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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第11章 離脱
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11-6.臨検 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.

 フリゲート“シュタインベルク”の艦橋に息を呑む、その気配。


〈艦長……!〉

 航海長が抗議の声を上げかける。


〈第一目標、“シーゲル”正面装甲第一象限! 以降順次側面スラスタを自動識別照準!〉

 艦長はそのまま畳みかけた。

〈相手が隙を見せんなら、こちらからこじ開けてみせるまで! 復唱どうした!?〉


〈……はッ!〉

 砲雷長席から砲術長――決起に参加しなかった砲雷長の座を預かっての声が応えた。

〈主砲、諸元入力! 第一目標、“シーゲル”正面装甲第一象限!〉


 戦術マップ上でクローズ・アップされた“シーゲル”の、その正面装甲向かって右上に主砲が狙いを擬す――そのマーカ。


〈主砲発射用意よし!〉


〈撃て!〉

 すかさず号令。砲術長の操作を経て、自動で照準と射撃タイミングを補正した主砲が再び火を噴いた。


 ――炸裂。


 第一撃は“シーゲル”艇首、正面装甲の左舷上方を直撃した。“シュタインベルク”からの軟X線レーザは鏡面装甲をすり抜け、緩衝装甲をもくぐり抜けて、放射線遮蔽装甲を内部から文字通り爆発的に蒸散させた。推進軸を外れた一点での爆発が“シーゲル”の姿勢を束の間乱す。


