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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第12章 追撃
111/221

12-3.飽和 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.

〈囮の反応が動かない!〉

 “ネイ”の声に緊張が走る。

〈来てるわ、逆侵入!〉


〈くそ!〉

 ロジャーが舌を打つ。

〈防げるか?〉


〈レーザ通信機、5番と12番を隔離! ……通信ホストの暗号変換が止まって――やっぱり侵入されてる!〉

 “ネイ”の声から余裕が失せた。

〈“イェンセン”、データ・リンク途絶!〉


〈仕方ねェ、〉

 ロジャーが奥歯を軋らせる。

〈向こうは向こうだ!〉


〈こっちも無事じゃない!〉

 “ネイ”が上げて悲鳴。

〈何なのよこいつ、パターンが違う!〉


〈切れ!〉

 ロジャーが断じた。

〈プローブ残して片っ端から切っちまえ!〉


〈反応なし――間に合わない!〉

 ロジャーの視覚に投影されたモニタ画像――艦内システムの模式図を、“ネイ”が赤く染めていく。

〈片っ端から固まってく!〉


 “ネイ”の言葉を追うかのごとく、ブリッジに相次いで異常報告。


〈データ・リンク途絶!〉〈索敵、変化は!?〉〈“ダルトン”現在位置――変です、軌道要素が……〉〈機関、反応なくなりました! 出力固定、加速できません!〉


〈駄目!〉

 “ネイ”に白旗。

〈食い止められないわ、逃げるだけで精一杯!〉


〈逃げろ!〉


 ロジャーが言うが早いか、視覚から一切の反応が消えた。“ネイ”が表示していたデータ・リンク情報も、戦闘用宇宙服各部のセンサがもたらす情報も、何もかも。


 ロジャーは左前腕、手甲部の保護カヴァーを外してナヴィゲータへのインターフェイスを開くなり、無線データ・リンクを切断する。その視野、ブリッジへ拡がるのは――動揺、その一語。


 ロジャーが気密ヘルメットのヴァイザを開け、声をインターフェイスへ直に吹き込んだ。

「“ネイ”! 聞こえるか?」


 インターフェイスの小型モニタにはただ一語、『待機中』――それが明滅している。ロジャーはインターフェイスへ復帰コマンドを入力、再び声を吹き込んだ。


「“ネイ”!?」


 モニタに反応。恐る恐るといった体で単語が並ぶ。


 ――逃げ切れたわ。


 盛大な溜め息がロジャーの口を衝いた。

「何だ? 敵はどんな手を使ってきた?」


 ――侵入の方はお手上げ。そこから処理をオーヴァフローさせられたの。タスクとデータ量が指数関数的に増えてって……、

 そこで文字が途切れた。


「“ネイ”?」


 一拍置いて、答えがモニタに現れた。


 ――これって、“クライトン・シティ”で“キャス”が使った手だわ。


「ちょっと待て、」

 ロジャーに思わず否定の言葉。

「そいつァ……」


 ――そうよ、あの子の“ママ”が出て来たことになるわ。


 ロジャーの喉を唾が滑り落ちた。


 ◇

 


