12-3.飽和 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
〈囮の反応が動かない!〉
“ネイ”の声に緊張が走る。
〈来てるわ、逆侵入!〉
〈くそ!〉
ロジャーが舌を打つ。
〈防げるか?〉
〈レーザ通信機、5番と12番を隔離! ……通信ホストの暗号変換が止まって――やっぱり侵入されてる!〉
“ネイ”の声から余裕が失せた。
〈“イェンセン”、データ・リンク途絶!〉
〈仕方ねェ、〉
ロジャーが奥歯を軋らせる。
〈向こうは向こうだ!〉
〈こっちも無事じゃない!〉
“ネイ”が上げて悲鳴。
〈何なのよこいつ、パターンが違う!〉
〈切れ!〉
ロジャーが断じた。
〈プローブ残して片っ端から切っちまえ!〉
〈反応なし――間に合わない!〉
ロジャーの視覚に投影されたモニタ画像――艦内システムの模式図を、“ネイ”が赤く染めていく。
〈片っ端から固まってく!〉
“ネイ”の言葉を追うかのごとく、ブリッジに相次いで異常報告。
〈データ・リンク途絶!〉〈索敵、変化は!?〉〈“ダルトン”現在位置――変です、軌道要素が……〉〈機関、反応なくなりました! 出力固定、加速できません!〉
〈駄目!〉
“ネイ”に白旗。
〈食い止められないわ、逃げるだけで精一杯!〉
〈逃げろ!〉
ロジャーが言うが早いか、視覚から一切の反応が消えた。“ネイ”が表示していたデータ・リンク情報も、戦闘用宇宙服各部のセンサがもたらす情報も、何もかも。
ロジャーは左前腕、手甲部の保護カヴァーを外してナヴィゲータへのインターフェイスを開くなり、無線データ・リンクを切断する。その視野、ブリッジへ拡がるのは――動揺、その一語。
ロジャーが気密ヘルメットのヴァイザを開け、声をインターフェイスへ直に吹き込んだ。
「“ネイ”! 聞こえるか?」
インターフェイスの小型モニタにはただ一語、『待機中』――それが明滅している。ロジャーはインターフェイスへ復帰コマンドを入力、再び声を吹き込んだ。
「“ネイ”!?」
モニタに反応。恐る恐るといった体で単語が並ぶ。
――逃げ切れたわ。
盛大な溜め息がロジャーの口を衝いた。
「何だ? 敵はどんな手を使ってきた?」
――侵入の方はお手上げ。そこから処理をオーヴァフローさせられたの。タスクとデータ量が指数関数的に増えてって……、
そこで文字が途切れた。
「“ネイ”?」
一拍置いて、答えがモニタに現れた。
――これって、“クライトン・シティ”で“キャス”が使った手だわ。
「ちょっと待て、」
ロジャーに思わず否定の言葉。
「そいつァ……」
――そうよ、あの子の“ママ”が出て来たことになるわ。
ロジャーの喉を唾が滑り落ちた。
◇
キースの視覚へ文字情報が割り込んだ。
――警告:システムに侵入者。
キースはマリィから眼を離した。
「どうしたの?」
急な反応――マリィに戸惑いの声。
「敵が仕掛けてきた」
“キャス”が声さえかけてこないということは、防戦に力の全てをつぎ込んでいるということに他ならない。敵の脅威を最大限と見て、キースは“キャス”に問いかけた。
〈どこからだ?〉
その横で警告音。医務室のサーヴァが過熱、安全装置がシステムをシャット・ダウン。
――医務室のシステムを隔離。
遅れて視覚に文字が走った。サーヴァはわざと落としたものと理解して、キースはマリィへ声を投げる。
「艇のシステムへ入り込まれた。かなりやばいことになってる」
「そんなに?」
マリィが眉をひそめる。
「医務室以外は手が付けられないと見て間違いない」
次いでキースは高速言語、“キャス”へ向けて問いを飛ばす。
〈“キャス”、状況は?〉
〈やられたわ〉
医務室のシステムを切り離し、とりあえず防御の手を止めた“キャス”が聴覚に応じる。
〈艦隊のデータ・リンクからクラッシャぶち込まれてるわね〉
〈止めなかったのか?〉
〈止めてよかったの?〉
