冥府魔道を共に進む
感想、評価、ブックマークありがとうございます!
風邪を完全に拗らせてしまいました。もう二週間以上にもなるのに、未だ喉の調子が悪く、咳と熱が出たり治まったりを繰り返しております。
そのため、更新、返信等が滞っており、大変に申し訳ありませんが、今しばらくの御猶予を頂きたく、お願いいたします。
「それにしても、儂が王にのぅ…………」
貴族とはいえ、辺境の小貴族の身上であったジェラルドは、いきなり王になれと言われても途惑うばかりである。
ガドモア王国から独立するのは状況的に仕方のないこととしても、ガドモア王国に仕える貴族の一員としてこの世に生を受けて以来、現在王位にある愚王エドマインにではなく、ガドモア王国そのものに忠誠を捧げて来た身としては、中々に踏ん切りがつかない。
第一、ジェラルドは自分が王になると言う事を今まで考えたことすら無かったのだ。
そういった考えは、封建社会の中では危険極まりなく、うっかり口に出しでもしようものならば、待っているのは身の破滅である。
また、王になったとして、自分がどう振る舞えば良いのかすら思い浮かばない。
三兄弟は、皺深い顔の中にある眉間に、さらに皺を寄せて唸る祖父の途惑いは手に取るようにわかるものの、何としてもジェラルドに、ネヴィル王国の初代国王になってもらわねばならない。
「アデルよ…………取り消されたとはいえ、この家を継いだお前が王になれば良いのではないか?」
筋としては通っている。だが、アデルは首を横に振った。
アデルが今、王位に就けない理由があるのだ。
それは自らがまだ成人していない子供である事。
今、この危急の時に幼君を立てれば、臣民は少なからず動揺するに違いない。
たとえジェラルドの後見があったとしてもだ。
この点を、アデルは誰に指摘されるでもなくわかっていた。
ただでさえガドモア王国から独立し、国力が象と蟻ほども違うにもかかわらず、事を構えようというのだ。
ここはやはり、長年この地を治めて来た実績のあるジェラルドに王位に就いて貰わねば、家中を纏めることすら難しいだろう。
「折を見て、王位を譲り受けますが、今は無理です。今私が継げば、臣民は混乱の坩堝と化す恐れがあります。ここは経験と実績のあるお爺様にお任せするしかないのです」
「しかしじゃな…………王というても、儂にはどうすれば良いのか…………」
「そう難しく考える必要は無いでしょう? ガドモア王国から独立し、王を名乗るだけで、実質的には今までと何ら変わりは無いのですから。それよりも、家臣たちをどう説得するかが問題です」
「勝ち目が無いと見て、退散する者が出て来るかも知れないってことか?」
カインの言葉に、アデルはこくりと頷いた。
「古参の者たちならば、当家に殉じてくれるに違いない。兄上と共に戦場に残ったのも、殆どが古参の者たちだったからな」
ギルバートはそう言うが、トーヤはそれには懐疑的であった。
「叔父上、その時とは状況が違います。父上と共に残り、自分が死んだとしても、家は残ります。ですが、今回はそうはいかない。反逆者として、一族皆殺しとなるでしょう。それでも、着いて来てくれるのでしょうか? それも圧倒的な力の差があるにもかかわらず」
そう言われてしまうとギルバートは口を噤む他ない。
ギルバートのそれは、希望的観測であり、何ら確証のあるものではないのだ。
「……………………俺が悪人になるしかないな、これは…………いや、もうすでにこんな状況に彼らを追い込んでしまった時点で、俺は大悪人か…………」
「ちっ、一人で恰好つけるなよ。悪事を働くときも俺たちは三人一緒だ」
「そうそう、冥府魔道を征くも常に三人一緒。俺たち三人はどこまでも…………そう、どこまでも一緒さ!」
三つ子であり、産れた時からずっと共に育って来た三人である。
アデルの考えを、カインとトーヤは瞬時に察した。
「何か良い考えでもあるのか?」
そう問いかけながら、ジェラルドは恐れていた。
孫たちのまだ見た事の無い姿に、である。
「ええ、家臣たちを…………いえ、このネヴィル領に住まう全ての者たちの不安を煽ります。ガドモア王国と戦い、勝利せねば全てを失うと脅すのです」
ああ、とジェラルドは溜息をついた。
孫たちの叡智は、陽の当たる道で発揮されるべきものであるべきである。
だが、今まさにその逆、人の心の内にある闇夜の中にある濃い影を突くような、後ろ暗い謀略にその力が使われようとしている。
ジェラルドは恐れた。
この早熟な孫たちが、このままこのような謀り事を重ね続け、やがてはその人格が歪んでしまうのではないかと。
だがそれは全くの杞憂というものであった。
何故なら、三兄弟は自分たちは、なぜ前世の記憶を共有しているのかを話し合い、考えつづけ、ある結論に達していたのだった。
それは、自分たちが記憶と知識を有して生まれて来たのには何か理由があるはず、その理由とは何か?
