初陣
感想、評価、ブックマークありがとうございます!
いやぁ、家の便器が詰まりやがりまして…………溢れ出た汚水を、鼻を摘まみながら掃除。
テンションは、ブルーを軽く通りこして、ダークです。
来週は、本作ともう一方の帝国の剣を更新するよう努力します。
今回は、色々とね…………やってらんねぇんだぜ! ということで、ひとつ。
ネヴィル家が密かにガドモア王国からの独立をしていた頃、隣の西候はというと、長年掛けてやっと築き上げた中央との太いパイプをフルに活用し、ガドモア王国の国王であるエドマインから、自分の一族の者で、ルースア子爵家の次男坊であるカーマルンに男爵位と、ネヴィル領を引き継ぐ約束を取り付けていた。
無論、これはそれ相応の賄賂を使った結果であることは言うまでもない。
「危ないところであった。ネヴィルの小僧を傀儡とする予定であったが、まさか王の勘気を被るとはな…………本格的な工作をする前で助かったわい」
パチパチと薪の爆ぜる音を聞きながら、西候はグラスに注がれた赤ワインを喉へと流し込む。
夜気にあてられ、軽く身震いした西候は、冬の訪れを感じ取る。
「ですが、よろしいのですか? ルースア家の次男坊といえば、この辺りでは遊蕩児として知られておりますが…………」
西候の影に隠れるようにして、控えている執事の問いかけに、西候は鼻を鳴らした。
「フン、だからよ。あの無能な遊蕩児をいっぱしにしてやれば、ルースアの家を恩義で縛れよう。それにだ、あの馬鹿は次男坊で部屋住みゆえ、自分の家臣や兵を持ってはおらぬ。それ故にそれらは全て、儂が用意してやるのだ。あとはわかるな?」
執事は、なるほどと納得し、無言で頭を下げた。
この度男爵となり、領地を授かったカーマルンは、単なるお飾りというわけである。
馬鹿の方が扱いやすい上に、それを取り巻く家臣たちは侯爵の息の掛かった者たち。
男爵を生かすも殺すも、侯爵の思いのままであった。
「これで後顧の憂いは無くなるわけだな」
上機嫌の侯爵は、誰のためでも無く、自分の未来に向かってワイングラスを掲げた。
ーーー
こうして何から何まで、西候にお膳立てしてもらったカーマルンは、三千の兵を与えられ、領地の引き継ぎのために、ネヴィル領へと進発した。
「陛下の御裁可に、まさか異を唱えることもあるまいて。それにこの三千の兵を見れば、たとえそのような不遜な考えを抱いていたとしても、諦めるに違いないであろう?」
「そうですな。それに彼の家は、先の戦にて当主を始めとして、甚大なる損害を被ったと聞き及んでおりますれば、抵抗などあろうはずも御座いませぬ」
カーマルンも西候が与えた家臣も、そのようなまさかの事態にはなりえようはずがないと、楽観視していた。
その雲行きが怪しくなってきたのは、ネヴィル領へと続く崖道に差し掛かってからであった。
先行させた先触れ兼物見の兵が戻り、木製の柵の類によって崖道が塞がれていると注進してきたのである。
「はて? そのようなものがあるとは聞いておらぬが?」
カーマルンは確認のために今度は、騎士たちに物見に行かせた。
騎士たちは崖道から落ちないように慎重に手綱を操りながら、崖道を進むと、確かに兵の報告の通り、道を塞ぐように柵が建てられている。
その柵の内側には、ネヴィルの兵と思われる者たちがいる。
「この柵は一体何か? 我らは、新たにこの地を治められるカーマルン男爵閣下の手の者である。直ちにこの柵をどかすがよい!」
下馬もせずに上から威圧的に声を掛けられたネヴィル兵は、ひっ、と首を竦めた。
「わ、我々は御領主様の御命令で、この場所を守っておりますれば…………我々では、判断が付きかねますので、上位者に報告を…………このまま、しばし、しばしお待ち下さいまし…………」
そう言って幾人かの兵が下がって行くのを見て、ええい、じれったいと、馬上の騎士が眉間に皺を寄せた。
ーーー
「大変だぁ! 敵襲! 敵襲!」
落ちれば万に一つの命も無い崖道を、慣れた足取りで走って来た兵が、山海関の壁上に向かって大声で叫んだ。
