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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第12章 追撃
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12-2.約束 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.

 不意に、体感重力が失せた。マリィを横たえたベッドの側、キースは思わず眼を天井へ。


 回転居住区が回転を止め、ゴンドラ・ブロックの床面を艇尾方向へ回転させる――その反動がわずかなGとなって身体へかかる。加速開始の、その兆候。


〈“キャス”、シンシアへコールだ〉


〈第3艦隊に動きがあったみたい〉

 “キャス”が先回りして説明を加える。

〈宇宙港に張り付いてたフリゲートがこっちへ向かってきてる――いいわ〉


〈オレだ〉

 シンシアの声が聴覚に再構成される。

〈いま接舷作業を中断した。艦隊を振り切る。“キャス”がデータを取りに来てるはずだ、詳細はそっちで聞いてくれ〉


〈オオシマ中尉は?〉


〈まずは敵艦を振り切るとさ〉

 作業中か、シンシアの声は素っ気ない。

〈“シュタインベルク”をどうするかも当分お預けだ〉


 とは言え、解放したフリゲート“シュタインベルク”がロジャーを放り出して第3艦隊に戻るという選択肢はない。呉越同舟の共闘を選ぶか、改めて袂を分かつか、いずれにしろ追いすがる敵フリゲートを引き離してからの相談になる。


 口を開きかけたキースへ、シンシアが釘を差した。

〈まだ当分はお呼びじゃないぜ。以上〉


 一方的に通話は切れた。

 キースは鼻を一つ鳴らして、眼をマリィの顔へ戻した。

 結い上げた亜麻色の髪の下――覗いて深緑色の瞳、それがキースを見つめていた。潤んで涙、覆って瞼、さらに覆って白い指。隙間から雫が宙に漂う。


「……」


 両の掌の奥、声は言葉にならなかった。キースがそこへ、恐る恐る手を伸ばす。


「……どうして……?」


 かすれるマリィの声が、ようやくそれだけの言葉を紡いだ。触れかけたキースの手が止まる。


「……みんな一緒って言ったじゃない……」


 その涙声がキースの胸を貫いた。約束したはずの未来は、銃声一つで崩れて落ちた――他ならぬマリィの眼の前で。


「……マリィ……」

 ようやくの想いでそれだけを口に上らせる。約束を果たせなかった、その事実は何をどうやっても覆らない。


「……私が、」

 マリィが声を詰まらせる。

「……私がいたばっかりに……」


「違う!」

 否定の感情が鋭く口を衝いて出た。その唇が震えて止まらない。

「誰が死んでいいとか悪いとか、もうそういう話じゃないんだ!」


「解らない!」

 ヒステリックにマリィがもがいた。

「それじゃ、アンナはどうして死ななきゃならないの? 何か悪いことしたの!?」


「そうじゃない!」


「じゃ何!?」

 向かう先を探しあぐねた感情の矛先が、言葉になって迸る。

「何がいけなかったの!?」


 遮ろうとして、キースは言葉に詰まった。

 避けようがなかった、運がなかった――いずれも正しく、同時に間違ってもいる。突き付けられた問いの重さに、キースは遅れて気付いた。開きかけた口に言葉を乗せ損ねる。


「私がいけないのよ! 大佐のシナリオ通りに踊った私が悪いんだわ!」


「違う! 悪いことがあるとしたら――」

 キースが奥歯を軋らせた。それから吐き出す。

「――そもそも俺が生き延びようとしたことが間違いさ」


「……そんな……」


 そして論理は堂々巡りに陥る。誰が死ねば事態は食い止められたのか――行き着く先は自滅志向か、それとも破壊の再生産に突き進むか。


「……私が死ねば……」


 枕元、キースの拳が突き立った。マリィが身体を硬くする。


「違う! ……断じて違う!!」


 マリィの眼がキースの眼を覗いた。


「だって……」

 駄々をこねる子供のように、マリィがかぶりを振った。

「……あなたは悪くないじゃない……」


「言ったろう、死んでいいヤツなんかいなかったんだ。アンナだけじゃない――」

 しばしキースがためらい、そして告げた。

「――エリックも……」


「……ひどいわ……!」


 マリィの瞳がさらに陰る。エリックが生きていたら――キースの苦悶も、そしてマリィとの邂逅もあり得なかった。――そもそもの企みがなかったら。あるいはキースが最初に死んでいたとしたら。


