14-16.解封 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
真っ先に上等兵の眼へ入ったのは女の細面――マリィ・ホワイト。
宇宙港“サイモン”を目指すフリゲート“オサナイ”B-5区画。区画ごと放棄され、他区画との意思疎通もままならなくなったそこで、マリィが口を――開く。
「ありがとう、信じてくれて」
深緑色の、まっすぐな瞳。上等兵が言葉を放ち損ねて固まった。その間にマリィが言を継ぐ。
「それから、ごめんなさい。そして、お願い」
「いや……あの、」
何が何やら解らずにいる上等兵へ、マリィが右手を差し出した。
「マリィ・ホワイトです」
ついその手を、上等兵は握っていた。
「カーシュナー……」
声が上ずっていた。上等兵は咳払いを一つ、声を改める。
「ハーマン・カーシュナー上等兵……です、ミス・ホワイト」
「マリィで結構。ハーマンとお呼びしてもいいかしら?」
「何をやってる!?」
兵長からの怒声が飛んでくる。
「ドームから出すのは……!!」
マリィの傍らから銃口が覗いた。
「ジョナサン!」
マリィがその銃口を遮る。
「駄目よ!!」
「マリィ!」
ジョナサン軍曹から低く抗議。
「こいつは敵に回りかねん!!」
「何だ何だ!」
兵長から懐疑が声となって噴き出した。
「脱走か!?」
「ごめんなさい」
静かに、しかし確たるマリィの声が空気を貫く。
「敵意はないの。神経質になってるだけ」
「なら大人しくドームの中へ……!」
反射で兵長。
「それもできないわ」
睨む測的手。見返すマリィ。しばし沈黙、そして緊張。
「やっぱりハッタリだったじゃないか!」
兵長の声が激する。
「メッセージの件はお詫びするわ」
静かに、しかし退かない声でマリィ。
「でも、そうでもしないと……」
「そら見ろ、やっぱり詐欺師だ!」
兵長がマリィへ突き付けて指先。
「私を詐欺師呼ばわりする前に!」
マリィの声が尖りを帯びる。
「あなた達の指導者こそが詐欺師だとは考えないの!?」
「命惜しさに何を……!」
兵長に糾弾の声。
「あなた自身の命なのよ!」
兵長の語尾をぶった切ってマリィが断じる。
「惜しくないの!?」
噛み付いたマリィの意外な切り口に勢いを削がれつつも、兵長は断じた。
「大義のために捧げる覚悟だ!」
「その大義が大嘘だとしたら?」
負けじとマリィも言い募る。
「命を懸けるだけの価値がないとしたら!?」
「……何が言いたい?」
兵長が疑わしげに問いを差し挟んだ。
「つまり、こういうこと」
マリィが置いて一呼吸、それから継いで言。
「ケヴィン・ヘンダーソン大佐は独裁を狙ってる」
「何が悪い?」
兵長の声が頑なに響く。
「英雄が指導者になるんだぞ!?」
「許せるの?」
マリィが問いを打ち返す。
「出来レースの片棒を担いでいただけじゃなくて、途中で私欲に走っただけの悪党が?」
「独立を勝ち取った!」
兵長が畳みかける。
「何が不足だ!?」
「裏切りに裏切りを重ねてね」
マリィが衝き込む。
「彼はあなたの艦隊も裏切ったわ。口裏を合わせるためだけにね」
「あんたは真実を隠してる」
返して兵長。
「艦隊を犠牲にしたのは、それだけの価値があんたにあるからだ」
「そういうことにしたいでしょうね、大佐は」
そこでマリィが声を低めた。
「おあいにくさま、私はあの放送で流した以上の情報なんて知らないわ。ヘンダーソン大佐は魔女狩りがやりたいだけなのよ」
「……何、だと?」
場違いな単語に、兵長の声が戸惑いを見せた。
「つまり、私は大佐の道具――都合のいいことだけを“証言”させられて口を封じられるの」
マリィが眼を細める。
