13.王太子のお茶会・復讐者
怖い人が出てきます。さわやかな朝を迎えたい方はご注意ください。
「貴殿の要求は、なんだ?何故そのような無茶を言う?」
本来、タルヴァ公爵は聡明な男だ。食糧問題の解決に、共和国への侵攻がハイリスク・ローリターンだということも、同盟を維持するのが最良ということも、分かっているはず。
仮に異人種が王妃を名乗るのを認められないとしても、その可能性は婚約締結時からずっとあったわけだ。同盟維持の代案を出すなりなんなり、方法はあったはず。
否。
本当は、分かっている。
共和国への侵略戦争も。
娘の婚約も。
フリードの相手も。
彼の行動の全ては、「そこ」に集約するのだから。
違ってほしいと願いながら、彼の目的を探る。
「侵略によって得られる利権が問題なら、先日提示した案を一考してくれないか。こちらは譲歩する準備がある」
「我が家も我が領も、そこまで困窮してはおりません」
「……では、王家に他人種を入れることか?あまりにも反発が大きいようなら、次代の王は他家から養子を取ることも検……」
「そうではありません!!」
テーブルに上半身を乗り出し、必死の形相で訴える。
「我が娘が!!エルザこそが、王妃の器!!殿下、お考え直しを!!」
露骨に反応したタルヴァ公爵。
慎重に、言葉を重ねる。
「王家にタルヴァ公爵家の血を……ということか?……ならば、貴殿に孫が生まれ次第、次代の王の婚約者に…」
「それでは遅いッ!!」
ガチャン!
ティーカップとソーサーが悲鳴をあげた。
ミルドランが咄嗟に前に出て、フリードを腕で庇う。
「姉上を殺したあの男の子に!我が娘を嫁がせ姉上がなれなかった王妃にするのです!!姉上こそ正しかったと、姉上の弟である私が!!証明せねばならぬのです!!」
怨嗟の籠った、血を吐くような怒声が、テラスに響き渡った。
(やはり、それか)
ミルドランを押し留め、静かに口を開く。
「……貴殿の姉君の話は、聞いている。本当に痛ましく、申し訳なく思う。同じ王家の者として、無関係ではいられない」
王に、王家に殺された、かつてのタルヴァ公爵令嬢。
その責任を感じて自殺した、前タルヴァ公爵。夫と娘の惨たらしい死に耐えきれず、心を病んだ前タルヴァ公爵夫人。
家族を奪われたタルヴァ公爵が王家を恨んでいても、仕方のないこと。
とはいえ、敬愛する幼馴染の理不尽な死を、宰相が許すはずがなかった。すぐさまその名誉を回復させ、関係者を糾弾し、処罰してみせた。
当時の関係者たちは、三年以内に全てを失い、地獄を見たと言う。
ーーー王と側妃を除いて。
だが、彼らが良い目を見ることは、もう無い。
「かの令嬢が正しかったことは、万人の知るところだ。なお足りぬと言うなら、王家の予算で慰霊祭や祈祷を行ってもいい。貴殿が望むなら、被害者を代表して二人の処分方法を決めてもらうことも視野に入れている」
ぎゅっと、強く目を瞑り……開く。
「……恨みを捨てろ、とは言わない。ただ……その怒りに、無関係の者たちを巻き込むのは、止めてくれないか。貴殿はもう、何の権限もない公爵令息ではない。
……この国に四家しかない公爵家の、当主なんだ……」
伝わってほしいという願いは。
「……貴方には、分かりません」
怒りに染まった鳶色の目に、拒まれた。
「あの日、姉上を守ってくれなかった者が、邪魔をするな!!」
……静まり返ったテラスに、タルヴァ公爵の荒い息遣いが響く。
(……もう、無理か)
そのことを確信してしまったフリードは、そっと口を開いた。あくまで紳士的に、穏やかに。
「……貴殿の考えはよく分かった。タルヴァ公爵、貴殿を今この時より外務大臣より罷免する。……同盟国を軽んじ、私情で政を狂わせんとするその態度……到底見過ごせるものではない」
その瞬間、タルヴァ公爵は音を立てて椅子から立ち上がった。
「……後悔しますよ」
「そうだろうな」
ソラシオ派閥と違って、タルヴァ公爵派閥は真っ当で有能な文官の貴族が多い。タルヴァ公爵を弾き出すことで、彼らを取りこぼし、あるいは敵に回すことになるだろう。いずれ、こんなはずじゃなかったと嘆く羽目になるかもしれない。
「それでも、貴殿一人のために多くの無辜の者たちの命を散らし、飢えで滅びるよりマシな後悔だ」
だからこそフリードは、長年国に尽くした彼の手を振り払い、異国の異人種の手を取るのだから。
「あの男は、忌み子です。自らのくだらぬ欲望で数多の災いを撒き散らし、多くの人間を不幸にした」
「……」
「フリード殿下、貴方もいずれはそうなるでしょう。なにせ、下劣で強欲なソラシオの子で、姉上を殺したあの男にそっくりなのですから」
じり、と右後ろで砂利を踏み躙る音がした。片手を上げて、ミルドランを制する。
「一貴族としての忠誠は、くれてやりましょう。しかし、私はあなたの我儘を聞く下僕にはなりません」
「……」
「罷免?好都合です。あの男の顔など見たくもない。一族の者は、引き継ぎが終わり次第、引き上げさせます」
正しくあることを目標に、生きてきたつもりだ。
王族に生まれた以上、何もかもが清廉潔白では生き残れない。それでも、できる限り正当な手段で、国を守るため戦ってきたつもりだった。
「あの王の子だから」「ソラシオ一族の子だから」などと言われないよう、権力を振りかざすことを避け、丁寧に話し合いを重ねることで解決してきた。末端が暴走しないようにかなり気も遣った。派閥が他と比べてさほど大きくならなかったのは、「正しいやり方」にこだわったせいもある。
(なのに、その結果が……これか)
たとえ主義主張が違っても、正しくあろうとしていることだけは、信じてもらえると思っていた。国を思う気持ちが同じなら、どこかで少しでも分かり合えるのではないか、とも。
心地いいと言うには涼しすぎる風が、心の中まで吹き抜けていく。
「……貴方に嫌われていると気がつくまでの私は、貴方のことが結構好きだった」
「………」
「憧れていた」
「……気分が悪いので、失礼します」
タルヴァ公爵の足音が聞こえなくなると、フリードは背もたれに体を預け、長く息を吐いた。
「……お疲れ様。……フリューの好きなりんごのコンポート、用意させようか?」
「頼む……」
ミルドランの提案に同意を示すと、ごん、と額を打ち付けるようにテーブルに突っ伏す。
「……もーやだ、最悪」
「フリューが壊れた」
「キッチンを急がせろ」
侍従がパタパタと慌てて出ていく。フリードは突っ伏したままうめいた。
「……あれに期待とか………あの頃の私は、本当に、本当に、バカだった……!」
きっと彼の目には、最初からフリードも国の未来も映ってはいなかった。
仇と、姉以外は、何も。
きっと、分かり合える。
時間を過去まで、戻せたならば。
お読みいただき、ありがとうございました。




