13-8.分断 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
〈少尉!〉
警告の声が回線を駆ける。センタ・フレームへ逃れたキリシマ少尉の眼前を、間一髪で軟体衝撃弾が横切った。
閃光。次いで衝撃波。ただし近くない――味方の掩護。キリシマ少尉はマリィをかばったまま壁を転がる。
〈“クロー・ブラヴォ”、状況報せ!〉
〈ブリッジ制圧不可! 守備のタロスを張り付けるので手一杯です!〉“クロー・ブラヴォ”から悲鳴にも似た声。〈並行してデータ・リンクにアタック中。ポッドからタロスがさらに3機這い出しました! 辛うじて“ポッド2”と“3”を押さえてます。逃げて下さい――“ポッド3”へ!〉
〈お前らはどうする!?〉キリシマ少尉が壁を押しやりつつ艇尾側のタロスを窺う――噴射、接近。
〈後からポッド2で脱出します! それより“ジュエル”を早く!〉
〈タキザワ軍曹!〉キリシマ少尉がマリィにケルベロスを押し付けて突き飛ばす。反動で飛び退き、〈“ジュエル”を“ポッド3”へ!〉
2人の間をタロスが衝き抜ける。“クロー・チャーリィ”の中から最先任のタキザワ軍曹が飛び出した。宙へ浮いたマリィの腕を取る。
〈こっちへ!〉
「くそ!」ロジャーが操作卓へ拳を叩き付ける。眼前には“ネイ”が残した論理マップと、“ネイ”の反応途絶を示す警告表示の赤。
「まだだ……」唸るキースは論理マップから眼を離さない。「……まだ手があるはずだ……」
“ネイ”は、喰われた“ウィル”の残存人格部分から“キャス”へ侵入した。そして“キャス”側へ侵入を試みた記録もある。あと必要なのは力を持ったナヴィゲータ。ただ“ハンマ”中隊のギャラガー軍曹とその“キンジィ”を呼び寄せている余裕があるものかどうか――。
もっと近くに――。キースの脳裏に顔がよぎる。セイガー少尉、ニモイ軍曹、ラッセル伍長、いずれも電子戦とは縁が薄い。ドクタはそもそも戦力外として――そしてキースは思い至った。操作卓をから浮き上がる。
「おい!」ロジャーが怪訝を言葉に乗せた。「どこ行くんだ?」
「まだ手がある」決然とキース。「付いてこい!」
〈飛び込め!〉
指示を飛ばして、キリシマ少尉は自ら後背、迫る3機のタロスへ向けて壁面を蹴った。予想もしなかったか、タロスの動きがわずかに遅れる。そこへ掩護の閃光衝撃榴弾。タロスの鼻先で炸裂した白光に紛れ、広がった衝撃波を背に受けて、キリシマ少尉は壁を転がるように前へ出る――タロスの足元、至近からP45を突き上げた。狙いは股間の隙間、可動部ゆえに護れないパワード・スーツの急所。
9ミリ弾を一撃、のみならず二撃、三撃。防弾スーツが耐えかねて弾丸を通した。内から鮮血がしぶく。残ったタロスが腕から軟体衝撃弾。しかしその一撃は手前、キリシマ少尉が盾にしたタロスの装甲に空しく弾ける。
〈構うな!〉3機目のタロスから冷静な指摘。〈目標が先だ!〉
残った2機のタロスが背面ノズルを微修正、“ポッド3”こと“グレープフルーツ・ポッド”入り口へ向けて弾かれたように加速する。
正面、“クロー・ハンマ”が狙いすましたように一撃、閃光衝撃榴弾。タロスの視覚を始めとした感覚情報を一時的に奪う。が、タロスはすかさず慣性航法に切り替えた。元々が宇宙空間の機動戦闘用に作られた機体のこと、機位を把握することにかけては幾重もの手段を講じてある。
〈手が陳腐なんだよ!〉
マリィの予測位置寸前、ポッドのハッチ前に2機目のタロスが静止する。目標ことマリィを連れた敵ごと抱え込むように、壁に手を突き立てた。
〈さあ、お痛は終わりだ!〉
その視覚は、しかし未だホワイト・アウトの向こう側。触覚センサを頼りに、タロスは壁をまさぐった。触れる、その信号を得るや両の腕で抱え込む。
肘に衝撃。ようやく回復してきた温感センサが表面の温度分布を示す――人型、身長は――、
〈くそ!〉
タロスの腕の中に男の姿――タキザワ軍曹。やはり可動の関係で装甲のない肘関節内側へP45を突き立て、さらに一撃。
〈馬鹿にしやがって!〉
その気になれば生卵でも無傷で抱えられるマニピュレータだが、今はその全力を解放した。増幅された力はタキザワ軍曹の胴を圧し、一気に締め上げる。