「事実なんかどうだっていいのよ、大事なのは大佐の都合だけ」
「ちょっと、ちょっと待った!」
ハーマンが慌てて割って入る。
「それじゃ大佐が一番の詐欺師だってことなのか!?」
「悪いけどそういうこと」
マリィは一言の下に斬って捨てた。
「何なら薬で何でも使ってもらって構わないわ。大佐が自分の手で尋問しなきゃならない理由が判るわよ」
「他人に知られちゃ困るってこと、なのか?」
ようやく可能性に思い当たったとばかりに、兵長。
「そう。私が何か知ってるなんて、それこそとんだでっち上げ」
マリィは昂然と顔を上げる。
「抵抗はしないわ。ただ信じて欲しいだけよ」
見返すマリィの眼に力。気圧されて二人。
「自白剤なんてありましたかね?」
ハーマンが疑問の声を呈する。
「あるか馬鹿」
ハーマンの問いを斬って捨てて、兵長はマリィへ問いを向けた。
「何か証拠は?」
「“サラディン・ファイル”なら、」
小首を傾げながらマリィ。
「多分クリスタルになんか収まってないわ。大佐のナヴィゲータが都合よく書き換えてるでしょうから」
「ちょっと待った、それじゃ“サラディン・ファイル”は……?」
ハーマンが絶句する。
「今でも書き換え放題ってわけなのか?」
「そう。いくらでも“新事実”が出てくる魔法の箱よ」
マリィが言い捨てた。
「私の役どころはその生き証人ってとこね」
「ちょっと待て、」
兵長が上げて掌。
「あの放送でお前が流したのは刻印済みのデータじゃ……!?」
「それをナヴィゲータがリアルタイムで“解析”したものよ。そう、」
マリィは一呼吸置いて、言を継ぐ。
「ヘンダーソン大佐の作らせた“キャサリン”がね。大佐の都合に合わせて、虚実取り混ぜて公開するなんてお手のものだったでしょうよ」
「“キャサリン”?」
眉をしかめて兵長の問い。
「それがあの擬似人格の名前。私もあの時は味方だとしか思ってなかったわ。私達はいいように利用されたのよ」
言いつつマリィが額へ指先。
「挙げ句がご覧の有り様だわ。今頃は艦長に何を吹き込んでいるんだか」
思い返せば奇妙な話ではあった。“オサナイ”一艦だけが艦隊を離脱、残る第3艦隊はデータ・リンクを分断されて放置され、“ハンマ”中隊に蹂躙されるがままという事実。ハーマン上等兵ら末端は知る由もないが、尋常ならざる駆け引きがあったであろうことだけは察しがつく。
「……理由は何だ?」
兵長の口から疑問が転げ出た。
「そう、理由だ。第3艦隊は単なる演出で捨てられたのか?」
「半分は演出でしょうけど、」
マリィの眼に力。
「残りの半分は想定外の事態が起こってるからよ。私の仲間が戦って、“キャサリン”を予想以上に追い詰めたってこと――“ハンマ”中隊と一緒に」
唖然――そう表現するに相応しい間が漂った。
「艦隊を……一個中隊で?」「無茶だ……」
だが、志向してもいないことが起こるほど現状は甘くない。
「理由は?」
再び同じ問いが、主語を変えて転び出る。
「そこまでの無茶を通す理由は何だ?」
マリィは指を一本立てた。
「一つは、生き残るため」
二本目の指を立てて続ける。
「もう一つは、大義を貫くため、だそうよ」
「大義!?」
兵長の声が跳ね上がった。
「裏切り者が大義を語るか!!」
激した兵長の語尾を、マリィは冷静な声で断ち切った。
「裏切ったのは大佐の方よ、彼ら――“ハンマ”中隊の人達にしてみればね」
マリィは眼を細めた。
「それに、私達は生き伸びようとしてるだけ。殺しに来る手合いをはね退けているだけよ」
「……艦隊を葬ってでもか?」
ハーマン上等兵が呆然と問いかける。
「それはただの結果」
むしろ淡然とマリィが返す。
「世界に死ねと言われたら、大人しく死ななきゃいけないの?」
