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「答えにくい質問なら答えなくてもいいが――両親が犯罪者に殺されたとかそういう話かい?」
「別に。祖父母も含めてみんな元気よ。ノルウェーの田舎で鹿を狩ってるわ」
「ほぅ。元々狩人の一族ではあるのか」
「この仕事を選んだのは銃の腕を生かせると思ったからよ。私も妹も十歳のころから銃の扱いには慣れてたし」
「動物から人を狩るようになったのか。面白いな」
優也は肩を揺らして笑う。アメリアは正面に向き直り、口を開く。
「そう言うあんたは? 何で犯罪者なんかやってんの? 両親に虐待でもされてた?」
「別に。両親は普通さ。これでも一応大学まで行ってるんだぜ?」
優也は小さく息を吐き、言葉を続ける。
「この仕事を始めたのは金を手っ取り早く稼ごうと思ったからさ。どっかの変な会社に勤めてちまちまと賃金貰う生活するより、大麻を栽培して売る方が稼ぎの効率が良かったからな。俺が行っていた大学はそれなりの名門で、金持ちの顧客をすぐに作る事が出来た。そして金を持ってる奴は欲望も底無しだ。そんな彼らと商売してたらいつの間にかデザイア・カルテルが出来上がってたのさ」
「屑ね。あんたも、その顧客も」
「ククッ、その通りさ。だがより人間らしいと思えるがな。欲望は人生の友であり、活力と原動力をもたらす極上の果実だ。禁断の果実を求めるのは人間の性さ」
「言ったはずよ。本能のままに行動するのは人の皮を被った獣と」
「どすぐろい欲望を善人の皮で覆い隠しているようなのが人間らしいとでも? 俺の顧客にもお前らハンターのスポンサーと兼任してる企業もいるんだぜ? なんなら俺に賞金を懸けた奴にもいるかもな。キミの仕事にもそう言った連中の金が流れてるのさ」
「……少なくとも私は自分の仕事に誇りを持ってるわ」
「それは俺も同じさ。まぁ、ちょっと意地悪な言い方だったな」
優也の乾いた笑い混じりの声に、アメリアは不快感露わに唸る。
「こちらからも質問いいかしら?」
「何だ?」
「何で逃げなかったの?」
アメリアの言葉に、優也の笑い声が止まる。
「逃げる?」
「えぇ。私は丸腰だったし、動けない状態だった。話が済んだらさっさと私を殺して逃げれば良かったじゃない。中央の奴らなんかに拘らずに」
「そうもいかない。裏切り者は早急に片付けないとな。そうしないとまた次から次に裏切り者を生み出すことになる。弱った肉食獣は群れの仲間に殺される運命なのさ」
優也の自虐的な物言いに、アメリアはため息を吐く。
「馬鹿みたいね。そんなリスク背負ってまで続ける仕事かしら」
「リスクを冒したものにだけ女神は微笑むものさ」
「あんたなら変にリスク冒さなくても稼げたんじゃない? これだけの組織を作れたんだから」
そう言った瞬間、アメリアは顔をしかめる。まるで相手を褒めるような物言いをした自分に違和感を覚えたからだ。
「……そうかもしれないな。だがそれじゃあ俺の強欲は満たされなかっただろう。それにキミに会うことも無かった」
「この状況があんたにはロマンチックな出会いに見えるのかしら」
「俺にはとても楽しい時間だよ。これまで過ごした事の無いほどのね」
「あんた友達がいなかったのね」
「まぁ、ビジネスの絡んだ付き合いばかりさ。そしてそう言う連中は平気で嘘をつく。俺がキミとの会話を楽しいと感じるのは、キミが嘘をつかないからさ。世辞やなれ合いの無い、純粋な人間同士の会話。キミにもそんな会話が出来る人がいるかい?」
「…………」
アメリアは質問に答えなかった。目を細め、スコープに集中する。
『――お姉ちゃん、準備出来たわ』
タイミングよくアリシアからの無線が流れる。アメリアは小さく息を吐き、そっと口を開く。
「了解、座標を教えて」
『九十、一――』
アリシアの報告を受け、アメリアはライフルを微調整し、息を止める。
「――優也」
アメリアがそっと優也の名を呼んだ。
「ん?」
「正直に言うわ」
「何を?」
「私も嘘吐きよ」
『ファイア!』
アリシアが叫んだ瞬間、アメリアは首をさっと横にそらした。スコープのレンズが砕け散る音が響き、弾丸が耳をかすめ後方へ飛んでいくのを感じる。そしてそのまま流れるように地面を転がり、背後に銃口を向けた。
「…………」
アメリアは無言のまま銃を降ろした。その視線の先では腹部から大量に血を流した優也が、うつろな目をこちらに向けていた。ごふっという音と共に口から大量の血が溢れ出ている。
「一発で仕留める、は私ごと撃て、の合図よ。妹とはこういう時に備えて色々合図を決めてるの」
アメリアの視線が優也の手元に注がれる。優也は手に何も持っていなかった。アメリアが眉をひそめると、その意図を察したのか、優也がそっと自分の腰を指差す。そこには銃が納められていた。
――キミを信じるよ。
優也の言葉が脳裏に響く。
「……馬鹿じゃないの」
アメリアが呟くと、優也は口から血を拭きながら自虐的に微笑んだ。出血の量から、もう長くないのは明白だった。
「…………」
そんな優也をアメリアは無言で見つめていた。その時、ふと何かが自分の右頬を伝うのを感じ、そっと拭う。
拭った指を見ると、血がべっとりとついていた。割れたスコープのレンズが目を傷付けたようで、それが涙のように右目から流れていた。
「血の涙……あんたを送るにはピッタリね」
アメリアはそう呟くと、ライフルを構え、銃口を優也に向けた。
「私に――殺されたいんだったわね」
アメリアは穏やかな口調で言った。その言葉を受け、優也も笑みを浮かべ、静かに頷いた。
ボスンと乾いた銃声と共に、薬莢が宙を舞った。
『――お姉ちゃん! 大丈夫!? 狙撃は上手くいった!?』
無線機からアリシアの叫びが聞こえてくる。アメリアは無線機を手に取り、静かな口調で応答した。
「……えぇ、一発で仕留めたわ」
アメリアはそう言って息を吐いた。胸を撃たれた優也の死体は、まるで眠っているかのように穏やかな顔をしていた。




