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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第12章 追撃
117/221

12-9.混濁 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.

〈突入!〉


 “ソルト”班長から号令。


 押さえた機関部から取って返し、ブリッジを迂回して下舷側から最優先目標――やはりここ回転居住区が制圧に手間取っているという。果たして籠城しているのはたったの2人、しかもうち1人は身のこなしからして陸戦兵ではない。


 ただし自分達が来たからには話は変わる。敵の側面から不意を衝いて襲いかかれば相手の守りは一気に崩れる。


 閃光衝撃榴弾を見舞うや、タロスが先頭に立って居住区入り口へ突入――敵弾なし。勢い込んでタロスがスラスタを噴かす。敵の頭上、回転居住区の入り口でヴェクトルを急転換、入り口へ突っ込み――、


 そこへ警報。赤色灯の光が視界を染めた。


〈!〉


 タロス越しに緊急閉鎖するハッチが覗いた。空気が震える。タロスが急減速――し切れずハッチに身を打ち付けた。


〈くそ!〉


 罵声一つ洩らして振り返る。ここ一箇所を封じたところで迂回すれば済むだけのこと――ではなかった。相手が艇の制御を取り戻した、その可能性が頭をよぎる。そして振り返った先にはやはり閉鎖されたハッチがあった。


 閉じ込められた――班長が舌を打つ。


 ◇


〈やった!〉

 ブリッジ、ニモイ曹長の口中に快哉。間に合った。


 監視システムの映像では居住区へ敵勢力の第二波がまさに攻めかかったところ、しかしハッチを通り抜けた敵兵は見当たらない。

 回転居住区の出入り口2箇所を含め、気密ハッチの一切が緊急作動した。船務システムの船体チェック中にセンサ・ケーブルを引き抜き、非常事態信号を強引に発動させるというのは全く唐突に閃いたこと――この後の復旧については考えたくないところだが。


 敵はもちろん味方まで閉じ込めたことになるが、背に腹を代えられるものではない。同時に自分の守りも固めたことにもなる――が、これで敵がブリッジを狙ってくること、これはもう確定したとみて間違いない。


〈次だ、次の手だ〉

 ニモイ曹長が自らのヘルメット状、指でリズムを刻んで呟く。

〈考えろ、落ち着け、考えろ……〉


 ◇


 重い音――打撃はない。逸れたかラッセル伍長を狙ったのか、着弾の衝撃が襲ってこない。鈍いながらも戻り始めた感覚に、シンシアはかえって違和感を覚えた。


 違和感の正体にようやく眼が行く。頭上を塞いで気密ハッチ、そして視覚を塗り込めて赤一色。


〈た……〉

 助かった――そう言いかけてシンシアが咳き込む。


 無論、ハッチ一枚で敵をいつまでも防ぎ止められるわけではない。が、一息つく間はできるというものだった。


〈生きてるか?〉

 隣のラッセル伍長から声。


〈……衝撃弾だ……怪我はねェ……〉

 咳き込みつつシンシアはラッセル伍長の肩を叩く。

〈助かったぜ――何があった?〉


〈緊急閉鎖だな〉

 ラッセル伍長が小さくかぶりを振った。それから付け加える。

〈ブリッジから干渉でもせんとこうはならん〉


〈……ちょっと待て、〉

 瞬間、シンシアの表情が凍る。

〈――まだ残ってるのか!?〉


 確かに、セイガー少尉とニモイ曹長が居住区に入ったところは見ていない。ただ艇首側から回り込んだだけ――そう思い込んでいた。


〈そう見たほうが自然だろ〉


 ラッセル伍長の言は的を射ている。となると――シンシアは思考を巡らせた。


〈冗談じゃねェ、敵がブリッジを狙うってことじゃねェか!〉

 シンシアは隔壁に拳を叩き付けた。

〈畜生、これじゃ身動きが取れねェ!〉


〈あのままでも何とかできたとは思えんがね〉

 むしろ落ち着いたラッセル伍長が、シンシアの肩に手を置いた。

〈どっちにしろ主導権はブリッジにある。今のうちに手が打てたら……〉


〈手があるのかよ?〉


〈それを言うな〉

 ラッセル伍長が気まずげに肩をすくめた。

〈そう簡単に思いつくもんなら世話があるか〉


 ◇


 重い音と振動を壁越しに聞いた――というより感じた。しかも複数。さらに視界を塗り潰して赤色灯。マリィはドクタと眼を合わせて互いの感覚を確かめ、次いで入り口のハッチへ眼を投げた。


