騎士ハーロー
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ネヴィル家の方針は決まった。
ガドモア王国から完全に独立すると。
初代国王はジェラルド。だが、ジェラルドは建国宣言をするだけで、即座に退位して王位をアデルに譲り、自分は後見となることで承知した。
つまり、実質的な国王は、御年僅か十一歳のアデルということになる。
傍から見れば、ガドモア王国は中原を制する大国、独立したネヴィル王国は、王国と言えば聞こえがいいが、本を正せば最辺境の小領主。
勝負の行く末は見るまでも無く、もし天下の庶人がこのことを知っていたとしても、賭け事の対象ににすらならなかっただろうと思われる。
「さて、次はどう家臣たちを説得するかだが…………」
まず、アデルは自身の元家庭教師であり、今はエフト族に対する外交窓口を務めているトラヴィスを呼んだ。
アデルの口から、ガドモア王国からの独立とネヴィル王国の建国を告げられたトラヴィスは、大層驚いたが、アデル、カイン、トーヤの三兄弟が只者ではない事を、誰よりも昔より肌身で感じただけのことはあり、納得した。
「そうなるとガドモア王国との対決は避けられませんね。ガドモア王国と我がネヴィル王国との力の差は歴然。言うなれば人と蟻が喧嘩をするようなもの。どう防ぎますか?」
「それよりも先ずは、先生はよろしいのですか? このままここに居ては、戦火に巻き込まれるだけでなく、反逆者となってしまいますが…………」
アデルは、いや、三兄弟は未だに元家庭教師だったトラヴィスを先生と呼ぶ。
「アデル君。いえ、殿下…………わたくしは、実家より手切れ金を渡され、追い出された身の上です。すでに実家の家系図からも、この名は削られてしまっていることでしょう。ですから生まれこそ王都ですが、わたくしの故郷はここ、コールス地方のネヴィル領だと思っております。その故郷が、踏みにじられようとしている時に、逃げ出すような真似は出来ません」
トラヴィスはアデルを殿下と呼んだ。
そう、アデルはネヴィル王国の国王の孫であり、その後継者の第一王子となるのだ。
カインは第二王子、トーヤは第三王子となり、この二人も殿下と呼ばれる身の上となる。
「先生! 感謝致します。どうかこれからも、未熟なる自分たちにお力をお貸し下さい」
その言葉を聞いてトラヴィスは微笑んだ。
未熟者は果たしてどちらなのだろうかと。
「それでですね、基本的な戦略と戦術はこうです…………」
アデルは卓上に地図を広げると、木彫りの駒を配しながら、これから先の戦略と戦術を語り始めた。
ーーー
アデルが次に呼んだのは、今やこのネヴィル領で、内政官として辣腕を振るっているスイルであった。
このスイルという男、高名なる占星術師セオドーラの最後の弟子であり、大層可愛がられ、その技の全てを授けられてはいたが、占星術師としての腕は並みであった。
しかしながら、伝授された高度な知識を使いこなす地頭の良さと、機転の利きで、メキメキとその頭角を現していった。
今や、内政だけに留まらず、軍事方面にまで三兄弟は、このスイルに助言を求めるようにまでなっている。
そのスイル、アデルに呼び出されてガドモア王国からの独立という、現時点での秘事を明かされても、トラヴィスとは対照的に驚かなかった。
「来るべき時が来ましたか…………御安心ください。昨晩、星読みを行いましたるところ、殿下の星の輝きは衰えるどころか、増々その輝きを増しております。独立したとしても、一朝一夕にネヴィル王国が亡ぶということは無いでしょう」
これにはアデルも苦笑いである。
平素からスイルは自分で、自分は御婆さまから目を掛けられたが、占いだけはものにすることが出来なかったとその非才を嘆いていたからである。
「で、卿はどうする? この地を去るか?」
スイルは首を横に振った。
「お忘れですかな? 私はあなた方の行く末を見たいがために、この地にやって来たのです。その終わりを見届けるまで、御身から離れは致しません」
「それは助かる。卿は今やこのネヴィル王国に、無くてはならない存在である。これからも色々と指南を頼む」
