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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第2章 亡霊
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2-6.猛獣

 酒精の回った手でドア・ロック相手に数十秒、ようやく戻った根城には、しかし明かりの点く気配もなかった。


 惑星“テセウス”、第2大陸“リュウ”は北西部。“カーン・シティ”の、人家もまばらな外縁近く――ルイ・ジェンセンは鼻を鳴らして、


「またかよ畜生――おい!」


 反応はない――そこで携帯端末がウィルスにやられたことを思い出す。


「くっそ、どいつもこいつも……」


 壁をまさぐり、手動スイッチを探し当てる。が、こちらも反応はない。さてはまたセンタ・ユニットがいかれたか、と目星をつけて、彼は部屋の奥へ歩を進めた。


「人をコケにしやがって……」


 身体が覚えているレイアウト、と言うよりは散らかり具合に、かすかな違和感。その理由を捜しあぐねているうち、答えは自らやって来た。


 衝撃――。


 床へ投げ出された。息が詰まる。

 反射的に身を起こし、腰の銃へ手を伸ばす――そこで2度目の衝撃に襲われた。

 防弾ジャケットが効いている。痛みをこらえ、床に転がりながら、狂ったように視線を巡らせる。敵は部屋の奥、闇の淀む中にいた。それが前へと歩み出る。

 消音器付きのケルベロスが、次いでそれを構える両腕が、外から洩れくる明かりに浮かぶ。さらに脚、続いて――。


「な……」


 やや細めの顔立ちが現れた。


「馬鹿、な……」


 焦茶色の髪、そして自分を見据える焦茶色の瞳。


「生きてる……わけが……!」


 逃げ出しかけたところへ三たび衝撃。護りのない脚を撃ち抜かれ、ジェンセンは再び床に転がった。


「たッ……助……!」


 振り向くと、今度は銃口と眼が合った。


「命令、だったんだ! ……頼……!」


 引き鉄にかかった指が、緩やかに動く。

 ジェンセンは、声を限りに悲鳴を上げた。


 ◇◇◇


「“猛獣”がエサに食い付きましたな」


 早朝、駐屯地司令執務室を後にするなり、アラン・オオシマ中尉はそう切り出した。


「着任早々に話題が豊富で結構なことだ」

 片眉を上げたきり、ハドソン少佐はとぼけた顔で切り返す。

「スターとはいえモロゾフも人間だ。“レイノルズ”からあの条件が出てくれば転籍も考えるだろうな」


 オオシマ中尉は片頬をゆがめた。

「――“ムーン・ボウル”のファンが見付かって安心しましたよ」


 第2大陸“リュウ”西部、“ハミルトン・シティ”北郊外に位置する“ハミルトン”陸軍駐屯地。中尉を自らの執務室へ招き入れたカレル・ハドソン少佐は、相手の立ち位置を示した上で口を開いた。


「さて中尉、何をやって“テセウス”くんだりまで飛ばされた? まさか守秘義務違反じゃあるまいな」

「上官の娘と寝たのがバレましてね」


 オオシマ中尉が苦笑する。少佐は沈黙のまま煙草を取り出した。


「……これがあいにくダンナ持ちでして」


 少佐は眼だけを上げて言葉を継いだ。


「で、こっちで美人のスカウトにでも引っかかったか」


「そんなとこです」

 オオシマ中尉の目許をかすめる翳がある。

「なにぶん“ヘレネ”帰りなもので」


 情熱とテロの代名詞――こと近年では泥沼化した反連邦ゲリラ紛争の舞台――として名を馳せる植民惑星の名を、中尉は口に上らせた。ハドソン少佐は中尉に煙草と火を差し出した。


「どうも」


 踵を返し、少佐はコーヒー・メーカのスイッチを入れる。


「ニュースは見たな?」

「強殺だそうで」


 固有名詞は互いの頭の中にある――ルイ・ジェンセン。


「どローカルのチャプタにこれがひっそり流れていたのには呆れましたが」


「珍しくもないからな」

 ハドソン少佐は煙を吐いた。

「あの辺りでは」


「聞きしに勝る無法地帯ですな」

「シティ郊外の食い詰め者なぞ、邪魔にしか思っとらんのさ――地球の連中は」


「ま、その点は同感ですが」

 オオシマ中尉はふと、視線を部屋に巡らせた。

「で、その連中には聞こえてないでしょうな?」


「今ごろ退屈な講釈が聞こえとるさ――」

 ハドソン少佐は左手首のアーミィ・ウォッチ、ファーレンハイトHART7015に眼を落とした。

「――あと20分は。さて中尉、」


 いきなり少佐のフックがオオシマ中尉を襲った。

 

