11-7.応酬 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.
〈来たわ、逆侵入!〉
当を得たりと“ネイ”の声。
〈待ってたわよ!〉
元々の管理者側からの侵入を検知、同時に奪回用の“裏口”の在り処を見付け出した“ネイ”が、警備システムのさらに奥へと踏み入った。警備システムから陸戦隊長の携帯端末へ、さらに手繰って陸戦隊のデータ・リンクへと潜り込み、艦内警備を担当する他の陸戦隊員の配置、生体データとライヴ映像を手に入れる。
その間にキースらは艦体中央部、巨大な円筒を成す回転居住区へ侵入した。回転軸付近から入り込み、エレヴェータを使わずラッタルを跳んで外周部へ。
内部の曹士食堂、その入り口へ張り付いて、“ネイ”から横流しされた監視映像に意識を向ける。内部には蜂起に加わらなかった下士官と兵員、それから見張りの陸戦隊員が半個分隊。
キースが黙って立てた指、それが3本。ロジャーも黙って返して頷き、気密ハッチの開放レヴァーへ手をかける。
キースが指を折る――残り2本。曹士食堂内部の配置をロジャーも頭へ叩き込む。
さらにキースが指を折る――残り1本。2人が揃って銃を構える。
ゼロ――合図とともに気密ハッチを開け放つ。
相手の位置は割れていた。開いた扉の向こうへ、狙いすまして12ゲージの衝撃弾。2発が命中、残り3人。
残った陸戦隊員は即座に反応した。反撃の衝撃弾を入り口に浴びせると、約0.1Gという低重力の床を蹴り、壁際へとその身を放り出す。
その只中、テーブルに就かされた捕虜たちの、その足元。
放り込まれた物体がある。HG47G発煙手榴弾――それが白煙を吹き出した。低重力の中、白い闇が速やかに拡散する。
牽制の銃弾が入り口を目がけて飛ぶ。床と壁を張る衝撃弾。その群れをかいくぐって、一足早くキースとロジャーが内部へ踊り込んだ。狙ったのは陸戦隊員ではなく拘束された捕虜の只中、床に固定されたテーブルと椅子の合間。
〈くそッ!〉
陸戦隊員が毒づく。ただでさえ煙る視界に加えて、撃って当たる角度ではない。と、その足元をすくった脚がある。頬へ押し付けられて銃口の感触、身をよじる暇もなく衝撃弾。壁に激突、意識を手放す。残り2人。
〈この!〉
銃声の源へ、陸戦隊員から咄嗟の一撃。しかし手応えはテーブルに就かされた捕虜の背中、鋭く肉を打つ音とテーブルにぶつかる鈍い音。
その音の向こうからロジャーが回り込む。テーブルの下、椅子の脚を足がかりにくぐり抜け、“ネイ”が教える陸戦隊員の位置へ躍り出る。一撃。横合いから衝撃弾を食らって、陸戦隊員が吹き飛んだ。残り1人。
状況を呑み込んだ捕虜の間から歓声が上がる。
「いいぞ!」「やっちまえ!」
声援を受けたロジャーの足を掴む手があった。
〈!〉
視界の端に12ゲージの銃口。それが見据えてロジャーの頭。
と、そこへ横から手が伸びた。銃口を突き飛ばす。撃発。衝撃弾がロジャーの頬をかすめ、壁に弾けた。いつの間に拘束を解いたものか、捕虜が陸戦隊員に掴みかかっていた。それが2人になり、3人になって、最後の陸戦隊員はねじ伏せられる羽目を見る。
ロジャーが息を一つつき、プラスティック・ワイアを取り出して、陸戦隊員を後ろ手に拘束しにかかる。
「助かったぜ」
捕虜の一人、真っ先に手を出した男――階級章を見れば軍曹――が声をかけた。
『役に立ったかい?』
戦闘用宇宙服からロジャーが応じる。
「そいつァもう」
答えた軍曹は、サヴァイヴァル・ナイフを掲げた。
「もうちょい借りるぜ。まだ全部解けてねェんだ」
『急いでくれよ』
ロジャーは片頬だけで笑って、
『時間がない』
『ここの最先任は?』
気絶させた陸戦隊員を縛り上げながらキースが問う。
「俺、ってことになるな。砲雷科のマッコイ軍曹だ」