「くそ!」


 そのハッチが開いて、出て行ったばかりのセイガー少尉が姿を見せた。二人の視線に問いを感じたか、セイガー少尉は自ら口を開く。


「ハッチだ。閉じ込められた」

「まずいことなの?」


 マリィの口に率直な疑問。一拍の間、恐らくセイガー少尉が頭を整理する、それだけの空白。


「マシなこととまずいことがある」

 セイガー少尉が指を2本立てた。

「まず敵の動きが鈍る。こいつはまあ、マシなことだ」


 1本目の指を折ったセイガー少尉を、マリィは促す。


「まずいことは?」


 セイガー少尉がもう1本の指を折る。


「こっちも身動きがとれない。戦力が分散したままだ」

「でも、敵もそれは同じじゃ……?」


「“動きが鈍る”って言ったろう」

 答えるセイガー少尉の声が苦い。

「連中は船殻を灼き切って入ってきた。それよりヤワな隔壁のハッチが灼き切れない道理はない。時間が稼げたってだけで、根っこは何も解決してない――下手すりゃ悪化してる可能性もある」


「悪化?」


 今度はドクタが聞き咎めた。眼を移したセイガー少尉が答えを投げる。


「多分、やったのはブリッジからだ。多分敵も気付いたろうな」


 ◇


〈“ソルティ・ドッグ”へ、こちら“ウォトカ・リーダ”!〉


 緊迫の声が通信に乗った。


〈こちら“ソルティ・ドッグ”。何があった?〉


〈やられた!〉

 “ウォトカ・リーダ”の声に歯軋り。

〈閉じ込められた!〉


〈ちょっと待て……〉

 通信の向こうに会話が交じる。

〈――確認した。“ソルティ・ドッグ”より全隊、恐らくブリッジからの操作と思われる。“ウォトカ”と“グレープフルーツ”、“レモン”は任務続行。“ソルト”は“ソルト・ポッド”への退路を確保。ブリッジは無視しろ〉


