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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第14章 転回
153/221

14-14.隔離 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.

『相手はあのマリィ・ホワイトよ』

 フリゲート“オサナイ”艦橋で、“キャサリン”がむしろ穏やかに告げる。

『下手に接触してご覧なさいな。例の脅しが飛んできて、任務の遂行が危うくなるわよ』


「陸戦隊は!?」

 副長席からノーラン少佐の問いが飛ぶ。

「麻酔を打ったはずだぞ!」


『好奇心に負けたようね』

 いい流して“キャサリン”。

『命令違反よ。麻酔を打たなかったみたい』


「なぜ報せなかった!?」

 艦長席、ハリス中佐から咎めの声。


『仕草だけで実際には麻酔を打たなかったのね』

 “キャサリン”の声からは感情が抜け落ちているかのようだった。

『私も引っかかったわ』


「現状は!?」

 ハリス中佐が鋭く問いを突き付ける。

「モニタしているのだろうが」


『いいえ』

 “キャサリン”はいっそ清々しいほどに、

『ドームのデータ・リンクをクラッシュさせたの。中で何が起こったか、開けるまで誰にも判らないわ。そして開けたが最後、負けが確定する禁断の箱ね』


「……それほどまでに」

 疑わしげにハリス中佐は声を投げた。

「ヘンダーソン大佐の大義は脆いのか?」。


『“ソル”への跳躍ゲートを封鎖した大佐の知略を疑うなら、』

 “キャサリン”は動かない事実を突き付けた。

『お好きなように』


 艦長が問いを重ねる。

「第3艦隊を切り捨ててもか?」


『ゲートを封鎖できなかったら、どれだけの損害が出ていたかしらね?』

 笑みの気配すら含ませて“キャサリン”の反問。

『そもそも、独立が成ったと思って?』


「あの女は」

 ハリス中佐の声が低まる。

「口先だけでそれを覆すというのか?」


『大佐の立場は微妙だわ』

 “キャサリン”があっけなく認めた。

『ゲートを封鎖したタイミングが絶妙だったものね。でも、あのタイミングでなければならなかったのは考えてみれば解るはずよ』


「何が言いたい?」


『つまり、こういうこと。ヘンダーソン大佐は疑いをかけられる危険を冒してるってわけ』

 “キャサリン”は淡々と続けた。

『途中まで本気で連邦側と通じて、偽の独立を企んでいたっていう疑いをね』


「それとあの女と、どういう関係が?」


『大佐が言ったでしょ、“サラディン・ファイル”にはまだ暴くべき余地が残ってるってこと』

 返して“キャサリン”。

『大佐と連邦首脳部との関係を証明するものがね。それを語るのにあの女以上の適任者がいると思う?』


「あの女が言えば黒でも白になるということか」

 艦長の片眉が跳ねた。

「それがあの“放送”の時点で暴かれていなかったのはなぜだ?」


『甘く見ないでよね』

 “キャサリン”のむくれ声に抗議の念。

『あんな重大事、プロテクトが何重にもかかってて当然じゃない。だから大佐は公の場で“K.H.”を殺してみせたわけ。身の潔白を証明するためにね』


「キリル・ハーヴィック中将を、」

 ハリス中佐は敢えて“K.H.”という単語を言い換えた。

「殺した動機が私欲でないと誰が言える?」


『それが言えるのは多分、あの女だけでしょうね』

 溜め息すら交えて“キャサリン”が結んだ。

『他の誰が言っても説得力に欠けるもの。これでお解り、大佐がこだわってるわけが?』


「“サラディン・ファイル”は誰が握っている?」


『マリィ・ホワイト――つまり彼女よ』

 “キャサリン”は告げた。

『他の誰が持っているっていうの? 彼女が誰かに強制されてあのリストを公表したとでも?』


「なら力づくでも彼女からファイルを奪えばいい」

 ハリス中佐が衝いて声。


『その結果がこれよ』

 噛んで含めるような“キャサリン”の声。

『やっと話が現状に繋がったわね』


「あの女が大佐を陥れる理由は?」


『あの女は地球人よ』

 “キャサリン”が断じる。

『連邦が大事に決まってるじゃない』


「それが連邦さえひっくり返す事実を公表したのは何故だ?」

『あの時点でもう蜂起は始まっていたのよ。地球人なら“テセウス”に独立なんて許すと思う? ――首脳部ごときの首と植民星の独立騒ぎ、どっちが自分の命に関わるか、馬鹿でも解ると思うけど?』


