踏みにじられた想い
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風邪をひきました。日中は暖かくても、最近は夜は結構冷え込みますね。
その温度差にやられたみたいです。
鼻から粘度の薄い、水のような鼻水がドバドバと溢れて止まりません。
皆様も、季節の移り変わりの寒暖差にはお気を付け下さいまし。
春に行われた北伐は失敗に終わり、その最中に領主であり父であるダレンを失ったネヴィル家は、悲しみに暮れていた。
だが、そんな悲しみに浸る間を置かずに、秋の訪れと共に破滅の使者がネヴィル家の門を叩いた。
「なんと! 今なんと申されましたか? 申し訳ござらぬが、年のせいか耳が遠くなりましてな…………」
使者の発した言葉にジェラルドは、テーブルを叩きながら熱り立った。
その怒気に気圧されながらも、使者はもう一度、ネヴィル家の爵位と領地を剥奪する旨を伝えた。
「卿らと共謀したパンダガムは、王権を軽んじた罪により死を賜った。命があるだけでも、陛下に感謝するのだな」
「なんだと!」
その使者の言葉に激昂し、拳を握り締めながら立ち上がったのは、この場に同席していた次男のカイン。
同じくこの場に同席していた三男のトーヤは、立ち上がりこそしなかったが、少年とは思えぬ様な、殺気漂う目で使者を睨め付けた。
「とにかく、陛下の勅令である! 一月以内にこの地を去ること。なお、財の持ち出しについては、これを厳しく禁ずるものとすとのことである」
「ふざけるな! それでは我らに死ねと言っているに等しいではないか!」
使者たちは流石に、子供に怒鳴られ、睨まれたぐらいではたじろぐことは無かったが、その場に漂う剣呑な雰囲気が増大し、自らの命が危険に晒されるのをよしとはせず、王の勅令を伝えると足早にネヴィル領を後にした。
その間、長男であるアデルは、怒りに顔を赤黒くするものの、一言も言葉を発する事は無かったという。
「……………………父上の想いを、あの愚王は土足で、しかも思いっきり踏みにじりやがった…………」
やっと口を開いたアデルの顔を見たジェラルドは、その怒りを孕んだ目にゾッと背筋を震わせた。
それは尋常の怒りではない。すでに怒りを通り越して、それは恨みへと変貌し始めていた。
アデルは大きく鼻から息を吸い込むと、口から勢いよく吐き出した。
アデルと同じようにカインとトーヤも、同様の行動を繰り返した。
「クールダウンだ。怒りは力となり得るが、その反面、視野を狭くする恐れがある」
「独立するという計画が早まっただけだ。まぁ、欲を言えばもう少し時間は欲しかったが」
「あのクソ王の首はいつか必ず俺が獲るぜ。いいな?」
危難に於いて人の本性が現れるという。
この三兄弟、普段は利発で飄々としているが、間違いなく亡き父である、益荒男であったダレンの血を受け継いでいる。
だが、産れた時より封建社会にどっぷりと浸かっているジェラルドは、独立するのはやむを得ないにしても、最後の最後である王に弓を引く踏ん切りがつかない。
「お爺様、御覚悟をお決めください。この世は戦国。結局はやるかやられるかに過ぎません」
「しかしだな…………万が一にも勝てぬぞ。負ければ我らだけではなく、領民たちも犠牲になろう…………」
アデルは、そのジェラルドの言葉に一度は頷いたものの、その言葉を振り払うかのように激しく頭を振った。
「このまま領地を明け渡したとしても、領民たちが今のような暮らしは出来ないでしょう。税も我が領は四公六民でありますが、他領では、八公二民が当たり前。遅かれ早かれ今の暮らしに慣れた民たちは激発し、血を流すことになりましょう」
四公六民、つまり簡単に言えば収穫の半分以上が民のものである。
これは戦乱で荒れるこの時代の中でも、恐ろしく低い税率である。
さらに、他領では戦が起きるたびに臨時徴収をするが、ネヴィル家はそのような行いをこれまで一切行ってはなかった。
現に、少数ながら受け入れた棄民たちなどは、この税金の安さと過ごしやすさに、ネヴィル領は天国に等しいとまで言っている。
「だが、お前たちも言っていたように、勝てぬのでは話にならぬ。責められ続ければ、物心ともに消耗していくであろう」