 かわし切れず、中尉は顎先にその一撃を受けると平衡を失って床へ背中を打ち付けた。

 一泊おいて、ハドソン少佐はおもむろに中尉へ手を差し伸べた。


「今ので“グリーン”の件は不問に付す。“ハンマ”中隊へようこそ。今のうちに何か訊いておくことは?」


 ◇


 格闘訓練中の一団が手を止め、歩み寄るハドソン少佐へ向かって一斉に敬礼を決めた。


「ご苦労」

 引き締まった答礼一つ、ハドソン少佐は足を止めた。

「このほど着任した副長を紹介する」


 ハドソン少佐が眼を投げる。受けてオオシマ中尉は一団に敬礼を決めてみせた。


「アラン・オオシマ中尉だ」

 敬礼を解き、顎に手をやって一言。

「“ハンマ”中隊の男臭さは“ヘレネ”にも届いていたぞ」


「“スレッジ・ハンマ”小隊長のフョードル・スコルプコ少尉であります」

 筋骨たくましい金髪の大男が敬礼とともに太い声を発した。

「副長どのの着任を歓迎いたします。では、こちらへ」


 体を開いて腕を伸ばす――その先、中隊員が綺麗に分かれて道を空けた。


「歓迎、ね」

 その意味に思いを馳せながら、オオシマ中尉は苦笑した。

「なるほど、こいつは男臭い」


 オオシマ中尉は先に立ったスコルプコ少尉に続いて足を踏み出した――ところで脚を取りに行く。横へ飛び退ったスコルプコ少尉が楽しげな笑みを頬に乗せた。


「見事だ、少尉」

 オオシマ中尉もせいぜい楽しげに笑ってみせる。

「噂は伊達ではないな」


 空気を唸らせて拳が横から飛んできた。踏み込んでかわし、下から掌底を突き上げる。わずかな差でスコルプコ少尉がかわし、今度は中尉の右腕を取りに来る。すり抜けたオオシマ中尉が今度は少尉の脚を取りに行く。


 接近戦になった。中隊員の間にどよめきが上がる。歓声とも、戸惑いともつかぬ声。


「中隊長も人が悪い」

 ハドソン少佐に寄って声を向けた者がある――シロー・キリシマ少尉。

「先走るだけの馬鹿かと思ったら、とんだ逸材じゃないですか」


「私もただの跳ねっ返りかと思ったが」

 眼前の接戦に眼を向けたまま、ハドソン少佐がほくそ笑んだ。

「こいつは、思わぬ拾い物になったかな」


 ◇◇◇


『クリスタルは受け取ったかい?』


 “トリプルA”の声がロジャーの聴覚に届いたのは、母恒星“カイロス”の光が頭上から降り注ぐ、その最中。


「ああ、」

 頷くロジャーはフロート・ヴィークル・ストライダを環状線へ向けて流している。

「さっきマスタからな」


『もう1週間になるからね』

 “トリプルA”の声に不本意の翳が滲む。

『いい加減“不夜城”で会うのも怪しいだろう』


「で、直通回線を教えてくれる気になったって?」


『まあ、エミリィをかくまってもらってるわけだからね』

 次いで“トリプルA”は端的な問いを声に上らせる。

『ジャックと連絡は?』


「相変わらず」


 それだけを、ロジャーは答えた。回線へのコールやメッセージの類はもちろん、電子掲示板を使った呼び掛けから秘密の符丁に至るまで、試す手はことごとく試して空振ること、今日ですでに1週間。ジャックが本気で潜伏にかかっているのは間違いない。


『じゃ、クリスタルを読み取り機にかけてくれ』


 ロジャーが読み取り機を“ネイ”に繋ぎ、マスタからのクリスタルをそこへ挿し込む。


『えーと――OK、確認したよ』

 “トリプルA”が“ネイ”を通じてデータ・クリスタル、その量子暗号の真贋を判別し終えた。

『多分、これだと思うんだよね』


 回線越しに操作信号だけを送り込んで“トリプルA”。クリスタルから現れたのはここ1週間に第2大陸“リュウ”で起こった殺人事件、そのリスト。膨大な数に上るその中から強盗殺人の項目をピック・アップ、ロジャーの視覚へ拡大投影する。


「強殺ね。ジャックのヤツ、過去の恨みでも晴らして回ってるってか?」

『これに、“ウィル”のアクセスした情報を照らし合わせる』


 “トリプルA”の操作に伴い、被害者のリストが絞り込まれた。ただし、それだけでも数はこの1週間で100を超える。


「まだ多いな」


『うん。で、被害者の経歴をこっちで洗ってみた』

 絞り込まれた被害者のリスト、うち4件が明滅する。

『出身に共通項があったのはこの辺だ』


 明滅された名がさらにクローズ・アップ。ロジャーの視界に各々の略歴が流れていく。


「退役軍人?」

『しかも同じ部隊の出身だ。“ブレイド”中隊、知ってるかい?』


「いンや」

 ロジャーは肩をすくめた。

「初耳だね」


『だろうね』

 “トリプルA”がさして意外そうでもない声で続ける。

『あんまり華々しい仕事はやってないらしい』


「秘密部隊か」

 これまでのジャックの所作を思い出してロジャーが独りごちる。

「ま、確かに秘密主義者っぽかったけどな」


『で、これが2年前に解散してる』

「そりゃまた何で?」

『演習中の落盤事故、ってのが公式記録』


「おーお、臭う臭う」

 ロジャーの口から素直な感想。

「ジャックのヤツが現れた頃じゃねェの」


『とりあえず今判るのはここまでだ』

 “トリプルA”は鼻息一つ、

『ここからは軍もガードが堅くてね。次の被害者へ先回りするにしたって候補が多すぎる』


「そんなに?」

『生き残りが53人、うち22人が“テセウス”に残ってる』


「あれま」

 ロジャーが顔に手を当てた。

「ジャックのヤツ、こいつら全部潰して回るつもりじゃあるまいな」


『問題はエミリィの方だよ』


「――悪ィ、そうだったな」

 ロジャーが掌を正面にかざしてみせた。

「で、どうする?」


『彼女の動きを誘えないかな』

「時期が来たら消えるってことか?」


『多分ね。こいつはまだ勘だけど』

 “トリプルA”が珍しく自信を欠いたところを見せた。

『こっちで“ウィル”に仕掛けは仕込んでみるよ』


「解った。そん時ゃ止めねェよ」

 ロジャーは腕を組むと、宛てのない呟きを一つ発した。

「――仲間割れ、ね」





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

無断転載は固く禁じます。

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