12-10.対抗 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
瞬間、キースの脳裏をよぎったものは――マリィの涙。
咆哮――。
タロスが膝をついた。上体を持ち上げる。その肩を捉えかけたキースの手が空を切る。
なおも這う。眼の前にタロスの右腕。さらに腕を伸ばす。敵の肘に手がかかる。指と腕にありったけの力を込める。自らの身を引き寄せ、相手の腕にすがりついて這い上がる。肘から上腕へ、さらに肩へ。
タロスが足を地に付けた。腕が床を離れる。キースの身体が宙へ浮く。まとわりつくキースを振り払おうと、タロスが上体を振りかぶる。
しがみ付きつつ、キースは右手をタロスの装甲へ走らせる。敵の脇腹、指に感触。
考える間もなく握りしめ、力を限りに引き寄せて――、
衝撃が走った。
◇
背後に電子音。
文字通り跳び上がりかけて、マリィは振り向いた。入り口のハッチ脇、壁の船内電話が鳴っている。
唾が喉を通る、その音が他の2人に聞こえたのではないかと訝しむ――それほどまでに張り詰めて沈黙。
手を伸ばしかけたドクタを遮り、セイガー少尉が手にして船内電話。
「医務室だ」
『こちらブリッジ、無事ですか!?』
ニモイ曹長の顔が向こうにあった。セイガー少尉は驚きを沈黙に乗せ、次いで差し迫った言葉を口に出した。
「無事か!?」
『監視システムを立ち上げました。今こちらから艇長達が見えてます』
「状況は!?」
セイガー少尉の問いが勢い込む。監視システムが生き返ったなら艇内の敵の展開も見えるはず――今まで欲して止まなかった情報が手に入る。
『正直言って思わしくありません』
そう前置いてニモイ曹長。
『敵は接舷ハッチ4箇所から侵入、今は二手に分かれて居住区入り口の隔壁をこじ開けにかかってます』
セイガー少尉に小さく舌打ち。ニモイ曹長が先に回って言葉を置く。
『残念ながら逃げ道はありません。袋のネズミです』
「隔壁の状態はモニタしてるのか? ――いや、他の連中はどうなってる?」
『マクミランとラッセル伍長が居住区後部の入り口を固めてます。ヘインズの位置はこっちじゃ判りません』
「判らないって……!?」
マリィが思わず割って入る。
「敵を追い上げて行ったはずだ」
セイガー少尉が横から補足する。
「うまくすれば敵の乗ってきたポッドを奪ったかもしれん」
『少なくとも艇内にはいません』
言いつつニモイ曹長の視線が横へ流れる。
『さっきドッキングを強制解除したポッドがあります――こいつが?』
「あるいはな」
そこまで言って、セイガー少尉は言葉を切った。敵のタロスを引き付けた可能性には触れずにおく。
「差し当たりラッセル伍長とマクミランだ。居住区の入り口にいるってことは……」
『敵は隔壁を灼き切りにかかってます。再接触は時間の問題です』
「そっちから掩護できないか?」
◇
出し抜けに電子音。シンシアは弾かれたように銃口を振り向けた。
照星の向こうには船内電話。安堵とも悪態ともつかぬ溜め息一つ、次いでその意味するところに思い至る――通信機能が生き返った、その事実。
先に飛び付いたのはラッセル伍長。
「こちら居住区入り口」
〈こちらブリッジ〉
省けるものを省き切ってニモイ曹長が告げた。
〈時間がない。よく聞け〉
◇
気密ハッチを貫通する溶断跡が一周した。
最後の仕上げにタロスが蹴りをくれる。ハッチは金属質な悲鳴を最後に風穴を空けた。そのままタロスが銃口を突っ込み、照星越しに敵の姿を探す。
〈――いません!〉
〈2人いたはずだ〉
班長の声は低い。
〈探せ!〉
タロスがセンサ・ユニットを周囲へ振り向ける。
〈――パッシヴに反応なし、赤外線も音響も引っかかる反応はありません〉