 キースの視覚へ文字情報が割り込んだ。


 ――警告:システムに侵入者。


 キースはマリィから眼を離した。


「どうしたの?」

 急な反応――マリィに戸惑いの声。


「敵が仕掛けてきた」


 “キャス”が声さえかけてこないということは、防戦に力の全てをつぎ込んでいるということに他ならない。敵の脅威を最大限と見て、キースは“キャス”に問いかけた。


〈どこからだ?〉


 その横で警告音。医務室のサーヴァが過熱、安全装置がシステムをシャット・ダウン。


 ――医務室のシステムを隔離。


 遅れて視覚に文字が走った。サーヴァはわざと落としたものと理解して、キースはマリィへ声を投げる。


「艇のシステムへ入り込まれた。かなりやばいことになってる」


「そんなに?」

 マリィが眉をひそめる。


「医務室以外は手が付けられないと見て間違いない」

 次いでキースは高速言語、“キャス”へ向けて問いを飛ばす。

〈“キャス”、状況は?〉


〈やられたわ〉

 医務室のシステムを切り離し、とりあえず防御の手を止めた“キャス”が聴覚に応じる。

〈艦隊のデータ・リンクからクラッシャぶち込まれてるわね〉


〈止めなかったのか?〉


〈止めてよかったの?〉

 居直ったような表情を声へ乗せて“キャス”が問い返す。

〈言っちゃえば監察処分食らってるようなもんでしょ、私って?〉


〈もういい〉

 切り替え切れない苛立ちを滲ませつつ、キースが返す。

〈止められたんだな?〉


〈後手に回ってる時点でもう無駄〉

 “キャス”が冷徹に言い放つ。

〈艦隊のデータ・リンクをぶち壊しに行かなきゃ〉


〈こっちから討って出る手は?〉

 感情を押し殺しつつキース。

〈通信システムを再起動したら、潜伏してるクラッシャを追い出して反撃に出られるのか? ……いや待て〉


 頭に引っかかるものを感じて、キースは声を止めた。

〈……敵はどんな手を使ってきた?〉


〈無限増殖する単純計算スレッドで処理をオーヴァフローへ追い込むの。“クライトン・シティ”で私とママが使った手よ〉


〈てことは……〉

 言いつつキースの皮膚が粟立つ。


〈そうね、〉

 “キャス”がキースの言葉を引き継いだ。

〈ママの気配がするわ〉


 ◇


〈くそったれ!〉


 シンシアが軋る歯の間から悪態を洩らした。その眼前、ブリッジの全システムが沈黙していく――ダウンするでもなく、また異常を知らせるでもなく、ただ現状を示したまま固まっていく。


〈くそ、駄目だ!〉


 セイガー少尉が、反応のない操舵システムに吐き捨てる。“ウィル”にも対処のしようはなかった。退避を命じたが、間に合ったかどうかさえ定かではない。


〈機関は!?〉〈反応ありません!〉

〈船務は!?〉〈だんまりです!〉

〈くそ、生命維持システムごとか!?〉〈……残念ながら〉


〈現場だ!〉

 あきらめずにセイガー少尉が指示を下す。

〈直接動かすぞ!〉


 ニモイ曹長が役を成さなくなった操作卓から離れた。狭いブリッジのハッチへ手をかけて――、

〈くそ! ハッチもか!〉


 ニモイ曹長が手動でロックを外しにかかる。その様を眼にしたシンシアがセイガー少尉へ問いを向けた。


〈てことは、医務室も?〉


〈確認を頼む〉

 セイガー少尉からは苦い答え。

〈こっちは機関と船務システムを何とかする〉


〈了解〉


 言い置いてハッチへ向き直ったシンシアの前、ニモイ曹長が引き開けたハッチの向こうに人影。


〈――キース!?〉


〈状況は知ってる〉

 問われる前にキースがシンシアを制して、

〈クラッシャを潰す。手を貸してくれ〉


〈できるのか?〉


 問いはセイガー少尉から。キースが首を巡らせて応じる。


〈システムのブート・プログラムに仕掛ける。試す価値はある〉

〈自信満々だな。根拠は?〉

〈俺のナヴィゲータがクラッシャの構築に噛んでる〉


 セイガー少尉は難しげに口を曲げた。


〈……どういうことだ?〉

〈“クライトン・シティ”の監視システムを黙らせたクラッシャだ。そいつが使われてる可能性が高い〉

〈それがどうして向こうに洩れてる?〉


 かえって疑問を深めた、と言わんばかりにセイガー少尉。ごく当然の問いではあった。


〈クラッシャは単独で構築したんじゃない〉

 相手の眼を見据えてキースが返す。

〈協力したヤツがいる。それがヘンダーソン大佐の側に付いた〉


〈そのナヴィゲータを信じろと?〉


 疑念に満ち満ちたセイガー少尉の声。返すキースは敢えて問う。


〈これ以上、どこに悪くなりようがある?〉


 苦い、沈黙――。


〈……違いない〉

 ややあって、セイガー少尉は額に手を当てた。

〈どこから手を付ける?〉


〈助かる〉

 頷いてキース。

〈通信システムがいい〉


 セイガー少尉は通信士を兼務するニモイ曹長へ向かって一言だけ投げた。

〈やれるな?〉


〈はい〉

 ニモイ曹長は指一本でキースを招いた。

〈こっちだ〉


 ニモイ曹長が操作卓の下部パネルへ手をかける、そちらへキースが身体を流した。覗き込むと、パネルの下から通信システムの基盤が姿を見せる。その一角、接続端子を示してニモイ曹長。


