13-13.覚醒 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
〈“ネイ”、替われ!〉
キースに叫び。
〈――“ミア”と!〉
〈どういうことだ?〉
ロジャーが訊く。
〈“ミア”だと判れば、“キャサリン”はまた同じ罠を仕掛けてくるぞ!〉
言うまでもなくモニタに警告の赤が差す。
〈できタ!〉
そこへ“キャス”。
〈“ミア”へぶち込め!〉
即答でキース。新しい手をアレンジしている暇はなかったはずと踏んでの賭け。
〈“ネイ”!?〉
〈制御は奪ったわ! でも“ミア”が何か食らったみたい!〉
〈“キャス”、急げ!〉
沈黙が差した。続けて狂ったような警報の嵐。
〈“ミア”!〉
〈……やられたわ!〉
“ミア”がブリッジのスピーカから声。
〈今ので何とかなったけど――助かった!〉
〈急げ、“キャス”にも!〉
“ミア”の手で特製のクラッシャが“キャス”自身へと射ち込まれる。
自己防衛本能をこじ開け、吸収衝動を破壊し、喰らった“ウィル”の残滓を引き剥がし――そして“キャス”が覚醒した。
〈この!〉
侵入を辛うじて阻みつづける“ネイ”を横目に火器管制システムを奪い返し、主砲の照準を操る。狙うのは迫り来る敵フリゲート“カケハシ”。
撃ち出したのは通信パルス、“レイモンド”が“シュタインベルク”のデータ・ベースの底の底、まさにそこから暴きだした艦隊最優先コード。観測用センサからコマンドが“カケハシ”の制御中枢へ食い込む。データ・リンク上のセキュリティに穴が空く。
――手の内晒しといて落ち着いた振りしてるんじゃないわよ!
“キャス”は“シュタインベルク”のデータ・リンクを“カケハシ”へ向けて解放した。レーザ通信に乗って“カケハシ”へ乗り込む。
“カケハシ”の直接通信システムに直接居座った“キャス”は上位の船務システムを平らげ、さらに上位の基幹システムへ躍り込む。下っ端艦艇の防衛システムごとき、艦隊最優先コードまで呑み下した“キャス”の敵ではもはやない。
そうして“カケハシ”の全プロセッサを配下に置くや、次に目指すは直接リンクしている電子戦艦“レイモンド”。
――ママ!
◇
〈“カケハシ”に異常信号!〉
宇宙空母“オーベルト”戦闘指揮所のオペレータは、意外の念を声に乗せた。
〈敵の……電子攻撃です!〉
〈ねじ伏せられんのか!?〉
思いもつかぬ報告に、ドネリィ大佐も驚きの声を隠さない。
〈“レイモンド”はどうした!?〉
戦闘指揮所のメイン・モニタが艦隊の電子系統図に置き換わる。前線に出た“シュタインベルク”、“ダルトン”、“ソルティ・ドッグ”には制御不能を示す赤、そして今また目標確保に向かった“カケハシ”の状態表示が赤に限りなく近い橙を示している。
〈現在、電子戦を展開中!〉
オペレータの声がトーンを上げた。
〈リンク切断の許可申請が出ています!〉
言われる間もなくドネリィ大佐の視覚へ敵性判断と電子攻撃の承認申請が滑り込む。発、電子戦艦“レイモンド”。
〈……構わん! 電子戦権限全解放!〉
ドネリィ大佐が下して断。
〈“レイモンド”は全力で迎撃に当たれ!〉
その一言を待っていたかのように、“レイモンド”は全力で“カケハシ”制御系への攻撃を開始した。
◇
――遅い!
“カケハシ”にデータ・クラッシャの嵐が叩き付けられる。データ・リンクが固定され、火器管制システムがでくの坊と化し、航法システムは意味を失う。“カケハシ”は巨大な棺桶と化した。
しかし“キャス”は既に隣接する“オサナイ”へその本体を移していた。まだ繋がったままのデータ・リンクから第3艦隊の全艦へ向けて、クラッシャの断片を送り出す。あるいは識別情報に、あるいは観測ネットワーク情報に、あるいは火器管制の連携データに乗せて、一見無害なデータの断片を紛れ込ませる。
――見てなさい、ただの特攻馬鹿じゃないとこを見せてやるわ!
◇
〈“カケハシ”、加速停止!〉
高速艇“イェンセン”のブリッジでギャラガー軍曹が声を上げた
〈構わん!〉
強烈な減速Gの元からオオシマ中尉が判断を返す。
〈とにかく“ポッド3”の確保が先だ!〉
〈――ちょっと待ってください〉
違和感を覚えつつギャラガー軍曹。
〈何か起こってます――クラッシャでも食らったような……〉
味方で満足に電子戦を展開できるのは、今のところ“シュタインベルク”程度、拡大解釈したとしてもそこにリンクしている救難艇“フィッシャー”……、
〈……ヘインズか!〉
オオシマ中尉の脳裏をよぎって“キャス”の存在――“キャサリン”の“子供”。であるがゆえに“キャサリン”にも対抗しうるという可能性。
〈あのナヴィゲータか!〉
〈やられたはずでは?〉
ギャラガー軍曹の声に疑問符。“フィッシャー”に泳ぎ着いたリュサック軍からは、確かに“キャス”が麻痺したとの報告を受けている。
〈詳細はこの際どうでも構わん!〉
オオシマ中尉が言い放つ。
〈撃たれる前に“ポッド3”に取り付ければいい! 接近シークェンス続行!〉
◇
紛れ込ませたクラッシャの、一見無害なピースがその数を増していく。
艦隊の外縁を固める宇宙巡洋艦“シルベストリ”や“ゴールドスミス”、“ジマー”、“ショア”を始めとして、旗艦“オーベルト”直掩のフリゲート“メセニィ”、“クラプトン”と、まずは外堀から“キャス”は毒を回らせる。逸る感情を敢えて抑え、電子戦艦と旗艦を介さない回線を慎重に選んで、パズルを埋めるがごとくクラッシャ・ユニットの毒を艦隊へと巡らせる。
合間に陽動のアタック。駆逐艦の消火装置を暴走させ、フリゲートの羅針儀にノイズをちらつかせ、宇宙港のシステムを介して陸戦隊のステイタス情報を撹乱する。
――待ってなさいよォ、ママ!
