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電脳猟兵×クリスタルの鍵  作者: 中村尚裕
第2章 亡霊
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2-2.確執

「何だつまらん、あんたか」


 バー“アルバ”の裏口。

 情報屋“トロント”は顔を覗かせるなり顔をしかめた。深い皺のせいで5歳分は割を食っている顔が、こうすると余計に老けて見える。


「今さら何だ? こっちゃ大ネタ腐らせてヤケ酒の最中だ、放っといてくれ」


「挨拶は抜きだ」

 言い捨てるジャックの目許には、さすがに憔悴の色が濃い。

「さっきの話、聞かせてもらおう」


 “トロント”は、口の端に皮肉の笑みを引っかけた。


「へェ、いきなりご執心じゃねェか。残り物に何ぞ福でもあったかね?」


「売る気があるのか?」

 ジャックは苛立ちを隠しもしない。

「なんだったら丸損させてやってもいいんだぜ?」


「まァそうカッカすんなって。こっちだってそう詳しいネタだったわけじゃ……」

「いつもの裏事情ネタもなしか?」


 “トロント”が、今度は下卑た笑いを浮かべた。


「なんだ、そっちの方が気になるかい」

「あるんだな?」


 “トロント”が片手でジャックを制した。おぼつかない足取りの中年が、締まりのない笑いを上げながら寄ってくる。


「場所を変えよう」

「道々でいい、話せ」

「そう言うなって、こういうネタを肴にウィスキィでも引っかけるのがオツってもんよ」

「こっちは暇じゃない」


 タダ酒にでもありつく算段だったか、歩き出した“トロント”があからさまに肩を落した。

「お前な、そんなにがっついてると早死にするぜ?」


「人のことが言えたクチか」

 横に並んだジャックが一言の下に斬って捨てる。


「あァはいはい、ったく、もうちょっと付き合い良くてもいいだろうに」

 背中を丸めた“トロント”は、一息おいて口を開いた。

「“リックマン”の話で良かったよな?」


「あそこの会長が何で陥ちた?」


「もう半日もすりゃゴシップ方面がうるさくなるけどよ、」

 意味ありげに“トロント”が声を潜める。

「あそこも親バカだな。腰の軽い娘ってのはどこまでも悩みのタネらしい」


 “トロント”がジャックの表情を窺う。眉一つ動かして、ジャックは先を促した。


「で、例によってデキちまった。あそこの親父も頭が硬ェもんで、いろいろ揉めたってわけだ――そこにテイラーのご登場でな、腹ン中の子種ごと引き取るって話になったらしい」

「物好きな話だ」


「だろ?」

 “トロント”は嬉しそうに、

「まあ、見た目は確かに悪かねェ。それで好き者とくりゃあ、まァそれはそれで楽しみようがあるってもんで……」


「しかし政略結婚の好きなとこだな、“テイラー”も。まだタマが残ってるのか?」


「あー、まあ、こいつはサーヴィスだ」

 “トロント”は指を3本立てて、

「3番目のボンボンが残ってたろう、アルバートとかいうヤツが」


 暴発しかける憎悪を、ありったけの理性で抑え込む。アルバート・テイラー――その名を忘れたことはない。


「ああ、」

 それでも、声にはかすかながら震えが乗った。

「いたな、そんなのが」


「こいつがここんとこ頑張っててな、」

 “トロント”は気付かぬ素振りで言を継ぐ。

「今回もわざわざ“テセウス”くんだりまで出向いてくるらしい。まあ“リックマン”の顔を立てて、って建前だな――もう泥だらけだけどよ」


「そこまでか?」


「あとは“いつもの”リストだな」

 “トロント”は手品めいた手つきでデータ・クリスタルを取り出す。

「毎度」


 ジャックが差し出した左手には100ヘイズ札が30枚。空いた手でクリスタルを受け取ると、彼はそのまま踵を返した。

「邪魔したな」


 周囲の気配を探って歩を運びながら、ジャックは消えたエミリィの言葉を思い返す――こんなチャンスは2度とない――。


「あいつ……」

 獣さながらに唇を湿す。

「もしかして、これを?」


 ◇


「可哀想に」


 言葉とは裏腹に軽い声で、ロジャー・エドワーズはドアをくぐった。


 “ハミルトン・シティ”郊外。“経営努力”の一語に見放されかかったモーテルの一室に、しかし声を向けるべき人影はなかった――ただし、バス・ルームからはシャワーの水音。

 左手に抱えた包みはそのままに、バス・ルーム前まで歩を進める。


「思い詰めた顔してすっ飛んでったぜ、あいつ」


 部屋の奥にはベッドが2床。口の端に苦笑を引っかけて、ロジャーはベッドへ向き直った。


「罪なことするよな、まったく」


 ベッドの陰から、やや小柄なシルエットがゆっくりと立ち上がる。右手にコンバット・ナイフをぶら下げ、栗色の髪の下から焦茶色の瞳をロジャーへ向けて、エミリィ・マクファーソンは唸るように声を返した。


