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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第14章 転回
141/221

14-2.反転 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.

『健気なことね』

 フリゲート“オサナイ”艦内、後部観測ドームの壁際で、マリィの耳に“キャサリン”の声が乗る。

『自己犠牲っていうのかしら、こういうの。本当に不可解なことを考えるわ、人間て』


「気を逸らそうったって無駄よ」


 宇宙服の上から、マリィは自らの顎に擬したケルベロスに力を入れる。周囲には“テセウス解放戦線”陸戦隊の戦闘用宇宙服。それが押し包むように、中央の耐G席に就いたマリィを囲んでいる。


『いいことを教えてあげる』

 “キャサリン”は思い出したように言葉を継いだ。

『あなたの宇宙服のこと』


「無駄話はやめて」


 言いつつマリィは後方、もはや目視さえままならなくなった“ハンマ”中隊の視覚シンボル――望遠鏡でもあればキースらの艇が確認できるはずの方向――から眼を離さない。


『あら、あなたにとっては大事な話だと思うけど?』

「じゃあ焦らすのはやめて」

『あなた、死ねないわよ』


「え?」

 疑問の声がマリィの口からこぼれ落ちた。


『その宇宙服』

 “キャサリン”の声が淡然と踊る。


『非常用とはいえ軍用だもの。拳銃弾くらいじゃ撃ち抜けなくてよ?』


「結構なハッタリね」

 マリィが断じる。

「だとしたら、私をさっさと取り押さえたらいい話だわ」


 言いつつ必死で頭を巡らせる。ヘルメットや胸当てはそうかも知れない。だが接合部は――例えばヘルメットと襟部の継ぎ目なら。そう考えてマリィはケルベロスの銃口をわずかにをずらした。顎から喉元――ヘルメットと宇宙服の接合部。