◇
〈最終減速終了!〉
“イェンセン”艇長がオオシマ中尉に告げた。
〈ヴェクトル微調整開始――しかし、こいつァ……!〉
艇長の言わんとしていることは眼前、モニタ上の相関図で眼に見えていた。パージされたショックで、“ポッド3”は不規則な回転モーメントを帯びている。ハッチに合わせて“イェンセン”を移動させるのはまず不可能、そしてオオシマ中尉の記憶が確かなら、“ジュエル”ことマリィ・ホワイトは宇宙服を着ていない。
〈――船外作業だ!〉
オオシマ中尉がギャラガー軍曹に投げて指示。
〈“ポッド3”を乗っ取り返せ!〉
◇
予備の宇宙服は接舷ハッチ横にあった。渋々ながら操縦士が顎を向けた先、黒と黄色の帯で囲われた非常用キットの一部として。
マリィはキットの収納庫を引き開ける。取り扱いの説明書きは用具ごとに直書きしてあった。
「これね」
『そいつでどうするつもりなんだか』
操縦士からはあきらめの悪い声が飛んでくる。
『あくまで緊急用の宇宙服だぜ。まさかあの救難艇まで泳いで帰るつもりじゃあるまいな?』
「できることをやるまでよ」
『マリィ、詳細説明があります』
“アレックス”が骨振動スピーカから指摘を投げた。
『宇宙服の左胸をこちらに向けて下さい――そう』
アレックス”が宇宙服の左胸、圧縮情報で記された取扱説明書を解読した。マリィの視界に一部を投影する。
「あまり時間がないわ」
取扱説明書の分量を眼にしたマリィが告げた。
「手間取ってたら、それだけ救援隊から離れちゃう。“アレックス”、要約をお願い」
“アレックス”が乱暴ながら要約をマリィの視界へ映す。とにかく袖を通すこと、ファスナを閉めること、ヘルメットを固定すること、そして自己診断機能を作動させること。
マリィは大柄な男性さえも呑み込みそうな宇宙服に袖を通した。とにもかくにも手と足の位置をたぐり寄せて合わせ、正面で二重になっているファスナを締めにかかる。ヘルメットを被り、自己診断機能は“アレックス”の補助を便りに作動させた。
内部で小さく破裂音。
「何!?」
マリィの声が驚きに跳ねる。
『シール材です』
“アレックス”が解説を聴覚へ流した。
『ファスナの繋ぎ目を粘着材で埋めているんです』
その間にもヘルメットのヴァイザにチェック項目がスクロールしていく。
『よう、聞こえるかい?』
密閉されたヘルメットのスピーカから、操縦士の減らず口。
『言っとくが、そいつァ非常用だ。推進機なんて気の利いた代物は付いてねェ』
「じゃああなた達はどう使ってるのよ?」
『ひたすら救けを待つのさ』
嘲笑が見えるような息遣いで操縦士。
『だから言ったろ、どうするつもりなんだかってな』
唇を噛んでマリィ。身一つで宇宙空間へ踊り出たとして、果たして元の艇まで辿り着けるのか。そして辿り着いたところで、果たして何ができるのか――。
「――迷ってても仕方がないわ」
自らへ言い聞かせて、マリィは非常用キットを覗き込む。
反動推進器は確かにあるが、銃型の簡易版に過ぎない。他には予備の酸素ボンベ、流動食、救難信号発信機――、
「ちょっと待って、」
マリィはふと思いつきを口に出してみた。
「私達、どうして喋れてるわけ?」
密封した宇宙服から声は外へ伝わらない。マリィは思い出した。ヴァイザを閉じたままの操縦士。恐らくは外部スピーカを通した声。
「無線器があるはずね、宇宙服に」
操縦士へ振り返る。
『ご明察』
操縦士はおどけた声を崩さない。
『俺たちゃ今、無線通信で話してる』
「じゃ、外にも話ができるはずね」
『その点は大ハズレ!』
操縦士は笑いを口中に転がした。
『ありがたいことに、ポッドは耐放射線仕様になってる。外からも内からも電磁波なんざ通らねェのさ。クラッシャで中継器もやられてるんだぜ、外に通じたりするもんか』
「救難信号は!?」
『説明書をよく読みな。船外で使うこと――これ常識よ』
「“アレックス”?」
『その通りです、マリィ。相当する記述があります』
「じゃ、ハッチを開ければいいのね?」
『下手すりゃお味方が辿り着くまでにお陀仏よ。あんたの着てるのは非常用だ。予備のボンベと合わせたって1日も保つかねェ?』
「つまり1日もしない内に、」
マリィの声が冷ややかに事実を言い当てる。
「あなたのお仲間がやって来るって寸法ね?」
『――ご想像にお任せするよ』
「決まりね」
マリィは決然と言い放った。
「ハッチを開けるわ」
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