11-9.人質 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
跳び込みざまに一撃。
キースはテーブルの下へと潜り込み、2人目からの銃弾をかわす。
士官食堂に捕虜の歓声。室内の意識がキースを向く。半拍おいて入り口、ロジャーがライアット・ガンを撃ちつつ突っ込んだ。分かれた獲物の間で迷った3人目を撃ち倒す。
〈野郎!〉
宙のロジャーに銃口を向けた4人目、足元へキースが一撃を浴びせた――骨の折れる鈍い音。それを下から引きずり倒し、その胴へとさらに一撃。相手が悶絶する、そのさまを視界の端に捉えながら5人目へと照星を巡らせる。キースと向き合った陸戦隊員は、しかし引き鉄を絞る間もなく横からロジャーに衝撃弾を見舞われた。
残る陸戦隊員は独房の警備に就いている――敵のデータ・リンクはそう示していた。銃口もろとも視線を一巡させ、キースは敵が尽きたことを確かめる。
『ここの先任は?』
ロジャーが問いの声を発した。その手は休まず手近の敵、気絶した2等兵をプラスティック・ワイアで拘束にかかる。
「私だ」
食堂の奥から声が上がる。
「ウィルキンス大尉だ。砲雷長を務めている」
『曹士の連中は解放した』
1人を後ろ手に縛り上げ、そのまま次に取りかかりつつロジャーが続ける。
『合流して指揮権を奪回してくれ』
救い主とはいえ、士官でもない相手に指図された不快――それを眉に乗せて、ウィルキンス大尉が指摘する。
「陸戦隊がいる」
対人戦闘の専門家が相手となれば、躊躇しても臆病には当たらない。
『もう大体始末した』
ロジャーが肩をすくめつつ、
『まあ、こんな具合に』
「何者だ、貴官らは?」
当然の疑問を大尉が口に上らせる。
『連中の敵』
ロジャーの声に不敵な笑み。
「……違いない」
ウィルキンス大尉は天井を仰いだ。敵の敵が味方とは限らない。としても、この場はそれで引き下がるしかない――その事情を呑み下しているようではあった。
その間に3人目を縛り上げたキースが腰を上げた。手近の1人、こちらは捕虜を拘束していたプラスティック・ワイアを切る。サヴァイヴァル・ナイフを手渡して隣の拘束を解かせ――、
そこで入り口に人影。反応して銃口、向けた先にシンシアの素顔。左の掌をかざしてライアット・ガンを下へ向ける。
〈なにチンタラやってんだ!?〉
開口一番、切羽詰まった声がキースへ飛ぶ。
〈これからだ〉
低い声をキースが投げ返す。
〈艦の指揮権を押さえる。陸戦隊の連中に揺さぶりをかけるぞ〉
キースは眼をウィルキンス大尉へ振り向けた。
『独房も陸戦隊が護ってるはずだ。誰がぶち込まれてる?』
「副長と監査局員」
返したウィルキンス大尉に、3人の視線が突き刺さった。
〈やはりな〉〈いるとは思ってたけどよ〉〈犬か。ぶっ殺しちまえ〉
「ともかく、副長は助け出したい」
気圧されたウィルキンス大尉が、隣の中尉に拘束を解かれながら言葉を続ける。
「艦の指揮には必要だ」
『待てよ』
キースが思い付いたように、
『監査局員が運び込んだブツがあるはずだ。心当たりは?』
「ああ、着艦デッキに持ち込んだ何かの装置が……」
そこまで言って、ウィルキンス大尉が眉をひそめた。
「……何で知ってる?」
『ビンゴか』
キースは口の端に舌先を覗かせた。
『どっちみち必要になる。独房を制圧するぞ』
◇
「ブリッジへ、こちら医務室。聞こえるか?」
“フィッシャー”艇内。船内電話がブリッジに繋がるや、モロー伍長が重い声で宣した。
「負傷者は我々の手の内にある。指揮権を放棄して投降しろ」
『こちら艇長。こいつは救難艇だぞ』
動揺の手応え。演出効果の点からすれば、相手のデータ・リンク越しに声を届けられれば言うことはない。が、情報戦の結果は惨憺たる有様、お陰で通信手段は船内電話、これでは様にならないと危惧してはいただけに、まずまずの出だしといったところ。
「その救難艇にだ、」
苦い表情が思わず伍長の声に出た。
「ケダモノみたいな陸戦要員乗せといたのはどこのどいつだ?」
『ただの護衛だ。そもそも赤十字を臨検しようなんて方がどうかしてる』
「『どうかしてる』ゥ?」
モロー伍長は相手の言葉をなぞってみせた。次いで重く凄んでみせる。
「どうかしてるのはどっちだ、この裏切り者。こっちァとっくに肚ァくくってるんでね、連邦法にも何にも付き合う気はないぜ」
『……で、逆らったらどうなるんだ?』
「言わなきゃ解らんか?」
モロー伍長が鼻を鳴らす。
「人質を一人づつ殺す。まずミス・ホワイトからだ」
『……』
絶句が船内電話越しに伝わる。
「言っとくがな、ライアット・ガンなんて上品なブツ突き付けてると思うなよ」
モロー伍長の声に凄味が乗る。
「れっきとした鉛弾が彼女の頭を狙ってる」
