戦勝祝賀会
沢山の感想、評価、ブックマークありがとうございます!
台風が来るそうで、皆様方、十分にご注意を!
一方その頃、ノルトの王都であるリルストレイムでは、ガドモア王国の侵略の魔の手から国を救った王を讃え、連日のようにお祭り騒ぎとなっていた。
王宮においても戦勝祝賀会が開かれ、王侯貴族以外にも、功を立てた将兵らが招かれ、若き王であるシルヴァルドより、直接声を掛けられるという名誉を賜っている。
シルヴァルド王は生来、身体が弱く、このように騒々しい場所は好まないのだが、今回は自ら考案した作戦の全てが図に当たった興奮が、まだ完全に冷めていないためか、普段よりも会場に長居していた。
短期決戦により浮いた兵糧などは、未だ天候不順に苦しむ民たちへと分配したことで、この若き王に対する国民たちの親愛の念は一気に加速した。
こうした国民に対する人気取りを、忌々しく思う者が一人いる。
八歳年上の従兄であるスヴェルケルは、一時は先王より病弱な王太子であったシルヴァルドを退け、次の王に指名されかかったことのある人物であり、本人も健康な自分が王位に就くのが相応しいと思っている、野心的な人物であった。
「陛下、この度の御勝利、まことに目出度く存じ上げます」
白樺の古木を削り出して作られた椅子に座るシルヴァルドの前に、スヴェルケルは跪く。
「卿らの奮闘あってこその勝利よ。感謝しておるぞ、従兄殿」
声を掛けられてもスヴェルケルは面を上げない。
俯いたままの顔には、隠し切れない渋面があった。
自分こそ王に相応しいというのに、なぜ自分は跪いているのか?
常にシルヴァルド王と比較され、プライドを刺激され続けてきたこの男は、満たされることのない自尊心によって、精神を病んでいた。
それは、野心という病。
その分を弁えぬ野心を、シルヴァルド王は内心で嘲笑った。
(この男は所詮王の器ではない。小器用に全てを卒なくこなすが、それは自分に対する嫉妬心の為せるもの。ただ、王になりたい、余に負けたくないというだけの、なんとも哀れでつまらぬ男よ)
「しかし、もったいのう御座いましたな。某であれば、あの愚王をも討ち取って御覧に見せましたでしょうに…………」
周りの者たちに聞こえるように、ワザと声を大きく、スヴェルケルは面を上げた。
(近視眼め…………やはりこの男は、一地方領主程度の器か)
「いや、あれでよい。下手に愚王を討てば、復讐戦を挑まれる恐れが高い。今、我が国には戦を続けて行う余裕は無いのでな…………今回は敢えて見逃したまでよ」
「では、御討ちになろうと思えば、いつでもあの愚王を討てると?」
「余は大言壮語を好まぬ。何時でもとは言わぬが、いずれ時が来ればな…………」
「ほぅ、大した御自信で御座いますな…………その時とやらが訪れるのを、我らは楽しみにしておりまするぞ…………では、某はこれにて」
スヴェルケルは、眼を細め、ニヤリと笑みを浮かべながら、御前を辞した。
その後ろ姿を見つつ、シルヴァルド王は深い溜息をつく。
(今、愚王を討つのは得策ではない。ガドモアは腐っても大国。国土面積、人口、資源量、どれも我がノルトは敵わない以上、迂闊にガドモアを刺激するべきではないのだ。愚王の次の王が名君ならずとも、普通の王であれば、今のように容易く手玉に取る事は出来ないのだからな。まだあの愚王には生きて貰い、ガドモアを内から腐らせて貰わねばならぬ。だが…………果たして、余の命はガドモアが腐りきるまでもつのだろうか?)
