援軍の意味
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先陣の名誉を得たウズガルドは、壁上にいる味方に対し、見せつけるように率いる一族郎党たちの先頭に立つと、崖道に向かって肩で風を切って歩き出した。
そのすぐ後ろには、息子のナイアス、そして孫のカリギンが付き従っており、さらにその後ろには完全武装の郎党たち二十人あまりが付き従う。
赴く先が崖道なので、士分であるウズガルド以下数名は、馬に乗らず郎党たちと同じく徒歩である。
「如何でしたか? 若の御様子は?」
ナイアスは父親であるウズガルドに後ろから声を掛けた。
「これ、殿下と呼べ!」
ウズガルドは振り向かずに叱責した。
「…………失礼しました…………全てが変わってからまだ日が浅く、慣れぬものでして…………」
わからぬでもないが、家長であるウズガルドとしては、主家の人間の敬称の言い間違いを許すわけにはいかない。
「初陣ゆえ緊張はしておった。じゃが、全く周りが見えておらぬという風では無かった。それに傍にはギル様も控えておる。心配はいらぬわい」
「そうですな、ギル様がおりますれば、まず間違いは御座いませんでしょうな」
「そういえば初陣といえば、カリギン、お前もこれが初陣じゃのぅ」
首だけ後ろに向け、孫の様子を見たウズガルドは、緊張のあまり表情と身体を強張らせているのを見て、やれやれと首を振った。
ウズガルドに話しかけられたカリギンは十六歳。
今は戦特有の風にあてられてしまい、祖父の言葉に咄嗟に反応することも出来なかった。
(この孫に比べれば、アデル殿下は十分落ち着いていると言っても良いだろう。やはり血は争えぬな。御隠居様や、先代様の血が色濃く流れておるわい)
これが器の差かと、ウズガルドは少しだけ悔しく思うと共に、アデルは大器であると確信した。
だが、実際には器の差などという問題ではなかった。
単に、このような事態を予め想定していたか、いないかの差でしかなかった。
カリギンは突然主家が王国から離反し、国を興したりと目まぐるしく変化する最中の初陣。
対するアデルは、弟のカイン、トーヤとあらゆる状況を毎夜、寝る前に話し合っていたのである。
ただ、このような状態になるだろうと見ていた時期は外した。三兄弟はネヴィル家が、ガドモア王国から独立するには、まだ早すぎるとも考えていた。
一手間違えれば即滅亡。アデルの緊張は初陣だけのものではないのだ。
「よし、儂が第一柵を守り時間を稼ぐ。ナイアス、お前はカリギンと共に第二柵を守れ」
「はっ、承知。父上、ご武運を!」
「おう! では、半数は儂に着いて参れ。ゆくぞ、ガドモアの貧相な小人どもに遅れを取るでないぞ!」
ウズガルドは十名ほどを率い、第一柵へと向かった。
ーーー
一方その頃、ネヴィル家の館では、母親のクラリッサと共に書類仕事をしていたトーヤの元に、敵の襲来を告げる兵が訪れていた。
長兄アデルは前線で指揮。次兄カインは、友好部族であるエフト族の元へ赴いていて留守。
今は末弟であるトーヤがこの館を仕切っている。
ちなみに国王であるジェラルドは、夜間の指揮を執るために今は昼寝の最中である。
「ああ、やっと来たか。まぁ、奴等の相手はアデルと叔父上で十分だろう。街の様子はどうだ?」
「やはり皆、不安のようで…………町長が面会を求めております。敵襲の警鐘を鳴らすべきかどうか、御判断を仰ぎたいとのことで…………」
「わかった。すぐに会おう。そうだ!」
トーヤは椅子から立ち上がると、ポンと手のひらを叩いた。
「母上、残りの仕事をお任せしてもよろしいでしょうか?」
残っている仕事の量はそれほど多くはない。激しく数字の変動するような面倒臭い類のものは、予めトーヤが処理していたので、残りはクラリッサ一人でも十分ではある。
「え、ええ、いいけれど…………」
