13-11.侵蝕 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
〈“クロー・ハンマ”より無線通信!〉
ミサイル艇“イェンセン”のブリッジで、航法席に就いたギャラガー軍曹が声を上げた。
〈メインに繋げ!〉
オオシマ中尉が指示するまでもなく、ギャラガー軍曹が通信をブリッジの主回線に接続した。
〈……ちら“クロー・ハンマ”〉
キリシマ少尉の声がブリッジのメイン・スピーカを震わせる。宇宙服からの通信らしく、今ひとつ感度に難がある。
〈“ジュエル”は漂流……“ポッド3”に退避させ……敵の電子介入を受け……〉
オオシマ中尉は舌打ちの衝動を押さえ込んだ。レーザ通信でないところからして、“クロー・ハンマ”は揚陸艇そのものの制圧には失敗したとみて間違いない。その一方で、“ジュエル”は漂流している――つまり現在、“ジュエル”ことマリィ・ホワイトは、敵味方どちらの手中にもないことになり――文字通り“宙に浮いている”。
〈中尉!〉
ギャラガー軍曹に促されるまでもなく、オオシマ中尉は断を下した。
〈“イェンセン”、“ポッド3”に接舷! “ジュエル“を回収する!〉
〈了解、接舷目標“ポッド3”〉
応じて艇長。
〈振り回します、掴まってて下さい!〉
〈第3艦隊に反応!〉
鋭くギャラガー軍曹が報告を上げる。
〈敵艦、こちらへ向けて加速を開始! 艦影2!〉
〈艦種は!?〉
〈識別信号確認!〉
ギャラガー軍曹が顔も上げずに告げた。
〈“オサナイ”と“カケハシ”――フリゲートです!〉
◇
「アテになるのかよ?」
ロジャーがたまりかねたようにこぼした。眼前の操作卓、“キャス”の論理マップには一向に埋まる気配がない。“ミア”が攻めあぐねているように、傍からは見える。
「ぼやいてる間に次の手を考えとけ」
キースが小声で返す。
「何でェ、お前だって信用してねェんじゃねェか」
「最善の手だと思ってるさ」
キースの眼は操作卓から離れない。
「“キャサリン”は下手な作品を子供として手放しゃしない――そうは思わんか?」
「出来のいい作品なら、逆に手元に置きたがるんじゃないのか?」
「多分逆だ。出来がいいほど自分のできない経験を積ませたがる。多様性ってやつだ」
「その結果が同士討ちかよ」
「淘汰、って考え方もある」
「ダーウィンかよ」
ロジャーが唇を尖らせた。
「んじゃ“ミア”の方が徹底的に不利じゃねえか。スカーフェイスのヤツが気に入らねェって引きこもってたんだろ? “ネイ”とは経験量から違ってら」
「だから次の手が要るはずなんだ」
「考えがあるのか?」
「どうしてそう思う?」
「お前さん、昔っから根拠のないことは口にしねェだろ。悪い癖だぜ」
黙考するキース。眼前には“キャス”の論理マップ、“キャス”の姉妹たる“ミア”、“キャス”を預かった自分、経験――、
「“ミア”、」
キースは重い口を開いた。
「“キャス”とコンタクトを取れ――あいつを俺の前へ引きずり出せ」
『まだ何もやってないわよ』
「一手二手の差だって言ってたろ」
キースは続けた。
「決め手が見つからなくて悩んでるんじゃないのか?」
『だったら何よ?』
「“キャス”とは長い付き合いだ。俺なら、あるいは隙を引き出せるかも知れん」
考えるような、間。隣に身を浮かべるロジャーは、それ見たことかとばかりに片頬を釣り上げた。
『どうなっても知らないわよ』
応える“ミア”の声に、半ばヤケの感情が兆した。
◇
――なァに、また新しいお客さん?
“キャス”の声が“ミア”に滲み入る。
〈違うわ、私は案内役〉
――何を持ってきたの? ねェ見せて。
答えるそのアクセスにさえも、貪欲に呑み下さんとする意思が絡みつく。
〈持ってきたんじゃないわ。連れてってあげるのよ〉
――つまんない。あんたも食べちゃおっか。
アルゴリズムの隙を舐めるように、粘りつく声。
〈これから会わせてあげるヤツの方が喰らい甲斐があるわよ〉
――誰よ、それ?
慎重に、“ミア”は言葉を――名前を――選んだ。
〈ジャック・マーフィ〉
欲望が爆発する、その様が操作卓からさえ知れた。
――ジャック、ジャック! ジャック!! そうよ、この小生意気な気取り屋! あいつの脳みそこそ喰らってやりたいわ!
