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冬風と白煙

感想、評価、ブックマークありがとうございます! 大変に感謝です!


クリスマスにお正月の準備と、やっぱり師走は忙しいですね。

皆様はクリスマスを、どうお過ごしのご予定でしょうか?

私はいつも通りのシングルベル。しかも多分、仕事です。

 

 第一柵を任されたウズガルドが門へ到着すると、そこには明らかに苛立った騎兵が三騎、馬上から兵たちに罵声を浴びせていた。


「お待たせ致した。某がここの責任者のウズガルドと申す」


 自分たちと格の上では同格である士分のウズガルドが現れても、彼らは下馬すらせず、頭ごなしに柵をどけろと怒鳴りつけた。

 ウズガルドは、若いころは血気盛んな荒武者といった性格であったが、老境に達した今では、年相応の落ち着きある老人であった。

 が、ここは戦場。それも最前線ともなれば、血が湧き上がるのも仕方なし。


「黙れ下郎ども! 貴様らのような招かれざる客には、弓矢を馳走してやろうぞ!」


 老人とは思えぬような力強さで、ウズガルドは槍をぶん、と音を鳴らしながら構えた。

 後ろに控える郎党も、弓に矢をつがえ、弦をぎりぎりと引き絞る。


「なっ! 爺、血迷ったか! 我らは侯爵家に連なるカーマルン男爵閣下の手の者であるぞ! 我らに槍先を向けるは、男爵閣下のみならず、侯爵家、いや王家に弓引くと同意ぞ!」


「ええい田舎者めが! 今自分がしていることが、どういうことかわかっておるのか? ここで我らに一矢でも放てば、貴様らは逆賊となり、一族はおろか、この地に住まう者たち皆殺しとなろうぞ!」


 侯爵家という強力な背景があるため騎士たちは、この期に及んで、弓を向けられていても、まさか自分たちに向けて矢を放つはずが無いと高を括っていた。


「愚か者どもめ! 我がネヴィル王国が、西候ごとき…………いやガドモアごときに恐れるとでも思うたか! この地を欲するというのならば、いつでも掛かってくるがよいわ。この崖道を貴様らの血で、赤く舗装してやろうぞ」


