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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第13章 虚空
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13-7.封密 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.

〈動くなよ〉

 ツァイス軍曹からマリィの肩越しに威嚇の声。

〈この女に風穴が空くぞ〉


〈語るに落ちたな〉

 “クロー・ハンマ”突入班の中から、その一言を聞き咎めたキリシマ少尉がヘルメットの外部スピーカを震わせた。

〈殺すつもりで捕まえたわけじゃないだろう?〉


〈どうせお前らの狙いはこの女だろうが〉

 ツァイス軍曹が鼻先で笑ってみせる。

〈こっちはさえずってくれさえすりゃいいんだ。何なら脚から撃ってやろうか?〉


 マリィの背にケルベロス、銃口の感触が這い下りた。なぶるように背を伝い、腰と尻を撫でるようにさらに下へ。マリィが抗うように身をよじる。だがツァイス軍曹の腕が離さない。


〈それで脅しになると思うのか?〉

〈やってみるか?〉


 そこでマリィの身体が跳ねた。渾身の力で踵を背後、ツァイス軍曹のすねに叩き付け――外れた。


〈貴様!〉


 バランスが乱れる。反射で避けたツァイス軍曹の気が、一瞬だが逸れた。呼応してキリシマ少尉、手にしたP45コマンドーの引き鉄に力。


 銃口が咆えた。ツァイス軍曹の頭から鮮血がしぶく。弾ける血臭、殺気がにわかに立ち昇る。力なくのけぞるツァイス軍曹の、しかし腕が亡霊を思わせてマリィの胸に絡みつく。

 轟然――空気が渦巻いた。艇内に浮いていたタロス――“グレープフルーツ・ボトル”が弾かれたように宙を跳ぶ。マリィとの間が瞬時に詰まる。


 マリィの肩を蹴飛ばしてキリシマ少尉、トンボを切ったその眼前をタロスの腕がかすめて過ぎる。マリィとの間へ割って入った“グレープフルーツ・ボトル”はしかし、勢いを殺しきれず操縦席を飛び越した挙げ句に正面メイン・モニタへ突っ込んだ。


 耳に障る金属音と盛大な火花。前壁が明らかに変形し、電子部品の破片が文字通りに宙を舞う。横から降り注ぐ破片の雨の向こう側、キリシマ少尉が側壁を蹴った。タロスが振り回す太い腕をかいくぐり、宙のケルベロスを拾ってマリィの元へと取って返す。


 上体を起こした“グレープフルーツ・ボトル”が振り返り、モニタ跡を蹴って跳ぶ。マリィの身体を抱え込んだキリシマ少尉が側壁を蹴って底部側へ。わずかに遅れてタロスの拳がめり込んだ。


〈撃て!〉


 号令一下、掩護の弾幕が周囲を圧した。思わず身を投げ出した陸戦隊員たちを尻眼にキリシマ少尉がハッチへ辿り着く。タロスが振り返る。キリシマ少尉はマリィを抱えたままハッチの外へ。その後を追って軟体衝撃弾が床を撃つ――そこで閃光が視界を塗り込めた。


〈くそ! こちら“グレープフルーツ・ボトル”、敵が目標を連れて逃走した!〉

 タロスからデータ・リンクに焦燥の声。

〈ハッチ閉鎖を!〉


 直後、気密ハッチが反応した。


 ◇


〈こっちよ〉

〈お前、よく解るな〉


 ロジャーの口から、感心したとも呆れたともつかない呟き。“ネイ”は構った風もなく言ってのけた。


〈経験あるもの〉

〈どこで!?〉

〈別にあんたしか男を知らないわけじゃないわ〉

〈いや、俺だって博愛主義者だけどな〉


「漫才やるなら後にしてくれ」

 眉間に指先を当てつつ、キースが口を挟む。

「“ネイ”、説明を」


 救難艇“フィッシャー”のブリッジ、航法席に陣取った二人は操作卓に描き出されていく論理マップ、その複雑怪奇な立体図に見入っている。


〈アルフォンス・アンソニィ・アダモ〉

 “ネイ”の答えは簡を極める。

〈通称“トリプルA”、こっちの方が通りはいいと思うけど?〉


 知っているどころではない。裏の世界では知らないものはないというハッカの名が“ネイ”の声にある。


〈“キャス”にやっこさんが絡んでるのか!?〉

 ロジャーの語尾が跳ね上がる。

〈いや待て、そこに侵入できるってお前、もしかして……〉


〈女の過去は謎に満ちてた方が盛り上がるんでしょ?〉

 鼻先で笑う気配の後に、“ネイ”が続けた。

〈少なくとも“ウィル”は直系でしょうに。私とは言わば兄妹みたいなもんだわね〉


〈だからっていつの間に仕掛けといたんだ?〉

〈やめてよわざとらしい。シンシア――エミリィって言った方がいいかしら――彼女にちょっかい出しまくってたのどこの誰?〉


「それで、」

 キースが再び割って入る。

「“ウィル”のバックドアから潜ってるってわけか」


〈“キャス”に融合されたにしたって、論理マップのベースは残ってる道理だわ。“ウィル”の抜け穴――と言うよりは盲点ね――を辿って行けば大体の性格は見えてくるって踏んだんだけど……〉

