼は悪気の欠片も覗かせない。
「抜け目のないことにかけちゃいっぱしの連中だ」シンシアがわざと主語を切り落としてイリーナに声を向ける。「依頼は死んだはずの男を追うこと、しかもそいつが極秘作戦の亡霊と来たもんだ。鈴の一つや二つくっつけとこうったって不思議じゃねェ」
「それじゃ証拠にならないよ」
「言ったろ、」シンシアが鼻息を一つ挟む。「追い詰める気はねェってよ」
訝るような、間。それから気の抜けたような、イリーナの声。
「……“イーサ”、出といで」
『やっと出番か』新たな声がデータ・リンクに割って入る。『しびれが切れたぜ』
「お前さんが?」何気なしにシンシアが確かめる声を入れた。
『おっとっと、詮索はなしで頼むぜ』
〈いいだろう、〉これ以上の芝居は無用とばかり、シンシアが高速言語に切り替えて言い切る。〈とっとと始めようぜ〉
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