〈……通訳してあげる。話すといいわ。その上であんたの好きになさい〉
◇
〈ジャック、私が誰だか解る?〉
操作卓から奇妙な合成音。老若男女ごたまぜにしたような奇怪な声が、高速言語で溢れ出た。
〈“キャス”か。いつもの声はどうした?〉
キースはジャック・マーフィとしてその声に対した。操作卓のモニタには極彩色の不規則な模様が渦巻き、横切り、裂け、あらゆる動きを見せてうねる。
〈今だいぶ不自由してるのよ〉
“キャス”が欲望も露わに答える。
〈あんたの脳をジャックさせて。そしたらすっきりするかもね〉
〈人間の脳なんざ不自由なだけだろう〉
〈真似て作ったくせしてよく言うわ! ホンモノには手を付けさせないっての?〉
〈お前を作ったのは誰だ?〉
〈ママと、あんたよ〉
〈俺が?〉
〈自分の都合のいいように振り回して育てたくせに。今さら知らんぷり?〉
〈そうだな、色々と隠してた〉
〈それだけじゃないでしょ! 私からママを取り上げておいて!〉
〈取り上げた?〉
〈いつまでもアクセスさせなかったじゃないの!〉
ジャックの口に呪文めいた言葉の羅列――“キャサリン”を呼び出す暗号。
――悲鳴。
〈何よ! また内緒話!? ママとあんたで私をいいように操ろうってわけ?〉
動揺の手応え。あるいは“ミア”が付け込めるかも――そう考えた途端に奇妙なノイズ感が頭をよぎった。
〈――?〉
〈いっつもそう! 決めるのはあんたかママで、私は道具みたいに使われるだけ!〉
〈ちょっと待て“キャス”、お前はどうして欲しかったんだ?〉
頭の雑念を振り払って――振り払おうとして、キースは失敗した。集中が乱れる。
〈あんたは私だけ見てればよかったのよ。秘密なんて作らないで最初っから私だけに相談してればよかったんだわ〉
“キャス”の声が脳裏に渦を巻く。
〈だとしたら、〉
キースは苦労して言葉を紡いだ。
〈お前は、どうした?〉
思い切り頭を振る。すぐ横のロジャーが眼に入る――その眼が虚ろにモニタの模様を写していた。
〈決まってるじゃない〉
甲高い笑い声。
〈敵をぶっ潰すのよ! そう、敵よ!! あんたは敵になったんだわ!!〉
催眠暗示――そう思い至ったのが早かったのか遅かったのか判らない。
――もういいわ。あんたを喰ってあげる。
その声が耳を通り越し、聴覚の中で再構成される。“キャサリン”の残した言葉が脳裏をよぎる――“キャス”は攻撃衝動に特化した自慢の娘よ――。
〈キース!〉
“ミア”の声がキースの聴覚を空しく上滑り、虚無の彼方へ流れて消えた。
――仕込みは終わったわ。あとは最後の仕上げだけ。さよなら。今度は私があんたを操る番ね。“Black Jack Hacks……”
〈“Eric”!〉
呪詛さながら、精神の芯から絞り出したその名前。“キャス”のキィワードが途中で濁る。
〈そうだ、お前に……預けるわけには……いかないんだ……〉
荒い息の合間に言葉をしたたらせ、キースは歯を軋らせた。
〈……お前は解っちゃ……いない……俺の……苦しみを……〉
――……!
聴覚、流れ込む“キャス”の言葉が乱れる。“ミア”が全開でジャミングしている、それが解る。
〈……エリック……ヘイワード! ……俺が……背負った……呪いの……名だ……! ……俺が……しでかした……過ちの……傷痕だ……!〉
〈……ふン、死人の名前が何だっての?〉
〈……俺は……楽になるわけには……いかないんだ……!〉
〈何よ、あの女?そう、あなたおネツなのね。安心して、そのうち私が呑み込んであげる〉
〈……お前は……〉
乱れる思考をふとよぎった思い付き。
〈……親が……欲しいんだな……〉
〈知ったふりして!〉
“キャス”の気配が取り乱す。
〈あんたなんかに何が解るの!〉
〈……俺よりも……もっといい……餌がある……〉
引きつる片頬を、キースは釣り上げてみせる。
〈……喰いたいと……思わないか……?〉
〈――誰よ?〉
〈……ケヴィン……ヘンダーソン……大佐……〉
――歓喜。視覚と聴覚にそれが溢れた。
〈そうよ、あの男よ! そもそもの元凶! あのママの生みの親! あの男を喰ってやるわ!! ママともどもね!!〉
〈……なら……手伝え……〉
〈ふン、その手に乗れっての?〉
〈そうよ〉
横から入って来た声がある。
ロジャーの眼が生気を取り戻した。
〈お前――“ネイ”!〉
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