〈ここだ。メンテナンス用の接続端子がある〉


 キースが携帯端末からケーブルを伸ばした。端子に接続、“キャス”へ呼びかける。

〈どうだ?〉


〈ちょっと待って、〉

 沈着を絵に描いたような“キャス”の声。

〈初期設定メモリを掃除するから〉


〈――いるのか?〉

 キースに寒い問い。


〈ビンゴ〉

 短く“キャス”。

〈いいわ、再起動を〉


〈再起動してくれ。メンテナンス・モードがいい〉


〈この調子じゃ電源線から外さなきゃならんな〉

 プロセッサの処理が飽和したシステムを見て、ニモイ曹長が中へ手を伸ばす。

〈ちょっと待て〉


 電源ラインのコネクタが外された。電源を断たれたシステムが沈黙する。蓄積された電荷が放出されるのを待って、再接続。システム起動――初期チェック中に割り込みをかけてメンテナンス・モードへ。


 クラッシャの負荷から一旦解放されたプロセッサへ“キャス”が忍び込む。

〈やっぱりね。腑抜けにされて風通しがいいったら〉


〈例のクラッシャか〉

 キースが確かめる。


〈よくある手よ。まだ決まったわけじゃないわ〉


 “キャス”がシステムの根に開けられたセキュリティ・ホールを閉じていく。その上で自分専用の抜け穴を設定し、再起動コマンド。

 システムが電源を遮断、次いで通常モードで再起動。抜け穴を通して“キャス”が監視するその中で、システムがロードされていく。


〈ビンゴ〉

 システムの基幹部分に潜んだクラッシャを“キャス”が捉えた。

〈いるわいるわ〉


〈捕まえられるか?〉


 キースの視覚に投影されたスキャン結果――ネット・クラッシャが潜んだデータのリストが訊く間にも増えていく。瞬時に特徴を判別分類するカテゴリも、起動プロセスが進むにつれ複雑さを増していく。


〈手口が判ってりゃね――ああ、この味付けはママらしいわ〉

 クラッシャのターゲット情報を、“キャス”はファージ・プログラムへ書き込んでいく。


〈増えた?〉


 検知したクラッシャのリストに、異変。

 その項目に付された数字が増えていく――その勢いが跳ね上がる。ネット・クラッシャが、システムの起動完了を待たずに活動と増殖を開始する。


〈ふン、まだまだ〉

 システム内の優先順位を書き換えておいた“キャス”が介入。ファージ・プログラムをシステムへ書き込んだ。


 ファージはシステムのプロセッサに取り付いて処理の優先順位を改変、最優先タスクとして居座ると、アクセスしたタスクに片っ端からチェックをかけ始める。

 ターゲットに適合する処理を発見するや、タスクに介入して内容を改変、ネット・クラッシャの処理を排除する。

 さらにクラッシャの潜伏先を辿ってデータを書き換え、クラッシャを排除すると同時に自らのコピィを潜り込ませる。

 そしてデータにアクセスしたクラッシャ・プログラムを喰らいながら増殖していく――。


〈ま、こんなもんよ〉


 “キャス”が言う間にキースの視界、表示されたクラッシャの数が減少に転じた。


「効いた、か……」


 思わず息がキースの口を衝いて出た。傍らのニモイ曹長に頷きかける。安堵が拡がりかけた、その直後。


 警告音――。


〈“キャス”!?〉


 視覚データがいきなり消えた。


〈どうした、キャス!?〉


 キースの呼びかけにも反応がない。

 気付けば警告音も戦闘用宇宙服の標準音、それさえもキースが左腕のインターフェイスへ手を伸ばしたところで途絶えて果てた。モニタを確かめたところで文字さえ映らず、隅にただ起動中を示して緑――。


 “キャス”は沈黙の中へと落ちた。




     *****


本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。

投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)


無断転載は固く禁じます。


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(C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.


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