ネヴィルの二豹
春が来た。草木が芽吹き、鳥たちが囀る。
三兄弟は毎日のように叔父のギルバートや、父親のダレンにしごかれていた。
厳しい稽古で生傷は絶えない。だが、三人は決して逃げたり投げ出したりはしなかった。
七歳という子供に、このような厳しい稽古をつけるには、それ相応の理由があるとわかっていたからである。
稽古の終わり際に、三兄弟の長男であるアデルは若き叔父であるギルバートにいくつか尋ねてみる。
「叔父上、我が国は戦争をしていますよね? 何処の国と戦争をしているのですか? 父上やお爺様に聞いてもまだ早いと言って、教えてくれないのです」
父や祖父が教えてくれないからと言われてギルバートは渋ったが、結局は可愛い甥っ子たちにほだされて答えてしまった。
「う~ん、まぁそのうちわかる事だし良いか……我らネヴィル家が仕えるガドモア王国は、東にイースタル王国、北にノルト王国との間に事を構えている」
「えっ? 二か国と戦争やってるの? うちの国王はアホなの?」
「二正面作戦を強いられてるのかよ……馬鹿じゃねぇの?」
「道理で税金が高いわけだ。この国の先行きは暗そう」
三人の言葉を聞いたギルバートは、吹き出してしまう。まったくどこでそんな言葉を覚えて来るのやら……だが、三人の言っている事は正しい。
「ああ、うちの国王はアホだぞ。何せ、父上の剣に小便を掛けたうつけだからな」
あ~やっぱりと三人は肩を落とす。そんな者に仕えなければならない悲しみが、重く肩に圧し掛かったのだ。
「でも何で、二か国と争っているんです?」
「それも馬鹿げた理由でな。東のイースタルとは元々仲が悪く、何代も前から度々争ってはいたんだが、北のノルトは小国で、元々は我が国の属国みたいなものだったんだ。それをあの馬鹿が調子に乗って敵に変えてしまった。理由はこうだ……ノルトの先王の妃が大層な美人だったらしくてな、それを聞いた我が国の偉大なる王であるエドマイン二世陛下は、ノルトの先王にそのお妃様と離縁して、自分の元に側室として納めよと命令したのだ。当然だが、ノルト王国は怒った。そして元々我が国と仲が悪いイースタルと手を組んで、東と北から挟み撃ちってわけさ」
そのあんまりな理由に三人は、へたり込んだ。自国の王は紛れもない暗君である。
理由が理由だけに、子供に聞かせたくないという祖父と父の気持ちがわかった。
「父上にとっては不本意だったかもしれないが、あの事件で中央から弾き出されて、このコールス地方に飛ばされて良かったと思っている。正直言って、今の王に対して忠誠を抱くのは無理だ。なぜ、まだ小さいお前たちに厳しい稽古をつけるのか教えてやろう。戦が起こるとな、我が家のような弱小貴族は問答無用で最前線に叩き込まれるからな……お前たちに死んで欲しくは無いからこそ、小さいうちから徹底的に鍛えることにしたのさ。王を始め、お偉い中央の大貴族や、四方を固める四侯爵などは後ろでふんぞり返っているだけでよ、そんで俺らが立てた手柄はすべて、そいつらが持って行っちまうんだ。真面目に戦うのが馬鹿らしいったらありゃしない。だが、敵はそんな事情は汲んではくれないからな。生き残りたかったら、稽古をサボったりするんじゃないぞ」
まだ身体の出来ていないうちからの厳しい稽古には、やっぱりそれなりの理由があったのだ。
「叔父上も無茶な戦で死なないでね」
「馬鹿、俺は死なないよ。可愛い妻と子を残して死んでたまるもんか。ましてあの王の元で死んだりしたら、死んでも死にきれないぜ。それに俺はこれでも敵に少しは名を知られているんだぞ。二つ名だってあるんだからな」
どんな二つ名なのかと聞くと、ネヴィルの白豹と呼ばれているらしい。確かに叔父の軍装は白を基調としたものであったのを思い出す。
「兄上は黒豹って呼ばれている。ちなみに、父上は獅子って呼ばれていたらしい。可笑しなものだよな、味方よりも敵の方が俺たちを評価してくれるなんて……」
