挙国一致
評価、ブックマークありがとうございます!
三兄弟が考案した作戦とは、実に単純なものであった。
崖道にいくつもの柵を拵え、敵の進軍を阻むという単純なものであった。
「それならば、いっそのことあの崖道を崩し、通れなくすれば良いのでは?」
家臣の一人がそう言うと、大多数の者がその後に続いた。
それを見て三兄弟は慌てた。
「それは駄目だ。あの道を塞げば敵は、別の道を探し出すだろう。一応、この近辺の山々は、山岳猟兵団によって調べてはいるが、それでも広大な、このコールス地方全域を調べたわけではない」
「まだ我々の知らない道が、もしかしたらあるかも知れない。そういった目を向けさせないためにも、崖道は崩してはならない」
「目の前に通れる道がある以上、敵はその道に固執するはず。なぜならば、今回の出征は、あくまでも領地の受け取りという名目であり、それに加え我々がガドモアから独立し、戦うなどとは思っていないため、長期戦の備えなどして来ないはず」
「それにもう秋も深い。少しの間、持ち堪えれば冬になり敵は兵を退くだろう」
もっとも春になった途端、再び攻めては来るだろうが、と三兄弟は思ったがそれを今は口にしない。
先ずは目先の一勝を確実にもぎ取らねばならないと考えていた。
「このやり方で二度勝利すれば、敵の手は止まる」
「なぜ、そう思われますか?」
不思議そうに聞き返す家臣の一人に、アデルは身体ごと向き直った。
「簡単なことだ。面子だよ、面子。我らのような小国に、三度も負けたとあれば、ガドモアの面子は丸潰れだ。兎に角だ。先ずは秋に一勝し、そして来年の春にまた勝てば、しばらくは安泰かも知れないということだ。その間に、次の手を打つさ」
秋晴れの青空の下で行われた作戦会議は、早朝から昼過ぎまで続いた。
翌日、今度は同じ場所に、民衆の代表である町長や村長、顔役などが集められ、ネヴィル家のガドモア王国からの独立と、ネヴィル王国の建国宣言が行われた。
「ガドモアは卑怯卑劣にも、既に天界へと旅立たれた父上を侮辱し、この地を奪わんと手を伸ばして来た。皆も知っているだろうが、ガドモアの平均的な税率は八公二民。それに加えて、過酷な労役が課せられる。その結果どうなるかは、言わなくてもわかるな?」
アデルの視線が、ある一人の村長の元へと動くと、それに釣られるようにして、皆の視線もその男に集まった。
その男は、受け入れた棄民たちによって作られたネヴィル領第五の村である、ウェービー村の村長であった。
「また、また我々は土地を捨てなければならないのですか?」
ウェービー村の村長の目は絶望に染まりつつある。
その絶望を振り払うように、アデルは高々と勝利を宣言する。
「そうはならん。何故ならば、我々はガドモアに勝つからだ。勝って、この地を守り切るからだ。そのためには、皆の協力が必要不可欠である」
「勝つ? ガドモア王国に勝つですって? まさか、そんな…………」
ネヴィル家の現当主とはいっても、まだアデルは子供である。
所詮は現実を知らない子供の戯言に過ぎないと、民たちは顔には表さないまでも失笑した。
「正確には勝つではなく、負けないだが…………何のために、皆に辛い労役を課してあの山海関を作らせたのか? それは、この日の為にと言っても過言ではない。ガドモアへと続く崖道と、あの山海関で敵を迎え撃つ限り、我々に敗北の文字は無い! 敵がどのような大軍であっても、あの狭い特殊な地形では、その数を活かす事など出来ない。だいたい、もう我らに選択の余地など無いのだ。勇敢に侵略者であるガドモアと戦って死ぬか、それとも降伏し、搾取され、惨めに死ぬか。時間は無いぞ、今すぐ選べ」
顔役たちの視線が、再びウェービー村の村長の元に集まる。
そんな皆の視線に怯えつつも、ウェービー村の村長は、ゆっくりと口を開いた。
「本当に勝てるのですな? 我々はもう二度と、家族を売り、土地を追われたりしないで済むのですな?」
「それは、皆の覚悟と協力次第である」
皆の額には、緊張の汗の珠が浮かび上がる。
三兄弟もまた、握った手のひらにじっとりとした汗を感じていた。
しばしの沈黙。それを打ち払い、その汗を拭うかのように、一陣の秋風が広場を吹き抜けていった。
「ええい、もうこうなったら破れかぶれだ! どっちみち死ぬならば、一人でも多く敵を道連れにしてやる!」
「もう二度と土地を追われるのは御免だ! ガドモアは家族と土地を奪った敵だ!」
「この地は先祖代々、我らが切り拓いてきた土地よ! 中原の案山子どもにくれてやる義理など無いわい!」