「何が言いたい?」

「けっこうな悪女だったんだな」


 エミリィの目許に険が乗った。


「……もう一回言ってみな」

「お前言ったろ、様子見てこいって」

「それとこれとは別だろが」

「おやおやムキになっちゃって。まあそう思い詰めずに相談してみねェか? お前にならいつだって付き合うぜ」

「……1人でやってろ」


 吐き捨てて、エミリィはナイフをホルスタへ戻した。冷たくあしらわれたロジャーが左手の包みを掲げてみせる。


「おやま、せっかく着替え買ってきてやったのに」


 言われてエミリィの動きが止まった。改めて確かめるまでもない――黒づくめで煤まみれ、加えて返り血まで浴びていれば、これが怪しまれないわけがない。


「ジャックにゃ内緒なんだろ? それともそのカッコでショッピングかな、この男殺し?」

「……よこせ」


 軋らせた歯の間から声を絞り出す。が、


「その前に商談だろ。いくら出す?」

「手前にゃ貸しがある」

「そいつァ帳消しにしてもらうとして」

「バカ言え、貸しのカタにもらってく」

「命の値段だぜ?」


 肚を見透かすような眼を前に、エミリィは継ぎかけた言を呑み込んだ。


「手前……汚ねェぞ、人の足元見やがって」


「ああ、口止め料もはずんでもらわなきゃな」

 抗議の声は聞き流し、ロジャーは楽しげに先を紡ぐ。

「そうだな、お前の唇で塞いでくれたら確実だね」


「……ふーん、」

 一転、返す言葉には興味の色。

「面白いこと言うじゃねェの」


「俺ァ本気だぜ?」

 とっておきの微笑を寄せる。

「お前、元はいいんだから……」


「鑑識のアイリーン?」

 囁き一つ、エミリィは話の腰をへし折った。

「殺人課のケイトリン、機動隊のロゼッタ、“シルフ”のエリザベス……誰がいい?」


「え?」

 訊き返したロジャーの口許は、明らかに余裕をなくしていた。


「今の科白、値千金ってヤツだよな。なァ、だれに売ってほしい?」

 今度はエミリィが勝ち誇った笑みを寄せる。


「……解ったよ」

 ロジャーは両の手を挙げた。

「口止め料はこれでチャラだ」


「チャラ?」

 エミリィの声に凄味のスパイス。


「まだケチるかね」

 さすがに渋い顔でロジャーは呟いた。

「じゃ、せめて聞かせろよ。なんでジャックに内緒なんだ?」


「あの馬鹿が――」

 実は相手の術中に嵌まったのではないか――思い至ったが遅かった。

「――余計な心配ばっかりしやがるからさ」


「おーお、」

 気が抜けたようなロジャーの顔。

「お熱いこって」


「逆だ馬鹿」

 吐き捨てて、エミリィは包みをもぎ取った。


 ◇


「匂うぞ」


 街外れのジャンク・ヤード、事務所のドアをくぐったところで声がかかった。

 ジャックはカウンタの向こう、声の主へと眼を向けた。日に焼けた、大柄な筋肉の塊。刈り上げた頭髪は半ば白いが、総じて初老というにはやや早い。


「ああ、アブドゥッラー」

 そう言ったジャックは、表情を少しでも緩めようとして――失敗した。

「悪いな。トレーラのキィを」


「どこ行くつもりだ」

 鼻を一つ鳴らして、アブドゥッラー・ラーギブ・イズディハールは太い腕を組んだ。

「トラブルか?」


「特大のヤツだ」

 壁のボックスからキィを一つ取り上げる。

「すぐに出てく」


「せっかちなヤツだ」

 アブドゥッラーは呆れ顔で首を振る。

「匂うと言っとるだろうが。よく検問抜けて来られたな」


「あんなザル、犬だって抜けられる。それより急ぐ。でないとあんたに迷惑がかかる」


「迷惑なんぞもう慣れた。お前を拾ったときからな」

 アブドゥッラーは背後、住居へ通じるドアへ顎をしゃくった。

「シャワーぐらい浴びてけ。ついでに頭も冷やしてこい――その調子じゃ検問の前に事故るのがオチだ」


 ジャックの手が止まった。

「……済まない」


「何を今さら」

 アブドゥッラーは片頬をゆがめてみせた。

「火薬の匂い付けてくれるほうがよっぽど迷惑だ。とっとと身体洗って来な」


 ◇◇◇


 車外、まだ深まる夜の帳を見上げたところで、視界にメッセージが重なった。


『配達を完了――“定期便”より』


「吉報だといいんですがね、少佐?」


 ハドソン少佐は傍、少しは肩身狭げにしているオオシマ中尉に眼を移した。


「さて、」

 肩を軽くすくめてみせる。

「悪いが他人任せだな――多分、近いうちにヤツがエサに食い付くぞ」


「ぞっとしませんな」

 笑い切れない微笑とともにオオシマ中尉は顎を掻く。

「野放しの猛獣が一匹、こっちには鞭の一本もないときた」


「その代わりのエサだろう」

 片眉を跳ね上げて少佐が言う。

「腕の見せどころだな、中尉」


「解りました、もう勘弁してください」

 中尉は両の手を掲げる。

「あの男の“使いで”は認めますよ。ただ、下手すりゃこっちが大ケガですな――今度は少佐の番です。お手並み拝見といきましょう」


「猛獣、か――だから使うのさ」

 少佐は、再び外へ眼をやった。

「他に道具を選べる立場じゃないからな」




著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n9395da/

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