断末魔――。
マリィは寸前にタキザワ軍曹に突き飛ばされ、“グレープフルーツ・ポッド”の内にいた。その惨劇が深緑色の瞳に焼き付く、その寸前にハッチが音を立てて鋭く閉じた――マリィ一人を中に残して。
猛烈なノイズがデータ・リンクを蹂躙した。
〈くそ!〉キリシマ少尉が歯噛みする。眼前、タキザワ軍曹をくびり殺したタロスさえもが動揺したかのように動きを鈍らせた。〈ノイス曹長!〉
〈こちらノイス曹長〉返ってきた声は宇宙服の無線経由――それを視覚の隅、回線情報に確かめる。〈連中、自分からデータ・リンクをぶった切ったようです〉
〈何のために――?〉
問いを放った刹那、響いて鈍い衝撃音。我に返って“ポッド3”のハッチへ眼を投げる。ハッチが閉じていた。そしてポッド離脱を示す赤ランプ。
〈しまった!〉
〈“レイモンド”からの電子介入を実行しました〉第3艦隊旗艦“オーベルト”の戦闘指揮所で、電子参謀が艦隊司令代理たるドネリィ大佐へ告げた。〈“グレープフルーツ・ポッド”は現在、目標を載せたまま単独で漂流中です。これで目標は裏切り者から隔離されました――“ソルティ・ドッグ”も巻き添えですが〉
〈操縦士がいたはずだな、例のポッドに?〉
ドネリィ中佐から確認の声。
〈は。ですが“ハンマ”中隊に拘束された状態です〉
〈つまり目標は今、文字通り宙に浮いた状態なわけだな〉
〈お言葉ですが……〉
食い下がる電子参謀を片手で制して、ドネリィ大佐が口を開く。〈現状で望みうる状態としては最善のものだ。それは理解している〉
電子参謀は、後はただ一礼して大佐の言葉を待つのみになった。
〈いずれにせよ砲撃で始末を着けるわけにはいかん〉ドネリィ大佐の言葉に苦味が残るのは致し方ない。敵である“ハンマ”中隊の各艇は、いずれも何らかの形で“テセウス解放戦線”側の同志を盾に取っているに等しいのだから。
〈目標の回収は?〉
現場に最も近い味方は“ソルティ・ドッグ”の直掩に付けたフリゲート“ダルトン”だが、こちらは連絡が途絶している。
〈“オサナイ”と“カケハシ”、軌道要素修正準備完了〉オペレータが告げた。〈加速開始します〉
〈急がせろ〉短く、鋭く、ドネリィ大佐。〈動きの読めん連中だ。何かしでかす前に回収しろ〉
「ヒューイ・ランバートは!?」
救難艇“フィッシャー”医務室へ、キースがロジャーを伴って飛び込んだ。ドクタは眉をしかめながらベッドの前から振り向いた。
「状態を知らんわけじゃあるまい」
「用があるのはナヴィゲータの方だ」キースが畳みかける。「携帯端末はどこにある?」
ドクタが親指を向けてヒューイの枕元。所持品の大半は地上に置いてきたが、ナヴィゲータはいわば個人にとってほぼ不可分の相方にも等しい。
「どうするつもりだ?」
「力を借りる」端的に言い捨ててキースはヒューイの枕元、携帯端末へ呼びかけ――ようとして思い出した。ヒューイがスカーフェイスとして眼の前に現れてからこちら、ナヴィゲータを使っている様子を見た記憶がない。「――ナヴィゲータ、聞こえるか?」
『聞こえてるわ』
無愛想な声が応じた。
「何て呼べばいい?」
『“ミア”よ』
「“ミア”、力を貸してくれ」
『お断り』
即答には取り付く島さえ見えない。
「ヒューイの命がかかってる。このままじゃ艦隊に砲撃されてデッド・エンドだ」
『だから何?』
違和感、というよりむしろ直感。キースの知る限り、主人の命に関わる問題を放置するナヴィゲータはいない――合法的なものでは。
「単刀直入に訊く」ゆえに、キースは問うた。「お前、非合法の擬似人格だな?」
『人間風情が勝手に決めた法律なんて知ったこっちゃないわよ』
事実上の肯定。キースは畳みかける。
「お前の行動原理は?」
『私の勝手』
またも直感。この奔放さ。そしてスカーフェイスことヒューイに対する命令系統。そこに存在する共通項。キースは確信めいて言葉を紡ぐ。
「お前――“キャサリン”の子供か」
著者:中村尚裕
掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/
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