『あなたに怪我なんかしてほしくないもの』

 マリィの思考を知ってか知らずか、残酷なほどに“キャサリン”の声は素っ気ない。

『いくら防弾ってったって、無傷ってわけにもいかないものね』


「それに――」

 マリィは必死で反証を考える。

「それに、キース達を生かしておく意味がなくなるわ」


『私、子殺しってあまりやりたくないの』

 平然の一語を言葉に乗せて“キャサリン”が断じる。

『せっかく稼いでくれた経験が台無しになるじゃない』


 戦慄――その言葉の裏を返せば、必要なら子殺しも平気でやるということに他ならない。マリィは唾を一つ呑み下した。


『貴様!』

 むしろ“テセウス解放戦線”の側が感情に色を帯びる。

『なら第3艦隊は!』


 データ・リンク越し、軍曹の階級章を付けた戦闘用宇宙服が吠える。言葉通りなら、“キャサリン”はマリィの身柄と引き換えに第3艦隊を見捨てたに等しい。


『データ・リンクを切っただけよ』

 淡然と“キャサリン”は跳ね返した。

『それだけでどうにかなる連中なら、所詮それまでってことね。というわけで、』

 むしろ気遣いさえ滲ませて、“キャサリン”はマリィへ声を向けた。

『肩の力を抜いてちょうだい、マリィ。お仲間が逃げおおせるところを一緒に確かめたいんでしょ?』


 そこでマリィの眼前、観測ドームの表面に重ねられて文字情報――“ハンマ”中隊に噴射炎。加速方向、宇宙港“クライトン”。


『おめでとう、マリィ』

 丸きり他人事のように“キャサリン”が言葉を重ねた。

『ひとまずはあなたの思い通りになったみたいね』


「“ひとまず”?」


『空っとぼけるのはやめて』

 “キャサリン”は小さく笑いを含ませた。

『彼ら、これで諦めるようなタマじゃないのはあなたの方が知ってるはずよ』


「どうするつもり?」


『何もしないわ、私はね』

 “キャサリン”の声はあくまで涼しい。

『ただ、事情を知らない第3艦隊がどうするかまでは保証できないけど』


「約束したはずよ!」

『私の力の及ぶ限りはね。データ・リンクぶった切れた第3艦隊に彼らがちょっかい出す気なら、その結果は彼らの自業自得。私としては何もしようがないのよ、お解り?』

「あなた!!」


 その激情が隙を呼んだ。ケルベロスに伸びるごつい手が、その銃身を鷲掴む。

 マリィは引き鉄を引いた。10ミリ拳銃弾がヘルメットをかすめ、ドームに跳ね返って床を穿つ。

 マリィの視界一杯に両脇からの戦闘用宇宙服、それが両の腕を極めていた。


『言ったのに、肩の力を抜きなさいって』

 “キャサリン”の呆れ声と共に、当て身の一撃がみぞおちへ入った。


『ブリッジに報告、目標を完全確保!』


 軍曹のその声を遠く聞きながら、マリィの意識は闇へと沈んだ。


 ◇


 怒号じみた声の交錯する“イーストウッド”の陸戦指揮所、マニング中佐へ報告が飛んできた。


〈――こちらに!?〉


〈は!〉

 伝令が緊張の面持ちで伝える。

〈艦影を観測、数は9! うち2隻が離脱中、残り7隻が接近中です!〉


〈識別信号は!?〉

 マニング中佐が噛み付いた。


〈それは……〉

 伝令が言葉に詰まる。


〈いや、いい、済まん〉


 データ・リンクを封じられた今、識別信号が受信できたはずはない。


〈離脱中の1隻はまずフリゲート“オサナイ”と見て間違いなかろう〉

 マニング中佐は思考を巡らせる。

〈対して接近中の艦影は7、“ハンマ”中隊の6隻とこれに合流したと判断される“シュタインベルク”、これで頭数は一致する。だとすれば――離脱中のもう1隻は“ダルトン”だな〉

 マニング中佐が伝令へ再び問いを向ける。

〈離脱しつつある2隻の予想進路は!?〉


〈概略ですが、“ダルトン”は軌道を離脱する模様! “オサナイ”の進路は――予測来ました! 宇宙港“サイモン”です!〉


 となれば、“オサナイ”への対応は第6艦隊に任せることができる。衛星軌道を離脱するつもりなら“ダルトン”は放置していい。問題は“ハンマ”中隊の6隻と“シュタインベルク”、その意図――。


〈宇宙港からの撤収急げ!〉

 それでも間に合わない――マニング中佐の頭を計算が駆け巡る。戦術の基本とはいえ、大型揚陸艇を全て宇宙港の制圧に振り向けたのが、この際は裏目に出た。


〈どこだ……〉

 マニング中佐は問いを口中に転がした。

〈どこを狙っている……?〉


 マニング中佐は大隊副長を呼び寄せた。

〈しばらくここを任せる。私は艦長に話をしてくる〉


 ◇


〈マリィ・ホワイトの身柄を確保!〉


 フリゲート“オサナイ”戦闘指揮所へ急報――後部観測ドームから。


〈言っとくけど、〉

 “キャサリン”が声を差し挟む。

〈彼女が自決したとは思わせないほうがいいわよ。“シュタインベルク”と“ダルトン”の醜態を覚えておくことね〉


〈艦長〉

 副長ノーラン少佐の耳打ちには、激情の火が燻っていた。

〈今なら連中を撃沈できます〉


〈“シュタインベルク”の存在を忘れないことね〉

 耳聡く水を差して“キャサリン”。

〈あの艦にも“ハンマ”中隊は乗ってるのよ〉


〈……我々の、任務は……!〉

 艦長席のハリス中佐も歯を軋らせつつ、しかし感情を圧し殺して命じた。

〈……最優先任務は、マリィ・ホワイトの身柄を押さえ、これを宇宙港“サイモン”へ無事に届けることだ……!〉


〈……!〉

 ノーラン少佐が言葉ともども呑んで感情。ハリス中佐はなだめるかのように呟きを漏らした。


〈連中に飲まされた煮え湯、誰が忘れるか〉

〈では、降伏勧告だけでも……!〉

〈ミス・ホワイトは人質の用を成さん〉


 副長を諭してハリス中佐。マリィの無事を欲しているのはいずれの陣営とも同じこと、人質としての価値はこの時点で無に帰する。そしてマリィに危害を加えるわけにいかない以上、いずれ“ハンマ”中隊が逆襲に転じる可能性は常にある。そして降伏勧告に応じるような相手なら、ここまで手こずったはずもない。


〈今このことを知られてみろ、連中は我々に何としても追い付いてくるぞ。連中の士気を上げてやる義理はない。違うか?〉


〈艦長の言う通りね〉

 さも当然とばかりに“キャサリン”。


〈では、〉

 ノーラン少佐が食い下がる。

〈艦隊に報せるだけでも……!〉


〈言っとくけど、第3艦隊のデータ・リンクは全部パァよ、この艦を除いてね〉

 “キャサリン”が冷たく突き放す。

〈ファームウェアからぶっ壊したんだもの。連絡が取れたところでどう迎撃するつもりなんだか〉


〈やり過ぎではないのか?〉


 ハリス中佐が苦い声を絞る。“キャサリン”の言を信じるならば、第3艦隊は艦隊としての連携はもとより、個艦内の通信機能にすら事欠く事態に陥っていることになる。


〈じゃ、システム丸ごと乗っ取られた方がマシだった?〉

 “キャサリン”には悪びれた気配すらない。

〈奥の手まで使ったんだから。それだけ油断ならない相手だってこと、解ってる?〉


〈だからと言って、手をこまねいている理由もない。主砲射撃用意!〉

 ハリス中佐は“キャサリン”の言を遮った。

〈波長帯、可視光域! 照準“オーベルト”、“レイモンド”および“イーストウッド”! モールス信号発信用意!〉


 ◇


〈単独戦闘態勢!〉

 “イーストウッド”の総合戦闘指揮所を圧して艦長の声。

〈構わんから炉を除いてシステム電源をぶった切れ! 一から立ち上げ直せばいい!〉


 “イーストウッド”の総合戦闘指揮所は、文字通りの修羅場と化していた。陸戦のみならず輸送、果ては支援兵器までの情報を集め、指揮統率を行うはずのこの場は、データ・リンクを失ったことで麻痺状態に陥っている。それがこの際はむしろ英断を促した。


