18.癖の強い部下たち
長めです。
「病気療養中」だった前王が退位し、この日、フリードは晴れて国王に即位した。
即位式は再来月だが、王の証であるシグネットリングを指に嵌めると、重臣たちから拍手をもらった。
「おめでとうございます、国王陛下」
「フリード三世陛下、万歳!」
「ありがとう」
「およそ四十年ぶりの吉事ですね」
「誰だ、国王二代分の治世を全否定したのは」
「…そうだぞ。フリード陛下がお生まれになり、成人されているだろう」
「ああ、そうですな」
「いずれにせよめでたい」
「ツッコミどころが残っている気がするが、ありがとう」
「御世がとこしえに続きますよう」
「ありが……永久に働かせる気か!?」
どっと笑いが沸き起こる。およそ半数がフリードが宰相室に出入りし始めた頃からの昔馴染みなので、気安いものだ。
「では会議に入りましょう」
「情緒もへったくれもありませんな。いつも通りですが」
切り替えの良さも、フリード派閥貴族の特徴である。ばさばさと資料を繰る音が響く。
「まず、この王城責任者会議のメンバーについて、新宰相たる私、ユラン・ジス・ガラクから改めてご紹介します。将軍、クレイドル・ヴァン・シュゼイン。法務大臣、ローデント・イグ・テグロス。外務大臣……」
短い王太子期間中に人事を徹底的に洗い、犯罪者は罪に応じて投獄し、実力が足りない者は変更になっている。当初の予定通り、相応しい者は元々の派閥が違っても役職に残した。
……例外は、タルヴァ公爵を罷免してすぐ、その息が濃い者たちが辞めていったことくらいか。それも、分かっていたことだ。
とはいえ、元より第二王子派閥は、超実力主義。
各部署のトップのうち、約半数の四人が第二王子派。残りは、シュゼイン公爵を含む二人が中立派、二人が第三王子派、残りの一人が第一王子派という結果になった。
「これでやっと……やっと、まともに働けますな……」
「長かった……いやまだ反発は多いが。相当多いが。なんなら今この時も非難の嵐だが」
「役職者だけでもかなり動きやすくなった……」
しみじみ呟く大臣たち。特に財務と外務が喜びを噛み締めている。
「テグロス、顔色悪いです?ミナミオオハナムシのお尻の匂い嗅ぐです?」
「……遠慮しておく、フロイデンタール資源大臣……」
「いい匂いですのに」
どうしてか残ったタルヴァ公爵家分家のテグロス侯爵は居心地悪そうだが、ウォレス公爵家分家でも政争に関心のないフロイデンタール侯爵は、どこ吹く風だ。瓶に入れた虫を、ぐいぐいとテグロス侯爵に押し付けている。……何故会議に虫を持ち込んだのかは、謎だが。
テグロス侯爵は慎重かつ公平。
フロイデンタール侯爵は聡明かつ革新的。
それぞれ、以前から法務部と資源部の長を務めていた人物で、部下や他部署からの信頼も厚い。妥当な人事だ。
(あえて言うなら、普段の言動はあまり聡明に見えないことくらい、かな……)
かさこそ蠢く虫の瓶の蓋を開けようとして、テグロス侯爵に全力で阻止されるフロイデンタール侯爵。何故開けようとする、いや、匂いを嗅がせようとしたのだろうが。
二人の攻防戦を完全に無視して、ユランが淡々と会議を進行する。
「ではまず、再来月の即位式についてです」
「取り急ぎ、共和国のアカガネの陛下とクロガネの陛下、教国の皇王陛下ご夫妻から、お祝いのお言葉をいただきました。クロガネの陛下以外は、ご出席のご予定です」
「軍国は……欠席か。まあそれはそうか」
一応親書は出したが、丁寧な祝いの言葉と欠席を告げる手紙、そして新王即位祝いの贈り物が届いただけだった。
正直、来られても困る。
「…新王即位のタイミングは狙われやすいため、国境の警備は固めるべきでしょう」
「そうだな。ただでさえ、あちらはクーデターが起きたばかりで不安定だし……。詳細は軍議で詰めよう」
「…は」
「では次に、即位式の芸術鑑賞についてですが、将軍から、新作劇はどうかとのご提案がありました」
「一ヶ月で?」
前途多難である。
即位式の詳細を詰めた後、改めて各部署の仕事の状況を確認する。
問題は、各種契約の引き継ぎで起こった。
「王家に武器を輸出しないだと!?」
宰相補佐の報告を聞いたクロッグ財務大臣の声が、怒りに震えた。
「王家の武器の四割は、テルセン辺境伯経由で仕入れた軍国産なんだぞ!?」
優れた技術国でもある軍国の武器は、周辺国のほぼ全てで採用されている。鉱国も例外ではなく、その多くは北の国境を守るテルセン辺境伯領を経由して輸入されるのだ。大打撃である。
シュゼイン公爵の方から怨嗟の声が聞こえてきた。
「……………テルセンめ………首を、すげ替えてやろうか………………物理的に………」
「……フロイデンタール資源大臣ー。シュゼイン将軍に、ミナミオオハナムシを」
「リラックス効果があるのですよ。どうぞなのです!」
「…………遠慮しておく」
先王の愚行と二十年にわたる王位争いで、王家の信頼は地に落ちている。他所でも「契約を見直したい」とは言われてはいるし、話し合いにも応じるつもりだが、これはさすがに見過ごせない。