周りを見ればそれは一目瞭然。それは、その記憶と知識の力を使って、この荒れた世界に平穏をもたらすことであると。
すなわち、自分たちがこの世界を統べるのだと。
この時点で、もう普通の子供とはかけ離れ過ぎてしまっている。
このようにジェラルドが心配するようにこれから人格が歪んでいくのではなく、産れた時から既に不思議な力によって歪まされていたと言うべきかもしれない。
だとすれば、これ以上何をしようとも歪みようはない。このまま正気を失う事も無く、己が信じる道を突き進むのだろう。
「けどアデル、それはあながち嘘でも無いぞ。今のネヴィル領の税率は二公八民。これが、俺たちが追い出されて領主が変わるとすれば、七公三民…………いや、最近は八公二民とか、民たちに死ねと言わんばかりの重税を課している所も多いと聞く。これを教えてやるだけでも、民たちは、自分たちの今の生活を守るために、我らと共に立ち上がってくれるかも知れないぞ」
カインの言にトーヤも、うんうんと相槌を打つ。
現在ネヴィル領の税率は、カインの言った通り二公八民。つまりは税率二十パーセントである。
このように、他に比べるとかなりの低税率なのには理由がある。
まず、岩塩、宝石類を始めとする、様々な資源が豊富であること。
勿論それらを大っぴらに売りさばくことは出来ないが、隠れてこっそりと売りさばいたり、高い塩を買わずとも良いというのはネヴィル家の財政を大いに助けた。
この低税率に慣れた民たちが、今更税率八十パーセントの高税率の生活に耐えられるだろうか?
これらの他にも、賦役と兵役がある。
この賦役に関しても、道の整備、開墾、養蜂や養鶏などの新事業など、出来る限り民たちに還元出来るように気を使って行って来たつもりである。
養蜂はまだまだであるが、養鶏にはかなりの力を注いだだけのことはあり、今では領内の各街や村々に大々的な公営の養鶏場が建てられ、人頭帳に記載されている者ならば、誰でも一日に一つ卵を受け取る事が出来るようになっている。
また、卵を産まなくなった雌鶏を捌くことで、鶏肉を安価で提供していた。
これがもし他領であれば、民たちに税の還元などはせず、ただ私腹を肥やす為に行われただろう。
だがネヴィル家は、それをしなかった。
自分たちだけが肥え太るのではなく、領全体を富まそうとしたのだ。
領民たちはこの施政に大いに感謝し、仁政を施すダレンを大いに褒め称えた。
「そういった諸々の恩恵が受けられなくなることを、領民たちは恐れるだろう。これは我々と共に戦う大きな原動力になるかもしれない」
兄弟たちの励ましとも思える言葉に、アデルは果たしてそう上手く行くだろうか、と首を傾げる。
だが、上手く行けばいい。いや、上手く行かねばこの先は無いのである。
「よし、領民たちにはその手で行こう。次は家臣たちを、どうやる気にさせるかだが…………」
「方針的には、領民たちと一緒だな。今の暮らしを脅かされるぞと、脅すしかない」
「結局は、領民と家臣たちの不安を煽るしか手が無い。やっぱり三人揃って悪人になるしかないのさ」
トーヤがふふっ、と笑うと、アデルとカインも釣られて笑みを零す。
その笑みを見たギルバートは、肝の座っている甥たちを頼もしく、そしてこれからの成長を楽しみに思った。
一方で、三兄弟の祖父であるジェラルドとロスコは、孫たちが浮かべた笑みを見て、無理をしているのではないかと気が気では無かった。