〈艦長!〉

 伝令の一群と入れ違いにマニング中佐は戦闘指揮所へ飛び込んだ。


〈敵の進路、割り出し急がせろ!〉

 指揮所に喝を放った艦長がマニング中佐へ眼を向けた。

〈ちょうどいいところへ来た。艦内の予備兵力は?〉


〈空間歩兵1個中隊と機動歩兵が2個分隊です〉

〈……とても足りんな……〉


 もっともな呟きを、艦長が洩らした。救難艇“フィッシャー”で相対した敵の陸戦要員はわずかに2人、そこへ投入した戦力はといえば空間歩兵2個分隊に機動歩兵1個分隊。その損失は実に半数――惨敗にもほどがあるという有り様だった。敵は数を減らしたとはいえ1個中隊、そして彼我の実力差は眼に見えている。


 マニング中佐が艦長へ向けて問い。

〈敵の目標は、やはり艦隊中枢ですか?〉


〈だろうな〉

 首肯して艦長。

〈いま観測させとるが、道草を食うような連中でもあるまい〉


〈宇宙港に展開中の部隊を収容する時間がありません〉

 マニング中佐の口に苦い事実。

〈このまま旗艦か電子戦艦の防衛に回るか……〉


〈だがそれではジリ貧だ。違うか?〉

 艦長はその先を促した。

〈わざわざそれを具申しにきたわけでもなかろう。他に手は?〉


〈敵の脚を止めれば、あるいは〉


〈……何を考えている?〉

 艦長が細めて眼。

〈データ・リンクなしでは、巡洋艦の艦砲も間に合うまい〉


〈高速揚陸艇とタロスならば、〉

 マニング中佐が低めて声。

〈復旧までの時間もさして必要ありません。一撃離脱で機関を狙わせます〉


〈無茶を言う〉

 胡散臭げな眼を、艦長はマニング中佐へ向けた。

〈データ・リンクもなしでフリゲートの防空網をくぐり抜けるのか?〉


〈敵の眼を欺ければ、あるいは〉

 マニング中佐の眼は揺るがない。

〈救難艇は負傷者を載せているようでした。“シュタインベルク”が救難艇の守備に回るならば、ミサイル艇群との距離は開きます。付け入る隙はあろうかと〉


〈……敵が救難艇を死守するという保証は?〉

 艦長が訊いた。少なくとも接近中の艦影は7、救難艇は間違いなくその中に入っている。


〈その時は、〉

 マニング中佐の声に断。

〈救難艇を盾に取りに行くまでです〉


〈目標が乗っていればの話だ〉

 艦長から指摘。


〈実際に接触しての見解ですが、“味方殺し”を見過ごす連中とも思えません〉

 マニング中佐は片頬を釣り上げてみせた。

〈我々としても赤十字に手を出した後です、今さら体面を気にしても仕方ありませんよ〉


〈艦長!〉

 そこへ伝令が割って入った。

〈“オサナイ”より発光信号! 『発・“オサナイ”、宛・“イーストウッド”。最優先目標を確保。“レイモンド”電子戦中枢に隔離した敵ナヴィゲータを破壊されたし』、以上!〉


〈発光信号?〉

 艦長は眉を寄せた。

〈敵にも筒抜けになるぞ?〉


〈信号は可視光レーザでありました!〉


 直進性の高いレーザであれば、直線上にいない“ハンマ”中隊に傍受された心配はない。艦長とマニング中佐は眼を見合わせた。


 ◇


〈機動歩兵第3小隊第3、第4分隊、出撃用意!〉

 “イーストウッド”艦内を文字通りに飛び回って伝令、伝えるのは――予備兵力の出撃命令。

〈機動戦仕様! 繰り返す、機動戦仕様! 整備員は換装作業急げ!〉


「お呼びだぜ」

 ブリーフィング・ルームに待機していた伍長の片頬に笑み。


「へ、補欠と思って腐ってりゃこれかい」

 もう一人の伍長が給水パックの中身を飲み干した。

「しかもドンガメ作業じゃなくて機動戦とはね。面白くなってきやがった」


〈高速揚陸艇“ルビィ”小隊発進用意! 搭乗員集合、ブリーフィング・ルーム3へ!〉



     *****



本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。


投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)



無断転載は固く禁じます。



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