14-3.戦意 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
〈『電子戦中枢を破壊しろ』?〉
電子戦艦“レイモンド”の電子戦指揮所で、電子戦長ウェアハム中佐は耳を疑った。
〈……は!〉
気圧された伝令の声が固まる。
〈“オサナイ”から、可視光レーザでの、モールス信号です!〉
〈何をトチ狂ったことを〉
ウェアハム中佐が苦く吐き捨て、
〈“オサナイ”からなのは間違いないのか?〉
電子戦艦の電子戦中枢といえば、その重要度は旗艦の艦隊指揮所そのものにすら匹敵する。すなわち艦隊を統率する中枢そのものを破壊しろと求めているに等しい。
〈“オサナイ”の識別信号と発光信号、〉
伝令は伝令で、硬い声を返すしかない。
〈両者の出元は一致しております〉
〈それがガセでない保証は?〉
中佐の疑いはまずそこへ向く。“レイモンド”の電子戦中枢を巡って“キャサリン”と敵の攻防があったことは否定しようがなく、また“キャサリン”が退避したのもまた間違いない。恐らくは“キャサリン”が敗退を喫したのも。その際に艦隊の神経とも言えるデータ・リンクを分断したのも。だが艦隊を裸にしろと告げるに等しいその命令を、モールス信号一本で鵜呑みにできるはずがない。
〈それは……〉
たかが伝令の身の上に回答のできる話ではない――ウェアハム中佐がそこへ至らせて思い。
〈“キャサリン”本人からの指示だという証拠が要る〉
求めるべき条件に考えを巡らせながら、中佐が命令を下す。
〈“キャサリン”本人の識別コードとヘンダーソン大佐への直通のコード、この2つを要求しろ。いずれにせよ大佐の命令が要る。急げ!〉
電子戦艦“レイモンド”からフリゲート“オサナイ”への問いは、すぐさま可視光レーザのモールス信号として送られた。
◇
〈機動戦をデータ・リンクなしで!?〉
思わずの体で声が上がった。
〈本気ですか?〉
強襲揚陸艦“イーストウッド”、ブリーフィング・ルーム3。声の主は機動歩兵小隊第3分隊長。
タロス単体の索敵範囲はお世辞にも広いとは言いがたい。ゆえに母艦、あるいは支援艦艇からの索敵情報をデータ・リンクで受けながらの戦闘行動が定石とされる――空間機動戦においては、特に。
〈ゆえに一撃離脱、これしかあるまい〉
ブリーフィングへ直に出向いた陸戦大隊長マニング中佐はまっすぐ声の主を見返した。
〈戦闘機ほどのシステムを復元している暇はない。高速揚陸艇にしても、操作は手動プログラミングで行う――要するに単純機動しかできん〉
〈フリゲートの対空防衛網をくぐり抜けて、ですか?〉
こちらは第4分隊長。相手のデータ・リンクが正常だとするなら、これに突っ込むのは自殺行為以外の何物でもない。
〈高速揚陸艇を囮に使う〉
叩き返してマニング中佐。
〈今チャフをありったけ積み込ませている。こいつの陰に隠れて敵をやれ〉
〈で、その後は漂流ですか〉
第3分隊長の、それは問いにすらならない皮肉。
〈それは各人の腕次第だ〉
言ってのけたマニング中佐は、凄惨とも取れる笑みを浮かべた。
〈“イーストウッド”虎の子の働き、とくと見せてもらおう〉
◇
〈“イーストウッド”に噴射炎!〉
ミサイル艇“イェンセン”のブリッジ、航法席からギャラガー軍曹。
〈加速開始――予想進路、電子戦艦“レイモンド”!〉
〈旗艦じゃないんだな!?〉
艇上舷、第1短艇に席を占めたキースに疑問の声。
〈観測精度、上昇!〉
ギャラガー軍曹の声も揺るがない。
〈――旗艦“オーベルト”じゃない、“レイモンド”だ!〉
〈オオシマ中尉!〉
キースに迫った声。
〈構うな!〉
データ・リンク越しにオオシマ中尉。
〈敵は未だにアクティヴ・サーチの一発も打てん状態だ! 組織的な反攻はないと見ていい! 目標そのまま、電子戦艦へ突入するぞ!〉
◇
〈敵艦艇群の予想進路、出ました!〉
“レイモンド”の総合戦闘指揮所へ、伝令が文字通りに飛び込んだ。
〈本艦へ向かっています!〉
〈間違いないのだな?〉
艦長が念を押す。
伝令が頷いた。
〈“オーベルト”ではありません!〉
ウェアハム中佐は頬をなでた。少なくとも、“レイモンド”には――そして恐らくその中枢には――敵の狙う何かがある。電子戦中枢の破壊を求める“オサナイ”からの信号には、それだけ信憑性の重みが増した――そういうことになる。
〈接触までの時間は?〉
問いを向けて艦長。
〈およそ――〉
伝令は腕時計に眼を落とした。
〈5分30秒です、艦長!〉
◇
同刻、“レイモンド”電子戦指揮所で伝令がメモをウェアハム中佐へ手渡した――“オサナイ”に対する問いの回答。“キャサリン”の個体識別コードとケヴィン・ヘンダーソン大佐直通の通信コード。少なくとも前者は中佐の記憶と一致する。