「ついに来たか! よし、かねてよりの作戦通りに動け!」
そろそろ来るだろうと、この作戦の総司令官を務めるアデルは、実質的に指揮を執る叔父のギルバートと共にここ数日、山海関の手前に天幕を張り生活していた。
アデルは護衛のブルーノを引き連れ、急ぎ山海関の壁上へと階段を駆け上がる。
その山海関の壁上では、すでにギルバートが将兵たちに矢継ぎ早に指示を出していた。
「おう、アデル…………じゃなかった、殿下…………いえ、総司令官殿。御采配を」
ギルバートはアデルの前に恭しく跪いた。
「叔父上、じゃなかった、将軍、いや大将軍。手筈は整っているな?」
建国と共に、大将軍に任じられたギルバートは、このやりとりに滑稽さを感じ、頬を僅かに緩ませた。
「はっ、既にご計画通りに事は進んでおります。先手は、あのウズガルド老の手の者たちで御座いますれば、先ず問題は御座いません。老は若き頃より国王陛下と共に、幾多の戦場を駆け巡りし古強者なれば、引き際を誤るような事は無いかと存じ上げまする。老の部下もまた古強者が多く、信頼してよろしいかと」
先手の将に選ばれたのは、古参中の古参であり、国王となったジェラルドの、かつては右腕とまで称されたウズガルドという老人であった。
年が年なだけに、先の戦には連れて行かれず、本人は自分が従軍していれば、むざむざと先代当主であるダレンを死なせはしなかったのにと、その悔しさに臍を噛み、悶々として日々を過ごしていた。
アデルは、そのやるせない悔しさと怒り、そして老の経験を買って、今回の戦いの先手の将に選んだ。
選ばれたウズガルドは奮起した。
「ウズガルド卿、頼んだぞ」
アデルの前に跪いたウズガルドは、老人とは思えぬ気迫を漲らせている。
「侵略者どもに、目に物を見せてやりましょうぞ! この命尽きるまで、戦い抜き、一人でも多く地獄への道連れとしてやりまする」
死を決意して立ち上がったウズガルドをアデルは慌てて止めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待った! 作戦通りに! ね? ね?」
「畏れながら申し上げまするが、侵略者を追い返すのが目的でありまするのに、なぜ、程々に戦った後は、柵を明け渡さねばならないのでしょうか? そのまま命尽きるまで戦い抜き、一人でも多くの敵を…………」
「確かに卿の言う通り、そうすれば敵により多くの損害を与えられるだろう。だが、あまりにも突破し辛いとなると、敵が崖道を避け、迂回路を探す可能性が出て来る。我々は日々、山岳猟兵たちに周辺の探索をさせてはいるが、この地方の全てを知っているわけではない」
「…………つまりは、適度に戦いその目をここへと引き付け、後に敵を通すことによって、この崖道に執着するようにと仕向けるということですかな?」
「その通り! それに今回の敵はおそらくは本格的な侵攻の準備をしてはいないだろう。早ければ数日、長くても十日もすれば、兵を退く。そのように敵が直ぐに退くとわかっている戦いで、無駄な死傷者を出したくは無い。そこで卿を選んだのだ。卿の武功は、度々陛下より聞き及んでおる。特に進退の駆け引きの上手さは、家中随一だとも。上手く時間を稼ぎながら、損害は最小限で頼む」
孫のような年頃の子供とはいえ、アデルは主筋。
褒められ、頼られれば、嬉しくもある。
「お任せあれ! このウズガルド、必ずや総司令官殿の満足行く戦をして御覧に入れましょう!」
ウズガルドは颯爽と立ち上がると一礼し、階段を駆け下り山海関の門を潜り、崖道へと手勢を率いて駈け出した。
「相変わらず元気な爺様だこと。年をとっても昔とちっとも変りはしない。あの爺さんに任せておけば、大丈夫だ、何の心配ない」
壁上より崖道へと駆けて行く一行を見下ろしながら、ギルバートは言う。
それを聞いてアデルは、ただ静かに頷いた。
アデルにとってはこの防衛戦が初陣となる。
おそらく敵の前に立つことは無いだろうが、それでも緊張と、失敗すれば即滅亡という重圧に、その小さな身体は、今にも押し潰されそうであった。




