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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第13章 虚空
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13-14.蹂躙 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.

 宙を泳ぐギャラガー軍曹の眼前で、“ポッド3”に異変――緩く回転するポッドの全周から白煙が立つ。


 その意味をギャラガー軍曹は知っていた。白煙は中から抜き取られた空気が急激な減圧で水蒸気を帯び、白濁したもの――と。

 つまりポッドの中からハッチを開けようとしている者がいるということに他ならない。そしてこの場合、それを望み、実行しうる人物はただ1人。


 ギャラガー曹長は推進器を操って、“ポッド3”へ近付いた。この型のポッドに備えられたハッチは上下2箇所、いずれが開くか。

 果たして、ポッドの底面から非常灯の赤が洩れた。続いて強烈な救難信号。


『こちら“ハンマ・ヘッド”、』

 ギャラガー軍曹は救難用の周波数帯に問いを乗せた。

『今ハッチを開けたポッドの乗員、聞こえるか?』


『こちら、』

 軽いノイズ越しに応じたのは――女の声。

『――ええと、なんて名乗ったらいいかしら』


 聞き違えようもない、“ジュエル”――マリィ・ホワイトの声だった。


〈“イェンセン”へ! こちら“ハンマ・ヘッド”、ギャラガー軍曹!〉

 ギャラガー軍曹がマリィの声を“イェンセン”へ中継する。

〈聞いての通りだ! “ジュエル”は自力で脱出した!〉


 ◇


 ――行けェッ!


 駒が揃った。“キャス”は完成したドミノに最後のひと押しをくれるがごとく、最後のキィワードをデータ・リンクへ走らせる。


 ――“Black Jack Hacks Eric”!


 ◇


 一見無害な断片の群れが、キィワードを得て一斉に動いた。


 結合すべき相手を探し、組み合わさってさらに残る断片を洗い出す。組み上がったクラッシャは艦隊最優先コードを内包し、艦艇のシステムに巡らせた防壁をすり抜けて、まずは暗号データ・ベースへ襲いかかった。


 各艦艇の暗号キィをことごとく暴き出し、セキュリティを丸裸にした挙げ句、制御中枢に居座ってシステム全体を攻撃用端末に書き換える。


 狙うはまず旗艦“オーベルト”。


 ◇


〈電子攻撃!〉

 “オーベルト”の戦闘指揮所が非常灯の赤に染まった。


〈うろたえるな!〉

 艦隊指令席のドネリィ大佐が一喝する。

〈“レイモンド”に対応させろ!〉


〈“レイモンド”より情報!〉

 オペレータの声とともに、メイン・モニタで艦隊のデータ・リンク図が拡大される。

〈敵性判断、“シルヴェストリ”、“ゴールドスミス”、“イーストウッド”……くそ、“メセニィ”、“クラプトン”もです!〉


 データ・リンク図上、所属艦を示すマーカに次々と敵性の赤が灯る。揚陸作戦中の“イーストウッド”はもとより、旗艦直掩のフリゲート“メセニィ”、“クラプトン”までもが敵対するに及んで、場の緊張は跳ね上がった。


〈“レイモンド”が無事ならいい!〉


 そう断じて、ドネリィ大佐は動揺を一蹴した。機能上の要求から、電子戦艦は艦隊の全艦艇が束になってかかっても揺るがないだけの能力を持たされている。ドネリィ大佐は続けて指示を下した。


〈データ・リンク一時遮断! “レイモンド”へ発光信号! “我、敵の電子攻撃を受けてリンクを遮断。敵の電子攻撃を制圧せよ”!〉


 命を受け、艦隊旗艦“オーベルト”は艦隊とのデータ・リンクを切断した。電子戦艦“レイモンド”へは発光信号をもって命令を下す。


 ◇


 ――かかった!


 艦隊旗艦“オーベルト”が電子戦艦の庇護から孤立するこの瞬間を、“キャス”は待ち構えていた。攻撃開始に紛れて“オーベルト”の通信システムへ忍び込んだ“キャス”は、この機を待ってその力を解放した。


 電子戦艦の登場は、電子戦の要求機能が肥大化しすぎて艦隊指揮機能と個艦内で共存しかねる規模まで膨らんだ結果と言える。だが、なまじ電子戦艦などに電子戦能力を集中させたがために、旗艦としての“オーベルト”は電子戦の防衛能力は、艦隊最優先コードまで手に入れた“キャス”の敵ではない。“キャス”は“オーベルト”の制御構造を駆け上がった。


 艦隊旗艦たるもの、あらゆる状況を想定して備えを用意している。そのヴァリエーションには“電子戦艦の造反”までもが含まれていて当然。


 それに対する備えは艦隊旗艦だけが持つキラー・コード。電子戦艦の防御網を無力化する最強の呪文。在り処は旗艦中枢、艦体指揮システムの奥の奥。


 ――見つけた!


 そして“キャス”は“オーベルト”のデータ・リンクを内側からこじ開けた。


 ――食らえ!


 “レイモンド”との接続が確立するや、“キャス”はキラー・コードを走らせた。電子戦艦のプロテクトが一瞬にして機能を喪う。

 そこへ侵入、木偶の坊と化した電子戦艦へ乗り込み、制御システム網を駆け上がる。最上位、電子戦中枢に居座っているのは――、


 ――ママ!


 出会い頭、“キャス”は“キャサリン”へ向けてクラッシャを叩き込む。


 もはや交わす言葉などない。“キャサリン”も特製のクラッシャで応じる。互いに防ぎ、次の手を繰り返す。人間の意識にはとても追いつけない、それは応酬。


 拮抗するかに見えた対決は、しかし瞬時に結果を見た。

 同じプロセッサの上で戦ったなら、よりシンプルで素早い判断を下す側が勝利を握る。この場合、“キャサリン”の膨大な経験と巨大なシステムはまさしく裏目に出た。


 ――ざまァ!


