12.王太子のお茶会・噛み合わない相手
「娘のことですが」
二番目に呼んだタルヴァ公爵は、席に着くなり、そう切り出した。
赤みがかった茶髪に、同じ色の瞳。
見事に整った口髭を見る度、「生えかけの時はどうしていたのだろう」と思ってしまうのは、フリードだけだろうか。ちなみにフリードの横ですまし顔をしているミルドランは、「半分だけ剃ったらぶっ殺されるかなあ」と思っている。
二人がそんなくだらないことを考えているとは露ほども知らないタルヴァ公爵は、構わず続けた。
「いつ登城させればよろしいでしょうか?」
「……んっ?」
フリードは優雅な笑顔を貼り付けたまま、首を傾げる。
「何のことだ」
「王妃教育をしなければならないでしょう」
思ったままを問うと、当然だと言わんばかりの口調でその返事だ。内心頭を抱える。
「……タルヴァ公爵。私は共和国の王女殿下と婚約している。彼女と婚約解消する気はない。よってタルヴァ公爵令嬢の王妃教育は、不要だ」
すると眉を顰め、不愉快を示す。
「娘は王子妃、ゆくゆくは王妃になるために努力してまいりました。王家は娘の未来を奪うおつもりで?」
ツッコミどころが多過ぎる。
第一に、彼の娘の元婚約者は「第一王子」だ。「王太子」ではない。「王妃」発言は反逆罪になりかねない。
第二に、フリードはその第一王子と王位を争っていた相手の一人で、いわゆる政敵だ。なにをしれっとしているのか。
どこからツッコもうか悩んでいると、タルヴァ公爵は言葉を続けた。
「第一王子殿下は残念なことでしたが、『その次に』優秀な第二王子殿下がいらっしゃいます。『第一王子妃』として研鑽を重ねた我が娘です、『第二王子殿下がお相手でも』きっとお力になれるかと」
その瞬間、フリードがまだ幼い頃のタルヴァ公爵の記憶がまざまざと蘇った。
(……そうだった。タルヴァ公爵は、ずっと「こう」だった)
さりげなく貶め、慰めに見せかけた言葉で誘導し、相手を支配するのが、彼の十八番だった。
今の言葉も「第一王子に劣るお前に第一王子妃として修行してきた娘をあてがってやるから感謝しろ」とでも言いたげだ。穿った見方をすれば、「無能なお前は傀儡になれ」と言っているようにも聞こえる。
内心ため息を吐き……ガーデンチェアに背を預け、足を組んでゆったりと微笑んでみせた。
「ーーーまるで私が無能者のような物言いだな?」
タルヴァ公爵が、止まった。
しん……と静まり返るテラス。
ややあって、口髭の下から言葉を紡ぐ。
「……そのようなことは」
「いいさ、私と公爵の仲だ、聞かなかったことにしよう」
言葉を被せられて反論を封じられ、口をつぐむ。
あえて言葉を遮り、許すふりをして疑いを事実とし、貶める。貴族ならば、呼吸と同じくらい当たり前にできる芸当だ。
もちろんフリードだってできる。
わずかに目を泳がせるタルヴァ公爵を前に、冷静に思考する。
(ちゃんとした会話がしたかったから、あまりやりたくはなかったんだがな。まあ仕方がない)
「それで、ご令嬢の結婚の話だったかな?」
「……ええ」
「そんなことはないさ。最大限、ご令嬢の幸福を考えた結果だよ」
「意味が分かりかねます」
「『笑顔が嘘くさい』『薄っぺらい考えと下劣な本性が顔に出ている』『何をやっても第一王子殿下に及ばない残念王子』」
僅かに動いたこめかみは、奥の方で歯を噛み締めたせいだろう。
親切を装った声で嘯く。
「それほどまでに嫌っている相手に嫁ぐほど、不幸なことはあるまいよ」
「……誰から聞いたか存じませんが、娘は第二王子殿下をお慕いして」
「そうかい?それを聞いたのは他でもない、この私なのだがね」
タルヴァ公爵の顔が強張る。
タルヴァ公爵家はフリードを憎んでいる節がある。正直、タルヴァ公爵令嬢と結婚したところで、厄介な身内が増える未来しか見えないのだ。
ふわりと、そよ風が場違いな優しい紅茶の香りを鼻腔に届けた。
