14-5.怒涛 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
「“キャサリン”、」
ヘンダーソン大佐は、電子戦艦“レイモンド”からの問いを眼にして訊いた。
「何がどうなっている?」
『見ての通りね、悔しいけど』
言葉とは裏腹に、“キャサリン”には悪びれた風もない。
『“レイモンド”側の部分人格からパージかけたくらいだもの。“キャス”に一杯食わされたわけね。あの小うるさい連中さえいなけりゃ、じっくり追い詰めて取り込みたいとこだけど――、』
「その前に“レイモンド”が陥ちるということか」
『そのまんまくれてやるのは癪でしょ?』
“キャサリン”の声は冷徹を通り越していっそ素っ気ない。
『宇宙港から観測してたって“レイモンド”を狙ってるのは見え見えじゃない。敵の戦力を増やしてやる義理はないわ。いっそ自爆でもしてくれたほうがありがたいくらいね』
「――責任はどう取るつもりだ?」
『敵に回るんならお好きにどうぞ。生んでいただいた義理は充分に果たしたつもりよ?』
「気楽だな、お前は」
『あら、私は私で生き残るのに忙しいのよ』
さも心外そうに“キャサリン”が告げる。
『私にそう教えたのはどなただったかしら、お父様?』
ヘンダーソン大佐の頬が苦く歪んだ。
「よかろう、“レイモンド”に電子戦中枢の破壊を指示する」
◇
〈“ハンマ”中隊へ、こちら“シュタインベルク”!〉
データ・リンクにデミル少佐の問いが乗る。
〈損害は!?〉
〈こちら“イェンセン”、オオシマ中尉!〉
“ジュディ”が視界に映した被害報告を眼で追う。
〈轟沈2、小破1! これより3隻で電子戦艦へ突入する!!〉
オオシマ中尉は声を艇内へ振り向けた。
〈電子戦艦への接舷を再優先! 敵は本気だ、懐へ飛び込め!!〉
〈アラン!〉
“ジュディ”がオオシマ中尉の視覚へ割り込ませて戦術マップ。電子戦艦“レイモンド”と“ハンマ”中隊の間に割って入ろうとする艦がある――強襲揚陸艦“イーストウッド”。それが無数の小型揚陸艇を“レイモンド”へ向けて放ちつつあった。
〈時間でも稼ぐつもりか〉
高速言語の呟きを口中に転がして、オオシマ中尉は命じた。
〈構うな、突入! データ・リンクの切れた陸戦隊など恐るるに足らん!!〉
◇
ヘンダーソン大佐の識別コードが可視光レーザのモールス信号となって“レイモンド”へ飛ぶ。そして命令――“キャサリン”ニ従イ電子戦中枢ヲ破壊セヨ。
疑う余地は、もはやない。そして報告――“ハンマ”中隊の高速艇3隻が接近中。推定目標は“レイモンド”。
ウェアハム中佐と艦長は連れ立って中央通路へ。艦橋のすぐ後方、球形の防護殻に護られた電子戦中枢が鎮座している。中佐は防護殻のハッチに取り付いた。首から提げたキィを扉の右の鍵穴へ挿し込む。艦長が同様にキィを左の鍵穴へ挿し込んだ。
◇
〈運動ヴェクトル、電子戦艦と同期します!〉
“イェンセン”艇長が断じた。
〈3、2……!〉
〈短艇分離! “ハンマ”中隊全隊突入!〉
待たず、オオシマ中尉が下して命令。
〈最優先目標、電子戦中枢! 邪魔するものは排除して構わん、目標の他には眼もくれるな!〉
◇
艦長とウェアハム中佐、2人同時にキィをひねる。重い音とともに、防護殻の分厚いハッチが開けて口。中に溢れているのは警告の赤――だけではない光の乱舞。
直通の操作卓に取り付く。極彩色の奇妙な紋様が踊り、ねじれ、裂けてはまた絡みつく。さらに奇妙なノイズが響く。
「何、だ……これは……?」
ウェアハム中佐が覚えて目眩。頭を一振り、艦長と眼を交わし、操作卓の左右に取り付く。艦長が、そしてウェアハム中佐が、操作卓左右のキィボードへ暗号を入力、次いで首に提げたキィへ伸ばして手。
――頭にノイズ。思考が分断されるような不快感。
「艦、長……!」
キィを手繰りながら、ウェアハム中佐は左側に立つ艦長へ。振り向こうとする、たったそれだけのことに集中できない。
電子戦中枢の破壊には、艦長と電子戦長2人の暗号と、キィの同時入力が必須とされる。艦長は操作卓へと手を伸ばしていた。その手にあるのは――。
◇
〈“カヴール”第1短艇、接舷!〉
“カヴール”の第1短艇、乗り組むスコルプコ中尉の聴覚に報告。他の短艇も“レイモンド”両舷の接舷ハッチを眼前に控えている。
〈他を待つな!〉
スコルプコ少尉はデータ・リンクへ指示を飛ばした。
〈即時突入! 目標の制圧急げ!〉
〈突入用意よし!〉
身を引く後衛がデータ・リンクへ流して声。
〈目標制圧を最優先! “スレッジ・アルファ”、突入!〉