これはアデルの本心である。
辺境、それも最辺境ということもあり、現在のネヴィル領に有識者は少ない。
その数少ない有識者の殆どが、スイルと同じセオドーラの弟子たちなのだ。
彼らは、文官として、官僚としてネヴィル王国を支えて貰わねばならない。
トラヴィスとスイルは、ネヴィル家がガドモア王国から独立しても、このまま自分たちに着いて来てくれることがわかった。
となると、次は武官。騎士たちである。
ガドモアから独立するとして、そのガドモアと直接矛を交えるのは武官たちである。
その彼ら武官たちに離脱されてしまうと、それだけでネヴィル王国は立ち行かなくなってしまう。
そこで三兄弟は思案を重ねた結果、ある小細工をすることにした。
「お呼びで御座いましょうか?」
亡き父ダレンの執務室は、今やアデルの執務室となっている。
その執務室に呼び出されたのは、騎士ハーロー・ヴァルダーであった。
ハーローは室内を頭を動かさずに目玉だけを動かし一瞥した。
部屋の主であるアデルの他には、その弟であるカインとトーヤがいるのみであった。
「まぁ、掛けてくれ」
ハーローは言われるがままに、ソファに腰を落とした。
その対面にアデル、アデルの右にカイン、左にトーヤが座った。
「これより話すことは他言無用。誓えるか?」
そう言うアデルの目を見て只事では無いことを悟ったハーローは、生唾を飲みながら、騎士の名に於て誓うことを宣言した。
「よろしい。では話すとしよう。この秘事を打ち明けるのは、卿を信頼してのことだ。わかるな?」
ハーローは、緊張の汗を掻きながら頷くとともに、新参者である自分が、信頼を得ていることを嬉しく思った。
現にハーローは、新たに創設された山岳猟兵団の副団長に抜擢されている。
このハーローといった男は、いったいどういった者なのか?
三兄弟の見るところ、これといって秀でた部分は無いように思える。
だが、その仕事ぶりは実直であり、古参の者たちからもその生真面目さは評価されている。
これだけだと、真面目なだけの面白味に欠ける男である。
だが、三兄弟がこのハーローを調べたところ、面白い事実が発覚した。
この男、生真面目で平素博打など一切打たないのだが、どうしたことか、仕事やその生き方に関するとなると、実に投機性に富んでいるということがわかった。
思えば、広く家臣を求めた際に、この最辺境であるネヴィル家の門を最初に叩いたのは、このハーローであった。
それも一族を引き連れてである。
あの時点で、ネヴィル家に仕えるなど、博打でしかない。
その後の山岳猟兵団の仕事面でも、彼は山間部に新たな道を求め、探検を試みたりと、能力はさておき、実にアグレッシブに皆を先導していた。
ここに三兄弟は目を付けた。
近々、騎士たち武官を集めてガドモア王国から独立と、ネヴィル王国の建国を告げるつもりである。
当然、彼らは驚き、困惑するだろう。
そこで、このハーローを予め抱きかかえておき、その場にてそれを歓迎するよう口火を切らせようというのである。
この時代、何かと験を担ぐものである。
ハーローは最初にこのネヴィル家の門を叩き、結果、新参ながらも重要なポジションに就くことが出来た。
その出世男のハーローが、またしてもネヴィル家に自身の身を賭けるというのならば、これに乗らない手はない。
そう思わせるための根回し、小細工であった。
秘事を明かされたハーローは、流石に事の大きさに驚き、狼狽した。
だが、アデルが懇々とガドモアに対する戦略、戦術と、ハーローに対する利を語ると、次第にハーローの内に眠る投機性の芽が膨らみ始めた。
「わかりました。某めにお任せ下さいませ」
「頼むぞ。このことはまだ卿にしか明かしてはいない。卿だけが頼りなのだ」
ハーローは、はっ、と畏まった。
無論、ハーローにはそれなりの利を用意している。
この小細工が成功した場合、さしあたってハーローには、新たに増設される山岳猟兵団の団長に就いて貰うこととなっている。
果たして、この三兄弟の小細工は上手く行くのだろうか?
今は何としても、どのような手を使ってでも、戦力の中核となる武官たちの離脱を食い止めなければならない。