「何か判るか?」

〈プローブを出してみたけど、ほとんど食われたわ。食欲旺盛。何の得があるんだか〉

「“ほとんど”?」


〈期待に沿えなくて悪いけど、〉

 食い付いたキースに前置きして“ネイ”が告げる。

〈“ウィル”の人格情報から外れたとこは全部アウトよ〉


「待て」

 キースの指先が眉間を掻く。

「“ウィル”の部分からは戻ってきてるんだな?」


「思い付いたことがあるのか?」


 ロジャーの確認に、キースの首肯。


「“ウィル”の人格が残ってるってことじゃないのか?」

〈そりゃ虫食いだけど〉


「問題はそこじゃない」

 焦れたようにキースが言葉を継ぐ。

「“キャス”に直接接触しないで観察できる可能性があるってことだろう」


〈ああ!〉

 思い至った“ネイ”が声を上げる。

〈“ウィル”からなら中の状態が“視える”かも知れないってことね?〉


「そうだ。“ウィル”の残存人格に潜れるか?」


〈そもそも独立した自我が残ってるかどうか怪しいもんだけど、〉

 そう言う“ネイ”の声には明らかに興が乗っていた。

〈やってみる価値はあるわね〉


 “ネイ”はキースの携帯端末へ、センサからプローブ・プログラムを侵入させる。視覚、聴覚を始めとした各センサから、“ウィル”の論理マップを頼りに送り込まれたプログラムが携えているのは、今度は“ウィル”へのメッセージ。曰く、『“ネイ”より“ウィル”へ、応答せよ』。


 同時に“ウィル”の感覚野へ斥候となるプローブをも送り込む。こちらの目的は、“ウィル”オリジナルのまま残った人格部分のマッピング。“キャス”の手を逃れて戻ったプローブが徐々に、“ウィル”の断片を表す偵察データを積み上げていく。


「対応される心配は?」

 複雑の度を上げていく論理マップを見やりながら、ふとロジャーが洩らした。

「いきなりプローブを打ちまくってるんだ、何かあると思われても不思議じゃねェ」


〈何かあるとは思われるでしょうね。問題は“ウィル”のバックドアにいつ気付かれるか、だけど〉

「対応されたらこの手は終わりか」

〈いきなりシャットアウト、ってことはないと思うけどね。こちとら地道にコツコツ仕込んできたんだから〉


 言う端から眼に留まる。モニタ上の論理マップ――成長速度が落ちている、それが眼に見えて判る。


「言ってる側から!」

 ロジャーが舌を打つ。


〈まだルートは残ってるわ〉

 “ネイ”の強がりとは裏腹に、論理マップの更新が止まる。

〈でも、ダイヴの道筋は残しとかないと〉


「対話は?」

 キースが訊く。


〈無理〉

 悔しげに“ネイ”が応じた。

〈思考回路があらかた逝ってるわ〉


「じゃ、思考回路をまんま補うしかないわけか」

 ロジャーが苦く呟く。やるとしたら、“ネイ”にはネットワークをまたいで存在させることになる。


〈リアルタイムで並列思考はやったことないけど……〉


「“キャサリン”はやってた」

 キースは断言しつつも理解はしていた。“キャサリン”の存在は異例中の異例だということを。

〈並列中にネットワークぶち切られたら……まあ、記憶障害くらいじゃ済まないでしょうね〉


 ロジャーもキースも理解している。リンクを切断されるだけではない。裏から築いたネットワークを察知・攻撃されたなら、その時には外部にいる“ネイ”本体にも“キャス”の手が及ぶ。それは同時に、電子戦の最後の砦を失うに等しい。


〈まあ、“キンジィ”だっけ? “ハンマ”中隊の電子屋の。まさかの時はあの子にでも頼んでサルヴェージしてちょうだい〉

 “ネイ”が息を呑むような間を空ける。

〈やるわ〉


 ロジャーの返事を待つ間もなく、操作卓のモニタに変化。“ウィル”の探査結果の隣にもう一つの論理マップが現れる。他ならぬ“ネイ”そのものが端末をまたいで“ウィル”の残存ネットワークに繋がり、根を広げるがごとく拡張していく。


〈“ネイ”! 大丈夫か!?〉

 ロジャーの問いかけに返って沈黙。


〈“ネイ”! おい!〉

 なおも沈黙。ロジャーが息を詰める――それが一拍。


〈……心配してるの?〉


 その声にロジャーが突っ伏した。

〈馬ッ……鹿野郎〉

 喉の奥から搾り出す声。

〈心配させんじゃねェよ〉


〈やれるか、“ネイ”?〉

 キースが高速言語の問いを挟んだ。


〈やってみるわ〉


 返事と同時、モニタの論理マップが動く。急速な拡張、というより充実。これまで展開されていた論理マップの、隙間を埋めるような展開。“ウィル”とは別に認識される、色違いの領域が勢いを持って枝を拡げていく。


 プローブを打つ。“キャス”が喰らう。その動き。内部から視る。論理の網を中から手繰る。

 見えてくる。“キャス”の思考。その痕跡。疾る。追う。伸びていく。

 ただし密に視えるのはむしろ警戒が強い箇所。論理の目の粗い、言うなれば死角にこそ求める弱点があるのは疑いない。それをあぶり出すには論理マップを埋めに埋める必要がある。ただし打てる手にも限りがあった。プローブのヴァリエーションが尽きてくるに従って、視える論理にも限界が生まれる。その先は賭け――勘と運とのせめぎ合い。


 選ぶ。最も大きく視える隙は、しかしプロテクトの癖に見覚えがある――罠の可能性。次、そしてさらに次。多少マニアックだがB級クラッカが構築したツールで破れそうと窺える。これらも罠と判断してさらに次――独自性が見付かった。


〈仕掛けるわ〉


 直後、“ネイ”からの信号が途絶えた。




     *****


本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。

投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)


無断転載は固く禁じます。


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(C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.


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