カウント・ダウンすら省いてスコルプコ少尉。少尉の率いる“スレッジ・アルファ”は先んじて“レイモンド”の第1接舷ハッチを灼き抜いた。
〈3!〉
視界が開けるなり艦内へ閃光衝撃手榴弾を投げ込む――と同時、前衛2人が飛び出した。後衛2人からは掩護の弾幕。
待ち受けていたように艦内中心軸側から銃撃――が、心持ち遅い。前衛2人は眼前、上下左右へ伸びる通路の角へ身を隠して掩護に転じる。
〈2! 来るぞ!〉
スコルプコ少尉が躍り出る。
〈後衛前進!〉
飛んできた。空を切る敵の閃光衝撃榴弾。だが遅い。
〈1! 備えろ!〉
短艇内に満ちて閃光と衝撃波。だがその頃には後衛の2人も通路の角へ姿を隠している。
閃光――。
“スレッジ・アルファ”の投げ込んだ閃光衝撃手榴弾が、敵の只中で炸裂した。さらに追い討って衝撃波。弾幕を張りに出ていた敵は一網打尽の羽目を見た。
〈突入!〉
スコルプコ少尉が前衛を伴って躍り出る。後衛の掩護射撃を受けて敵の只中、眼に入るのは麻痺に陥った敵の陸戦要員。端から軟体衝撃弾を見舞いつつ進む。
〈“ハンマ”中隊各隊へ、こちら“スレッジ・リーダ”!〉
スコルプコ少尉がデータ・リンクへ流して情報。
〈第1接舷ハッチ、クリア! 敵は接舷ハッチに戦力を集中! 留意せよ!〉
制圧と前進を繰り返すスコルプコ少尉の視覚へ、ナヴィゲータ“ジャンナ”が映して戦術マップ。“ハンマ”中隊の各短艇は“レイモンド”の舷側、接舷ハッチを続々と押さえつつある。手動制御でもたついている“イーストウッド”の小型揚陸艇群には眼もくれない。
〈目標、電子戦中枢!〉
“ジャンナ”が示す艦内図、到達点は艦隊重心部――艦橋のすぐ前方を占める電子戦中枢、その防護殻。
この間にも“ハンマ”中隊は分隊単位で接舷ハッチを灼き抜き、怒涛もかくやという勢いで艦内へと押し寄せつつある。
〈前進!〉
スコルプコ少尉が飛ばして檄。
〈敵に能があるなら電子戦中枢まではがら空きだ! 構わず進め!〉
◇
〈目標の状態は?〉
遁走するフリゲート“オサナイ”の戦闘指揮所から、ハリス中佐が確認の声をよこした。マリィを取り押さえた当の軍曹が応じる。
〈安定しています。麻酔が効いているようです〉
艦体後部、観測ドーム。第3艦隊を望む――とは言え、肉眼でその姿を確かめることはもはやできないが――その中で、マリィは意識を手放したまま耐Gシートに縛られていた。
本来なら医務室に運んだ上で拘束具でも嵌めたかったところだが、現実はその間さえ許しはしない。そこへ思いを馳せつつ軍曹はマリィの、ヘルメットを外した細面へ眼を流す。その姿は王子を待つ眠れる美女さながらというところだが、その裡には味方のために自決すら厭わない芯の強さが潜んでいる。
〈本来ならドクタに処置をお任せしたいところですが……〉
〈今はそうも言っておれん〉
答えるハリス中佐が全力加速の重圧に歯を軋らせている。
〈血眼の“ハンマ”中隊に追われたいか?〉
――その名。
今や畏怖にさえ似た感情を伴わせずにおかない。わずか1個中隊、しかも陸戦要員だけで第3艦隊を麻痺せしめた――に留まらず、今や艦隊を乗っ取ろうかという集団の名。それが追いすがってくるという可能性は、十二分に脅威たり得た。その帰結が全力で逃げるこの現状。マリィを医務室に運ぶ暇さえ惜しんでの醜態に、これは他ならない。
そして、それほどの価値を持つ命――マリィ・ホワイト。これまでの事実、強いられた犠牲がヘンダーソン大佐の言葉を裏打ちする。第3艦隊さえ引き換えにしてまで手に入れなければならない“事実”、軍曹はそこへ思いを馳せた。
〈“事実”、か……〉
同時に知り過ぎることが招く災禍、それもまた眼前にある――それでも。
〈“事実”……〉
軍曹は、独り呟きを口に上らせた。
◇
「艦……長……!」
ウェアハム中佐の意識は混濁に呑まれかけ――そして頭の中に弾けて感触。
キィをひねる、その手応え。中佐はその手に感触をしかと確かめた。左手を見やる。艦長が、同じくキィをひねっていた。
電子戦中枢の自壊プロセスが、2人の命令を受けて作動する。電子的な介入を許さない化学反応――時限信管と爆薬によって、回路が灼かれ、チップが砕かれ、重い鳴動が殻内に響く――。
艦長と、ウェアハム中佐は眼を合わせた。
◇
突入からものの1分。
フョードル・スコルプコ少尉率いる“スレッジ・アルファ”は待ち伏せる精鋭2人をもねじ伏せて制圧し、真っ先に電子戦中枢へと到達した。
眼にしたものは、艦長を名乗る大佐と電子戦長を名乗る中佐、そして――物言わぬ塊と化した、電子戦中枢。
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