「忘れるな、あの女は命を懸けている」

 ハリス中佐が指摘する。事実、マリィは未遂とはいえ自害の引き鉄を引いている。

「たかが一介のジャーナリストが命を懸けてまで口をつぐむ理由とは何だ?」


『可能性ならいくらでも論じられるけど』

 “キャサリン”の声には淀みがない。

『ストックホルム症候群とかね』


 人質が犯人に感情移入する現象を、“キャサリン”は例に挙げた。ハリス中佐が打ち返す。


「それこそ可能性に過ぎん。お前が言う通りにな」


『そう。ここで何を論じても可能性にしか過ぎないわ。それはマリィ・ホワイト本人の言でさえもね』

 むしろ艦長の言を待っていたかのように“キャサリン”が畳みかける。

『真実を引き出すにはそれなりの準備と検証が必要だわ。少なくともここにはそれが揃ってない。違う?』


「彼女から“サラディン・ファイル”を奪えばいい」


『陸戦隊が彼女の誘惑に負けていたら?』

 “キャサリン”の言葉があらゆる反論を暗の内にねじ伏せる。

『彼らをどうやって制圧するの? あるいは彼女が舌を噛み切るとでも言い出したら? 交渉の余地を作ってしまった時には遅いのよ』


「それで我々には禁断の箱というわけか」


『そう、開いた途端に負けることは確定しているってわけ。然るべき準備がないことにはね』

 忠告するように“キャサリン”の声が低くなる。

『勝負の土俵に乗らないことね。負けないためにはそれしかないわ』


「……よかろう」

 ハリス中佐が歯を軋らせる。反論の余地は確かになかった。

「このまま“サイモン”を目指す」


 ◇


「やられた!」

 観測ドーム出入り口、操作端末に取り付いた一人が舌を打った。

「やられてます。データ・リンクがファームウェアから吹っ飛ばされました!」


「“キャサリン”の手口か……」

 軍曹が苦い口を開いた。


「こっちも駄目です!」

 エア・ダクトへ首を突っ込んだ一人もかぶりを振る。

「ダクトも閉鎖されてます」


 空気の循環から絶たれた形だが、全員が宇宙服を着込んでいる以上は心配無用と取られた可能性が高い。何が何でも外部との接触を断とうとする意図があからさまに窺えた。


「監視カメラは?」


「駄目です」

 監視カメラの配線から侵入を試みたらしい一人が告げた。

「信号が通ってません」


「これで解った、私がどう思われてるか?」

 マリィが軍曹に問いかける。

「何が何でも余計なことを聞かされたくないわけね」


 軍曹が唸る。少なくとも状況証拠としてはマリィの言を裏付ける方向にことが動いている。


「つまり、」

 軍曹が問いをマリィへ投げ返した。

「我々も君と同様というわけか」


「そうね」

 淡然とマリィは頷いた。

「知ってはいけないことを知ってしまったことにされるわ」


「だろうな」

 軍曹はホルスタから黒一色のコンバット・ナイフを抜いた。

「一蓮托生、ならば疑うだけ無駄な話だ」


 軍曹がマリィの四肢を拘束するプラスティック・ワイアへナイフを差し入れた。


「軍曹!」

 リーランド兵長が抗議の声を上げる。

「それでは取り返しが!」


「もう取り返しはつかんよ、兵長」

 軍曹がマリィの拘束を解きつつ背中越しに答える。

「何なら人質にでもなるか? 戻っても無事では済まんだろうが――悪いな」

 軍曹が振り向きつつ謝罪の言葉を投げる。

「つまらん好奇心に巻き込んで。だが、私は真実に近付いたと考える」


「つまり……」

 リーランド兵長が言いつつ途中で唾を飲み下す。

「……彼女の言うことが?」


「そういうことだ」

 軍曹が傍らに手招きをくれた。

「彼女の銃を」


 言葉に合わせてMP680ケルベロスが軍曹に手渡される。軍曹はその手でケルベロスの銃把をマリィへ差し出した。


「私は君の味方になろう。ミス・マリィ・ホワイト」


「マリィで結構」

 ケルベロスを受け取りながらマリィが訊いた。

「何とお呼びしたらいいかしら?」


「フォーク軍曹だ」

 軍曹は右手をマリィに差し出した。

「ジョナサン・フォーク軍曹」


「よろしく、ジョナサン」

 マリィが軍曹の手を握り返す。

「とにかく、ここを出ることを考えないと」


「いい考えがあるなら聞こう」


「火災警報とか何か、データ・リンク以外の手段は使えない?」

 マリィが案を呈した。

「モールス信号でいいわ、外とコミュニケーションが取れれば」


「……その手があったか」

 非常系の回路ならデータ・リンクが落ちても動作する。ブリッジで検出もされる道理はあった。

「だが向こうが無視する可能性はある」


「でも一枚岩じゃないわね」

 マリィは指摘した。

「全員に伝えれば、意見が割れるわ。ここのあなた達だけ見ても、それは明らかよ」


 正鵠を射た話ではある。


「生命維持系、減圧警報なら全艦に伝えることもできるな」

 フォーク軍曹は舌なめずり一つ、頷きながら考えた。

「文面はどうする?」


 マリィは顎に指をやって考える。

「そうね……」


 ◇


 フリゲート“オサナイ”の艦内を再び警報音が貫いた。


「火災警報!」

 ブリッジでは船務長が伝えた。

「また後部観測ドームです!」


『あら、頭を使ってきたわね』

 “キャサリン”が感心の声を洩らす。

『艦長、今すぐドームを閉鎖して。区画丸ごと放棄』


 区画を放棄すれば異常信号を遮断することもできる。ただし区画の乗組員を丸ごと閉じ込めることにもなる。


「貴様……!」

 ノーラン少佐が声を荒げる。艦の最高責任者を差し置いての指示とあれば、頭に血も上ろうというものだった。


「構わん」

 艦長席からハリス中佐が指示を飛ばす。

「B-5区画緊急閉鎖! 区画放棄!」


「妙です!」

 船務長が伝える。

「警報が切れて……また繋がって……!」


 警報は思わせぶりな入り切りを繰り返していた。まるで意図を持って信号を送っているような……、


「復唱どうした!?」


 ハリス中佐が艦長としての一喝。船務長は半拍の迷いを振り切って復唱を返した。


「……B-5区画緊急閉鎖、実行します!」


 船務長の操作に従い、後部観測ドームを含むB-5区画が乗組員ごと閉鎖された。同時に区画放棄の命令が船務システムに入力される。そして減圧警報信号は遮断された。


 だが、区画を放棄されるまでの警報は全艦に流れている。船務長はそこに込められた意味に気付いてしまった。恐らく、同じくその点に気付いた者は少なくない。むしろ気付かなかった者の方がはるかに少ない。


 減圧警報の連なりはモールス信号を伝えていた――『SOS』と。




     *****


本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。

投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)


無断転載は固く禁じます。


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(C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.


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