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書籍化・書籍化進行中・受賞作品

【短編コミカライズ】手ひどく離縁してきた元夫の息子が、私の愛娘に言い寄ってきたので返り討ちにした

「困ってるんです。シーザス侯爵令息が学校で追いかけ回してきて」


 学園の休暇で久しぶりに会う娘アンナに切り出され、私と夫は二人してお茶を吹きそうになった。


「シーザス侯爵令息って、あのリカルド・シーザス侯爵の息子さんよね」

「はい。私はすでに婚約者もいますし、言い寄られても困ると言ってるんですが」


 アンナは困った風に目を伏せる。

 学校の中でぞろぞろと子分を連れて追いかけまわして、一緒にお茶しようとか、デートしようとか言われて壁ドンされたりしているらしい。

 アンナの婚約者カインズ・ハンディーズ侯爵令息は現在騎士学校で厳しい全寮制生活で鍛え抜いている最中だ。彼が守れないと分かっているから余計に図に乗っているのだろう、リカルド・シーザス侯爵の息子は。


 私は怒った。

 私と娘、二代に渡ってあの家に迷惑かけられるなんて腹が立つ。


「母娘二代に渡って、煮湯を飲まされてたまるものですか」


 私は夫を見た。


「あなた。子供の揉め事に親が入るのは問題かもしれないけれど、これは家対家の問題です。……これは看過できませんわ」

「ああ。父親と違ってまだ若いうちに、徹底的に反省させるのが相手のためでもある」


◇◇◇


 リカルド・シーザス侯爵とは因縁がある。

 私ロベルッタがまだ若い娘だった時分に結婚し一方的に離縁を突きつけられた相手だ。

 初夜に「お前みたいな女好みじゃない」と言い放ち、()()()()白い結婚で三年。

 愛人ばかりを作っては、子供を産ませて無理矢理私の子供として出生届を出させた。

 戸籍の上では私は三人の子供を持った上で、一度もベッドを共にすることなく離縁された。

 我が国の法律では、戸籍上は私は白い結婚の扱いにはならなかった。

 ()()()()白い結婚ではないから再婚は絶望的になったし、慰謝料も殆どもらえなかった。


 出戻りの日々は本当に地獄のようだった。

 けれどそんな私だが、縁あって今の夫、アーネスト・マイルダース侯爵と再婚した。王立裁判所の裁判官だ。

 私が夫の件で何度も裁判所に通っている間に、近くのカフェでたまたま知り合い、恋に落ちて結婚したのだ。

 夫アーネストは私の白い結婚を信じ、私を大切に扱ってくれた。


 遅い結婚だったけれど、アーネストとの間に一人娘をもうけることができた。

 彼には家のために若い愛人を持っても良いと提案したが、彼は首を横に振った。


「何があっても相続争いが起きないように、すでに手続きは全て済ませている。君が気にすることはない」


 ただ感情的に一途な愛で押し切るのではなく、愛を手続にして正当なものにして示してくれる、彼の堅実な愛の示し方が私は好きだ。この人と出会うために、リカルドとの苦渋の日々があったのだと思えるようにはなれたほどに。


 けれどあろうことか、そのリカルド・シーザスの息子が愛娘、アンナにちょっかいをかけるなんて。


 普段私は滅多に怒らない。

 怒りを感じようとしても、夫の顔を思い出すだけですぅっと冷静になるのだ。

 けれど夫にとっても大切な一人娘、アンナが困るのならば、母として立ち上がらねばならない、過去の因縁に。


◇◇◇


 一応相手はまだミドルティーン。まだ更生の余地を考慮してやってもいい。

 学園のことを大事にする前に、私はまず、令息と二人で話をしてみることにした。

 リカルド・シーザスの息子ヨアニスはひどく軽薄な、リカルドと全く同じ顔をしていた。忘れていた怒りが、わずかに胃の奥で燃えるのを感じた。



 ()()()()()()彼を学内のカフェテリアに呼び出し、私は尋ねた。

 アンナが付き纏われて困っていると言っているが本当のことなのかと。

 彼はリカルドと全く同じ顔で、こちらを嘲笑うように顎を高くした。


「別に俺は声をかけたりしてませんよ。アンナ嬢が嘘をついているのではないですか?」

「声をかけていないのですね」

「ええ。というかアンナ嬢? なんて顔も知りません。自意識過剰なんじゃないですか?」


 相手を馬鹿にした、適当が服を着た言い方はリカルドそのままだ。

 私はテーブルの下、結婚指輪をなぞる。夫がそこにいるのを感じられた。


「わかりました。他のご令嬢もそうですが、みなさん不貞の疑いが起きないよう、令息との関係には敏感です。これからは誤解されないような行動をお願いします」

「不貞の疑いですか。では令嬢と目が合っただけでこちらが悪いと言われることもあるのですね? そこまで過敏ならば学園で学ぶなどしなければいいのに。所詮家庭に入る身にはすぎた場所です」