『陸戦隊員の武器がある。扱えるヤツは?』
キースが、奪ったライアット・ガンとサヴァイヴァル・ナイフをマッコイ軍曹へ差し出した。
「訓練は受けてるが、陸戦隊にゃかなわねェな、正直――よしお前ら、銃を取れ!」
マッコイ軍曹が武器を割り振る。軍曹の他に、小柄ながら機敏そうな男を頭に4人。
『士官は?』
問いを続けたのはキース。
「士官食堂と営倉に監禁されてる」
最後の一人へ銃を渡しながら、マッコイ軍曹。
『近いのは?』
こちらはロジャー。
「士官食堂」
『そっちからだ』
キースに即断。
『案内を』
「付いてきな」
〈ちょっといい?〉
ロジャーの聴覚に“ネイ”が告げる。
〈陸戦隊がドッキング・ポートに向かってる。1個分隊10人〉
〈くそ〉
ロジャーは舌で唇の端を湿らせた。
〈シンシア1人に10人がかりか〉
〈こっちに誘い込めんか?〉
“キャス”を通じて“ネイ”の意図を知ったキースが訊く。
〈今さら?〉
“ネイ”の声音に懐疑の一語。
〈わざとらしくて涙が出るわ〉
〈くそ〉
声を抑えつつキースが唸る。声を高速言語へ切り替えて、
〈軍曹、予定変更だ。ドッキング・ポートの陸戦隊を先にやる〉
〈間に合うか?〉
ロジャーが訊く。
〈時間を稼ぐ〉
そう言い置いてキースは“キャス”へと告げる。
〈“キャス”、ドッキング・ポートのハッチを閉鎖しろ。それからシンシアへ繋げ〉
〈オレだ〉
シンシアの高速言語が骨振動スピーカを通じてキースの聴覚へ。
〈敵か?〉
〈そうだ。1個分隊がそっちへ向かってる〉
〈袋叩きかよ〉
舌を出さんばかりにシンシア。
〈ハッチを閉鎖する。そっちへ行くまで何とか保たせろ〉
〈ハッチ閉鎖――したけど気休めもいいとこよ〉
口を挟んで“キャス”。
〈その気になれば乗組員だって侵入できるわ〉
〈防げないのか?〉
訊きつつキースは低重力の壁を蹴った。
〈冗ッ談、あんなザル〉
船務科ホストの防備がよほど脆弱だったのか、鼻息一つで“キャス”が言い捨てた。
〈私の仕事は壊し屋よ。金庫番じゃないっての〉
〈じゃ侵入者をぶち壊せ〉
キースが言い切る。
〈そっちの方が現実的ね〉
“キャス”の声に肯定の色。
◇
眼の前で気密ハッチが閉まった。陸戦隊第2分隊長は隔壁に戦闘用宇宙服の足を付けて勢いを殺した。
〈くそ、船務科のシステムに入り込んでやがるな〉
その傍ら、副長が通信ケーブルを壁面へ伸ばした。
〈取り返します――なめやがって!〉
ナヴィゲータが船務科ホストに侵入を開始――した途端に激烈なノイズ。
〈うわ!〉
副長のナヴィゲータはそれきり反応を失った。
〈慌てるな〉
分隊長が隔壁脇のパネルに身体を寄せる。
〈手はある〉
パネル横、非常用シールドを叩き割る。中には黒と黄色――警戒色に彩られた緊急開放レヴァー。
〈向こうとこっちに気圧差がなきゃこっちのもんだ〉
分隊長がレヴァーを引く。
〈宇宙船乗りをなめんなよ〉
隔壁の前後に気圧差はない。安全を物理的に検知した機構が、船務科ホストの電子信号に優先させて緊急開放レヴァーの操作を受け付ける。
気密ハッチが開いた。ドッキング・ポートとの間に障害はない。
〈ハッチを閉鎖したってことは、近付かれちゃまずい物があるってこった〉
分隊長が先陣を切って壁を蹴る。
〈何が何でも拝んでやろうじゃないか〉
そこへ銃声、傍らの副長へ衝撃弾。後方に吹っ飛んだ副長を横目に、しかし分隊長は鋭く声を上げる。
〈押し込め! 敵は1人だ!〉
◇
〈始まったわ〉
“ネイ”が告げた。
ロジャーの視界、陸戦隊からのライヴ映像には突入を期して煙幕を張るさまが映る。一刻の猶予もないと見て、ロジャーは指示を下した。
〈“ネイ”、連中のデータ・リンクをぶち壊せ!〉
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