タロスの肩越しにハッチの穴を覗き込んだ班長が眉をしかめる。
〈また隔壁か……“ソルティ・ドッグ”へ、こちら“レモン・リーダ”〉
班長がデータ・リンクに乗せた声は苦味を多分に帯びていた。
〈また隔壁だ。ラッタルも閉鎖されてる〉
〈こちら“ソルティ・ドッグ”、“ウォトカ”と“グレープフルーツ”もハッチにぶち当たった。溶断作業を続行せよ〉
〈敵が2人いたはずだが、センサに引っかからない〉
〈周囲を警戒しつつ作業を続行〉
〈了解〉
班長はそう返信して背後、班員達へ指示を飛ばした。
〈溶断作業続行! あとの連中は家探しだ、隠れた敵を探し出せ!〉
◇
〈通気筒、クリア!〉
気密ハッチの溶断を続けるタロスの背後から声が上がる。
〈救急キットは!?〉
班長が注意を促す。
〈照明パネルは!? 他にないか!?〉
救急キットや担架の収納スペース、電力線を始めとしたケーブルを収める配線溝、果ては発光パネルの中まで漁ろうとしたところで声が上がった。
〈班長!〉
声は通気筒を探った一人から。天井の整備用ハッチを指差して、
〈整備口です!〉
振り仰ぐ。と、確かに目立たないハッチがあった。傍らのマーキングには『回転居住区駆動部』とある。
〈待て〉
班長が視線を周囲へ巡らせる。探せるところは探した。隠れられるところは他にない――そう判断して揚陸艇を呼び出す。
〈“ソルティ・ドッグ”、こちら“レモン・リーダ”〉
〈こちら“ソルティ・ドッグ”〉
〈敵陸戦兵は居住区の回転機構へ逃げ込んだものと判断する〉
“レモン・リーダ”の声に戦意が滲む。
〈追跡の許可を請う〉
〈許可できない、“レモン・リーダ”〉
“ソルティ・ドッグ”の答えに無駄はない。
〈目標へのルート確保を優先せよ〉
〈しかし……〉
言い募って“レモン・リーダ”。
〈回転機構のスペースを考えろ〉
諌めるように“ソルティ・ドッグ”。
〈そこまで割ける戦力はない〉
回転居住区は全長にして艇の3分の1にも及ぶ。その回転軸を含む回転機構部は長さに応じて相応の整備スペースを伴う。
それを解らせるように、揚陸艇から送られて内部構造データ。
ワイア・フレーム上、点滅する整備スペースは居住区を縦貫してなお余る。そしてそこに突入して制圧するには、確かに人員が足りているとは言いかねた。
〈繰り返す。目標へのルート確保を優先せよ〉
〈……“レモン・リーダ”、了解〉
不承不承そう返し――そこで班長は側壁へ眼を走らせた。
〈待て! ハッチが閉まったってことは……〉
◇
「気付かれた!」
ニモイ曹長が操作卓へ指を走らせた。
艇内監視モニタの向こうでは、居住区後部入り口の敵――“レモン”――が船内電話に今しも飛び付くところ。その懐からケーブルが伸びる。
繋いだばかりの回線を切断する間際、わずかなノイズが回線に乗った。
◇
〈くそ!〉
“レモン・リーダ”が船内電話へ拳を叩き付けた。視覚の端にはナヴィゲータからの報告――手応えあり、ただし回線切断。
〈班長?〉
〈逃げられた。回線が生きてた〉
班長――“レモン・リーダ”が吐き捨てる。
〈ハッチが閉まったところで気付くべきだった。――“ソルティ・ドッグ”、こちら“レモン・リーダ”。救難艇の船内電話が生きてる! システムは押さえたんじゃなかったのか?〉
〈艇内のシステムはクラッシュしてるはずだ〉
〈ブリッジの制圧を進言する〉
〈待て〉
通信の向こう側に短く、しかし鋭いやり取りが洩れ聞こえる。
〈目標そのまま。繰り返す、目標に変更なし。“ソルティ・ドッグ”全隊へ。敵が状況に対応しつつある可能性あり、作業急げ! 繰り返す――〉
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