「第一王子派の有力貴族だったにも関わらず、次男をここまで重用されておいて……!あの男は何を考えているのか!」
「…何も考えていないのだろう」
どうにか虫の瓶を押し返したシュゼイン公爵が、無表情のままため息を吐いた。
「…影からの報告に、謀反の兆候はない。財政的・政治的にはむしろマイナス。…気に食わない男が王になった、嫌がらせしてやろう……くらいの考えであろう」
「……実は今朝、後継のセルドランから手紙が届いた。動機はまさにシュゼイン公爵の言う通りだ」
辺境伯領の経済にも大打撃なので勘弁しろと説得しているが、聞く耳を持たない、とも。
事の経過とひたすらに己の力不足を詫びる、土下座を幻視できるような文面だった。
「彼はあくまで『後継』ですからな。辺境伯に強行されれば、もうどうにもならんでしょう」
「セルドラン・テルセンは、陛下の立太子以前からの第二王子派だったはず」
「夫人は陛下の乳母でしたな。ということは、辺境伯だけが今も頑なに態度を改めない、と?」
「……あれでも武の名門の一つなのだがなあ」
ともかく、まさかいきなりシュゼイン公爵に暗殺を命じるわけにはいかないので、急ぎ対策を協議する。
「しかし領地経営も政治も分からない筋肉馬鹿に、気に食わない相手と取引させる、か……」
「フロイデンタール資源大臣……やめなさい、フロイデンタール資源大臣……」
とうとう筋肉馬鹿呼ばわりされるテルセン辺境伯。会議に飽きたらしいフロイデンタール侯爵の鼻歌だけが、会議室の空気を和らげていた。
「同じ武人という視点から、シュゼイン将軍、ご意見はありますか?」
「…筋肉馬鹿と同じにされても困るのだが…」
財務大臣が水を向けると、シュゼイン公爵はため息を吐いた。
「…まあ、そういうことでしたら、やってみましょう」
「どうするつもりだ?」
「…稚拙な嫌がらせですので、稚拙な嫌がらせで返します」
なるほど、実にシンプルだ。
セルドランの手紙からして、あまり悠長に構えていられないし、大臣たちも暇ではない。せっかく会議の時間が取れたのに、一つの議題で悩みすぎるのもよろしくないだろう。
鼻歌を注意されたフロイデンタール侯爵が、書類で紙飛行機を折り始めたし。
「分かった。ひとまず、この件はシュゼイン公爵に任せよう」
「…ありがとうございます…っ……?」
「どうした?」
「…外が騒がしいですな」
耳の良いシュゼイン公爵は立ち上がって窓を開け、外の様子を窺う。眉を顰める。
「…陛下、申し訳ありません。馬車止めの方で騒いでいる者がいるようです。我が部下では力不足のようですので、〆…見て参ります」
「〆るって言いかけたか、今?ちょ」
引き止めも虚しく、さっさと出ていくシュゼイン公爵。
数分後、慌てた様子で文官が入室してきた。
「会議中、失礼いたします!!」
「なんだ」
「外務部のガラク翁が『愚息は宰相を辞められたのに、何故この老い先短い老体は辞められないのだ』と、激怒して……!縋り付く他の文官たちを振り払って、領地に帰ろうとしているのです!止めてください!!」
「老い先短い老体がやることかなぁ!?」
後で聞いたところ、ガラク翁の趣味は狩猟と釣り。下手な文官より、体力も筋力もあるそうだ。
「というか、馬車乗り場の方がうるさいの、それか!すぐ行く!ヴァーツェン、道中外務部の現状を説明!!ユランも来い!」
「はっ!」
「はっ、はい!!」
会議を一時中断し、飛び出す。
「……三ヶ月ですよ」
前宰相をそのまま年を取らせたようなガラク翁は、仏頂面でそう念押しした。
「三ヶ月で仕事を全て引き継いで、領地に帰りますからな。後任のクォルナ外務官の帰国が遅れたとしても、全力で放り投げて帰りますからな!」
「分かった、分かった」
フリードと元部下と孫息子の説得で、ガラク翁はなんとか折れてくれた。
フリードとしても、ガラク翁の退任と引き継ぎは気にしていたので、ここで片付いてほっとした。あとは外務部に背水の陣で頑張ってもらうしかない。
サンドベージュの頭を掻いて、ため息を吐く。
「御身自らとは、まったく狡賢い。誰に似たのやら」
「ハッ、貴方と貴方のご令息でしょうね、間違いなく!!」
「黙れ愚孫」
「まあまあ……」
もう二、三仕事を片付けていくというガラク翁は、ぶつくさ言いながら急遽会議室にした馬車から降りていった。
野次馬を落ち着かせていたシュゼイン公爵が戻ってきて、フリードに手を差し伸べる。
「…お疲れ様です、陛下」
「ああ、将軍もご苦労だった……」
「…陛下ほどでは」
「身内が御手を煩わせまして……」
馬車を降りると、後から続いたユランが申し訳なさそうに頭を下げる。首を横に振って、呟く。
「……実力と人柄で選んだはずなんだけど……私の部下、癖強いなあ………」
天を仰ぐと、先ほどまでフリードがいた会議室の窓から、白い紙飛行機が飛び立ったところだった。
シュゼイン公爵「…そのせいでは?」
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