「令息は男女共学には反対のお立場なのかしら?」

「ええ。ところで夫人は学園に通われたご経験は?」

「ありませんわ」


 私は学園に通いたかった。

 けれど強引な結婚と夫の反対でできなかったーーそう、あなたの父親の。

 学のない若い私は、あの時自分を守る方法を知らなかった。

 言いなりにサインをすることしか、できなかった。


 こちらの表情が硬くなるのを見て、ヨアニスは勝利を滲ませた笑みを浮かべる。

 

「ああ失礼。あまり正論を申し上げても仕方ありませんね。では今後は、余計な詮索をなさらないでください」


 こちらの返事を待たずに立ち上がり、彼は去っていった。

 結婚時代のリカルドとヨアニスはよく似ている。

 怒りを感じるかと思えば、私は微笑ましい気持ちにすらなった。

 あのような子供に翻弄されるほど、若い頃の私は幼かったのだ。


 私は立ち上がり、結婚指輪を撫でた。


「躾けてあげるわね、他ならぬ私が」



◇◇◇



 娘はありがたいことに友人たちの協力を得て、ヨアニスからの被害から逃れて過ごしている。

 私は様子を見にいった折に伝えた。


「休んでもいいのよ」


 けれど彼女は気丈に首を横に振った。


「負けるみたいで嫌ですもの。お母様の計画が上手くいってほしいですし。私も戦います」


 なんて頼もしい、芯の強い娘なのだろう。

 アーネストに似た眼差しが愛しくて、私は目元に口付けた。


 それから一ヶ月後、殴り書きのような元夫、リカルドの手紙が届いた。

 王都裁判所の調停室にて会う約束だったのに、それ以前に罵詈雑言の手紙を届けてくるリカルド。

 私は冷めた目で読むと、それをそのまま王都裁判所に魔術転写したものを送る。これも証拠の一つだ。


 大事にはしたくないとの相手の言い分を無視して、王都裁判所で私たちは会った。

 リカルド・シーザス侯爵と侯爵夫人、それにヨアニスだ。


「相変わらずしみったれた顔をしているな、お前」


 リカルドは年をとっていたが、相変わらず嫌な顔をした男だ。

 ヨアニスも瓜二つの顔をしている。

 侯爵夫人は、かつて私を虐げてきた愛人のトクノーだった。

 トクノーはボブカットの赤毛を指でくるくると巻きながら、私を上から下まで見て、勝ったと言わんばかりに微笑んだ。


 調停室に入り調停委員の見守る中、先に口を開いたのはリカルドだ。


「そもそもだ。子供同士の問題、しかもお前の娘の一方的な言い分に付き合って、なぜ我々全員が集まらねばならない。とんだ保護者だなお前は。お前はなにもわからないんだから、おとなしくしておけばいいと言うのに」


