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晩秋の決起

評価、ブックマークありがとうございます!

風邪を拗らせてからの、持病の喘息のコンボ攻撃にマジで死に掛けましたが、何とか回復しました。

皆様にはご心配をお掛けしましたが、もう大丈夫です!

病中、多数の方から温かい励ましのメッセージを頂きました。

本当にありがとうございました。

 

 西の山に棲む三匹の獣に手を触れ、その眠りを妨げてはならない。

 ひとたび眠りから覚めた獣たちは、自らの眠りを妨げし者を、必ずや食い殺すであろう。


 セオドーラの預言書 新生の章 122項より


 ーーー


 

 澄み渡った秋晴れの空の下、王国となったネヴィル領の守りの要である、山海関の前の広場に、朝早くから家臣たちがその身分にかかわらず一同に集められた。

 西から東へと広場の地面を吹き抜ける風には、冬の到来を匂わせる冷たさが含まれ始めている。

 早朝より新たに領主となったアデルから、家臣一同に重大な知らせがあると聞き参集した家臣たちは、一体何事であろうかと周囲の者たちと言葉を交わす。

 本来ならばこのようなことは、余人に聞かれないためにも館の室内、あるいは敷地内にて行うべきであるが、ネヴィル家の館は貴族の館としてはおそらく大陸一、質素で狭く、敷地ですらそこらの中級商人の邸宅にも劣る有り様であり、家臣一同を集めることなど到底不可能である。

 度々家臣たちの口々から、建て替えの話が出るが、先々代領主であったジェラルドの頃にはそんな余裕はとても無く、後を継いだ今は亡き先代領主のダレンは、自分の邸宅を建て替えるくらいならば領内の整備に金を使ったため、そのままであった。

 そのため、このように山海関前の広場に家臣たちを集めたのであった。

 その広場の中心に置かれた木箱の上に、新たに男爵領を受け継いだと、家臣たちが思っているアデルが立った。


「朝早くから御苦労」


 声変わりもまだな、アデルのソプラノの透き通るような声が響くと、家臣たちは口を噤み、襟を正した。


「いきなりだが時間が惜しいので、さっそく本題に入ろうと思う。当家は現在、未だかつてないほどの危機に晒されている」


 ざわ、と広場の空気が揺れた。


「先月、私は王都へと赴き、爵位継承したが、先日になって王都より使者が来て、爵位継承は無効。さらには不正に関わった疑いにつき、爵位と領地の没収を宣告された」


 それを聞いた家臣一同、目玉が飛び出さんばかりに驚いた。

 人は驚きすぎると、声すらも立てられないものである。

 現に、広場は静まりかえっており、聞こえてくるのは、驚愕により不規則になった呼吸の音のみである。

 ただ一人だけ、この場にて驚きではなく、緊張に包まれている者がいる。

 それは、先だってこの秘事を明かされ、機を見て動くことを命じられている騎士ハーロー、その人である。


「す、すると、わ、我々は…………」


 震えるような声をやっとのことで絞り出した一人が、アデルに問う。


「すまない。このままでは、卿らは自分と同じく新領主によって、この地を追われるだろう。帰農でもすれば別だろうが…………」


「そ、そんな…………なぜ、なぜです? 不正とはいったい?」


「私は正式な手続きをしたが、王の取り巻きたちの蹴落としあいに巻き込まれた。その結果、連座という形で処罰の対象となった」


「それだけではあるまい。王は嫉妬したのじゃ。先の戦で名を高めた息子にの。吐き気がするほどに器の小さき男よ! 王が逃げる際に発した撤退命令など、前線には届いておらぬのに、撤退しなかったとして、息子は…………ダレンは、命令違反の門で、死後にもかかわらず爵位をはく奪され、庶人に落とされた。愚王め、死者の名誉まで奪いおってからに…………」