 そこへ第二撃。艇首が右上へ持ち上がると同時に垣間見えた右舷と下舷、その艇首際をレーザが襲う。姿勢制御をかける間もなく“シーゲル”の横腹がさらけ出される。


 第三撃――姿勢制御スラスタへの狙い撃ち。連射された“シュタインベルク”の主砲が次々と“シーゲル”のスラスタ・ノズルを灼き飛ばす。


 さらに追い討ち。トンボを切らされた“シーゲル”の艇体が背後を覗かせるや、出力を上げたレーザが“シーゲル”の主機関そのものを灼き抜いた。加速が停まる。

 続けて覗いた左舷と上弦のスラスタまでをも、“シュタインベルク”は丁寧に撃ち抜く。


〈“シーゲル”からの応答は!?〉


 艦長が確かめる声を飛ばす。応じて通信士。


〈応答、依然ありません!〉


〈よし、回頭180度!〉

 宣して艦長。

〈これより“ハンマ”中隊を追撃にかかる!〉


 即座に“シュタインベルク”が巡らせて艦首――その先に“ハンマ”中隊、その6隻。


〈“オーベルト”へ通信! 『我、“シーゲル”を無力化せり。引き続き先行する6隻を追撃する』、以上!〉

 そして艦長が策敵士へ告げる。

〈前方、目標方位知らせ!〉


〈方位345-315、345-345、015-315、015-015、005-005、000-000!〉

 索敵士が的確に船影と、そのヴェクトルを捉えて告げる。

〈依然加速中! 加速度1G!〉


 艦長は戦術マップへ眼を投げた。最後尾の1隻に眼を付ける――救難艇“フィッシャー”。

〈ふむ、〉

 一つ鼻を鳴らして、艦長は顎を指で小突く。


 “シュタインベルク”の前方を逃走する6隻の加速はわずかに1G――冗談にも速いとは言いがたい。見抜いた艦長が頬を歪めて呟きを転がす。


〈怪我人が加速に耐えられんか。なら――、〉

 艦長は命令を発した。

〈目標、最後尾! “フィッシャー”の足をまず止める!〉


〈救難艇を、ですか?〉

 返す航海長の声が硬い。


〈誰も沈めるとは言っておらん〉

 艦長は口の端に苦笑を一つ、

〈第一主砲、威嚇砲撃用意! 出力1メガワット、スウィープ角3度!〉


 砲術長の復唱が打って返る。

〈用意よし!〉


 艦長の声に躊躇はない。

〈撃て!〉


 外観は哨戒艇と同様の救難艇――その艇体表面を威嚇のレーザが撫でた。

 いくつかセンサを灼いたはずだが、それでもまだ航行に支障が出るはずはない。ただしいつでも沈められる――これはその意思表示。


〈命中!〉〈“フィッシャー”、加速停止!〉


 砲術長と策敵士から相次いで報告。


〈さて、どう出るかな?〉

 艦長は眼を細めて呟き、次いで問いを索敵士へ。

〈ミサイル艇5隻は!?〉


〈依然――いえ、〉

 索敵士の声が緊張を帯びる。

〈いま加速停止しました!〉


〈よし、“フィッシャー”に接舷! 臨検にかかる!〉

 獲物を狙う狩人さながら、艦長が声を引き締める。

〈引き続き、目標群に対する警戒を厳となせ!〉


 “シュタインベルク”が“フィッシャー”との距離を詰めていく。艦首、主砲の照準はミサイル艇5隻に擬したまま――さながら罠に嵌まった兎を追い詰めるかのごとく。


 相対距離、相対速度、ともにゼロ。“シュタインベルク”が“フィッシャー”に舷を接した。標準規格のドッキング・ユニットを“シュタインベルク”側から接続し、次いでボーディング・ブリッジを“フィッシャー”へと伸ばす。


〈陸戦隊、〉

 伸びゆくボーディング・ブリッジを外観映像に見やりながら、艦長が命令を飛ばす。

〈1個分隊を派遣、臨検用意!〉


 警衛として“シュタインベルク”に搭乗している陸戦隊は1個小隊33名。その中で“フィッシャー”へ差し向けられた第3分隊、その眼前。ボーディング・ブリッジが“フィッシャー”のエアロックへ――接した。中に空気が満たされる、重い音。気圧が確保された、そのことを示して緑色灯。


〈行くぞ!〉


 分隊長の号令一下、戦闘用宇宙服に身を包んだ陸戦隊1個分隊10名が陰からボーディング・ブリッジへ向けてライアット・ガン――反応なし。


〈“フォックストロット”、掩護しろ! “エコー”、前進!〉


 掩護に半数を残し、“エコー”の5人が順次ボーディング・ブリッジへの壁を蹴る。

 まず前衛が“フィッシャー”側のエアロックへ取り付いた。追って次鋒、続いて3人目――4人目が到達、5人目も無事にボーディング・ブリッジを渡り切る。


 ハッチ横の端末から開閉制御を乗っ取り、外部ハッチを開放して狭いエアロックへ。さらに内部ハッチのロックも解除する――ここまで“フィッシャー”側の抵抗はなし。


〈観念したんですかね?〉

 内部ハッチの端末に取り付いた上等兵がすぐ背後、同じくライアット・ガンを構える軍曹へ言葉を向けた。


〈中身は怪我人と非戦闘員だ。人質を取っちまえば、連中も大人しく……〉


 言った途端に反応――内部ハッチが向こう側から開けられた。あまりのあっけなさに拍子抜け――する陸戦隊、その眼前。


 ライアット・ガンRSG99バイソンの銃口が束をなして現れた。


 挨拶抜きの一撃。12ゲージの軟体衝撃弾がエアロックの5人を打ち倒す。“シュタインベルク”側で警戒していた“フォックストロット”の5人が声を上げかけたところへ、衝撃弾の弾幕と共に黒い戦闘用宇宙服の一団が押し寄せた――数は3人。


〈敵襲ッ! 敵……!〉


 ヘルメットのデータ・リンクへ叫びかける伍長は、先頭切って押し入った相手から衝撃弾を食らって沈黙した。

 エアロック周辺の気密隔壁が降りる。胸部の内蔵リールから通信ケーブルを引き出して壁の端末に繋ぎ、先頭の1人が口を開いた。


〈“キャス”、〉

 キースが指示を飛ばす。

〈船務科のシステムへ潜り込め。隔壁を開放できるはずだ〉


〈ここまではうまく行ったな〉

 続くロジャーが隔壁へ取り付いた。やはりケーブルを壁の端末へ。


 オオシマ中尉の考えた手は――哨戒艇を6隻ほどミサイル替わりに突撃させて、第3艦隊が迂闊に宇宙港を通過できないよう仕向けるというものだった。

 が、想定外だったのは強襲揚陸艦“イーストウッド”が予想以上に早く出張ってきた、その一点。これで仕掛けの時間は大幅に削がれた。この時点で、制御を乗っ取れた哨戒艇はわずかに2隻。窮して考え出したのがこの策――すなわち敵の懐へ飛び込む、その一手。