「戦場なんだ、これが……くそ! こんなことが言いたいんじゃない!」

 キースが額へ掌を打ち付ける。

「解ってる。納得のいく説明なんざつけようがないんだ――ただ、これだけは解ってくれ」

 振り向いたマリィの瞳に訴える。

「君は何も悪くない。アンナもそうだ。悪いわけでもなんでもなく、命が危なくなるんだ、今は」


「でも……こんなのって……!」


「……理不尽、だよな」

 マリィの独語をキースが継いだ。

「……だから、今は生き延びなきゃならない。まともに生きて、それからまともに死ねるようになるまで」


 濡れたマリィの瞳が、その先を問う。

「……今は……?」


「そう、今は」

 キースが断じた。

「何が何でも生きてやる。邪魔をするヤツを殺してでも」


「そうやって、」

 マリィが弱々しく言葉を紡ぐ。

「また人が死ぬの?」


 同じところへ戻ってしまった、それを自覚しつつもキースは言葉を継いでいた。

「……殺さなきゃ、殺されるんだ……!」

 これもまた自滅への道と理解しながら、避けることのできない論理の落とし穴。


 沈黙がその場に降りた。


「……逃げましょ」

 ふと、マリィが呟く。

「アンナが、言ってたみたいに」


「逃げるさ、」

 キースはマリィの手を取った。

「これが終わったら」


「終わったら、って……」

 マリィはキースの瞳を覗き込んだ。

「その前に殺されるわ」


「でなきゃ、逃げ場なんてないんだ」

 マリィの瞳を覗き返してキースが言い張る。

「味方もいる。チャンスがあるとしたら今しか――いや、連中が逃がしちゃくれないさ。“ハンマ”中隊の連中が」


「無理よ!」

 マリィが声を震わせた。

「エリックもアンナも……この上あなたまで亡くしたら、私……!」

 言葉が途切れた。マリィが眼を逸らす。頬に朱、顔に動揺。

「私……!!」


 キースの胸に重く衝撃。言葉を紡ごうとして、成せずにキースの口が泳ぐ。

 自分の命を心から案じるものがいた――その事実。自分を赦せるのか――その命題。それが互いに絡み合って胸の内から喉を塞ぐ。確かめたい衝動と、報われてはならないという自戒と。


「……俺は……」

 キースは言葉を詰まらせた。口中に猛烈な乾き。言うべき科白を探しに探し、果たせず真っ白になった頭の中から、思わず言葉がこぼれて落ちた。

「……俺は、死ぬことを許されてない――エリックにも、君にも」


 マリィの瞳、深緑色が複雑な感情を帯びた。


「そうだ。俺は死ねない」

 キースはマリィの頬に手を当てた。

「死んだら、君を護れない」


 事実、キース達がやられれば、救難艇“フィッシャー”に乗るマリィや負傷者を護る人間はいなくなる。命運を共にしていると言っても過言には当たらない。


 マリィが瞳を閉じた。熱を帯びた感情と冷たい現実とを噛みしめる、それだけの間が空いた。


「……あなたが死んだら、私も死ぬのね?」

「……ああ」


 正確にはヘンダーソン大佐の肚づもり次第というところだが、その場合に明るい未来が待っているはずはあり得ない。


「……約束よ?」

 マリィの瞳が、キースを見据えた。


「ん?」

 キースが片眉を問いに躍らせる。


「死なないって」

 マリィが左手をキースの手に添えた。

「勝つとか負けるとか関係なしに、生きて帰ってくるって」


「そうだな……約束だ」

 キースも左手を伸ばした。二人は互いの指を絡ませた。


 ◇


〈変、です〉

 “キンジィ”が怪訝な声をギャラガー軍曹の聴覚に乗せた。

〈フリゲートの軌道要素が変化してます。それに――〉


〈どうした?〉

 “イェンセン”のブリッジ、航法士席を間借りしているギャラガー軍曹が訊く。


〈第3艦隊に変化!〉

 火器管制管が緊張を声に乗せた。

〈“ダルトン”と“ソルティ・ドッグ”が軌道要素変更――こっちへ向かって加速しました!〉


〈データ送れ!〉


 ブリッジ入り口からオオシマ中尉が指示を飛ばした。ブリッジにいる全員の懐から、ナヴィゲータが網膜へ戦術マップを送り出す。第3艦隊から宇宙港“クライトン”へ向かっていた揚陸艇5隻とフリゲート1隻の編隊から、揚陸艇“ソルティ・ドッグ”とフリゲート“ダルトン”が離脱しつつあった。


〈駄目、気づかれました!〉

 “キンジィ”の悲鳴じみた言葉が聴覚に乗る。


 受け止めたギャラガー軍曹はオオシマ中尉に振り返った。

〈バレました!〉

 ギャラガー軍曹が叫ぶ間にも視界の片隅、侵入状況をモニタしたウィンドウが“キンジィ”の苦戦ぶりを物語る。

〈逆侵入を食らってます。撤退中!〉


 “キンジィ”と“ネイ”のばらまいた囮が次々と電子戦艦からのデータ・クラッシャに喰われていく。


〈データ・リンク切断!〉

 オオシマ中尉の命令が飛ぶ。

〈逃げるぞ、加速開始!〉


 “シュタインベルク”と第3艦隊とを結ぶデータ・リンクを強制切断。時間を稼ぎつつ、“キンジィ”と“ネイ”が隔離を試みる。


〈“シュタインベルク”とのリンクも切れ!〉

〈了解!〉


 ギャラガー軍曹が“イェンセン”と“シュタインベルク”を結ぶレーザ通信を切断する。“ネイ”に宛てて伝言を残す暇さえなく、ギャラガー軍曹は“イェンセン”艇内へ侵入したデータ・クラッシャの捜索に忙殺された。


〈通信ホスト、航法ホストも――パフォーマンスが……!〉

 それきり“キンジィ”が沈黙した。


〈くそ、計器が……〉


 航法士が声を上げた。その目の前で計器の表示が固まっていく。一見して解る異状でこそないものの、刻々と変わるはずの軌道要素やエンジン出力値など、あらゆる表示の更新が止まっていく。


〈“キンジィ”が……!〉


 ギャラガー軍曹が携帯端末の接続ケーブルを操作卓から引き抜いた。が、接続ランプは点灯したまま消える気配もない。

 例えば船務システムが管理する酸素残量、または索敵システムが示す第3艦隊の相対位置、あるいは操船システムに示されるエンジン出力――船内システムの全てが硬直していく。自らの異常を検知することもかなわず、警告灯の一つも灯すことなく沈黙の底へ落ちていく。


〈やられました!〉

 ギャラガー軍曹が唇を噛む。

〈“キンジィ”を通じてクラッシャが……!〉


 そして――ブリッジの全てが静止した。




     *****


本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。

投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)


無断転載は固く禁じます。


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(C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.


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著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

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