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西候の魔の手

感想、評価、ブックマークありがとうございます! 感謝です!

更新が遅くなり、申し訳ありません。

三連休? そんなの無かったということで、許してください。

 

 西侯の騎士団に護られつつ、アデルたちは西候の待つ居館へと向かった。

 謀殺の恐れは無い。何故ならば、大義が無い上に、亡きネヴィル家当主であるダレンには、三人の息子がいることくらいは、西候も把握している。

 ここでアデルを殺しても意味が無い。その点では、気が楽ではあった。

 それに元より、西候の領地を通過する際には、挨拶は欠かせない。スケジュール的に見ても、予定通りではあった。


「どういうつもりなのでしょう? 今までは挨拶に伺っても、ほぼ門前払い同然だったというのに。今までの締め付け一辺倒だった方針を改めたのでしょうか?」


 アデルが突如方針を変えた西候を訝しんでいると、ふん、と眉間に皺を寄せ、ジェラルドが面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「ふ~む。まぁ、碌でもない事を企んでいるのは確かじゃろうて。大方の予想としては、当主が亡くなり、勢いを失った我らを組み敷かんとの考えじゃろうて」


「つまりは、ネヴィル家は老人と子供だけだと舐められたということですね?」


 ジェラルドは眉間に刻まれた皺を一層深くしつつ、頷いた。


「この機に乗じて何らかの手を打ってくるはず。アデルよ…………油断するでないぞ…………」


 祖父の鋭い眼光に、背筋を正しながらアデルは頷く。


「承知。ですが具体的にどのような手を打ってくるのでしょうか?」


「儂は策謀には疎いが、これだけはわかるぞ。アデルよ…………お前は、まだ幼く、かつ誰とも婚約してはおらぬ」


 アデルも伊達に貴族をやっているわけではない。

 その一言で、大凡を察した。


「なるほどなるほど、つまりこういうことでしょうか? 西候は私に娘なり何なりを宛がって、内々からネヴィル家を支配していく。婚姻の際に、息の掛かった者たちを私の家臣として付け、私を傀儡とする。そんなところでしょうか?」