「どこまでやりゃ気が済むんだ?」
呆れたように兵長。
「世界が滅亡でもすりゃいいのか?」
「それを決めるのは世界の方よ」
マリィが投げ返して問い。
「むしろこっちが訊きたいわ――どうすれば殺すのをあきらめてくれるわけ?」
「……世界の味方に付いた時、かな……」
迷いを含んだハーマン上等兵の声が、この時は妙に空気を震わせた。気付いたハーマン自身が慌てて言葉を取り繕いにかかる。
「いや! こいつは単なる思い付きで……!」
「多分、」
皆まで言わせず、マリィが重ねて言。
「それが一つの正解ね。世界の敵は私達じゃないってことを証明するのが」
「――どうするつもりだ?」
重く問いを重ねて兵長。
「ヘンダーソン大佐の方こそ世界の敵だって知らせるのよ」
兵長へ向き直ってマリィ。
「今のところ、これが私達の答えよ。他にいい手があったら教えて欲しいわ」
「どうやって?」
ハーマン上等兵がごく当然の疑問を呈する。
「大佐から事実を訊き出すか、あるいはその首を上げるか」
マリィに即答。
「少なくとも“ハンマ”中隊の考えはこれで固まってるわね」
「無茶だ!」
兵長が額に手を当てた。
「本当に? 第3艦隊はどうなったかしら?」
マリィが動かない事実を突き付ける。
「それに大佐はまだ全軍を掌握したわけじゃないわ。今ならまだ事態が動くわよ」
「無傷の第6艦隊が控えてる」
対抗するように兵長。
「第3艦隊も無傷だったわよ」
隙を衝くかのようにマリィ。
「……方法はともかく、」
ハーマン上等兵から溜め息。
「大佐に真意を質す必要はあるわけか」
「少なくとも迷う人が出たのは確かね」
マリィが挑むような眼を兵長へと投げかける。
「大佐の掲げる大義に」
「それが力を貸す理由になるとでも?」
疑いを拭い切れぬと言わんばかりの兵長に問い。
「大佐の真意を」
言い切ってマリィ。
「確かめる価値はあると思うわ」
「宇宙艦隊を分裂させてか?」
疑問を溢れさせんばかりに兵長。
「議論が起こればそれで充分よ」
むしろ静かなマリィの声。
「何も撃ち合いを始めることはないわ」
「だから反対だったんだ」
兵長が吐き捨てる。
「誰だ、こんな魔女を起こしたのは?」
「過去形ね」
マリィが指摘する。
「私を起こしたのは大佐への疑問、艦隊を見捨てるやり方への反発――そんなとこかしら」
「当然のことのように言うじゃないか」
鼻白んで兵長。
「火のないところに煙は立たないわ」
マリィは掌を上へとかざす。
「それと同じ。疑問に思うべきは、味方を切って捨てる大佐の姿勢――違う?」
図星を差された顔――それを兵長が片手で覆う。
「あんたが天使か悪魔か、大佐に訊くしかないってわけか」
「少なくとも」
諭すようにマリィが小首を傾げてみせる。
「私に訊くより実りはあると思うわよ」
「だとして、どうするつもりだ?」
兵長が問いの矛先を変えた。
「この区画は隔離されちまってる」
「まずは、」
言いつつマリィは右手を兵長へ差し出した。
「名前を伺っておきたいわ」
「マーカンド」
その手は取らずに兵長。
「ティモシィ・マーカンド兵長だ」
「改めてよろしく」
宙に浮いた右手を収めてマリィが名乗る。
「マリィ・ホワイトよ」
「で、あんたの言う議論とやらを艦内に巻き起こすとして、」
マーカンド兵長が呆れ顔で訊いた。
「どうやって外に伝えるつもりだ?」
「その前に、意見が割れるところを見てもらうのが一番手っ取り早いわね」
マリィは尖り気味の顎へ指をやった。
「まずはこの区画から。話せる人に紹介していただける?」
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