居直ったような表情を声へ乗せて“キャス”が問い返す。
〈言っちゃえば監察処分食らってるようなもんでしょ、私って?〉
〈もういい〉
切り替え切れない苛立ちを滲ませつつ、キースが返す。
〈止められたんだな?〉
〈後手に回ってる時点でもう無駄〉
“キャス”が冷徹に言い放つ。
〈艦隊のデータ・リンクをぶち壊しに行かなきゃ〉
〈こっちから討って出る手は?〉
感情を押し殺しつつキース。
〈通信システムを再起動したら、潜伏してるクラッシャを追い出して反撃に出られるのか? ……いや待て〉
頭に引っかかるものを感じて、キースは声を止めた。
〈……敵はどんな手を使ってきた?〉
〈無限増殖する単純計算スレッドで処理をオーヴァフローへ追い込むの。“クライトン・シティ”で私とママが使った手よ〉
〈てことは……〉
言いつつキースの皮膚が粟立つ。
〈そうね、〉
“キャス”がキースの言葉を引き継いだ。
〈ママの気配がするわ〉
◇
〈くそったれ!〉
シンシアが軋る歯の間から悪態を洩らした。その眼前、ブリッジの全システムが沈黙していく――ダウンするでもなく、また異常を知らせるでもなく、ただ現状を示したまま固まっていく。
〈くそ、駄目だ!〉
セイガー少尉が、反応のない操舵システムに吐き捨てる。“ウィル”にも対処のしようはなかった。退避を命じたが、間に合ったかどうかさえ定かではない。
〈機関は!?〉〈反応ありません!〉
〈船務は!?〉〈だんまりです!〉
〈くそ、生命維持システムごとか!?〉〈……残念ながら〉
〈現場だ!〉
あきらめずにセイガー少尉が指示を下す。
〈直接動かすぞ!〉
ニモイ曹長が役を成さなくなった操作卓から離れた。狭いブリッジのハッチへ手をかけて――、
〈くそ! ハッチもか!〉
ニモイ曹長が手動でロックを外しにかかる。その様を眼にしたシンシアがセイガー少尉へ問いを向けた。
〈てことは、医務室も?〉
〈確認を頼む〉
セイガー少尉からは苦い答え。
〈こっちは機関と船務システムを何とかする〉
〈了解〉
言い置いてハッチへ向き直ったシンシアの前、ニモイ曹長が引き開けたハッチの向こうに人影。
〈――キース!?〉
〈状況は知ってる〉
問われる前にキースがシンシアを制して、
〈クラッシャを潰す。手を貸してくれ〉
〈できるのか?〉
問いはセイガー少尉から。キースが首を巡らせて応じる。
〈システムのブート・プログラムに仕掛ける。試す価値はある〉
〈自信満々だな。根拠は?〉
〈俺のナヴィゲータがクラッシャの構築に噛んでる〉
セイガー少尉は難しげに口を曲げた。
〈……どういうことだ?〉
〈“クライトン・シティ”の監視システムを黙らせたクラッシャだ。そいつが使われてる可能性が高い〉
〈それがどうして向こうに洩れてる?〉
かえって疑問を深めた、と言わんばかりにセイガー少尉。ごく当然の問いではあった。
〈クラッシャは単独で構築したんじゃない〉
相手の眼を見据えてキースが返す。
〈協力したヤツがいる。それがヘンダーソン大佐の側に付いた〉
〈そのナヴィゲータを信じろと?〉
疑念に満ち満ちたセイガー少尉の声。返すキースは敢えて問う。
〈これ以上、どこに悪くなりようがある?〉
苦い、沈黙――。
〈……違いない〉
ややあって、セイガー少尉は額に手を当てた。
〈どこから手を付ける?〉
〈助かる〉
頷いてキース。
〈通信システムがいい〉
セイガー少尉は通信士を兼務するニモイ曹長へ向かって一言だけ投げた。
〈やれるな?〉
〈はい〉
ニモイ曹長は指一本でキースを招いた。
〈こっちだ〉
ニモイ曹長が操作卓の下部パネルへ手をかける、そちらへキースが身体を流した。覗き込むと、パネルの下から通信システムの基盤が姿を見せる。その一角、接続端子を示してニモイ曹長。
〈ここだ。メンテナンス用の接続端子がある〉
キースが携帯端末からケーブルを伸ばした。端子に接続、“キャス”へ呼びかける。
〈どうだ?〉