 アデルの後ろに立つジェラルドが、話ながら怒りに拳を震わせる。


「なんと!」


「馬鹿な! なんと、おいたわしいことか…………」


 ネヴィルの地は尚武の地。

 死するまで戦い抜いた戦士を侮辱するが行為に、家臣たちの心に怒りの火が灯る。


「そこで当家は、このような非情かつ、大人げ無い仕打ちを平気でするガドモア王国から独立することにした」


 家臣たちの背に衝撃が走った。

 独立、すなわちそれはガドモア王国に反旗を翻すということ。

 そのような真似を、ガドモアが見過ごすはずもなく、直ぐに鎮圧軍が派遣されるのは明らか。


「ど、独立するということは、お、王国と、た、戦うのでありますか?」


 あまりの衝撃にたどたどしく言葉を紡ぎだす家臣に向かって、アデルは黙って頷いた。


「ば、馬鹿な…………か、勝てるはずもない…………王国と戦うなど…………な、何か、何か他に道は…………」


 全身にびっしょりと脂汗を掻き、狼狽する家臣たちに向かって、アデルはきっぱりと言い放つ。


「他に道など無い! 道は、ガドモアと戦い、勝つことでしか拓かれない。王国と戦うことに対し、臆した者や、不服に思う者は、この地を去るがよい。止めはしない」


「若、いえ、お館様! 王国と戦うなど…………ましてや勝つなど、到底不可能に御座いますぞ! ここは御命あることを喜び、命に従い何処かへと落ち延びましょうぞ!」


「馬鹿者がぁ!」


 アデルは吼えた。


「お前ら王国と戦うと聞いて、本当に臆したのか! それでもネヴィルの男か! もし臆したのならば、お前らの腹についている一物を今すぐ切り落とせ!」


 子供の剣幕である。そこに凄みなどまるでない。


「いいか、良く聞け。確かにガドモアには勝てない。第一、国力が違いすぎる。()()とガドモアとでは赤子と大人…………いや、それ以上の差があるのは事実。だが、勝てずとも負けない戦をすることが出来る。昨今の世の乱れ具合は、卿らも肌身に感じているだろう。ガドモアからの攻勢に耐えているうちに、世上は大きく変わる。いや、俺が…………この俺が、必ずや変えて見せる! だから、だからお願いだ、俺に、俺に力を貸してくれ! 頼む!」


 アデルはそう言い切ると深々と頭を下げた。


「我らが、われらの父祖が、汗と血潮を流し切り拓き、守り抜いてきたこの地を、ガドモアの馬鹿者どもにこのまま明け渡すのか?」


「共に笑い、泣き、苦楽を共にしてきた領民たちを、ガドモアの侵略者に差し出すというのか?」


 カインとトーヤが、拳を振りながら叫ぶ。

 頭を上げたアデルの目と、騎士ハーローの視線が交差する。


「ガドモア王国など、恐るるに足らず! この要害の地において迎え撃てば、たとえ百万の軍勢であっても追い返せましょうぞ! お館様、どうぞ御下知を! この騎士ハーロー、大恩ある御当家の御為に、この命を惜しみませぬ。必ずやお館様と共に、このネヴィルの地を守り抜いて見せましょうぞ!」


 ハーローは約束どおり口火を切った。


「よう申したハーロー卿! お館様! 某もこの命、御当家に捧げる所存に御座いますれば、どうかご存分にその御采配を御振るい下さいますよう」


 口火を切ったハーローに続いたのは、ハーローの上司、山岳猟兵団の団長であるブロイスであった。

 それに続くように、古参、新参問わず、ガドモア恐れるに足らず、迎え撃つべしとの声が上がった。

 威勢はよいが、実際のところは、半分以上の者が破れかぶれで声を上げていた。

 というのも、彼らとしてもこうなってしまっては、完全に進退行き詰ってしまっていたのである。

 碌を捨て、この地を逃げ出したとしても、仕官先がそう都合よくあるはずもない。

 再仕官の際の苦労は、先年仕官して来た新参者たちの姿を見ればわかる。

 また、士分としての身分を捨て、帰農したとしても、待っているのはガドモア王国の圧政である。

 この地に買われて来た奴隷の子供たちや、迎え入れた棄民たちの姿を見れば、その過酷さは想像を絶するものであろう。

 最早こうなってしまった以上は、麒麟児と名高い新領主のアデルの閃きに賭けるしかないのである。


「皆の者、感謝する。今のところ、ガドモアに勝つ算段は無いが、負けない算段ならばもうすでにここにある」


 そう言ってアデルは自分の頭を人差し指でつついた。


「最初に言った通り、時間が無いのでこのまま作戦を説明する。今日より、だいたい三週間後くらいに、領地受け取りの軍勢が来るだろう。これを迎え撃つ。作戦はこうだ…………」



 

今回から時折、占星術師セオドーラが遺した予言を冒頭に載せていこうと思います。

予言ですので、当たるも八卦当たらぬも八卦、今回のように具体的なものもあれば、抽象的すぎてわけのわからないものや、見当違いや、外れもあります。

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