9.未来のために
すると、フリードの部下の一人が恐る恐る手を挙げた。
「……殿下は……ソラシオ派閥とタルヴァ派閥と……対立するおつもりですか?」
フリードは目をぱちくりさせ……苦く笑った。
今回の人事で、ソラシオ派閥とタルヴァ派閥から大量の逮捕者が出るだろう。末端ならともかく、とても見過ごせるような規模ではない。
第一王子が即位した場合ほどではないが、恐らく、大荒れになる。四つしかない公爵家のうち二家と、対立することになるのだ。怯えるのも無理はない。
フリードはあえてやんわりと言った。
「そうだなあ。末端だけ処罰して、責任の所在を曖昧にして、すべてを見て見ぬふりで済ませる。……うん、できなくもない」
だが、と続く言葉に、全員がハッとする。
「さすがに国が持たない。それは、貴君らが誰よりもよく知っているだろう?」
鉱国の周辺国は、細かい小国を除けば三つ。
北に、強大な軍事力と野心を持つ軍国。
北西に、緑豊かな共和国。
西に、砂海との行商と学問で有名な教国。
東は海で、北東から南にかけては、広大な未開拓の樹海が広がっている。
その中で、周辺国が最も警戒しているのが、軍国だ。
「共和国との同盟は、食糧支援のためだけではない。軍国を牽制するためでもあるんだぞ?破棄されたらどうなる?」
共和国に攻撃的な文書を送るタルヴァ公爵たちは、本当に理解しているのだろうか。
横領も、少額ならば潤滑油と言えなくもなかったが、さすがに額が大きすぎる。
「今後この国に生まれる子孫たちに、負の遺産を残すわけにはいかない」
そう言うと、大半は力強く頷いたが、数人、不安で瞳を揺らしたり、うつむいてしまった。
(マズイ)
ここでつまずく訳には、と思った瞬間、フリードの視界を、鈍く光る何かが横切った。
ダン!!
実用一辺倒の使い込んだ剣が、テーブルの中央に突き刺さった。
投げつけられた衝撃で、震えている。
一拍置いて、机に乗せられた軍靴。地を這う蛇のような声が、静まり返った会議室に響く。
「意見があるなら、言えよ」
ミルドランだった。
そのままズカズカとテーブルに上がり、中央に刺さったままの剣を抜いて吐き捨てる。
「ビビってるなら、全部忘れて今すぐ帰れ。ここには、フリード殿下の忠臣しかいないはずだ。いい加減、腹ァ括れよ?」
「……君と意見が合うなんて、珍しい」
ひらりとテーブルから降り、フリードの隣に戻ったミルドランと入れ替わるように、ユランが口を開いた。
「確かに、覚悟なき弱者には、恐ろしく、辛い道であろう」
歌うような優しい口調とは裏腹に、アメシストの瞳は、刃のような冷たい輝きを帯びている。
「ならば、去ると良い。……足手まといは、要らぬ」
「ミルドラン、ユラン」
はっきりと臣下たちを威圧する二人を、フリードは片手を上げて制した。
二人が胸に手を当てて下がるのを確認し、立ち上がる。
「私の不徳ゆえに貴殿らに心労を負わせてしまい、申し訳なく思う」
ざわり、と動揺が広がった。
「特に両公爵の影響の強い、財務部と外務部には苦労をかけてしまうと思う。本当にすまない」
「で、殿下!」
「おやめください!」
深々と頭を下げると、真っ青になったクロッグ財務官とヴァーツェン外務官が椅子を蹴って立ち上がった。
二人の声を受けてゆっくりと顔を上げ、前を見据えて宣言する。
「だが、今、ここで、戦わなければならない」
王妃の生家・ソラシオ公爵家は、致命的なレベルで腐りきっている。「特権を貪るダメ貴族」として模範的なくらいだ。タルヴァ公爵は有能だが、共和国への侵攻を強行しようとしている。共和国王女と政略結婚までしようとしているフリードたちとは、どうにも噛み合わない。
この二家は、シュゼイン公爵との対立も明らかだ。彼らを取り込みつつシュゼイン公爵と手を組む構図が、まるで思いつかない。この二派閥を放置したまま、国を正常化することは不可能。
少なくとも、フリードには無理だ。
ならば、選べる道は一つだけ。
「貴殿らの愛しい子や孫たちに、『この国に生まれて良かった』と思ってほしくはないか?努力が報われ、能力ある者が国を回し、暮らしは確実に豊かになっていく。そんな人生を、送ってほしくはないか。……戦争や飢えや重税で苦しみ……『こんな国に生まれたのは不幸だ』と……絶望させたいのか?それを避けたいと、貴殿らはここにいるのではないのか」
ここにいるのは宰相派、実力主義派の文官たちだ。
血筋や爵位で得られるものも、上手く使えるならば本人の力。そのため、高位貴族出身の者も、跡取りもいる。
本来特権階級であるはずの彼らですら、現状は不味いと思っているのだ。
フリードは胸に手を当て、ユランや宰相をイメージして悠然と微笑んでみせた。
「私が見出した聡明な貴殿らに言うのもなんだが……あえて言おう。先ほどの夢を現実にしたいなら、私を担ぎ上げるのが一番早いぞ?」
今現在、王位継承に最も正当性があるのは、いち王子に忠誠を誓ったガラク家でも、三歳の公爵令嬢でもない。
ーーー第二王子、フリード・イクス・アロイジアなのだ。
他を担ぎ上げるのには時間がかかる上、リスクも高い。現状でそれをするならば……内乱覚悟でやるしかない。現に、他派閥の貴族も慌ててこちらに乗り換えようとする動きがある。
「それにシュゼイン公爵のこともある。今きちんと行動しなければ……彼のことだ、どんな手を隠し持っているか、分かったものではない」
文官たちがハッとした。
鉱国の武と影を司るシュゼイン公爵。
フリードたちにこの国を背負う資格なしと判断すれば、彼がどう動くか。
青ざめる臣下たちを前に、パンパン、と手を叩いて、笑う。
あくまで軽く、しかし、そこに宿る覚悟は重く。
「今まで通り、国のために働けばいいんだ。そうすれば、シュゼイン公爵を含む中立派を取り込むことができる」
やるしかないのだ。最初から。
フリードは戦うと決めたその時から。
彼らは、フリードについていくと決めたその瞬間から。
一人一人の顔を見た後、ゆっくり息を吐き、いつもの笑顔に戻した。
「戦おう。我々の子どもたちを、大切な民の未来を、守るために。大丈夫、私たちなら出来るさ」
「「「はっ!!」」」
臣下たちが一斉に立ち上がり、胸に手を当て、首を垂れる。
その先には、最上座にいるフリード。
仰々しく頷きながら、心の中で安堵する。
(良かった!本当に、良かった!!)
この場にいる者たちにそっぽを向かれたら、フリードも危ないのだ。顔には出さなかったが、内心、冷や汗ものだった。
そこからさきほどまでが嘘のように空気が引き締まり、有意義なやりとりができた。
会議が終わった後、こそっと二人に礼を言う。
「さっきはありがとう、助かった」
するとミルドランはキョトンとした顔で、ユランはフン、と鼻を鳴らしてこう応えた。
「思ったまま言っただけだが?」
「同上」
「君たちさあ……ホント、君たちさあ………」
どこまでも通常運行の親友たちである。
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