「確かに。しかしそれは、ガドモアとて同じこと。なまじガドモアは大国であるがゆえに、我々より早く音を上げるかも知れません。それにガドモアの敵は我々だけではありません。北西にノルト、東にイースタルという二国があります。我らだけにかまけているわけには、いかないでしょう」
「むぅ…………確かにそうだが、ではこのまま堅守し続け、情勢の変化を待つというのだな?」
「いえ、こちらからも積極的に手を打とうと思います」
「ほう、どのような手か?」
「まず、すでに友好的な関係であるエフト族と、今まで以上の強固な同盟を結ぼうと思います。前日も族長自ら父上の墓前を訪れて下さいましたし、これは不可能ではないかと思われます」
「ふむ。我らが倒れた後に進駐してきた王国に、目を付けられるのは明らかであるからにして、上手く行くとは思うが、しかしエフト族は未だ天災からの復興途中。我らが手を組んでも、悲しいかな、所詮は弱小に過ぎぬ」
「ええ、ですので、もう一国と手を結ぼうと思っております」
「ほぉ、ではイースタルとか?」
いいえ、とアデルは口篭もり、そっと目を床へと落とす。
「まさか、アデル…………お前…………」
「ノルトは父上の仇だぞ!」
カインとトーヤがアデルの肩を左右から掴み、激しく揺さぶる。
その手をアデルは、力強く振り払った。
「お前たちもわかっているだろう。倒さなければならない本当の敵を…………確かにノルトは父上の直接の仇だ。だが、ノルトは父上を英雄とし、ガドモアは罪人とした。それに、我々にはもう、力を蓄える時間は残されてはいない。怨恨を捨てなければ、家を、領民たちを守る事は出来ない」
「同盟相手はイースタルでは駄目なのか?」
トーヤの問いを、アデルは即否定した。
「トーヤ、わかっているだろう? イースタルは地理的に遠すぎるんだ。連絡を取ろうにも、ガドモアを横切らなければならない。しかしノルトならば、エフト族経由で連絡を取る事が出来る」
エフト族は、ノルト王国と細々とだが交易を行っているという情報を以前に得ている。
「三国による対ガドモアの西部同盟ってところか。畜生! 俺たちにもっと力があれば、父上の仇などと手を組まずにいられたのに…………」
カインが歯噛みして悔しがるのを見て、アデルは一人笑った。
「何が可笑しい!」
「カイン、こういった同盟というのは、敵がいなくなった後には、必ず崩壊するもんだ」
「あっ、するとアデル、まさかお前! ノルトも喰っちまう気か?」
ああ、とアデルは頷いてみせる。
「なるほど、一時的に手を組むだけか。父上の遺言にも、家を頼むとあったからには、まず自家の保全が優先。仇敵であるノルトと手を組むのも仕方なしか」
トーヤも納得はしているが、その表情は悔しさに満ち溢れていた。
「しかしじゃな、我らのような小勢をノルトが相手にしてくれようか?」
ジェラルドの抱く懸念はもっともなことである。
「実績を示せばいいのでは? 同盟を結ぶに値するだけの実績を…………」
「実績?」
「攻めて来るガドモアの大軍相手に、一歩も退かなかったという実績を積み上げれば、無視する事は出来なくなるでしょう」
「あの崖道と山海関ならば、どんな大軍で来ようとも、まず正面からでは抜くことは出来ないだろうからな」
「寧ろ大軍であればあるほど、攻めあぐねた時に、補給に負担を強いることになる。こちらから大軍で攻めてくるように挑発するのも面白いかも」
腹が決まった三人は、まるで悪戯を考えている悪ガキのような口ぶりであった。
ただ、そこいらの悪ガキと違い、その双眸には子供らしからぬ、剣呑とした輝きを有してはいたが…………
アデルは、ジェラルドの方へと向き直り、その目を見てニッコリとした笑みを浮かべながら、三兄弟以外の誰もが驚くべき言葉を述べた。
「お爺様、我がネヴィルは、今日この日よりガドモア王国と決別致します。差し当たりまして先ず、お爺様には、ネヴィル王国の初代国王となって頂きます」
感想を寄せて下さった方の中に、何となくこの展開が読めていた人はいらしたみたいですね。
三兄弟の下剋上、乞うご期待下さい!