 “キャス”が勝利の哄笑を上げる。

 そしてその直後、第3艦隊の総てが暗転した。


 ◇


 静止――。


〈何が起きた!?〉


 各種モニタは言うに及ばず、照明さえも機能を喪った“イーストウッド”の陸戦指揮所――文字通り麻痺したその中で、マニング中佐が声を上げた。


〈データ・リンクに反応がありません〉

 ナヴィゲータ“シェリィ”が唯一懐から声を返す。

〈再起動を試みます〉


 マニング中佐の胸に怪訝。異常がマニング中佐自身の周囲だけに留まっているなら、これほどの混乱は起こりはしない。――そして疑念。もしもこの現象が、艦隊全域で起こっているとするならば。


〈再起動――失敗しました!〉

 “シェリィ”が焦りを声に含ませる。

〈裏コマンドらしきプログラムが起動します――メッセージが……〉


 戦慄――。マニング中佐の背筋を滑り降りたもの、それを敢えて言葉にするならば、その一語が恐らく最も近い。


 ――第3艦隊のデータ・リンク、その一切を即時分断する。その復旧は厳にこれを禁ずる――まず視覚に入ったメッセージがそれだった。付されてサイン、その名は――“キャサリン”。


 ◇


〈消えた!?〉

 救難艇“フィッシャー”のブリッジで、“ネイ”が疑わしげな声を高速言語に乗せた。


〈どうした!?〉

 ロジャーが訊く。


〈第3艦隊の動きが止まったわ!〉

 “ネイ”が説明を加える。

〈レーザ通信だけじゃないわ。電磁波の放射まで全面的に止まってる!〉


〈“キャス”が制圧に成功したってセンは?〉

 問いかけたのはニモイ曹長。


〈だとしたらやり過ぎだ〉

 キースが顎に指を当てつつ考え込む。

〈“キャス”がこっちに戻って来れなきゃ意味がない。“ネイ”、第3艦隊は完全に止まったのか?〉


〈私達が飽和クラッシャを食らった時みたいに……〉

 言いかけた“ネイ”の言葉尻を警報が遮った。

〈アクティヴ・サーチ!?〉


〈どこからだ!?〉

 キースが飛ばして問い。


〈こっちに向かってきてるフリゲート――〉

 “ネイ”の声が青ざめた。

〈2隻のうちクラッシュしてない方――嘘! “キャス”が掃除してったはずなのに!〉


 そこへ汎用周波数の通信波。有無を言わさぬ通告が乗る。


『ミス・マリィ・ホワイトへ。こちら“キャサリン”、』

 聞き覚えのある声から聞き覚えのある名。

『状況は把握してるわ、大人しく投降なさい。こちらはフリゲートでそちらへ急行中、いつでもお仲間の艇を沈められるわよ』


 ◇


〈間に合わん!〉

 “イェンセン”のブリッジでオオシマ中尉は舌を打った。


 マリィが単独で“ポッド3”から脱出した、そこまではいい。が、ギャラガー軍曹がマリィのヴェクトルに同期して接触、帰還するまでどう見積もっても10分はかかる。対して、“キャサリン”を名乗るフリゲート“オサナイ”がランデヴーするまでには2分足らずしかない。


 ここへ来て“オサナイ”が発したアクティヴ・サーチは、即ち艦砲射撃の事前通告にも等しい。それが“イェンセン”に留まらず、“カヴール”、“シュルツ”、“ディミトロフ”、“ハギンス”といったミサイル艇、ひいては“シュタインベルク”と、それに接舷した救難艇“フィッシャー”にさえ向けられていた。


 お互いフリゲートに相手の捕虜を載せていては本気の砲戦など展開できない。となれば単純な逆算で、“テセウス解放戦線”の人間を載せていない“ハンマ”中隊の各艇はそのまま人質としての価値を持つことになる。


 そしてオオシマ中尉の焦りを見透かすように、“キャサリン”の声は冷たく降り注ぐ。


『これは私とミス・マリィの取り引きよ。邪魔する者があれば即座に艦砲を撃ち込むから……』


『待ちなさい!』

 ギャラガー軍曹が中継したものであろう、マリィの声が“キャサリン”の恫喝を遮った。

『あなたの狙いは私でしょう!』


『お話しできて嬉しいわ、ミス・マリィ』

 “キャサリン”の慇懃な声が冷たく響く。

『そう、あなたが大人しくついて来てくれたら、お仲間の命は頂かないわ』


『手出ししようなんて考えないことね、下手に手出ししたら……』


『あなたのやり口は見せていただいたわ』

 マリィの声に、“キャサリン”は微塵も揺るがない。

『自分の顎に10ミリを突き付けるなんて、並の度胸じゃできないもの。敬意とともにお迎えするわ――お仲間が邪魔をしなければね』


『……いいわ』

 唾を一つ呑んでマリィが断じる。

『どちらの側も手出し無用よ』


 ◇


 そして、2分後。


 揚陸艇“ソルティ・ドッグ”にランデヴーを果たした“オサナイ”は、マリィをその腹に収めて加速を開始した。

 進行方向には宇宙軍第6艦隊、そして宇宙港“サイモン”――ケヴィン・ヘンダーソン大佐が待ち受けているであろう、その場所へ。




     *****


本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。

投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)


無断転載は固く禁じます。


Reproduction is prohibited.

Unauthorized reproduction prohibited.


(C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.


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著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

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