〈!?〉

 “ウォトカ・リーダ”が疑問の息一つ、

〈理解できない。もう一度言ってくれ〉


〈繰り返す、ブリッジは無視して目標と退路の確保に専念せよ〉

 “ソルティ・ドッグ”から噛んで含めるような声。

〈ハッチが何枚あると思ってる? 道草食ってる暇はないぞ!〉


〈……!〉

 “ウォトカ・リーダ”に唇を噛む間。

〈……了解〉


 ◇


〈何かないか、何か……〉

 シンシアが周囲に眼を走らせた――側壁、天井、床、さらに巡って側壁から天井へ。


〈何かって、〉

 ラッセル伍長が語尾に疑問符を躍らせる。

〈何するつもりだ?〉


〈――こいつだ!〉

 ラッセル伍長の問いを受け流して床を蹴る。側壁と天井の境目、シンシアは通気筒のダクトへ取り付く。


〈おい、何するつもりだ!?〉


〈決まってんだろ!〉

 言う間にも勢いを乗せて、シンシアはライアット・ガンの銃床を叩き付けた。

〈隔壁よけてブリッジへ行くんだよ!〉


〈通気筒だって閉鎖されてるに決まってんだろ!〉

 言ったところでラッセル伍長が視界の隅に――捉えたものがある。

〈……おい……〉


〈他に手があるんなら今のうちに……どうした?〉


 妙な間に気付いて、シンシアは通気筒へ突っ込んだ頭を引き抜いた。ラッセル伍長の背後――気密ハッチの一点に鈍い光、灼熱の色。それがわずかに移動を始めた、その痕跡。


〈くそッ!〉


 シンシアの口に悪態――敵がハッチを灼き切りにかかっている。


 ◇


〈……!〉


 激痛の中で意識が半ば繋がった。キースは痛みに声を上げかけて、息すらできずにのたうった。


 腹に熱。脈動を待たずに暴れる痛覚。酸素を求めて胸を掻きむしり、それがさらに熱と痛みを呼んでまたもがく――その繰り返し。

 濁る意識を、それでも執念で手繰り寄せる。何のために苦しんでいるのか、もはや理解してもいなかった。ただ一刻も早く動くこと――そのことだけが裡にある。


 動くこともろくにかなわないまま、衝き動かされるように酸素を求める――それが苦痛を呼ぶと解っていても。そのたび激痛に喘ぎ、せっかく掴んだ空気を吐き出してはまた胸を動かした。


 曲がりなりにも息が息として成り立ち始めた頃、涙にかすんだ視界へまず認めて面。そこまでに気が遠くなるほどの――事実、意識が何度も遠のきかけた――時間を要した。顔が密着していないのは何故か、そもそもそこに疑問を持つまでがなお長い。

 意味を成さない足掻きの果て、それが宇宙服のヘルメット越しだからと理解するまでに、どれだけかかったか知れない。

 そこが床の上だと――自分が這いつくばっているのだという認識に辿り着くまでになお時を費やし、それからようやく状況への疑問が湧いた。


 右へ眼をやる。左を確かめる。眼だけでは足りず、錆びついたかのような首をやっとの思いで動かして、床の先を視界へ入れる。瞬きを繰り返して涙の滲みを払うと、複雑な歪みが意識に像を結んだ――タロスが突っ込んだコンソール。


 先刻までの乱闘が、頭をかすめた。相手より先に動け――意識下で本能が叫びを上げる。

 床へ手をつく。身を持ち上げ――損ねて潰れる。苦労して首を巡らせる。寝返りをうつように天井を仰ぐ。さらに寝返って後方、床の上――そこに横たわる巨体のシルエット。


 いきなり記憶の波が押し寄せた。敵はタロス、肩の無反動砲を狙って撃った、そこまでは覚えている。砲身が内側から爆発したことも。腹に衝撃を食らったことも。


 注視した。タロスの巨躯に動きはない。


 腕を伸ばした。足掻いた。這った。揚陸ポッドが生み出す低重力にやっとの思いで抗い、脳天へ突き抜ける激痛をこらえながらにじり寄る。

 長い、長い距離が間に横たわっていた。いつ相手が動き出すとも知れない、その緊迫に衝き動かされて軋る身体をただ動かす。募る苦痛を無視して腕を伸ばし、悲鳴を上げる身体に鞭打って足を掻く。


 敵はまだ目覚めていない。今なら間に合う。まだ動くな――ただ念じながら。

 呪詛にも似た言葉を頭の中に繰り返し、腕を投げ出し、足を引き寄せ、身を引きずる。


 動きが生じた。


 最初、それとは見分けがつかなかった。自分の身体を動かすだけで精一杯だった――が、意識に引っかかるものがある。這い進む、その景色とは違う動きが視界の隅に生じていた。


 思わずキースは動きを止めた。そこで再び動きが見えた――タロスの指。


 怨嗟。あらゆる感覚が吹き飛んだ。まだ間に合うかもしれないという希望と、もう間に合わないという絶望が同時に頭を吹き荒れる。

 打算も何もなく、ただ手足を動かした。あと2メートル。まだ動くな、間に合え、それだけを念じながら。


 タロスの左腕が動いた。空を掻く。


 四肢に力を込めるたび、腹部どころか全身が激痛に悲鳴を上げる。だが構っている暇はない――あと1.5メートル。


 タロスは左手を床についた。肩が持ち上がる。


 痛みに意識が遠のきかける。息が詰まる。何が何やら解らなくなりかける――あと1メートル。


 タロスの上半身が起き始めた。右腕は動かない。左脚が動く。腰が半ば持ち上がる。


 まだ終わっていない――呪わんばかりに念じ続ける。止めろ。動き出させるな。

 もはや衝き上げる衝動だけに押されてキースが這う――あと0.5メートル。


 タロスの頭が上がった。センサ・ユニットがキースを捉える――眼が合った。




     *****


本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。

投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)


無断転載は固く禁じます。


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(C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.


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