方針と構想
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風邪が治りません。拗らせてしまい、もう一週間以上も鼻が詰まり、喉を傷め、熱が出たり出なかったりを繰り返しています。
季節の変わり目、皆さまも健康には十分ご注意くださいませ。
爵位の継承からわずかな期間で、ガドモア王国に反旗を翻して、最早独立するしかないという状況にまで追い詰められたネヴィル家では、急遽一族を集めての会議を行う。
その席でまずは、現在ネヴィル家が置かれている状況を説明すると、三兄弟の叔父であるギルバートを始め、温厚な母のクラリッサまでもが、涙を滲ませながら王国の非情を詰った。
「これでは兄上は無駄死にではないか! 何のために、何のために兄上は…………」
激昂し、テーブルに拳を叩きつけるギルバート。
対してもう一人の祖父である、ロスキア商会の頭取、ロスコは溜息を漏らした。
「独立するとはいっても、王国との力の差は歴然。早々に潰されてしまうのが関の山ではありませぬか?」
「ここまで追い詰められてしまうと、独立も已むを得ずというのもわかりますが、ここまで国力の差がありますと、どう足掻いたところで勝機があるとは思えませぬ」
ロスコの息子、三兄弟には母方の叔父であるエリオットも、暗い表情で絶望を口にする。
「いっその事、領を明け渡し、他国へと身を寄せるのは如何でしょうか?」
ロスコの言はもっともなこと。
他国に身を寄せ命を永らえ、一時は屈辱に塗れても機会を待ち、家を再興するというのも一つの手ではある。
「他国とは具体的には何処ですか? エフト族ならば、喜んで迎え入れてはくれるでしょうが、駄目ですね。ここで当家が倒れた次は、エフト族が狙われるだけですから」
アデルの予想は正しいだろう。
エフト族を降せば、西北と西南の二方向からノルト王国を攻める事が出来る。
ノルト王国に対して戦略的に大きく有利になる手を、ガドモア王国は見逃さないだろう。
「ならばイースタルへは…………流石に遠すぎて無理か…………」
イースタル王国へと辿り着くには、ガドモア王国を横断せねばならない。
亡命するにしても、距離的にも、ほぼ無一文で放り出されるため、金銭的にも無理である。
「結局は、天嶮の地の利を活かして戦うしか道はないのです」
このアデルの言葉を聞いて、一族ことごとく死に絶えるまで、つまりは玉砕という絶望感が、部屋の中に漂い始める。
ただ、カインとトーヤ、そして予め話を聞いていた祖父のジェラルドの三人だけは、この一見して無謀とも思える方針の中に活路を見出していた。
「…………王国は強大ですぞ。兵力の最大動員兵力は三十万は下りますまい。対して御当家は、精々二千がよいところ。これでは勝負にもなりますまい」
ロスコは商人である。そのため、物の流れや金の動き方から、大凡の国力を予測することが出来た。
「三十万対二千か…………兵力差にして百五十倍。流石にこれは如何ともし難いのでは?」
「いいえ、三十万というのは、国内の全兵力を合わせた数。ノルト、イースタルという外敵がいるのに、国境を空にするわけにはいかないでしょうから、王国の最大動員兵力は、精々十万がいいところでしょう」
「だとしてもだ。兵力差はそれでも五十倍だぞ?」
百五十倍でも五十倍でも大差はない。真正面からぶつかれば、万に一つの勝ち目も無い。
「それはあくまでも数字の上のこと。こんな小領にいきなり十万で攻めては来ませんよ」
まぁ、それは確かにと、大人たちは落ち着きを取り戻す。
三兄弟の予想では、最初は数千人規模。それも、相手はこちらが王国に対して反旗を翻すなどとは思ってもいないため、領地の受け渡しの際に生じるであろうトラブル対策に、二、三千程度、もしくはもっと少数の兵力を差し向けて来るのではないかと予想している。
「精々多くて二、三千といったところでしょう。それも戦支度などせず、ただ数を揃えただけの。何故なら、先方はこちらが抵抗をするなどとは、微塵も考えてはいないでしょうからね」
ここからはカインがアデルの跡を継ぎ説明する。
三兄弟の中で、個人的な武勇といい、一番軍事的な才能を持っているのは次男のカインなのだ。
これに対して三男のトーヤは謀に長けている節があり、長男のアデルは全体的なバランス感覚と、政治に優れている。
「敵が二、三千…………いや、例え数万であっても、勝つことは不可能でも、負けない戦い方をすることは出来ます。現在我が領への侵入口は、あの狭い崖道のみ。迂回路は無く、あるとすれば切り立った崖を登攀するしかありません。つまりは、大軍を送り込む道が無いのです」