後で従士たちに聞いた話によると、ノルト王国では父であるダレンと叔父のギルバートを合わせてネヴィルの二豹と呼んでいるのだとか。
その話を聞いて三兄弟は思った。すらっとした背格好の叔父はまぁ良しとして、重厚な体つきの父親の方は熊じゃねぇのかよと。
ーーー
その夜、兄弟はいつものように子供部屋の窓から星空を眺めていた。
「最前線かぁ……思っていたよりヤバイな……」
「ああ、それよりもこの国の王様がヤバイだろ……叔父上の言う通り、ここに飛ばされて良かったかも知れん」
「だな、でも俺たちの場合、誰が戦場に行くんだ? 長男のアデルからか? それとも三男の俺からか?」
「アデルが行くなら俺たちも、だ。今の叔父上と同じポジションで、三人で力を合わせるしかない。誓っただろ? 生きるも死ぬも一緒だって……」
カインがそう言うと、二人も頷く。
前世の記憶の四十代半ばに精神がかなり引き摺られているとはいえ、まだ七歳の子供である。
だがその七歳の子供に、覚悟を決めさせるほどにこの世界は厳しいのであった。
ーーー
それから数日後、すっかり季節は春めいてコールス地方の冬の代名詞でもある靄が掛からなくなった。
祖父のジェラルドは孫たちの意見を取り入れて、先ずは近場の山々から探索することにした。
探索するメンバーは、祖父のジェラルドを筆頭とし、叔父のギルバート、従士が四名、そしてさらに山歩きに慣れている四名の猟師が選ばれた。それに自分たち三人を加えた、計十三人が領内の山々を調査することになる。
「はい、若様方、水筒とこの袋には干し胡桃が入ってます。無くさないように」
館のコックであるモーリスが三人に、水筒とおやつの干し胡桃の入った袋を手渡す。
「よし、では行くぞ。アデルは儂の鞍に、カインはギルの鞍に、トーヤはダグラスの鞍に跨れ。良いか、落ちぬようにしっかりと掴まるのじゃぞ」
ダグラスとは祖父も父も信を置く古株の従士の一人である。
「では、三の若様、行きますよ!」
三の若様とは三男であるトーヤの事である。ちなみに、アデルは単に若様、または一の若様、カインは二の若様などと呼ばれている。
三兄弟にとっては初めての乗馬である。七歳の子供から見ると、馬の背から見る光景はまるで二階建てのバスにでも乗っているかのようであった。
ぐんぐんと遠ざかって行く我が家、駆けているわけではないのにあっという間に街を抜ける。
その後はひたすらに畑道を走り、遠くに見える山々を目指す。
盆地であるため山に囲まれているわけだが、先ずは目標としてわかりやすい山肌が白い、白壁山と呼ばれている山を目指した。
「あの白いのは雪じゃないよね? 一体何であんなに白いんだろう?」
白壁山はその名の通り、切り立った山肌が真っ白な山である。叔父に掴まりながらカインは、その白く美しい岩肌を見て率直な疑問を口にする。
「行ってみればわかるさ。まぁ、領民に聞いたところによると、何でも真っ白い石がゴロゴロと転がっているらしいが……」
白い石? 大理石か何かかなと三兄弟は首を捻った。
何にしても叔父の言う通り、行ってみればわかる事である。
途中で何度も休憩を挟みながら、昼前には山の麓へと辿り着くことが出来た。
「よし、ここからは徒歩で登るぞ。お前たち、儂らから絶対に離れるんじゃないぞ。熊や狼が出るかも知れんのだからな」
三人はコクコクと素直に頷いた。一応、万が一のために三人にも小さな短剣が渡されてはいるが、こんな物で熊や狼を相手にするのは不可能である。
熟練の猟師を先頭にして、一行は白壁山へと足を踏み入れる。
こうして、ネヴィル家がこのコールス地方に来てから、初めて白壁山の調査が行われたのであった。
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