 目の前で肩をいからせ、槍先を真っ直ぐにこちらへと向けているウズガルドを、騎士たちは正気ではないと判断した。


「ネヴィル王国だと? 我らに恐れ、気でも触れたか?」


「ぷっ、たかが辺境の小貴族ごときが、王国を名乗るとはな。その話をすれば、どこの酒場でも笑いを誘う事ができるだろう」


「この爺、正気ではないわ。おい、そこのお前、この小汚い爺ではなく、誰ぞ話のわかる者を連れて参るがよい」


 騎士たちは馬上から、ウズガルドを蔑んだ目で見ながら哄笑した。


「一人は生かしておけよ。射よ!」


 笑われたウズガルドは、後で弓を構える郎党に、振り向くことなく命じた。

 騎士たちとしては、あり得ぬ攻撃である。

 至近距離であり、躱す間もなく、放たれた矢は二人の騎士へと吸い込まれるように命中した。

 一人は喉仏を、いま一人は眉間を貫かれて悲鳴を上げる間もなく落馬し、絶命する。


「ば、馬鹿な! き、貴様ら…………」


 一人生き残った騎士の目は、同僚たちの死体を見て驚愕に染まる。


「とっとと帰り、カーマルンとか申す阿呆めに伝えるがよい。()()()()()()はガドモアを見限ったとな」


 逃げ帰る騎士の背に、ウズガルドたちの笑い声が響いた。


「おのれ、おのれ! 貴様ら、許さんぞ! 必ずや皆殺しにしてくれるわ、覚悟せよ!」


 捨て台詞を吐きながら逃げる騎士に追撃の矢は放たれなかった。



 ーーー



「なに? ネヴィル家が王国に反旗を翻しただと?」


 報告を受けたカーマルン男爵は、想定外の報告に、目をキョトンとさせてしばらく固まった。

 周囲に控える騎士たちの反応も、カーマルンと全く同じであった。


「はぁ、これだから田舎者は…………たかが田舎の小貴族が、我らに勝てるはずもなかろうに」


 くだらぬ、とカーマルンは溜息をつきながら肩を竦めた。


「まったくで御座います。我らに楯突くとは、この上ない愚か者どもで御座いますな。それもネヴィル王国とは…………あきれ果てて物も言えませぬ」


 騎士たちは笑った。

 その中でただ一人、目の前で同僚を殺され、戻って来た騎士だけが、怒りに震えていた。


「…………畏れながら申し上げます。こちらは既に二人の騎士を殺されておりますれば…………」


「わかっておる。直ちに攻撃を開始せよ。一撃くわえてやれば、奴等も正気を取り戻すであろうよ。無論、その後降伏しようとも、それ相応の報いはくれてやらねばならぬがな」


 そう言いながらカーマルンは口許を綻ばせ、手に持った短鞭をしならせた。

 こうして、ネヴィル王国とガドモア王国との最初の戦いが開始されたのであった。



 ーーー



「ええい、もっと柵へ兵を寄せぬか!」


 前線で指揮を執る騎士は、苛立ちを隠せない。

 これがこの日、三度目の攻撃である。にもかかわらず、未だ柵を排除するどころか、まともに柵へと辿り着くことも出来ずにいたのである。


「し、しかし、こうも狭いのでは…………身を隠せるところも御座いませぬので、弓矢も防げませぬので…………」


 既に数名が弓矢に斃れており、それを見た兵たちは尻込みして前へと進もうとはしない。


「ならば、こちらも弓で対抗せよ」


「いえ、いえ、そうなさるには風向きが悪う御座います。こちら側は風下で御座いますれば、向こうの矢は届くとも、こちらの矢は届きませぬ」


 ここに来て苛立ち極まった騎士は、兵長に怒鳴りつけるように命じた。


「ならば、大盾を持って参れ! 大盾を構え隊列を組み、そのまま肉薄して柵を押し倒すのだ!」



 ーーー



大親父殿ウズガルド、奴等、盾を…………このまま近付いて来る気ですぜ」


 郎党が放った矢は、大盾に防がれ、弾かれた。


「むっ、ではアレを用意し、火を点けよ。急げよ」


「はっ」 


 矢を放っていた郎党が下がり、代わりに薪を束ねた物が幾つも用意された。

 その薪を束ねた物に火を点けると、柵の直ぐ目の前に放り投げる。

 この薪の束は、コールス地方に自生するセイヨウナナカマドの枯れ枝であった。

 ナナカマドは、七度、竈に入れても燃え尽きないということから名づけられたというが、それは嘘であり、実はナナカマドは良く燃え、良質の木炭にもなる。

 また、その実には毒があるが、加熱することで毒が抜ける。

 苦みが強く、あまり美味くはないが食することもでき、薪として、非常時の食料として、この地に住む者たちに、セイヨウナナカマドは広く親しまれている木である。

 そのナナカマドの枯れ枝に、獣脂やオリーブオイルをたっぷりと浸み込ませ、乾かしたものがこれであった。

 火を点けられた薪は、あっという間に炎に包まれ、勢いよく黒煙と白煙をもくもくと噴き上げた。

 それはすぐに混じり合い、やがて薄灰色をした白煙となった。

 煙は崖道を通る冬の風に乗り、風下にいるカーマルン男爵軍の元へと流れていく。


「もっとだ。足りなければ後ろから貰って来い!」


 次々と火を点けられた薪の束が柵の外へと投げ出されていく。

 煙はたちまちのうちに崖道を覆い隠し、その煙を吸った敵兵は、目と喉を抑え激しく咳き込んだ。


「狙わずとも良い、声や咳のする方へ矢を撃ちこめ!」


 ウズガルドの命令により、郎党たちが矢を放つ。

 元々、崖道は大人三、四人がどうにか並べる程度の狭い道。

 武装をすれば、精々並べても二人が限度。

 その狭き道に矢を集中させるなど、例え白煙に包まれていようとも、造作もなき事である。

 煙に捲かれた敵兵たちは、盾を捨て激しく咳き込み、もだえ、苦しむ。

 そこへトドメと言わんばかりの矢の雨である。

 彼らは悲鳴を上げながら、逃げ出した。

 だが、煙に目をやられ、道を煙で覆い隠されてしまったがために、退却は容易では無い。

 足を踏み外し、崖から転落する者が続出し、崖道に幾つもの悲鳴が木霊する。

 さらには後方から前へと進む兵たちと、退却する兵たちとがぶつかり合い、それによって多数の兵が道から押し出され、崖下へと落ちていった。

 咳き込む音、怒声、悲鳴と、白煙に包まれた崖道は正に地獄であった。

 カーマルン男爵麾下の騎士たちは、白煙が収まるまで攻撃を断念し、兵を退かざるを得なかった。

 だが、いっこうに白煙が収まる気配はない。

 それもそのはず、ウズガルドは煙が絶えぬようにと、次々と薪を燃やしていたのである。


「一見、子供の悪戯のような策ではあるが、これはよう効くわい。これでかなりの時間が稼げようぞ」


 ウズガルドにとって、おそらく年齢的にもこの戦が最後の戦かも知れない。

 そういった意味では、脆い敵軍に対して、いささか失望を禁じ得ない。


「これほどまでとは思いませなんだ。冬に吹くこの風を利用した、見事なる策で御座います。流石は、知恵者たる若様…………いえ、殿下で御座いますなぁ」


 被害も無く楽に勝利した郎党たちは、しきりに三兄弟を褒め称えた。


「兎に角、煙を絶やすでないぞ。弓はたとえ敵が見えずとも、声や音のする方へ撃て。風が弱まった時には、大団扇で煙を仰げ」


 こうして三兄弟の考えた、冬の風を利用した煙による崖道の封鎖は、見事に成功した。




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