〈ちょっと待って、〉
沈着を絵に描いたような“キャス”の声。
〈初期設定メモリを掃除するから〉
〈――いるのか?〉
キースに寒い問い。
〈ビンゴ〉
短く“キャス”。
〈いいわ、再起動を〉
〈再起動してくれ。メンテナンス・モードがいい〉
〈この調子じゃ電源線から外さなきゃならんな〉
プロセッサの処理が飽和したシステムを見て、ニモイ曹長が中へ手を伸ばす。
〈ちょっと待て〉
電源ラインのコネクタが外された。電源を断たれたシステムが沈黙する。蓄積された電荷が放出されるのを待って、再接続。システム起動――初期チェック中に割り込みをかけてメンテナンス・モードへ。
クラッシャの負荷から一旦解放されたプロセッサへ“キャス”が忍び込む。
〈やっぱりね。腑抜けにされて風通しがいいったら〉
〈例のクラッシャか〉
キースが確かめる。
〈よくある手よ。まだ決まったわけじゃないわ〉
“キャス”がシステムの根に開けられたセキュリティ・ホールを閉じていく。その上で自分専用の抜け穴を設定し、再起動コマンド。
システムが電源を遮断、次いで通常モードで再起動。抜け穴を通して“キャス”が監視するその中で、システムがロードされていく。
〈ビンゴ〉
システムの基幹部分に潜んだクラッシャを“キャス”が捉えた。
〈いるわいるわ〉
〈捕まえられるか?〉
キースの視覚に投影されたスキャン結果――ネット・クラッシャが潜んだデータのリストが訊く間にも増えていく。瞬時に特徴を判別分類するカテゴリも、起動プロセスが進むにつれ複雑さを増していく。
〈手口が判ってりゃね――ああ、この味付けはママらしいわ〉
クラッシャのターゲット情報を、“キャス”はファージ・プログラムへ書き込んでいく。
〈増えた?〉
検知したクラッシャのリストに、異変。
その項目に付された数字が増えていく――その勢いが跳ね上がる。ネット・クラッシャが、システムの起動完了を待たずに活動と増殖を開始する。
〈ふン、まだまだ〉
システム内の優先順位を書き換えておいた“キャス”が介入。ファージ・プログラムをシステムへ書き込んだ。
ファージはシステムのプロセッサに取り付いて処理の優先順位を改変、最優先タスクとして居座ると、アクセスしたタスクに片っ端からチェックをかけ始める。
ターゲットに適合する処理を発見するや、タスクに介入して内容を改変、ネット・クラッシャの処理を排除する。
さらにクラッシャの潜伏先を辿ってデータを書き換え、クラッシャを排除すると同時に自らのコピィを潜り込ませる。
そしてデータにアクセスしたクラッシャ・プログラムを喰らいながら増殖していく――。
〈ま、こんなもんよ〉
“キャス”が言う間にキースの視界、表示されたクラッシャの数が減少に転じた。
「効いた、か……」
思わず息がキースの口を衝いて出た。傍らのニモイ曹長に頷きかける。安堵が拡がりかけた、その直後。
警告音――。
〈“キャス”!?〉
視覚データがいきなり消えた。
〈どうした、キャス!?〉
キースの呼びかけにも反応がない。
気付けば警告音も戦闘用宇宙服の標準音、それさえもキースが左腕のインターフェイスへ手を伸ばしたところで途絶えて果てた。モニタを確かめたところで文字さえ映らず、隅にただ起動中を示して緑――。
“キャス”は沈黙の中へと落ちた。
*****
本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。
投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)
無断転載は固く禁じます。
Reproduction is prohibited.
Unauthorized reproduction prohibited.
(C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
*****