守ろう、自分たちの土地を。家族を。彼らの意は決した。
彼らは受け入れた棄民たちや、買い入れた奴隷の子供たちの口から、現在のガドモア王国の悪政を聞き知っている。
それは到底受け入れられるものではない。
その日の内に、代表者たちの決意は、民衆全ての決意に変わり、ここに挙国一致体制が出来上がった。
こうなると、人口が少ない分だけ身が軽い。
直ぐに崖道を塞ぐ柵が作られた。崖道に十カ所、柵を建て敵の来襲に備える。
また、領民一同必死に軍事訓練を行う。
そうこうしている内に、三週間が過ぎた。
そろそろ敵が来るだろうというところで、士気高揚を狙い、ネヴィル王国初代国王となるジェラルドの即位式を行った。
ジェラルドの多少くたびれた白髪頭には、冠が黄金の輝きを放っている。
その黄金の冠を鮮やかに彩るのは、このネヴィル領で取れる宝石たちである。
中央に虹石こと良質なアンモライトを配し、その周囲にオパールを散りばめる。
冠自体に用いられている金は、友好関係のエフト産の砂金を用いられて作られている。
ジェラルド自体には、王となった実感は皆無と言っても良い。
王となったからといって、生活から何から何まで、これまでと全く変わらないのだ。
ただ、家臣や領民たちからの呼ばれ方が、御隠居様から、陛下と変わっただけである。
ジェラルドが王位に就いたことで、孫である三兄弟は王子となり、殿下と呼ばれるようになった。嫡孫であるアデルは王太孫となったが、今まで通り次代様、あるいは殿下と呼ばれるようになった。
次男であるカインと三男のトーヤは、二の若様、三の若様から、二の殿下、三の殿下と呼ばれるようになった。要するに、嫡男のスペア、そのまたスペアであるカインとトーヤの扱いは、ほぼ変わらないのである。
即位式に先だって、ネヴィル家はエフト族の元に、カインとトラヴィスを派遣し、現在の状況とそれに伴い、ネヴィル家はガドモア王国から独立することを伝えた。
これには、エフト族の現在の長であるダムザは驚いた。
先の長であるガジムは、老齢にて体調を崩し気味となり、現在は後継者であるダムザに長の座を譲って隠居している。
居留地の中にある一番大きな天幕の中で、カインとトラヴィスは、新たに族長の座に就いたダムザと、膝を突き合わせるようにして対面していた。
エフト族にとって、このような公式の場での相手との距離は非常に重要である。
本来ならば、一段高い所に座っているダムザに対し、数メートル程離れなくてはならないのだがカインはダムザの娘、サリーマの婚約者であり、身内同然であるため、間近で接見出来るのである。
「なんと! しかし婿殿、勝算はあるのか? いかにネヴィル家が強兵の家とはいえ、その…………な…………敵は強大だ…………」
ダムザはカインに配慮し、直接には言わないものの、負けを言外に匂わす。
「義父上、御安心下さい。既に勝利は我らの手の内にあり、です。といっても防衛戦ですから、勝つというよりは負けないといった体ですが…………」
カインはこのネヴィル王国最初の難事に、いささかの動揺も示さずに、絶えず笑みを浮かべている。
神経の図太い子だ。いや、この余裕には何か裏付けがあるのだろうと、ダムザは察した。
「よかろう。ネヴィル家には、先代のダレン殿には大きな借りがある。兵はいくら欲しい? 出来る限りのことはしよう」
ダムザは腹を括った。
ここでネヴィル家、いやネヴィル王国が倒れれば、似たような小国であるエフト族もまた、ガドモアに飲み込まれてしまうだろう。
ここは、先の天変地異の原因を探り当て、この地を救った義理の息子とその兄弟の智に全てを賭けてみる他は無い。
「では義父上、大変申し訳ないのですが、百名ほどお借り出来ますでしょうか?」
「な、何? 百? たった百名だと?」
ダムザとしては、千や二千の兵を要求されるだろうと考えていたが、カインの要求は、たったの百名であった。それも良く聞けば、弓の腕の立つ者を百名欲しいというのである。
「いや、婿殿、遠慮はしなくてもよいのだぞ。我らエフトとネヴィルは、今や家族同然なのだからな」
「ありがとうございます。でしたらお言葉に甘えて、欲しい物が御座いまして…………」
「言ったであろう。遠慮などするな。婿殿の頼みとあれば、何なりと用意してみせよう」
ダムザはこの後、この日何回目かわからない驚きを覚える。
婿であるカインが要求したもの。それは、大量のヤクの糞であった。
一章は、この防衛戦で終わりとなります。