 横柄な態度のリカルド。


「そうよ、可哀想ね、ヨアニスちゃん」


 その隣でトクノーはニコニコとヨアニスを撫でる。

 ヨアニスもミドルティーンの年齢なのに、母に撫でられて当然といった顔だ。


「ママ、アンナ嬢は僕に気があるんですよ。構ってほしくて嘘をついて、話を大きくするんです」

「まあ。顔を見なくも……まあ、そのアンナ?って娘もそれなりの顔なんでしょうけどね」


 私は黙る。

 隣の夫から、冷たい覇気を感じたからだ。怒っている。

 夫はシーザス侯爵親子ではなく、調停委員を見た。


「提出した書類の開示を宜しいでしょうか」


 調停委員の許可を得て、私は机に二枚の書類を出した。


 一つ目はリカルドと私の離婚の時の書類の写し。

 魔術証文付きなので、写しに寸分の狂いもない証明がされている。

 目を落としたヨアニスが、妙な顔をした。


「……ママの名前がありませんよ?」

「当然よ。これはママが結婚する前の離婚届だから」

「違う、おかしいんだ」


 ヨアニスは青ざめていた。


「どうして僕のママじゃなくて、この女の名前があるんだ!」

「だから、この女が前妻だからよ。パパとこの女は結婚していたの」

「違う、違うよ、違う、僕が言いたいのは」


 息子の狼狽に、だんだんトクノーとリカルドの表情が強張る。


 離婚届には、ヨアニスは私ロベルッタの実子として書かれていた。


「違うわ、これは書類の上だけよ。本当のママは」

「黙れ!」


 ここに呼び出された意味に気づき、リカルドが叱りつける。


「ヨアニスは私の息子です。これは、法的に証明されています」


 私はあえてにっこりと、ヨアニスを見て笑う。


「ヨアニス。お母様と呼んでも良いのですよ」

「冗談じゃない! ぼ、僕はママ似だ! お前みたいなブスのババアから生まれてない!」


 ――そう、私はこんなガキは産んだ覚えはない。私の子供はアンナだけ。

 けれど()()()()まごうことなき生母と息子なのだ。私たちは。


「ヨアニス、黙れ!」

「でもパパ!」

「その甘えた言い方もやめろ!」


 白熱する家族の前で、私はもう一枚の書類を出す。

 それはアーネストが準備してくれていた、妊娠期からの記録のまとめだった。


「これは妻ロベルッタと娘アンナの親子証明だ」


 アーネストが説明する。


「私はロベルッタと子供達を守るため、ロベルッタと結婚した時から彼女の体に魔術記録をつけてもらっていた。母体の体調変化――妊娠、そして出産による魔力波長の変化記録、そして生まれた子供の魔力波長、そして夫である私の魔力波長。100%完全に親子関係の証明となる、王室御用達の魔術証明書だ」


 リカルドが鼻白む。


「なんだこれは、初めて見たぞ、こんなもの」


 私は冷めた目で愚かな男を見た。


「ええ、そうでしょうね。……これは、妾の子を妻の子として不正申請する家が増えたので生まれた証明書です」


 リカルドの顔がさっと青ざめる。夫は見据えたまま、冷たく続ける。


「妾の子は相続で不利になる上、正妻とその実家への重大な侮辱として賠償金も発生する。だから一部の貴族は妻を騙すか脅して、妾の子を正妻の子として偽装する。裁判所もそうした事例の摘発を進めているところだ」

「よ、ヨアニスとアンナが異父兄妹なら、何も問題はないのだろう!?」


 ぎょっとするのはトクノーとヨアニスだ。何か文句を言いそうにする二人をにらみ据え、リカルドはへらへらと笑う。


「そうだ。ヨアニスとアンナは異父兄妹なのだ。ヨアニスはロベルッタの子供なんだろう? 法的にはな? 母が違うなど、誰が証明できる? ああ?」

「では、異父兄妹ということでいいのだな?」

「ああ」

 

 夫が頷く。私は話を引き継ぎ、宣言した。


「では、生母の義務として、ヨアニスは更生施設送りを命じます」

「なんだって!?」

「ど、どういうこと!?」


 夫が説明する。


「法的にヨアニスとアンナは同じ母をもつ異父兄妹となる」

「そ、それがどうした」

「ヨアニスが妹のアンナに執拗に付きまとうのは、近親相姦の疑いがある深刻な問題だ。たとえ離婚していても、生母には子供の健全な成長を守る権利があり、それは義務でもある。特に貴族社会では近親婚は重大な問題だから、このような行動を見過ごすわけにはいかない」


 ヨアニスが声を裏返して立ち上がった。


「だから言い寄っていないと言っているだろう!? あんなブス!? 妹なんかじゃないし、僕はママの子供だ! 顔だってそのブスババアと全然違うじゃないか!」

「落ち着け、ヨアニス!」

「わからないわ、どういうことなの!? だれかもっとわかりやすく説明して!?」

「証拠だ、証拠を出せ! そもそも言い寄った証拠はあるのか!?」

「あります」

 