クラリッサは夫であるダレンの死後、積極的に領内の運営に関わるようになっていた。
おそらくは、自分が幼い子供たちに代わって、領内を運営せねばとの思いからだろうと思われる。
「町長さんと会ったあと、少し外で遊んできます。近所で、それも夕暮れまでには戻りますから、どうかご心配なく」
こんな時に? と、クラリッサと兵は思わず首を捻ってしまう。
「こんな時だからですよ、母上。後ろが動揺して騒がしいと、アデルも叔父上もやりにくいでしょうからね」
そう言うとトーヤは、執務室を出て応接室へと行き、不安げな顔の町長に会う。
結局、警鐘を鳴らすのは、敵が山海関に迫ってからで良いとし、トーヤはそのまま外へ出て、近所の子供たちを遊びへと誘った。
この効果は絶大だった。
普段と同じくして、子供たちと遊ぶトーヤを見た街の人々は、落ち着きを取り戻した。
のちに、このささやかなるトーヤの援護に、アデルは感謝した。
ーーー
「着く頃には終わっているだろうなぁ……」
ネヴィル王国とエフト族との間に設けられた山道を、カインは借り受けた兵百と、譲り受けた大量のヤクの糞を載せた馬車を率いて、ネヴィル王国への帰路を急いでいた。
山間を縫うようにして切り拓かれた道には、一足早い冬の風が吹き抜けている。
急いでいると言っても、夜間行軍などをするわけでもなく、カインに付き従うエフトの兵たちは、新しく興したばかりの国の、滅亡するかどうかの危急の時であるのに、カインが急がぬのを不思議に思っていた。
「そうでしょうか? 王国は強大です。やはり借りた兵が百では少なすぎるのでは?」
カインと共にエフト族の元へと赴いた、通訳兼、この度、外務大臣に任命されたトラヴィスは、今からでも自分が戻り、兵を千や二千借りた方が良いのではないかと提案する。
「先生、今からまた兵を、それも千や二千も借りたとしても、どうせ準備に時間が掛かるから間に合わないよ。それに、ここだけの話だけれど…………この借りた兵たち、戦力としては全くあてにしてないから」
えっ、と、トラヴィスは驚きの表情を浮かべてカインの顔を見た。
「あくまでも今回は、ネヴィル王国単独で、ガドモア王国を撃退したという事実が欲しいんだ」
「ではなぜ? それならば兵を借りなくとも良かったのでは?」
馬上でトラヴィスは首を傾げた。
「うん。でも、その事実を目の当たりにし、伝える人間は必要でしょう?」
なるほど、と得心がいったトラヴィスは一人唸った。
このエフト族から借りた兵たちは、ネヴィル王国がガドモア王国に勝利したという事実を、世に喧伝する役を担うのだ。
それに参加させれば、どんなに少数であれ、援軍を送ってくれたエフト族に大きな借りが出来てしまう。
ネヴィル王国としては、出来る限りエフト族とは対等でありたいところであった。
「ですが、本当にガドモア王国は直ぐに撤退するのでしょうか?」
「するよ。その理由は二つ。まず、ガドモア側は、今回は戦に来たのではなくて、あくまでも領地を譲り受けに来たのであって、兵を連れて来たのも、我々を反抗させないための脅しという側面が強い。将兵らも戦という気分ではなく、下手すりゃ物見遊山という気で来ているため、戦意は低いだろう」
それと、時期が悪い。とカインは、吹いて来た寒風に首を竦めながら言った。
「もうあと幾日もしない内に、向こうも冬だ。そんな遊び半分で来るような奴等が、冬季装備を持ってくるとは思えない。冬に戦が厳禁なのは、寒さもそうだが、それを凌ぐのに、衣服や毛布、それと暖を取るための薪などを用意するのに金が掛かり過ぎるからだ。どうせ奴等は、冬はネヴィル領でぬくぬくと過ごして、春になったら引き上げようなんて考えだろうしね」
カインの読み、というか三兄弟の読みは当たっていた。
領地を引き継ぐカーマルンは兎も角として、西候に付けられた将兵らの考えは、三兄弟の考えているそれであった。