後者を確かめるため、ウェアハム中佐は電子戦指揮所を抜けた。隣接する総合戦闘指揮所、艦長席へ身を泳がせる。
艦長の口からは、やはり“キャサリン”の同じ指示。
〈では……!〉
ウェアハム中佐が唇を噛む。
〈まだだ、〉
言いつつ艦長は席を離れた。
〈今後の“テセウス”防衛の要となる艦だぞ。“イーストウッド”もこちらへ向かっている。大佐の命令なくして破壊などするものか〉
艦長はウェアハム中佐を伴って総合戦闘指揮所を後にした。艦体前部、観測ドームへ。2人の眼前で、宇宙港“サイモン”へレーザに乗せたモールス信号が放たれる。
◇
〈“イーストウッド”の反応分裂!〉
“イェンセン”のブリッジで、航法席のギャラガー軍曹が声を上げた。
〈数4、5――ブロンコ型高速揚陸艇と確認!〉
〈早すぎる!?〉
オオシマ中尉が訝しむ。電子戦艦に取り付くつもりなら、このタイミングではまだ早い。むしろ――、
〈“シュタインベルク”へ通信!〉叫んでオオシマ中尉。〈撃墜要請! 連中の狙いは我々だ!!〉
◇
強襲揚陸艦“イーストウッド”から離脱した4隻のブロンコ型高速揚陸艇は、“ハンマ”中隊へ向けて大加速を開始した。高高度側から逆落しに“ハンマ”中隊の軌道へ交差にかかる。
◇
〈対空砲撃!〉
“シュタインベルク”の戦闘指揮所、艦長席からデミル少佐が指示を飛ばす。
〈目標、敵ブロンコ型高速揚陸艇!〉
“シュタインベルク”は救難艇“フィッシャー”に随伴して“ハンマ”中隊の後方に位置する。だがその距離は対空レーザ砲にとって遠くない。火器管制アクティヴ・サーチが光速で目標を捕捉する。
〈射撃判断任せる〉
デミル少佐が下して断。
〈撃て!〉
対空レーザが宙を裂く。その軌跡はブロンコ型高速揚陸艇を確かに捉えた。爆散――それが3つ、4つと続く。
〈……妙、です……!〉
索敵士が疑問を呈するまでもなく、その反応は戦闘指揮所のメイン・モニタ、戦術マップへと影を落とした。
〈反応が……!?〉
急速に拡散する雲――言葉にするなら、そう呼ぶに相応しい影がある。センサの死角が拡がっていく――“ハンマ”中隊の軌道の先へ。
〈――罠だ!〉
デミル少佐が味方のデータ・リンクへ乗せて警告。
〈“ハンマ”中隊! こちらデミル中佐、加速しろ!〉
◇
〈くそ、姿勢変更中止!〉
デミル少佐の警告を待たずにオオシマ中尉が声を上げる。
〈敵が来るぞ! 全力加速! 機関、出力最大!!〉
◇
ブロンコ型高速揚陸艇の陰、並行して飛ぶタロス8機――本体より大型の高機動ユニットを装備した機動歩兵本来の姿――が、爆散に合わせて弾かれたように加速した。高速揚陸艇に詰め込んだ金属片の雲に紛れ、噴射炎を曳いて“ハンマ”中隊へ迫る。
◇
減速に入っていた“ハンマ”中隊のミサイル艇5隻は減速姿勢から180度姿勢を変え、全力をもって加速に入る。だが、前方に迫る雲がより速い――避けられない。
〈戦闘機動!〉
命令とともに、殴りつけるようなGがミサイル艇を襲う。攻撃回避のための機動は、相応の重圧を乗員に強いる。カクテル・シェイカもかくやという不規則な荷重の果て、しかし異音が“ハギンス”の後背を襲った――爆発。
〈“ハギンス”が!〉
“スローイング・ハンマ”を載せたミサイル艇がタンクから推進剤のプラズマを噴き出した。不規則なスピンに陥り――爆散。
〈構うな、来るぞ!〉
高高度側からレーザが雨と襲いかかる。ミサイル艇を改造した高速艇が持ち合わせているのはただ機動力、これあるのみ。相手の出方から見て会敵は一瞬、それを機動でしのぎきれるか――勝負の的はただその一点。噴射炎を的に“シュタインベルク”が弾幕を張っているだろうが、それとてどこまで期待できるか知れない。
警告音――。
〈“ディミトロフ”、被弾!〉
“ウォー・ハンマ”を載せた艇が続いて爆散した。
〈上空に爆炎!〉
“シュタインベルク”の弾幕が敵タロスを捉えたものと見える。ただし撃墜したブロンコ型は4隻、スペックからして高機動型タロスは各2機は搭載可能――都合8機はいる計算になる。
〈まだか!〉
〈爆炎、さらに2!〉
そこへ衝撃。
〈上舷、第1短艇に被弾!〉
“イェンセン”艇内の気圧が急下降、視界が水蒸気で白濁する。異常を感知した“イェンセン”の制御系が、第1短艇との接舷ハッチを閉鎖した。
〈第1短艇、応答しろ!〉
〈こちら第1……!〉
第1短艇に乗る中隊最先任曹長のだみ声は、しかし途中でノイズに遮られた。
〈こちら第1短艇!〉
代わってキースの高速言語。
〈操縦席が潰された! 曹長もやられた! レーザじゃない。こいつは――!!〉
床を、壁を伝う金属質の重い軋み。それがブリッジにさえ不気味に伝わった。
〈――タロスだ!〉
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