平時には不便極まりなく、発展の妨げにしかならなかったあの忌々しい崖道が、有事の際には天下広しといえど、他に類を見ない天嶮の要害となる。
「あの崖道の広さは、ご存じの通り、何とか二頭立ての馬車が通れるぐらいの広さしかありません。そこで、ここに一定間隔で柵を作り、敵を足止めします」
カインの説明に、武人であるジェラルドとギルバートは納得して頷いた。
「なるほど、あの道の狭さならば、兵が並んで戦うとしても精々四人程度。柵の内側から弓を射かければ、かなりの時が稼げるだろう」
「その通りです。時間を出来るだけ稼ぎ、敵が兵を退くのを待つというのが、我々の基本的方針となります」
「しかし、敵が損害を無視し、数にものをいわせて押して来るとなると、厳しいぞ」
敵には兵数という絶対的なアドバンテージがある。
ギルバートが指摘するように、数で押せば、時間は掛かっても突破は可能だろう。
「叔父上の仰られる通りです。ですから最終的な防衛拠点は、山海関となります。山海関の壁上からならば、崖道の終わり際、山海関の前へのちょっとした平地へと続くその地点に、矢が届きます。その地点に耐えず猛射を加え続ければ、敵を封じ込める事も可能でしょう」
「だがそこも大盾を用い、兵数を頼りに突破されたらどうする?」
ギルバートは生粋の武人であり戦術家である。すぐに三兄弟の考案した防衛策の穴を突いて来る。
「山海関の前にある平地に落とし穴を掘ります。それで多少は時間を稼げます」
「それもやはり兵力差でどうにでもなってしまうぞ?」
「叔父上、山海関は墜ちませんよ。関の内側から投石機を用いて投石を加えますし、建築してから数年が経った今、あのコンクリートの分厚い壁は、ちょっとやそっとでは打ち崩せません。第一、どこで敵は攻城兵器を組み立てるのですか? あの狭い崖道の途中では、梯子車も投石機も、衝車も運べません。部品を運び組み立てるとしたら、山海関の前の平地ですが、そこは弓の射程圏内。猛射を加えるなり、火矢を浴びせるなりすれば、それは防げます」
要害の地の利をフル活用した鉄壁の守り。
これならば数千どころか、一万、二万の兵で攻めても容易には墜ちないだろうと、ギルバートは満足気に頷いた。
だが一つだけ、まだギルバートには懸念すべきことがあった。
「うん、それならば確かに守り切れそうだ。だが、もしもだが、敵が新たに道を切り開くとすればどうする?」
これは三兄弟も、最初にこの山海関と崖道を利用した防衛策を考案した際に議論を交わした問題であった。
「それならば、心配は無いでしょう。何故なら、新たに道を切り開くには、それこそ早くて数年単位の年月が必要ですし、新たに道を作るために掛かる費用と、このネヴィル領を降して得られる利を比較すればするほど、それを行うのが馬鹿馬鹿しくなるからです」
あくまでも表向きにはネヴィル領は、単なる辺境中の辺境の、それも男爵家という小貴族でしかないのだ。
蓄えている財貨などたかが知れたものである。
現に、ネヴィル家には金銀財宝といった類の物は、殆ど無い。
ただし、これはあくまでも表向きの事であり、隠してある財宝…………オパールやアンモライト、そして領内から産出する岩塩などの事を知れば、敵が目の色を変えて襲い掛かって来る恐れはあった。
「敵の侵攻も二度防げば、しばらく時が稼げるかと思います」
「何故だ? 何故そう思う?」
ジェラルドは不思議そうにカインの顔を見た。
「自分で言うのもなんですが、こんなちっぽけな小領主を二度も攻めあぐねたとすれば、王国の威信に関わります。ましてや三度目の侵攻も失敗に終わったとすれば、これはもう取り返しのつかなくなるでしょう」
「面子のために、二の足を踏むというのか」
「ええ、あの国王はそういう性格でしょう? 何事に関しても堪え性が無く、そのくせ誇りだけは人一倍高い。その間に、こちらも次の手を打たねばなりません」
既にこの三人は、戦いの先を見据えていることに気付き、ほぅ、とそれまで黙って話を聞いていたロスコとエリオットの口から感歎の声が上がった。
「次の手とは具体的には何なのでしょうか?」
ロスコの問いに答えたのは長男のアデル。
そのアデルの構想を聞いたジェラルドを除く大人たちの顔をは、驚愕の色に染まった。
「既に同盟を結んでいるエフトに加え、さらに北のノルトとも同盟を結び、ガドモア王国の西側三国の協力態勢を作り、侵攻して来るガドモア王国に対抗していくというものです」