「おそらくの。儂も老齢ゆえ老い先短く、大した障害とはならぬと判断したのじゃろう。しかしこれは厄介じゃのぅ…………」


 ジェラルドがことの厄介さに渋面を作ると、アデルもまた事の厄介さに気付き、同じように渋い表情を浮かべる。


「一年、二年の間は、喪に服すといって躱せるだろうが…………」


 ネヴィル家は辺境の弱小貴族であり、最近爵位を上げたものの、たかが男爵。一方西候は国内有数の大貴族であり、爵位はほぼ頂点に近い侯爵。

 その侯爵からの婚姻の申し入れを断るのは、並み大抵のことではない。

 断るには確たる理由が必要であるが、その理由すらもねじ伏せるだけの力が、大貴族である侯爵家にはあるのだ。


「いっその事、西候と揉めますか? 係争中であれば、婚姻も結べないでしょう?」


「無駄じゃろうな。どこぞの大貴族に仲裁させ、その際に講和の条件の一つとして、通婚させられるのが関の山じゃろうて」


 うっ、とアデルは唸る。

 これといって良い手が浮かばない。

 このままでは本当に西候の思い通りになってしまう。

 せめてこの場にカインとトーヤがいれば、良い知恵が浮かぶかもしれないのにと、アデルは頭を掻きむしった。


「まぁ、今日明日どうこうなるものではあるまい。喪に服している間は、向こうも手の出しようはないのだからな」


 とはいっても、ジェラルドにもこれを防ぐ有効な手立てがあるとは思えなかった。

 唯一、この婚姻を結ばせない方法があるとするならば、それは西候と同等の権力や爵位を持つ家から、嫁を取るしかないのだが、それはそれで無理である。


「今はとにかく、安易に言質を取らせぬようにする他あるまい」


 そうこう対応策を考えている内に、西候の居館へと到着した。

 三階建ての巨大な館は、それだけで見る者を圧倒する。

 が、しかし、アデルには前世の記憶の中の、目の前の巨館を軽く凌駕する、日本の技術の粋を極めた建築物を知っているので、心を動かされるようなことは無かった。

 ちなみに、ネヴィル家の館は、木造二階建て、広い庭に離れが三棟と、日本であれば紛れもない豪邸ではある。

 だが、この世界の貴族としては最底辺に近く、その程度ならば中堅の商家でも持ち得る程度でしかない。

 分厚い玄関の扉が開くと、驚くことに西候自らがアデルたちを出迎えに出て来た。

 これより以前の塩対応とはうって変わっての手厚い対応に、アデルとジェラルドの頭に警鐘が鳴り響く。

 型通りの挨拶の後、西候は目頭を押さえつつ、戦死したダレンの死を悼んだ。

 二人は、父であり息子であり、当主であるダレンを失ったことによる気落ちした風を装い、口数少なく、西候の配慮に対し返礼する。

 館の中に招かれてもそれは変わらず、二人は暗い表情で押し黙ったまま。

 だが、その内々には弱みに付け込み、策を巡らそうとする、西候に対する怒りの炎が渦巻いている。


「これから爵位の継承願いに行かれるとか…………ならば、これを持って行かれると良い」


 そう言って西候が差し出したのは一通の手紙。

 宛先には、ルーエン伯の名が記されている。


「ルーエン伯は、儂の娘婿での。今は取次ぎの総まとめ役を仰せつかっている。この手紙を渡せば、決して悪いことにはならないだろう」


 二人は瞬時に察した。

 西候はネヴィル家に対し、貸しを作る気なのだと。

 それを盾に、より親密な関係を迫って来る気なのだろうと。

 だが、ここは礼儀上受け取らなければならない。

 男爵から見れば、侯爵は雲の上にも等しき存在。

 断るような無礼な真似をすれば、また違った形の災難が降り掛かるのは明白である。


「ありがたき御配慮。感謝致します」


 ありがたいことなど何も無い。

 むしろ有難迷惑なのだが、ここは受け取らざるを得ない。

 だが、この手紙を使う使わないは、さすがにネヴィル家の自由ではある。

 無論、アデルもジェラルドも、この手紙を使う気は毛頭無い。

 その後も内容の無い歓談は続き、西候にこのまま泊まっていくようにと勧められたが、二人は何よりも継承を急がねばならないのでと辞退した。

 これ以上厄介なものを押し付けられる前に、一刻も早くこの場を去らねばならないと、二人は足早に西候の居館を後にした。

 西候は機嫌よく玄関まで見送りに出て、帰る道にも寄るように、アデル殿の継承祝いを行うので、と笑顔を浮かべつつ見送った。

 それを聞いて二人は内心での舌打ちを禁じ得ない。

 こう言われては逆らう訳には行かず、立ち寄らざるを得ないからだ。

 来る時と同じく、騎士団に護られつつアデルたちは西候の領地を後に、王都へと向かった。


 西候の領地を抜けた後は、何事も無く王都へと辿り着くことが出来た。

 王都にはもうロスキア商会は無い。

 ロスキア商会の殆どは、ネヴィル領に撤退済みである。

 そのため、アデルたちは貴族専用の宿に滞在する事となった。


 役人たちに袖の下を渡してアポイントメントを取り付けた二人は、早速登城する。

 勿論、西候から渡された手紙は使わないし、爵位の継承を願い出る相手も、西候の娘婿のルーエン伯爵を避ける。

 今回、賄賂として持って来たのは砂金。

 砂金はしばしば、商取引などに貨幣の代わりに使用される。

 砂金は、欠け銭、悪銭などよりもよっぽど信用できる代物であり、どの貴族家もいざという時のために、少なからず保有している。

 そのため、ネヴィル家が砂金を持っていたとしても、怪しまれる心配はない。

 ネヴィル家が国王への取次ぎ役として選んだのは、パンダガム子爵であった。

 あいにくと国王であるエドマインは、此度の戦いで負った傷心を癒すと称して、先年新たに建造した離宮へと向かっており、留守であった。

 そのため、取次ぎ役であるパンダガム自身が、僭越ながらも継承の許可を下すこととなった。

 パンダガムは業突張りだが、見切りの早い人物としても知られている。

 ネヴィル家から差し出された、砂金の革袋の重さを手の上で確かめたパンダガムは、その軽さに驚き、眉を顰めた。

 そして所詮は辺境の弱小貴族かと蔑んだ表情を浮かべつつ、これ以上絞り取る手間暇を考えたら、さっさと終わらせてしまった方がマシであると、その場で国王のサインの入った白紙に、アデルのネヴィル家継承を認め、成人するまでは、先々代の当主であったジェラルドの後見を許す旨を記した書を渡した。

 二人は爵位の継承を認められたことに喜びつつ、足早に王都を発ち帰路に着いた。

三兄弟の、ネヴィル家の運命が大きく動き出す前の、最後の一話です。

当主となったアデルが最初に下した決断とは? 次週乞うご期待!

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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白く読ませて頂いています。 それにしてもサイン入り白紙とは! あまりの愚王ぶりに衝撃ですが、そういうことも有ろうと納得してしまう設定です。
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