自分が死ねば、このノルトには王位を巡る、血と鉄の嵐が吹き荒れることになるだろう。
「…………ふん、死んだ後のことまで責任など取れるものか…………」
シルヴァルド王は、自分が死んだ後のことまで考えても仕方がない、精々生きている内にのみ王としての責任を全うすべしと、誰にも聞こえないような小声で呟いた。
自分が倒れた後にただ一つの気がかりは、同腹の妹、ヒルデガルドのことであった。
ヒルデガルドことヒルダは、まだ十になったばかり。
病弱な兄の身を思って、教会にて毎日祈りを捧げ、見舞うこの妹がシルヴァルドには可愛くて仕方が無い。
さらには、生まれつき身体が弱いせいか、妃を迎えても一向に子が産れなかったこともあり、妹というだけでなく、もし娘が産れたならばと、ヒルダの身に、まだ産れぬ娘の姿を投影していたのであった。
王妹にして同腹とあらば、次期王にならんとして婿となるべく、担ぐ者が出て来る可能性が高い。
「あと何年、余は生きていられるのだろうか? 生きている内に、どれだけのことを為せるのだろうか? 少なくとも、ヒルダのことだけは…………」
「陛下、陛下?」
「ん? ああ、すまぬ。考え事をしておった。して、何か?」
いつの間にか、考え事に夢中になっていたらしい。
シルヴァルド王が声を掛けられ、ふと顔を上げると、そこにはレイバック子爵が跪いていた。
「おお、レイバック卿。此度は御苦労であったな。卿が侵攻して来るガドモアの頭を叩いてくれたおかげで、この通りの大勝よの」
「はっ、畏れ多きお言葉でありますれば…………」
「余の耳にも聞こえておるぞ。見事討ち果たしたが、ネヴィルの黒豹に、相当苦労させられたようだの?」
その言葉を聞いてレイバックは、心の中で、よし、と叫んだ。
王の耳にまで、あの小さな小さな戦いの話が届いたのである。
「はっ、ネヴィルの黒豹といえば、前線で知らぬ者は居ない程の猛者で御座いますれば、此度もその噂に違わず、孤軍にて奮闘。見事全軍の殿軍を務め果てた次第」
レイバックの言葉に、誇張はあっても嘘はない。
「惜しいな。それほどの男ならば、是非、麾下に加えたかったものだが…………」
「殿軍を買って出るほどの者でありますから、節を曲げるとは思えませぬが…………」
ここでシルヴァルドもレイバックも、一つ間違えている。
ネヴィル家当主であったダレンは、自ら殿軍を買って出たわけでは決してない。
ただ、自家の若者たちや、弟のギルバートを逃がすための囮として、戦場に留まっただけである。
だが、他の者たちの目にはそうは映らなかったのだ。
少数の孤軍にて、撤退する味方を助けるべく殿軍となったネヴィル家、という話は、ここノルトの王宮から市井に、そして国境を越えてガドモア王国へと伝わって行くことになる。
「卿と、ネヴィル卿を一騎打ちにて討ち取ったカーライル卿には、感謝しておるぞ」
これは褒美を約束されたに等しい言葉である。
「はっ、某、陛下の御為ならば、いついかなる時もお役に立ちますゆえ、どうかお見捨てなきよう」
うむ、と頷いてシルヴァルド王は、手を軽く上げて退席を促した。
暗に褒美を約束され、軽い足取りで立ち去るレイバックを見て、シルヴァルド王はにこやかに笑うと、にわかに疲れを感じたのか、そのまま席を立って、未だ戦場の興奮冷めやらぬ騒々しさの祝賀会場を後にした。
ーーー
アデルと祖父のジェラルドは、ダレンの遺言通り、葬儀を後回しにして一路王都へと向かっていた。
ネヴィル領を出て、西侯の地へと足を踏み入れた途端、武装した物々しい騎士の一団に取り囲まれた。
「何奴か! この馬車に乗っておられる御方を誰と思っているのか! 道を開けい!」
護衛として着いて来ているブルーノが、少年らしい瑞々しさを伴う声を上げる。
「これは失礼を。我々は、侯爵閣下に仕える騎士でありまして、侯爵閣下よりネヴィル家の方々を護衛し、侯爵閣下の元へお連れするようにと命じられておりまする」
馬車の中からそれを聞いたアデルとジェラルドは、思わず互いの顔を見合わせた。
「いったい、どういうことでしょう?」
「儂にもさっぱりわからぬ」
馬車を取り囲んでいる騎士たちの数が、ネヴィル家の護衛の数の三倍以上はいるのを、こっそりと窓から確認したアデルは、抵抗を諦め、素直に相手に従う事に決めた。
すみませぬ。
話、あんまり進まなかった…………多分次話で、ネヴィル家の現在の立ち位置とその価値について書きますので、お楽しみに!