モロー伍長が、艦内電話の正面から逞しい上半身をずらした。背後には後ろ手に拘束されたマリィの姿、そのこめかみに突き付けられているのは拳銃――P45コマンドー。
「彼女の次は、ご同乗のドクタを殺す」
悪役そのままに凄んでモロー伍長。
「その次は重傷者からあの世へ送る。解ったか?」
『……解った』
苦り切った艇長の声。
『どうすればいい? 白旗でも上げるのか?』
「まずは例の陸戦要員だ。武装解除してこっちへよこしてもらおうか」
◇
〈キース、“フィッシャー”からコールよ〉
キースの聴覚に“キャス”が告げた。
〈どうせロクな話じゃないわね〉
〈だろうな〉
“キャス”の読みにキースも頷く。
〈繋がなくていい。データ・リンク丸ごと切り離せ〉
〈来たな〉
背後からシンシア。
〈連中、シカトされてキレやしないだろうな?〉
〈それまでに手を打つ〉
振り返り、キースは後続の集団に手招きをくれた。マッコイ軍曹が先に立ち、回転居住区から解放された捕虜が群れをなす。
『戦闘指揮所を先に押さえてくれ』
キースが艦の重心区画、艦橋とセットにされたブロックへ指を向ける。
『俺達は独房の捕虜を解放してから合流する』
「陸戦隊が残ってやしないか?」
マッコイ軍曹の口に当然の疑問。
『独房にいる連中の他は救難艇に立て籠もってる』
キースは掌をマッコイ軍曹の背後へ向けて、
『これだけいりゃ押さえられるだろう』
「よく言い切れるな」
『データ・リンクは押さえてある』
頷き一つ、キースは“キャス”に陸戦隊の生体データを転送させた。
『間違いない』
「全部筒抜けってか」
マッコイ軍曹にうそ寒い声。
「敵にゃ回したくねェな」
◇
モロー伍長が船内電話へ低い声を吹き込んだ。
「いつまで待たせるつもりだ?」
艇長の重い声が応じる。
『――他意はない。そっちの言う陸戦要員だが……連絡がつかない』
「人質の命が要らないのか?」
『そうは言って……』
「同じことだ!」
モロー伍長は艇長の言葉尻を断ち切った。
『嘘じゃない!』
船内電話の向こうで声が焦る。
『何ならその眼で確かめてもらってもいい』
「時間稼ぎが下手だな」
モロー伍長の声が低まる。
『事実だって言ってるんだ』
返ってきた声は切羽詰まっていた。
『データ・リンクも途絶えてるんだ――どうやったら信じてくれるってんだ?』
「それを考えるのはこっちじゃない」
凄みつつも、モロー伍長は腋に冷たい汗を感じていた。よもやマリィ・ホワイト――最優先目標を見殺しにするとは、と。
『ともかくブリッジに来てくれたら判る。嘘じゃない』
鼻息一つ、モロー伍長は手荒く船内電話を切った。黙考すること半秒、振り返って声を上げる。
「フェデラー兵長!」
「信じるんですか?」
マリィに拳銃を突き付けていたフェデラー兵長がモロー伍長に眼で問うた。
「最優先目標をそう簡単に見捨てるとも思えん」
モロー伍長は顎を一つしゃくって、
「ブリッジへ行って確かめてこい!」
「……了解」
◇
表が不意に騒がしくなった――どころではない。銃声が飛び交い、くぐもった悲鳴が立て続けに上がり――そしてすぐ静かになった。独房の硬いベッドから、監査局員マークスは顔を上げた。
ドア越しに人の気配――しかも複数。それがロックを解除して、マークスに姿を見せるまでものの数秒しかかからない。相手は戦闘用宇宙服、それが2人。その顔はヴァイザの奥に隠れ――いや、1人はヘルメットをかぶっていない。女。ただその眼付きがどう見ても只者ではなかった。
『あんたが監査局員か?』
ヘルメットをかぶった方が、マークスに歩み寄る。マークスの顔を知らない、ということは“シュタインベルク”艦内の人間ではないことを意味する。少なくともゲリラではないと見当をつけて、マークスは声を返した。
「そうだ。助かったよ」
『なら答えろ。この艦に爆弾を持ち込んだな?』
あらゆる応答を飛ばして投げつけられた、それは確認。
「何を藪から棒に……」
『着艦デッキに持ち込んだブツがあるはずだ』
駆け引きも探り合いも一切なし、有無を言わせず戦闘用宇宙服が迫ってくる。
『ジャーナリストを始末するためにな』
「そんな物は……」
『ないとは言わせん』
語尾を断ち切って凄む声が飛んできた。
これでは救われたのかどうか判じかねると思いながら、マークスは内心に冷や汗を拭った。
「知らない。本当だ」
監査局の立場としてはそう言い切るしかない。話していて実りがないと察したか、追求の口は続かなかった――と思ったのも束の間、今度は懐に手が伸びてくる。
「おい!何を……」
『黙ってろ。話す気がないんだろ』
ジャケットの懐から、スリじみた手つきで携帯端末を奪い取る。取り返そうともがくマークスを片手で押さえつつ、相手は端末にケーブルを繋ぎ、高速言語を口にした。
〈“キャス”、起爆コードを洗い出せ〉