(……第二王子殿下、ね)
笑みを深める。フリードは既にたった一人の王子で、王太子なので「王太子殿下」が正しい呼び方だ。にも関わらず、彼は先ほどからずっと「第二王子殿下」と連呼している。
(優秀なんだけどなあ)
交渉が得意で、鉱国に貢献してきたタルヴァ公爵。幼い頃は、彼に認められたくて必死だった。
しかしどんなに学んでも、どんなに成果を出しても、決して褒めてくれることはなく、重箱の隅をつつくような指摘ばかり。
宰相は「よくやっている」と言ってくれたが、何度心が折れそうになったことか。
(まさか、ただ単に「嫌いな国王に似た顔の第二王子が嫌いなだけだった」などと、誰が思うか……)
気がついてから、しばらく泣き暮らした。その記憶は、ことあるごとにじんわり痛む。
フリードに余計な考えを抱かせず、第一王子の治世を安定させたかったのもあると思う。
しかし、結果はこの通り。
(詰めが甘いんだよなあ)
これで貶すだけではなく、逃げ場所まで作っていたのなら、フリードは彼の言葉を信じていたかもしれない。第一王子の欠点の全てを受け入れ、生涯影になる覚悟を決め、婚約者も入れ替えていたかもしれない。
最後の最後で、彼は私情に負けたのだ。
「共和国とは手を取り合うべきだ。そのためにも、アンバレナ王女殿下との婚姻は、必須だ」
「連中と手を取り合うなど、正気の沙汰ではない。まして、尊い王家にその血を入れるなど!」
タルヴァ公爵がテーブルの上に拳を置いて訴えた。
「食料問題ならば、豊かな土地を我が国のものにしてしまえばいいのです。獣と蛮族風情にはもったいない、鉱国の民が有効活用すべきです」
フリードは静かに頭を振ると、淡々と問い詰めた。
「共和国と戦争になった場合、もし勝利したとして、戦闘で荒れた土地の復興に、どれほどの時間と金と人手が必要だ?損耗した兵の補充先は?傷痍軍人や遺族への補償金の財源は?同盟に盛り込まれていた軍国への牽制はどうなる?最終的に、何年後に損失を全回収し、何年後に十分な食糧供給を開始できる?」
侵略派は、誰もこういう議論をしていない。「無いなら奪え」と簡単に言うが、奪うのにもコストが発生する上、奪ったもので即補填できるかというと、そうでもない。
最悪、未来に渡る負債になりかねない。
「タルヴァ公爵……我々貴族の務めは、現状をより良くし、少しでも多く、未来に確かなものを残すこと。同盟、血縁、利害関係……これらも永久不滅とは言わないが、積み重ねれば個人の命より長持ちする可能性は高い」
手を組み、ジッと鳶色の目を覗き込む。
「そもそも共和国の民が何者か、忘れたのか?」
石と荒原ばかりの鉱国とは真逆の、緑あふれる新しき国、共和国。そこの民は、生まれながらに敏捷性の高い獣の民と、強靭な肉体を持つ角族。国が成立前の不安定な状態で、軍国の軍勢を蹴散らした猛者たちだ。
しかしタルヴァ公爵は、フンと鼻を鳴らす。
「所詮は知性なきけだものです。鉱国軍の深謀深慮には敵いますまい」
「シュゼイン将軍は侵略行為に反対だ。彼の協力無しに勝てるとは思えない」
「そんなもの、ご命令なされば良いのです」
平然と言った言葉に……息を呑んだ。
命懸けで国を、民を守るのが、貴族の義務。特に武官は、直接自らの身を敵の前に晒し、時にはその命を対価にしてでも、国の敵を一人でも多く討つ。
文官の仕事は、そんな命を少しでも減らすため、外交をし、内政を固めることだと、フリードは考えている。
だというのに、目の前の男は。
その努力を放棄し、大義なき戦いで命を散らさせよと、そう、言い放ったのだ。
(ああ、この人は………。いや、もう少し、だけ)
心がすぅっと冷えていくのを感じつつ、なんとか己を奮い立たせる。
「……単刀直入に聞こう。タルヴァ公爵。貴殿は一体、何が気に食わない?」
お読みいただき、ありがとうございました。