〈軍艦っても大したことないのね、懐に入っちゃえばガードが甘い甘い〉

 “キャス”が鼻歌さえ交えそうな声をキースの聴覚へ送った。


〈その懐へ入るのに苦労してるんだ〉

 キースが釘を刺す。

〈隔壁は?〉


 キースが訊く間にも、“キャス”は侵入作業を進めている。隔壁の安全装置に繋がるコンディション・データ――気圧、気温、人感反応など――に紛れてサブ・プログラム群を細切れに送り込み、まずは通路の環境監視システムへ。そこでサブ・プログラムを完成させると、セキュリティの“裏口”を開いて“キャス”本体を迎え入れ、上位の環境制御系へ攻め上る。さらに遡って船務科システムに到達し、気密隔壁の開閉権限を手中に収めた。


〈はいおしまい――船務科のシステムは押さえたわ。警備の方は?〉


 キースは隣のロジャーへ一瞥を投げる。そこでロジャーが手をかざした。


〈ちょい待ってくれ。警備の映像をさらってる〉


 “キャス”と並行して、“ネイ”は警備システムへ侵入していた。臨検に押しかけた陸戦隊員、その戦闘用宇宙服の内懐から奪った携帯端末を足がかりに、陸戦隊員の生体モニタ・データに紛れて陸戦隊のデータ・リンクへ。そこから辿って艦内の警備ホストへ。警備カメラの映像を漁り、捕虜の詰め込んである部屋を特定していく。


〈捕虜がまとめてあるとこ見つけたわ〉

 “ネイ”がロジャーへ高速言語。

〈営倉は一杯――まあこれは当たり前か。曹士食堂と士官食堂にもそれらしいのが固めてあるわね〉


 言う端から“ネイ”はロジャーの視覚に監視映像を転送した。小分けにされ、見張りを付けられてテーブルに就く姿は捕虜のものに間違いない。


〈営倉と、それから食堂――曹士食堂と士官食堂もだ〉

 ロジャーが味方へと告げた。

〈ゲリラに捕まった連中、多分連邦に付いたヤツらがまとめて閉じ込めてあるはずだ〉


 さらに“ネイ”が警備ホストのデータベースを改竄した。監視センサの検知履歴も無限ループさせ、機能を事実上麻痺させる。


〈OK――“キャス”の仕事も抜かりないわ〉


 “ネイ”の声を聴覚に確かめて、ロジャーはキースに頷きかけた。実際のところ、“キャス”の監視も“ネイ”に任せた仕事に入る。ロジャーは親指を立てた。


〈よし、行ける〉

〈よし、やれ〉


 眼前のハッチが、キースの合図とともに開いていく。


 ◇


〈敵です!?〉


 “シュタインベルク”戦闘指揮所、陸戦隊の指揮を執る少尉が疑問の声を上げた。救難艇“フィッシャー”の臨検に差し向けた第3分隊、前衛として突入した“エコー”班のリンク映像が映して敵の銃口、それが複数。

 生体データが乱れ、実況映像が途絶える。それが“エコー”班のみならず、後衛として艦内に残ったはずの“フォックストロット”班にも及んでいた。


〈数は!?〉


 当然の問いが艦長から飛んだ。答えかけた少尉の表情が硬くなる。


〈くそ、システムに侵入されました! 敵勢力不明!〉

 警告を飛ばす傍ら、少尉は警備システムから陸戦隊のデータ・リンクを切断にかかる。

〈“チャーリィ”、“デルタ”、ドッキング・ポートへ!〉


〈人ンちの庭で好き勝手しやがって!〉

 罵声とともに電子戦担当の軍曹が割って入った。

〈警備システムに逆侵入開始します!〉




     *****


本作品『電脳猟兵×クリスタルの鍵』『電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.』の著作権は中村尚裕に帰属します。

投稿先:『小説家になろう』(http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/)


無断転載は固く禁じます。


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(C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved.


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