 私は小さな水晶玉を取り出す。

 机に置いて魔力をかけると、空中に映像が浮かび上がる。

 ヨアニスが男友達を連れてしつこくアンナに付き纏い、腕をとらえたり罵倒したりしている様子だった。


『なあ、ちょっとぐらい付き合えよ、別にキスの一つくらい婚約者にバレないだろ?』

『つれないなあ、生徒会室なら鍵がかかるから、お前なんて嫁に行けなくしてやれるんだぜ』

『お前の母親は俺の父親に捨てられたんだ。だから俺も、お前をおもちゃにしてやるよ、幸せになんてしてやるもんか、このブス』


「な、な……」


 あまりにあけすけな有様だった。

 私は淡々と説明する。


「男女共学になってから、学園は生徒たちを守るため監視玉を設置しています。これは不当な噂から生徒を守り、実際の問題行動も記録するためのものです」

「聞かされていないぞ、こんなもの!」


 夫は冷淡に言った。


「生徒には情報は入らぬが、保護者に連絡は入っていた。それの確認すらできない質の悪い保護者とその子供を見分けるのにも、この監視玉は便利でな」

「っ……!」


 アンナの証言だけでは握りつぶされるとわかっていた。

 だから私は真っ先に、学園への問い合わせをしたのだ。その時には実はすでに、ヨアニスの問題行動は目をつけられていた。


「当然すでに学園では『近親の妹に性的な発言をする生徒』として問題になっています」

「す、すでにだと!? ……そ、そうか」


 リカルドも気づいたようだ。

 そう、私は最初きちんと学園を通して話し合いの場をもうけた。

 私はあの時に確認していたのだ、問題行動が記録されているかどうかを。


「監視玉は学園が24時間監視していますので、アンナの証言以前からの証拠は集まっています。だから最初は、警告だけでやめてほしいと思っていたのですが……」


 私はこれ見よがしにため息をついた。

 そして調停委員を見て言った。


「ヨアニスの妹のアンナへの執着は重大な精神疾患の可能性があります。法的生母として、私はヨアニスの更生措置を求めます」


 リカルドは青ざめた。

 自分が書類上の便宜のために行った手続きが、まさかこんな形で息子の首を絞めることになるとは。

 トクノーが叫んだ。


「それは違うわ! だって」

「では、なぜ出生時に母親として、我が妻ロベルッタの名前で届け出た?」

「そ、それは」

「虚偽の届け出であれば、それはそれで別の重大な違法行為となる」


 トクノーがさらに言い募ろうとするのを、リカルドが口を塞いで制した。

 リカルドを振り払ってトクノーが叫んだ。


「ヨアニスちゃんは私が産んだ子よ!」

「馬鹿、お前はしゃべるな!」


 ヨアニスは泣いていた。


「ぼ、僕はどうなっちゃうの、ねえママ! ママ!」


 トクノーもリカルドも、狼狽えるヨアニスになにも言えなかった。


「さあ、ここからは大人の話をしましょうか」


 私は座り直して、ぐっと身を乗り出した。

 リカルドが、今まで見たこともない青ざめた顔をしているのが無様だった。


◇◇◇


 シーザス家は示談金の支払いと謝罪文の提出を受け入れた。

 そしてヨアニスは1年間の休学処分に加え、山奥の更生施設での就学を命じられた。

 貴族社会の狭い中で、ヨアニスは一生消えない経歴を背負うことになった。


 トクノーは虚偽の出生届の件で、別途調査を受けることになった。

 思い詰めたリカルドも、私に報復などできない。

 私が他にもリカルドを追い詰める材料を持っていることを恐れているから。



「アンナ! すまない、俺が何も助けになれなくて」

「ううん。あなたと早く笑顔で会いたいと思ったら、元気に乗り切れたわ」


 次の休暇、アンナはカインズ・ハンディーズ侯爵令息と嬉しそうに手を取り合っていた。


「お父様、お母様! 二人で庭を見てきてもよろしいでしょうか」

「ええ、楽しんでいらっしゃい」


 私は夫と共に、眩しく青春を謳歌する娘と婚約者を見送った。

 愛する人と幸せに過ごす青春は、私がリカルドに奪われたものだ。


 夫が不意に、私の肩を抱き寄せる。


「あなた?」

「若い二人が親しくしているのを見ると、私も……君が愛おしくなってな」

「まあ」


 私は満たされた思いで微笑んだ。

 リカルドは確かに私の青春を奪った。けれど私は回り道のおかげで、最愛の夫と娘に出会えたのだ。






お読みいただきありがとうございました。

楽しんで頂けましたら、ブクマ(2pt)や下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎(全部入れると10pt)で評価していただけると、ポイントが入って永くいろんな方に読んでいただけるようになるので励みになります。すごく嬉しいです。

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 愛もなく学問に関する自由もなく一方的に縛り時間を貪った末、娘にまで害をもたらす輩への、言葉選ぶ気ゼロの息子を巻き込んでの逆襲ですか。  直接的な殴打などの暴力などを下げての静かなバトル、見入りました…
娘の婚約者は言い寄られていたこととか知ってるのかな? 仲が良さそうな雰囲気を最後に見れたので、子供たちのお話も気になります(*^^*)
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